ガリアラ氏族の戦士



 他の氏族から援軍としてやって来たダークエルフたち。

 だがその数を見て、俺は首を傾げた。

 今、グルス族長の前で何やら話しているのは、二十人近いダークエルフたちだ。

 あれ? 確かギーンの話では、十人から二十人ほどが他の集落に援軍要請に向かったはずじゃなかったか? しかし、目の前にいるのは二十人に足りないほど。

 援軍にしては、数が合わなくないか? これじゃあ、援軍要請に向かったこの氏族の使者と人数的に変わらないじゃないか。

 もしかして、援軍を断られたのか? それで使者だけ戻って来たとか?

 まあ、ダークエルフも妖魔だ。弱肉強食の妖魔の掟に従い、滅びるのも力なき証拠とか考えたとしても不思議じゃない。

 一方で、グルス族長と話をしているダークエルフたちは、びっくりした顔で周囲を見回していた。

 そりゃそうだよな。この集落はオーガーに襲われたはずなのに、そのオーガーが集落の修繕の手伝いをしているのだから。彼らが混乱するのも無理はないと思う。

 周りの光景が理解しきれずにしきりに首を傾げながら、グルス族長と話している一人のダークエルフの声が聞こえてきた。

「り、リーリラの族長殿……これは一体……この集落はオーガーに襲われたのではなかったか?」

 周囲を見回しながら、やっぱり状況が理解できないらしい戦士。ん? この言いようからして、こいつはこの氏族のダークエルフじゃないのか?

「それがだな、ガリアラ氏族の戦士ガラッドよ。実は……」

 近隣に存在するらしいダークエルフの氏族はガリアラと言うのか。そして、この戦士の名はガラッドと。ふむ、やはりこいつは他の氏族の者らしい。

 よく見れば、彼だけ他の者たちとは服装の意匠などが違うな。

 しかし、まさか援軍が一人だけってことはないよな? ガリアラ氏族ってのは、何を考えて彼だけを寄越した?

 もしかして、ガリアラ氏族ってのは規模の小さな集落なのか? それで援軍を派遣するにも、このガラッドって奴だけしか派遣する余裕がなかったとか?

 もしそうなら、このガラッドって奴はかなり強いってことになるのだが。

 俺があれこれとそんなことを考えている間に、ガラッドという戦士とグルス族長の話は続いていた。

 やがて、グルス族長とガラッドの目が、揃って俺へと向けられる。

「リピィ殿、少しいいかね?」

「あれが族長殿の言う、上位のオーガーさえ倒す白いゴブリンか……」

 手招きするグルス族長の横で、ガラッドが値踏みするような目で俺を見つめている。

「おまえが本当に、この集落を襲ったオーガーを倒したのか?」

「その通りだ。後ろにいるオーガーたちを見れば、嘘か本当かはすぐ理解できるだろ?」

 俺の背後に従う、黒馬鹿を筆頭にした十体ほどのオーガーたち。俺が肩越しに背後へと目を向ければ、連中はそれぞれ一斉に筋肉を強調するポーズを取った。同時に、背中から生温かい空気と汗臭い匂いがむわっと漂ってくる。うわー、こいつらってホント暑苦しい。

 しかし、オーガーたちは何かにつけて筋肉を強調するが、もしかしてそれってオーガー流の挨拶か何かなのだろうか?

 俺がそんなことを考えている間にも、オーガーたちは次々にポーズを変えていく。もちろん、全部筋肉を強調するものばかりだ。

 これは後でムゥに聞いたのだが、どうやらこれはオーガー独特の「言語」らしい。筋肉を強調するようなあのポーズの一つひとつに、それぞれ意味があるそうだ。オーガーは言葉ではなく筋肉で語るんですぜ、とその時のムゥは自慢気に言ったものだ。

 まさに文字通りの肉体言語。もっとも、この肉体言語で伝わるのは簡単なことだけらしく、あまり複雑な意思の疎通はできないらしいのだが。

 オーガーってあまり頭のよくないイメージがあったが、実は結構賢い種族なのかもしれない。

 でも、互いに筋肉を強調しながら「会話」するオーガーたちの姿を想像すると、やっぱり馬鹿にしか見えないかもな。




「では、本当にこの白いゴブリンが……」

「左様。わざわざ援軍に来てくれたガラッド殿には感謝する。だが、すでにことは収まったのだ、とガリアラの族長殿に伝えて欲しい。とはいえ、折角ここまで来てくれたのだから、数日はここに逗留して疲れを癒されるがいい」

 グルス族長自ら、ガラッドを集落の奥へと案内していく。集落の建物は現在修繕中や建て直し中のものばかりだが、それでも無傷だったものもある。そんな建物の一つに、彼を案内するのだろう。

 俺も兄弟たちや《黒馬鹿三兄弟》、その他のオーガーを引き連れて、グルス長老のやや後方を歩いていく

 集落の奥を目指す俺たちは、中央広場へと差しかかる。そこでは、今もダークエルフの女性たちが中心となって様々な料理を作っていた。

 ダークエルフたちが主に食べるのは、野菜や果物を中心としたもの。野菜を煮込んだ煮込み料理は、人間が作るものとは一味違う。より野菜の美味みを引き出すことが上手いとでもいうか、やはり野菜を扱う技術は人間では敵わないだろう。

 野菜を生のまま食べることも、ダークエルフの特徴の一つだ。人間は野菜や肉などを煮込んだり茹でたりして食べるが、生で食べることはまずない。理由としては、鮮度の問題と寄生虫などの問題だな。

 寄生虫──以前に仲間の魔術師から聞いたところによると、ごく小さな虫が、野菜を食べる際に一緒に腹の中に入るのだそうだ。そして、宿主から栄養を搾取して成長していく。

 そんな寄生虫の中には、宿主たる人間を操るようなものもいるらしく、操られた人間はまるで屍人ゾンビのようになって、他の人間を襲いつつ仲間の寄生虫を増やすらしい。

 その寄生虫対策として、人間の社会では生食を避ける傾向にある。地域によっては生の魚や生の肉を食うところもあるそうだが、それは稀な例と言っていいだろう。

 だが、何らかの方法で寄生虫を排除できるのか、エルフやダークエルフは野菜を生で食う。

 新鮮な野菜をふんだんに使い、特に葉物の野菜をまるで花のように盛りつけ、そこに酸味の利いたタレをかけて食べるその料理は、既に食べられる芸術とも呼べる領域にまで到達しているだろう。

 更には、果物を多用した菓子などもダークエルフは好むらしく、こちらも食べてみたところ甘酸っぱくてすっげえ美味かった。

 もっとも、兄弟たちやオーガーたちには、やはり野菜や果物は不評らしい。それでも、中には美味そうに食べていた奴もいるので、オーガーと言えども味覚はそれぞれなのだろう。

 そんなダークエルフ独特の料理の数々を、集落を建て直す作業を一休みして楽しんでいる者もいるようだ。

 そんな光景を、ガリアラ氏族のガラッドはきょろきょろと見回している。

 誰か探しているのだろうか。グルス族長の態度を見てもガラッドとは以前より面識があるようだし、この集落に知り合いがいても不思議じゃないけど。

 リーリラの集落の中を見回すガラッドを見ていた俺の鼻に、香ばしい匂いが漂ってきた。

 これは間違いなく、クースが焼いてくれた焼き肉の匂いだ。

 先程は食べる直前に他の集落のダークエルフが来たという報せが届いたので、結局は彼女の焼き肉を食い損ねていたのだ。

 俺が匂いの元を目で探すと、俺の視線に気づいたクースが小さく手を振ってくれた。

 ん? よく見ると、クースの傍にはユクポゥとパルゥが既にいて、美味そうに肉を食っている。

 おまえら、いつの間に? さっきまで俺の背後にいたよな?

 戦う時と食う時の兄弟たちは、本当に凄い。俺に全く感知させることなく高速でクースの元へ駆けつけるとは。これが天才の天才たる所以か。

 そんな兄弟たちに俺が呆れ半分感心半分の溜め息を吐いていると、《黒馬鹿三兄弟》や他のオーガーたちも、我先にとクースの元へと駆け出す。

 い、いかん! このままでは全部あいつらに食われて食いっぱぐれる!

「グルス族長。俺も食事をしてくる。何かあれば呼んでくれ」

 グルス族長にそう断りを入れた俺は、遅れてはならじとクースの元へと駆け寄る。この時、俺の頭の中からはガリアラ氏族の戦士のことなどすっかり消え去っていた。




 何とか、兄弟たちやオーガーたちに食い尽くされる前に、クースの料理にありつくことができた。それでも、大半を連中に食べられた後だったので、量的にはちょっと物足りないが。

 俺は今、クースが淹れてくれた食後のお茶を楽しんでいる。クースは料理だけではなく、お茶を淹れるのも上手い。このお茶はダークエルフたちが好んで飲むお茶だそうで、クースもこのお茶を気に入っているらしい。

「……放っておいてもいいんですか?」

「別にいいんじゃね?」

 クースは俺の隣に腰を下ろし、目の前の光景を目を丸くして見つめている。

 彼女の視線の先では、兄弟たちやオーガーたちが、残された僅かな焼き肉を奪い合っていた。

 最後に残された肉を誰が食べるのか。そんな理由から、今では殴り合いの大騒ぎだ。

 どんな時も実力行使。うん、じつに妖魔らしい解決方法だな。

「あれもまた、相互理解の手段だよ。多少の怪我ならサイラァに治させればいいしな」

「はぁ……妖魔って不思議ですね」

 大騒ぎを繰り返すオーガーたちの向こうでは、力を合わせて集落を建て直すダークエルフの男衆がいるし、井戸端では話に花を咲かせる女性たちもいる。

 そんな光景は人間の村とあまり差がない。これは妖魔の中でも同族同士の繋がりを重視するダークエルフだからこそだ。

 これがゴブリンやオークの集落であれば、こんなにのんびりとした光景は見ることができない。もっと殺伐とした光景が広がっていることだろう。

 俺はその辺りのことを、お茶を楽しみながらクースに説明した。

「一口に妖魔と言っても、いろいろなんですね」

「そういうことだな。ま、人間だっていろいろだ。いい奴もいれば悪い奴もいる。そういう意味では、人間も妖魔も変わりないと言えるな」

「リピィさんは人間のこと、随分と詳しく知っていますね」

 そりゃあ、元人間だからな。もしかするとクースなら、俺が元人間だと言えば信じてくれるかもしれない。だが、今の俺が少し変なゴブリンであることは間違いないのだ。過去のことをあれこれ話す必要もないだろう。

「ま、俺は少し変なゴブリンだからな」

 適当にごまかした俺の言葉に、クースは楽しそうに笑い声を上げた。

 しかし、彼女と一緒にいると妙に落ち着くのはなぜだろう。クースの周囲は、空気さえどこか柔らかいような気がする。

 まあ、これも彼女の人徳って奴なのかもな。

 ちなみに、肉の争奪戦に勝利したのはパルゥだ。ユクポゥやオーガーたちが殴り合いをしている間に、ちゃっかりと横から奪っていったのだ。ひょっとすると、彼女が一番強かなのかもしれない。




 俺がクースとまったりとした時間を過ごしていると、そこに慌ただしく駆け込んできた者がいた。

「こんな所にいたのか、リピィ。探したんだぞ! さあ、また俺に気術を教えてくれよ!」

 やって来たのはギーンである。ギーンに気術を教えてやると約束してから今日まで、俺はギーンの修行に付き合ってやった。

 だが。

 だが、はっきり言おう。ギーンには気術の才能がない。

 俺が教えたことをあっさりと実行できたユクポゥやパルゥは例外中の例外だとしても、ギーンは気術に全く向いていない。

 確かに体内で魔力を練り上げることはできる。だが、その魔力を身体中に流して強化したり、武器に纏わせて威力を上げたりということがどうしてもできないのだ。

 しかし、彼が無能というわけではない。確かに気術に対する適性は全くないが、その反面魔術に対する適性はかなり高い。特に〈氷〉系統の魔術であるひょうじゅつは、既にかなりの上級の魔術まで行使できるのだから。

 また、武器を扱う才能もやや乏しく、俺は何度もギーンに戦士ではなく魔術師を目指すべきだと説得した。だが、彼は俺の言うことを聞き入れようとはしない。

「俺は父さんと同じ戦士になりたいんだ!」

 というのが理由らしい。

 父親の背中を追い求めるその姿は微笑ましいものさえ感じるが、それでもやはり適性というものはなかなか覆すことができないもので。

「教えるのは構わないが、昨日出した課題はできたのか?」

「う、そ、それは……」

 俺の言葉を受けて、途端に視線を泳がせ始めるギーン。

 俺が彼に出した課題とは、体内で練り上げた魔力を木の小枝に纏わせること。つまり、俺や兄弟たちが普通種のゴブリンだった頃にやっていたアレである。

「武器に魔力を通してその威力を上げるのは、気術の基本中の基本だ。基本ができない者に、次への階段を上がる資格はないぞ」

「く、くそっ!! きょ、今日こそ成功してみせてやるっ!!」

 ギーンはやおらその場にどっかりと腰を下ろし、地面から手頃な小枝を拾い上げる。そして、その小枝を睨み付けるようにしながら、体内で魔力を練り始めた。

 ギーンが秘めている魔力は相当な量で、そのことからも魔術師として大成すると思わせる。だが、本人はやはり戦士になりたいらしい。

 彼の体内で練られた魔力の流れが、俺にもはっきりと分かる。それ程、ギーンが秘める魔力は多い。その魔力が身体の中を巡り、徐々に手に握る枝の方へと流れ始めて……すぽん、ぷしゅうという音が聞こえそうな感じで魔力が霧散する。

「あ…………あれ?」

「失敗だな、未熟者め」

「うぅ…………」

 地面に手をつき、がっくりと項垂れるギーン。まあ、何だ。がんばれ。

 項垂れるギーンの背中を叩いて慰めてやっていると、俺たちの方へと近づく足音が聞こえてきた。

 足音の方へと振り向けば、そこには一人のダークエルフ。この集落の者とは違う意匠の衣服を纏うそのダークエルフは、ガリアラ氏族から来たたった一人の援軍であるガラッドだった。

 ガラッドはにこやかな笑みを浮かべながら、俺とギーンの方へと近づいて来る。

「おお、我が将来の義弟であるギーンよ、息災であったか? と、ところで……姉上は……サイラァ殿はやはり今日も聖域においでなのかな?」

 ん? こいつ、今何て言った?


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