ジョーカー
「まったく、いきなり騒々しいね。これだから分別のない最近の冒険者たちは……あれ?」
玉座に座った王様よろしく、部屋の奥に設えた朽ちかけた椅子に座っていたのは、この塔の主と思われる一体の骸骨。
眼球のない虚ろな眼窩を俺たちの方へと向けながら、その骸骨は不思議そうに首を傾げた。もっとも、骸骨なので表情を読んだわけではなく、全体の雰囲気でなんとなくそう感じたのだ。
「……冒険者じゃない? ホブ・ゴブリンにオーガーに……ダークエルフも?」
俺たちを眺めている──と思う──骸骨。こうしてぶつぶつと喋っているところからして、単なる
「ん? 真ん中にいる白い変な奴はゴブリンなのか? 一体、こいつらは……?」
首を傾げたまま、俺たちを眺める骸骨。もっとも、俺たちだってただ突っ立っているだけじゃない。兄弟や黒馬鹿たち、そしてダークエルフの姉弟も、それぞれ得物を謎の骸骨へと向ける。
そして、その骸骨の前には、二体の巨大な物体。
岩を乱雑に積み上げ、適当に人の形にしたようなそれは……間違いなく、
「ムゥ、ノゥ、クゥ! 魔像は任せた!」
「合点!」
三体の黒いオーガーたちが、むきっと筋肉を強調させるポーズを取る。どうやら、今のポーズがオーガーの肉体言語の「了解」を意味するのだろう。
「ユクポゥ、パルゥ! 剣や槍では骸骨に分が悪い! 石突きや盾を上手く利用しろ!」
「がってん!」
黒馬鹿たちの真似なのか、兄弟たちもまた変なポーズを取る。いや、そういうところは真似しなくていいから。
それはともかく、骨だけの身体である骸骨には、剣や槍はあまり有効な武器ではない。骨しかないから突き刺す槍はあまり効果的ではないし、剣も似たようなものだ。
本来ならメイスやハンマーなどの鈍器が骸骨には有効であり、黒馬鹿たちのモールが一番効果的なのだが……あいつらには、岩魔像を抑えておいてもらわないといけない。
だが、ユクポゥほどの手練であれば、槍の柄や石突きを上手く使って骸骨にも有効打を与えられるだろう。パルゥの持つ盾だって時には立派な凶器になる。決して武器の面で劣っているばかりではない。
「ギーンは氷術で適宜援護! サイラァは怪我をした奴を癒せ!」
「おう!」
「心得ております」
ダークエルフの姉弟が、それぞれ魔術の準備に入る。おそらくギーンは武器を手にして戦いたいだろうが、彼も自分が戦士として未熟なのは承知している。だからこそ、大人しく俺の指示に従って魔術を使うつもりなのだろう。
こうして、俺たちと謎の骸骨は済し崩し的に戦闘へと突入していったのだった。
岩でできた巨大な拳とモールが、激しい抱擁を交わす。
「筋肉のない岩人形に負けたとあればオーガーの名折れだ! 気張るぞ、弟たちよ!」
「当然だぜ、兄者! 俺の筋肉が真っ赤に燃える! あいつを倒せと筋肉が叫ぶ!」
「我ら兄弟の筋肉の力、とっくりと味合わせてやろうぞ!」
魔像の拳と黒馬鹿たちのモールが激突する度、周囲に火花が激しく飛び散る。その火花を横目に見ながら、俺は骸骨へと注意を向ける。
オーガーたちと魔像は互角のようで、あっちは黒馬鹿たちに任せておけば大丈夫だろう。
「やれやれ。冒険者たちから逃げてきたら、今度は変な妖魔たちか……一体いつからこの世界はこんなに暮らしづらくなったんだろうねぇ」
朽ちかけた椅子の肘掛けに頬杖をつき、骸骨ははぁと溜め息を吐いた。いや、吐くような真似をした、か。骸骨だから溜め息なんて吐けないし。
しかし、今ちょっと聞き捨てならないことを言いやがったぞ、この骸骨。
「……何の前置きもなく一方的に戦闘をふっかけられたみたいだけど……身にかかる火の粉は振り払わないとね」
骸骨の指──当然骨だけ──がゆらりと揺れ、同時に骸骨の周囲に火の玉が数個出現する。
「《火弾》」
骸骨の声と同時に、その火の玉が俺たちへと殺到する。同時に、背後から鋭いギーンの声も聞こえてきた。
「《魔術抵抗》!」
魔術に対する抵抗力と防御力を上昇させる補助魔術。ギーンは氷術以外に補助系の魔術も使えるのだ。しっかし、こんなにも魔術師としての才能に恵まれているのに、どうしてギーン本人は戦士になりたいのだろうか。
あんな戦闘狂でも、息子からしたらやっぱり父親は偉大に思えるのかね?
それはさておき、ギーンの補助魔法を受けた俺と兄弟たちは、気術で武器を強化し、迫る火の玉を次々と切り払っていく。
確かに俺たちへの直撃はないものの、向こうの手数が多すぎてこちらから仕掛けることができない。骸骨は次々に炎を生み出しては俺たちへと放ってくるのだ。
「へえ、ホブ・ゴブリンはともかく、変な白いゴブリンも気術が使えるのか。どうやら、ハイ・ゴブリンの亜種といったところかな?」
俺の正体に見当をつけたらしい骸骨は、炎の連射を中断してその掌を俺へと翳した。
「じゃあ、これはどうかな? 《炎弾散布》」
翳した骨ばかりの掌から、先程よりも大きな火弾が立て続けに、そして高速で放たれる。
辺り一面を覆うような爆撃は、到底躱せるものではない。もちろん、武器で切り払うのも無理だ。
逃げ場はないと判断した俺は、素早く左手の親指の腹を牙で噛みきり血を溢れさせる。
そして、その血を周囲にばら撒くように左手を一閃。
「爆!」
激しい爆発と轟音が、迫る火弾を迎え撃つ。爆炎と火弾は互いに互いを喰らい合い、周囲に爆煙と爆音を撒き散らした。
爆煙は俺たちの視界を奪い、爆音は聴覚を揺さぶる。耳の奥で甲高い音がいつまでも響き、一時的に周囲の音が断たれた。
こいつはちょっと拙いな。戦場において、五感の一つを失うのは致命的だ。しかも、今回は聴覚だけではなく、煙で視界も奪われている。
……ちょっと血に魔力を込めすぎた。失敗。
俺は身を床につけるぐらいに低くし、相手の出方を待つ。そんな俺のすぐ後ろでは、兄弟たちも同じような姿勢で周囲を警戒している。煙が晴れたら、俺たちは一気に骸骨へと肉薄して勝負をかけるつもりだ。
やがて、辺りを覆う煙が晴れ、同時に聴覚もかなり戻ってきた。
そして、煙が晴れた向こうに奴はいた。それまで座っていた椅子から立ち上がり、驚愕の表情──なんとなくそんな感じがした──で、じっと俺を見ていた。
「い、今のは……もしかして、爆術……?」
ん? どうしてこの骸骨が爆術を知っているんだ?
そのことが気になり、隙だらけの骸骨に攻撃を仕掛けるのを思わず躊躇ってしまう。
眼球のない骸骨の眼窩が、じっと俺へと向けられる。かたかたと顎骨を鳴らしながら、骸骨は骨しかない指を俺へと向けた。
「……もしかして……君、ジョルっちかい?」
「……なんだと?」
ジョルっち。それは、以前の俺の呼び名だ。だが、俺をそう呼んでいたのは一人だけ。かつて、「あいつ」を倒すために一緒に旅をした仲間であり、優秀でありながらもどこか抜けている変な魔術師だった……
「ま、まさか……おまえ……ジョーカー……なのか?」
「そうだよ! 僕はジョーカーさ! 僕のことを知っているってことは、やっぱり君はジョルっちなんだね?」
目の前の骸骨……かつて仲間だった魔術師のジョーカーは、嬉しそうにかたかたと頬骨を鳴らした。
「一体、どういうことなんだ? どうして、ジョーカーが骸骨になっている?」
「それは僕の台詞だよ? どうして、ジョルっちはゴブリンなんだい?」
そういや、こいつにも俺が何度も転生していること、教えていなかったっけか。
この世界……ってか、月神教では、人の魂は何度も輪廻を繰り返すものだと説いている。それに合わせれば、俺が転生していることは不思議ではない。だが、何度も転生を繰り返し、その都度記憶を持ったままというのはあきらかに異常なことだろう。
そのため、俺は誰にも自分のことを教えてはいなかったのだ。
それに、「俺、実は何度も記憶を保持したまま転生しているんだぜ」とか言っても、普通は信じてもらえまい。だから、ここは適当に誤魔化しておこう。
「さあな。こっちが聞きたいよ。気づいたらゴブリンだったんだ」
「なるほど…………………………の……業か? いや、も……かし…………の方……?」
腕を組み、何やら考え込むジョーカー。何やらぶつぶつと呟いているが、俺の知らない言語だったので意味までは分からない。
「それより、どうしておまえが骸骨に? もしかして、死んでも死にきれずに迷ったのか?」
ヒト族妖魔族問わず、死した者は肉体から魂が離れ、いずれかの神の元に召されると言われている。だが、死した後も何かに強い執着などを残していた場合、魂が地上に留まる場合がある。いわゆる、幽霊とか亡霊とか言われるモノになるのだ。
幽霊や亡霊は肉体を持たないため、ひどく脆い存在となる。そのため、幽霊や亡霊は何かに取り憑く。それは死亡した自分の肉体だったり、別の誰かの身体だったりする。時には物に憑く場合もあり、一般的にこれらは「呪われた品物」と呼ばれる。
ジョーカーも何らかの執着を残していたために、神の元に召されずに地上に留まっているのではないか、と俺は考えたわけだ。
だが、どうやらそうではないらしい。
「いやー、これはちょっとした手違いなんだよ。実は僕、君や仲間たちと挑んだ《魔物の王》との最終決戦に備えて、万が一死んだ時のために自分の記憶や経験を写すための
「魔像……だと?」
「うん、そう。本来なら、人間の死体から作り出した
ああ、やっぱりこいつはジョーカーに間違いない。優秀なんだがどこか抜けているところが、俺の知っているジョーカーそのものだ。
しかも、魔像の保存状態を失敗するなんて、普通はしないようなことを平然とやっちゃうんだよな、こいつは。
だが、これで納得したものもある。それはこの塔にいた屍人モドキのことだ。どうやら、あれは
しかし、まさかこんな所で昔の仲間と遭遇するとは。しかも、相手は骸骨になっているし。
まあ、俺だってゴブリンになっているのだから、あまり他人のことは言えないか。
ともかく、こうして俺とジョーカーは六十年振りに再会したのだった。
お互い、姿はかなり変わっちゃったけど。
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