死術使い


 今、俺の目の前には朽ちかけた塔が存在している。

 ガリアラ氏族の集落を発ち、突風コオロギの激しい揺れに耐えること数日。ガリアラの族長が言っていた、死術使いが棲み着いたと思しき塔。それが目の前にあるのだ。

「……しかし、食えない奴だよな、ガリアラのゴンゴ族長も」

「ゴンゴ族長がどうした?」

 誰に聞かせるでもない俺の呟きを、隣にいたギーンはちゃっかりと拾ったようだ。

「なに、ゴンゴ族長の狙い通りに自分が動いていることがな。確かに、互いの目的は一致しているわけだが」

 俺の言っていることが理解できない様子のギーン。

 ゴンゴ族長が俺にこの塔の話をしたのは、何も親切心や巫女であるサイラァがいたからじゃない。

 この塔の調査と、もしも本当に死術使いやそれに相当する危険な存在が棲みついていた場合、その排除があのオヤジの本当の目的なのだろう。

 ここからガリアラ氏族の集落までは、それほど遠くない。もしもこの塔に危険な存在いるならば、ガリアラのダークエルフたちにとって驚異となる。そのため、《魔物の王》の情報が欲しい俺を利用したわけだ。

 俺としても、ここに本当に死術使いがいるのなら、その死術使いに話を聞いてみたいことがあるし。

 死術使いがいないならそれでよし。反対に死術使いがいたならば、俺が接触することで危険な人物かどうか分かるし、危険であれば接触した俺たちが排除することになる。そして、他の魔獣などが棲みついていた場合も同様だ。

 仮に俺たちがここで命を落としたとしても、ガリアラ氏族にとっては何の痛手もない。

「…………つまり、ゴンゴ族長やガリアラ氏族としては、何の損失もなくこの塔の調査ができるってわけだ」

「なるほど……そこまで考えておまえにここの話をしたのか、ゴンゴ族長は」

「あのオヤジ、ギーンの爺さんなみに腹黒だよ」

 俺の言葉にちょっとムッとした表情をするギーン。だが、ギーンの爺さん……リーリラのグルス族長が相当な腹黒なのは事実だ。そのことをギーンもよく知っているのだろう。そのことに彼が反論することはなかった

「さぁて、一体何が棲みついているのやら。おまえら、気ぃ抜くなよ!」

 俺は背後にいるユクポゥやパルゥ、そして《黒馬鹿三兄弟》を筆頭としたオーガーたちに声をかける。そして、俺のその掛け声に、兄弟やオーガーたちは声を揃えて「応」と応えるのだった。




「な、なぁ、ゴブリンの旦那……ほ、本当に俺もこの塔に入らなきゃ駄目か……?」

 いよいよ塔に突入する直前、恐怖に顔を引き攣らせた隊長が俺にそんなことを聞いてくる。

「当然だろ? だが安心しろって。隊長に敵と戦ってもらおうなんて考えてないから。隊列の真ん中でじっとしていればいい」

 俺のその言葉を聞いて、隊長はあからさまにほっとした表情をする。だが、続く言葉を聞いて再びその顔を引き攣らせた。

「ただし、どんなことがあってもクースだけは絶対に守れ。たとえ隊長がどれだけ傷つこうが、クースには傷を負わせるな。もしもクースが怪我をしたら……その時は、クースの怪我の数だけ隊長の指を引き抜いてオーガーたちに食わせるからな? なぁに、サイラァがいれば指ぐらいすぐ再生するから安心しろ」

「お、おおおおおおう! ぜ、ぜぜぜぜ絶対に嬢ちゃんは守ってみせるぜ……っ!!」

 悲壮な表情でそう決意する隊長。まあ、本当に指を引き抜くつもりはないけどな。

 そんなことを考えながら、俺たちは塔の中へと足を踏み入れる。

 一行の先頭はギーン。どうやら彼は斥候としての心得もあるらしく、罠などに関する知識もあるそうだ。そして、その後にユクポゥとパルゥ。ある意味、俺たちの主力であるこの二人には、前方の敵を排除してもらうことになる。

 それに続くのが、俺とクース、そして隊長。その後ろにサイラァが続き、殿を《黒馬鹿》たちが務める。

 三兄弟以外のオーガーたちには、塔の周囲を警戒させている。このような廃墟の中は、小数精鋭の方が小回りが利いて探索しやすいからだ。それに、周囲の森にだって脅威は存在する以上、外の警戒を怠るわけにはいかないのだ。

 塔全体と同じように朽ちかけた扉を蹴り開けながら、俺たちは塔の中へと入った。

 入ってすぐは広間のようになっており、がらんとした空間が広がっている。広さから見て、塔の基部を特に遮ったり仕切ったりはせず、そのまま広間としてあるらしい。

 ざっと見渡したところ、広間に特に目立つものはない。あるとすれば、壁際に上へと続く階段があるぐらいだ。

「よし、階段を目指そう。ただし、罠には十分注意しろ」

「分かった」

 俺の言葉に頷いたギーンが、やや先行して壁伝いに大回りして階段へと近づいていく。時折立ち止まっては床や壁などを調べつつ、ギーンはゆっくりと進む。

 壁伝いに進むのは、もちろん罠を警戒してのことだ。塔の入り口から最短で階段へと近づくと、その途中に罠が仕掛けられているかもしれない。ってか、俺なら絶対最短距離の途中に罠を仕掛けるからな。それを警戒して壁際を進むってわけだ。

 もちろん、それを先読みして壁際に罠がある場合もある。いつだって警戒は疎かにできないのだ。

 ギーンのやや後方を、俺たちは注意深く進む。ギーンが通った場所を正確に後追いしながら、俺たちは階段まで無事に辿り着いた。

「……良かった。罠はなかったですね」

 階段に辿り着いてほっとしたのか、クースが笑みを浮かべる。

 彼女は間違いなく、このような場所へ立ち入るのは初体験だろう。緊張で身体が震えているようだ。

 最初は彼女も外で待っていてもらおうかとも考えたが、外だって決して安全ではないのだ。ならば、俺の目の届くところにいてくれた方が、俺としても安心できる。そのため、こうして彼女も俺たちと一緒に塔へと侵入しているわけだが、ここは一つ、俺が安心させてやろうじゃないか。

「大丈夫だ。俺が傍にいる。安心して俺の後をついてくればいい」

「……はい、リピィさん」

 にっこりと微笑むクース。どうやら少しは安心してくれたらしく、身体の震えが止まっていた。

 この前はクースを安心させることに失敗したけど、今回は上手くいったようだ。

 クースの笑顔に俺自身も緊張を解しつつ、俺たちは階段を上って次の階へと進んで行った。




 周囲を警戒しながら慎重に階段を登る俺の肩を、控えめにつんつんと突く者がいた。

 一体誰だよと思って振り向けば、そこには怯えた様子のクースが。どうしたんだ? 怖くて帰りたくなったのか?

「あ、あのリピィさん……この塔にいるらしい死術使いって、どんな魔術師なんですか?」

 ああ、そうか。死術使いなんて言葉、普通に暮らしていたら聞くことはまずないものな。

 魔術師には、得意とする系統というものがある。例えばサイラァは〈命〉が得意だし、ギーンは〈氷〉が得意だ。

 そんな自分が最も得意とする系統を、魔術師たちは自分の「名」とするわけだ。

 サイラァなら命術師とか命術使い、ギーンなら氷術師とか氷術使いといった具合に。

 ここまでは、人間の社会でも一般的な知識である。クースのような辺境育ちでも、一度や二度は聞いたことがあるぐらいには。

 だが、死術はちょっと違う。そもそも、死術は存在自体が禁忌とされているため、その存在自体を知っている者は少ない。死術の存在を知っているのは、同業者である魔術師や賢者たち、国の運営を司る王侯貴族たち、そしてかつての俺のような冒険者たち。

 特に冒険者は、時に死術使いと直接対決する場合もある。死術とは「死」を操る魔術だ。

 魔術によって直接「死」を与えたり、死者の魂を召喚したり、死した亡者たちを操ったりとその所業は一般的に邪悪と呼ばれるものばかりゆえ、人間の社会では死術使いは犯罪者と同格に扱われる。そのため、死術使いは発見されると同時に排除される傾向にあり、その排除が冒険者への仕事として回ってくるのだ。

 まあ、貴族などにこっそりと庇護された死術使いもいないわけではない。死術も使い方次第では様々なことに役立つ場合もあるからだ。何事も使い方ってことだな。

 とはいえ、善良な死術使いなど稀な存在だ。普通は人間社会の片隅でこっそりと邪悪な魔術の研究をしているのが、一般的な死術使いだろう。

 そして、時々人間の社会を追われ、深い森の中などに逃げてくる死術使いもいる。今回この塔に棲みついたらしい死術使いも、そんな逃亡者の一人なのかもしれない。

「……とまあ、死術使いってのはそんな連中だ。分かったか?」

「はい、よく分かりました。そんな魔術師がいるなんて、これまで知りませんでしたけど……」

「まあ、安心しろ。何があってもクースのことは守ってやるからな」

「はいっ!!」

 ぽん、と頭を軽く叩いてやると、クースはそれまでの不安そうな表情から一転、嬉しそうな笑顔を浮かべた。




 階段を登り切った俺たちは、次の階へと足を踏み入れる。

 階段を登った先は、一つ下の階の四分の一ほどの広さの部屋で、奥に別の部屋か通路に続くと思しき扉が見えた。

 だが。

「……やはりいたか」

 俺たちの侵入に気づいたのか、部屋の中にいた数体の人影がのたりのたりとこちらへ向かってくる。

屍人ゾンビ……か。ここに死術使いがいる確率が高まったな」

 死術によって操られた死体。それが屍人である。中には怨念などのために屍人が自然発生することもあるが、大抵は死術によって生み出される。

 つまり、ここに屍人がいるってことは、この塔に屍人たちを作り出した死術使いがいる可能性が高いってことでもある。

 のたのたと不気味に蠢く屍人を見て、背後のクースが小さな悲鳴を上げて俺の服の裾をぎゅっと握り締めた。

 細かく震える彼女の手を優しくぽんぽんと叩き、そっと彼女の指を解いて裾を放させる。彼女にしがみつかれていると、満足に守ることもできないからな。

 怯えるクースににやりと笑いかけながら、俺は《黒馬鹿三兄弟》へと視線を向ける。

「粉砕しろ」

「おう、任せておけ、アニキ」

 三体の巨大な黒いオーガーたちが、その体格に見合った大きなモールを手に前に進み出る。

 そもそも、屍人は強い魔物ではない。三馬鹿たちにかかれば、瞬く間に粉砕されるだろう。

 実際、嬉々として屍人たちにオーガーたちが殴りかかり、一撃で屍人を元の死者へと戻していった。いや、正確に言えば、死者ではなくただの肉塊か。

「……死者はいくら潰してもおもしろくありませんね」

 ぽつりとそう呟いたのは、もちろんどこぞの真性である。彼女にとって、既に死んでいる者は興味の対象外らしい。

 さすがにユクポゥとパルゥ、そして黒馬鹿たちも屍人を食う気はないようだ。オーガーたちは倒れた……いや、潰れた屍人に興味を示すことなくモールに付着した肉片を振り払っている。

 だが、ユクポゥとパルゥはじっと潰れた屍人を見ている。どうやら食欲を刺激されているわけではないようだが。

「どうした?」

「リピィ、これ、変、違う?」

「死体、じゃない、じゃない?」

 ホブ・ゴブリン・トルーパーに進化して、ある程度ゴルゴーグ共用語を話せるようになった兄弟たちだが、それでもまだまだ完全とは言い難い。特に難しいことを伝えるのは苦手なようだ。

 しかし、兄弟たちの言いたいことは伝わってきた。要するに、今俺たちが潰した屍人がどこかおかしいと言いたいのだろう。

「どこがおかしいと思うんだ?」

「こいつら、臭くない」

「死体、もっと臭い。でも、こいつら臭い、違う」

「……なんだと?」

 確かに、この部屋の中には屍人特有の腐敗臭がない。普通、屍人がいる部屋の中はもっと臭いものだ。俺もかつて──前世で冒険者だった頃──は何度も経験したことがある。

「……もしかしてこいつは……」

 俺は頭にとある考えを浮かべながら、潰れた屍人をじっくりと調べてみた。




 その後、塔の中には障害となる動く死者たちや罠がたっぷりと詰まっていた。いや、罠はともかく、「動く死者たち」は少し違うかもしれない。もしも俺の考えが正しければ、こいつらは「動く死者」ではないだろう。

 ともかく、障害となるものをことごとく排除し、俺たちはどんどんと塔を攻略していく。時には階段や通路が崩れたり、時には怪我を負ったりしつつ俺たちは塔の最上階を目指す。

 このような塔にしろ、地下深くに広がる迷宮であろうと、親玉は最も高い場所か一番深い場所にいるものだ。理由としては、そこが入り口から最も遠い場所だからだろうか。入り口から遠いということは、そこが最も安全な場所であるからだ。

 ひょっとすると、このような場所に居を構える連中の性格が、総じてあまり外へ出たがらない引きこもりだからかもしれないがな。

 そんなことはともかく、俺たちの快進撃は止まらなかった。守護者である死者モドキや罠を全て排除し、遂に俺たちは最上階と思しき場所へと辿り着いた。

 今、俺たちの目の前には、最後の部屋へと繋がる扉がある。既にギーンによって罠がないことは確認済み。後はこの扉を開けて最後の部屋へと踏み込むのみだ。

「準備はいいな?」

 仲間たちに尋ねれば、連中は揃って頷いた。

「クースと隊長はここで待機。分かっているだろうが、隊長は何があってもクースを守れよ?」

「お、おおおう! ま、任せておけって」

 震えながら自分の胸をどんと叩く隊長。クースは不安そうに俺の顔を見ている。

 そんな彼女を安心させるために不敵に笑うと、俺は牙で自分の指先を噛みきり、溢れ出た血を扉に塗り付けた。

 この扉、魔術で施錠されているようで、ギーンでは開けられなかったのだ。ムゥたちがその怪力を以って扉を殴りつけたが、やはりびくともしない。おそらく、魔術によって構造も強化されているのだろう。

 こうなると、この扉を開ける方法は俺の爆術だけ。そのために俺は扉に自分の血を塗り付けたってわけだ。

 さあ、いよいよ最後の部屋に突入だ。

「爆!」

 俺が発した「鍵なる言葉」に反応し、扉が轟音と共に吹き飛ぶ。そして、その爆炎と粉塵が晴れるより早く、俺たちは部屋の中へと飛び込んでいった。


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