ガリアラ氏族
ガリアラ氏族の集落に到着した俺たちは、最初こそガリアラのダークエルフたちに警戒されたものの、ガラッドくんとサイラァの名前を出した途端にすんなりと集落へと迎え入れられた。
自分で言うのも何だが、こんな怪しいゴブリンやオーガーの集団にあっさりと集落入りを認めさせるとは、もしかしてガラッドくんはこの集落ではそれなりに権威があるのだろうか。
あはは、そんなわけないよなーと思っていたら、やっぱりガラッドくんはガラッドくんだった。
俺たちがあっさりとガリアラの集落に入れたのは、サイラァの巫女という肩書きのおかげだったのだ。
やはり、ダークエルフにとって巫女とは特別なものらしい。そして、サイラァはリーリラ氏族の巫女として、周辺のダークエルフの間では結構有名らしかった。
いわく、死んでさえいなければ、どんな重篤な病や怪我でも完治させる命術の名手。
いわく、聖域にて神に祈りを捧げる姿は、どのような絵画や彫刻の名匠であろうとも再現できない美しさ。
いわく、その冷たくも美しい眼差しは、乳飲み子から死の床で病臥する老人までも魅了する。
とか何とか。いやまあ、確かに嘘ではないな。サイラァは命術の達人だし、中身はアレだけど見た目の美しさも神がかっているとしか思えないほどだ。
人間もそうだけど、見た目ってホントに大事なんだね。痛感した。
さて、そんな訳で俺たちは今、ガリアラ氏族の族長の前にいる。
俺と一緒にいるのは、サイラァとガラッドくん。他の者たちには別の所で待機してもらっている。
さすがに見知らぬオーガーやらホブゴブリンやらを、氏族の族長の前に出すわけにはいかないようだ。妥当な判断だと俺も思う。
「よく参られたな、リーリラの巫女殿。そして……」
機嫌よさ気に微笑む一人のダークエルフが、何かを探るような目で俺を見た。
このダークエルフこそ、ガリアラ氏族の族長である。名前はゴンゴ・ガララル・ガリアラ。見た目に限れば、人間で言えば三十代の後半ぐらいだろうか。
だが、彼もダークエルフ。見た目と実年齢は相当離れているはずだ。
短く刈り込んだ銀の髪と、整っていながらも威圧感を感じさせる風貌。そして、しっかりと鍛え込まれた戦士の身体。リーリラ氏族のグルス族長を「宰相」に例えるならば、このゴンゴ族長は「将軍」といったところだろう。
「貴殿が……オーガーどもを取り込み、リーリラ氏族を救ったという白いゴブリンか」
俺のことは、既にガラッドくんやサイラァからゴンゴ族長へと伝えられている。もちろん、今のリーリラ氏族の現状も含めて。
ゆっくりと値踏みするように俺を見ていたゴンゴ族長が、その視線をサイラァへと移動させた。
それに応じて、サイラァがにっこりと微笑みつつ頷く。
ん? 何やら、二人の間で俺の知らないやり取りがあるようだぞ?
こうして俺とゴンゴ族長が面談する前に、サイラァとガラッドくんがゴンゴ族長と面会している。そうでなければ、いきなり俺のような得体の知れないゴブリンが氏族の族長と面談できるわけがない。
その際にサイラァが、何かをゴンゴ族長に告げたのだろう。そしてその何かは、おそらく俺に関することだ。
果たしてどんなやり取りが二人の間にあったのか、興味はあるが聞くことはできまい。聞いたとしても、きっとまともに答えてはくれないだろうし。
話せるようなことであれば、最初っからサイラァは俺にそう言うはずだ。
「……さて、白いゴブリンよ。貴殿は何か俺に聞きたいことがあるようだな?」
ガリアラ氏族の族長は、どこか楽しげな笑みを浮かべて俺にそう尋ねた。
ダークエルフ、ガリアラ氏族の族長であるゴンゴ。
俺はこのダークエルフをじっくりと見てみるが、やはり見覚えはない。
「……リーリラのグルス族長より聞いたのだが、ゴンゴ族長は先代の《魔物の王》……《竜人王》の配下だったと聞いた。それは間違いないのか?」
顔は笑いつつも視線だけは鋭いゴンゴ族長に、俺はいつもの不敵な笑みを浮かべてそう尋ねた。
60年前の霊峰レビテルトの山頂に存在する神殿における、俺と「あいつ」の戦い。その場にこのゴンゴ族長がいなかったのは間違いない。
そもそも、あの場に居合わせた者たちは俺と「あいつ」、そして双方の仲間たち全員が戦死している。
あの戦いで最後まで生き残っていたのは、俺と「あいつ」だ。双方の仲間が息絶えたことを、あの時の俺たちは間違いなく確認したのだ。
まあ、「あいつ」の部下が全員あの場にいたわけではないのだろう。「あいつ」の部下にどれだけの魔物がいたのか知らないが、あの戦いの時に他の場所にいた部下がいても不思議ではない。
過去を振り返っていた俺をじっと見つめつつ、ゴンゴ族長はゆっくりとその口を開いていく。
「確かに、俺は先代の《魔物の王》……《竜人王》様の部下だった。とはいえ、側近に取り立てていただけるほどでもなかったがな。それがどうした?」
「では尋ねたい。先代の《魔物の王》の配下であったゴンゴ族長ならば、今代の《魔物の王》について何か知らないか?」
「ほう……今代の《魔物の王》について、か……」
大きな手でごつい顎を撫でさすりつつ、ゴンゴ族長はちらりとサイラァへと視線をくれた。
それに俺が気づいたことは、ゴンゴ族長も気づいているようだ。それでいながら、あえて気づいていない素振りで彼は更に続けた。
「噂程度なら、俺も聞いている。どうやらその噂によると、今代の《魔物の王》は既に誕生しているらしい。だが、今どこにいるのか、そしてどんな種族なのか……その辺りのことまでは知らないがな」
と、明らかに何かを含んだ視線で俺とサイラァを見るゴンゴ族長。果たして、この二人の間にどんなやり取りがあったのやら。何か、すっげえ気になってきたよ。
「俺が知っているのはそれぐらいだ。おそらく今代の《魔物の王》に関しては、現時点では誰もが俺以上のことは知るまいて」
まっすぐに俺を見ながら、ゴンゴ族長はそう告げた。
だが、今代の《魔物の王》が既に誕生しているらしいことが分かっただけでも収穫だ。やはり、「あいつ」もまた俺と同じように転生していると考えていいだろう。
ならば俺自身の力を高めつつ、「あいつ」に関する情報を集めればいい。
できれば、人間たちの間にも何らかの伝手が欲しいところだな。やはり、情報の伝達に関しては妖魔よりも人間の方が優れている。
人間は広い範囲に散らばって生活しており、その間を行商人などの旅人が行き交うことで、情報の伝達をしているからだ。
対して妖魔はと言えば、閉鎖的であまり移動しない。中にはオーガーのように決まった集落や塒を築かない種族もいるが、ほとんどの妖魔は拠点となる集落などの周囲だけで生活するものだ。そのため、情報の伝達速度がどうしても遅い。
情報を集めるならば、人間たちの情報網を利用する方が都合がいいだろう。何とかして、人間たちとの間に伝手を築くことはできないものだろうか。
幸い、俺の手元にはクースと隊長という二人の人間がいる。彼らを上手く使えば、人間たちから情報を仕入れることもできなくはないだろう。
もちろん、クースに危険なことをさせるつもりはない。え? 隊長? そりゃあクースに危険なことをさせられない以上、彼にはその辺りを彼女の分までがんばってもらうつもりだ。頼りにしているぜ、隊長。
俺がこれからのことを考えていると、目の前のゴンゴ族長が何かを思い出したかのように、突然ぽんと手を打った。
「おお、そう言えば、最近変な噂を聞いたぞ」
「変な噂?」
「ああ、噂だ。噂ゆえに、それが本当かどうかも定かではないのだが……実はここから更に森の奥に進んだ場所に、半ば朽ちた塔が建っているのだ」
「塔? このリュクドの森の中にか?」
「
この世界のあちこちには、遥か大昔に建てられた建造物が今も朽ち果てずに存在している。
それらは神代の時代に神々が建てたものだとか、かつて存在したが今は滅亡した王国の名残だとも言われているが、もちろんそれを確かめる術は現在にはない。
中には史料などからいつ、誰が建造したのか判明したものもあるらしいが、それは極一部だけであり、ほとんどは建造された時代や理由などが不明のものばかりである。
そして、そのような古代の建造物──人間の冒険者たちは、これらの建造物を「遺跡」と総称している──には財宝や危険な罠が存在し、冒険者たちは一攫千金を夢見て自ら古代の建築物へと足を踏み入れる。
もちろん、上手く財宝を入手する者もいれば、罠にかかって二度と建物から出られなくなる者もいる。
そして何より、このような遺跡は妖魔や魔獣の格好の棲み処となる。こうして棲みついた妖魔や魔獣もまた、冒険者にとっては危険な存在となるだろう。
かつて冒険者だった俺としてはちょっと心引かれるものがあるが、ゴンゴ族長の聞いた噂とやらは一体何だろう。
塔の存在そのものは確実のようなので、彼が聞いた噂は塔とは直接関係ない別のもののはずだ。
「で、ここからが俺の聞いた噂なのだが……どうやら、その塔に何者かが棲みついたらしい」
「ほう? だが、古代の建築物に何かが棲みつくのは珍しくもないだろう?」
「その通りだ。だが、棲みついたのが妖魔や魔獣の類ではないとしたら……どうだ?」
妖魔や魔獣の類ではない。それはつまり、その塔に棲みついたのは人間やそれに近しいヒト族ということか?
もしも本当にその塔に棲みついたのがヒト族であるならば……人間たちの社会に流れている情報を掴むことができるかもしれない。
その者が知る情報の中に俺の望むものがあるとは限らないが、もしも話を聞くことが可能であれば、別の情報から次へと繋がる切っ掛けが掴めるかもしれない。
俺が考えていることを理解したのか、ゴンゴ族長がにやりと笑う。
この族長、てっきり肉体派かとばかり思っていたが、なかなか理性的な面も持ち合わせているらしい。もっとも、ただの脳筋にダークエルフの族長が務まるわけがないのだが。
「それで、その塔に棲みついた者とは何者なんだ?」
「あくまでも噂なので、話半分で聞いておけよ? 俺が聞いた話によると、その塔に棲みついたのは……人間の魔術師、それも
「死術使い……だと?」
死術使い。もしくはネクロマンサーとも呼ばれる者。それは死者を使役する邪悪な魔術師として知られる、人間でありながらも銀月の眷属とされる異端者たちのことである。
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