戦いの終わり

 俺はここで、気を失っている《黒の三巨星》改め《黒馬鹿三兄弟》の様子を確かめる。

 まずは長兄のムゥ。腹に直接俺の爆術を食らったため、その部分の皮膚や腹筋、皮下脂肪などが弾けて内臓が飛び出していた。一部、内臓にも損傷があるだろう。いや、これでも生きていることに驚きだ。人間なら間違いなく死んでいる。オーガーの生命力、半端なくすげえな。

 次兄のノゥと末弟のクゥは足元から爆破を受けたため、両足に大きな負傷を負っていた。

 ノゥは両足骨折、クゥは片足が吹き飛んでいる。更には吹き飛ばされて地面に落下した時に折れたのか、二体とも胸から折れた肋骨の先が飛び出している。

 ……ちょっと、威力が高すぎたかもしれない。よし、これを反省材料として、次から気をつけよう。うん。

 《黒馬鹿三兄弟》の負傷具合を確かめた後、俺はサイラァへと目を向ける。彼女は相変わらず恍惚とした表情で、倒れた黒いオーガーたちを見て悶えていた。

「あぁ……ぁん……桃色の内臓……なんて綺麗な色……それに突き出た骨の白に血が絡んで一際映えて……も、もう……私……あぁぁん、我慢できな……くふぅんっ!!」

 ……見なかったことにした。

 俺はサイラァの父親であるゴーガを睨み付けたが、ゴーガの奴、さっと視線を逸らしやがった。

 娘の教育はしっかりしろよ、父親。どういう教育をしたらこんな女に育つんだよ?

 よく見れば、他のダークエルフたちもサイラァから目を逸らしているか、逆にじーっと凝視しているかのどちらかだ。ちなみに、凝視している連中──見た感じ若い連中ばかり──は揃って前屈みになっていた。

 謎だね? 謎ってことにしておこうよ。俺、まだ一歳未満だし。




 死にかけているオーガーたちを見て、息を荒げているサイラァの尻を思いっきり蹴り上げて、彼女を正気に戻し、黒馬鹿たちに命術をかけるように命じた。

 突然尻を蹴り飛ばされてきょとんとした顔のサイラァだが、真顔に戻るとすぐに命術を行使する。

 その際、若干内股気味で「リピィ様に蹴られたお尻がじんじんと快感を……」とか呟いていたが、俺は気が付かない振りをした。こいつ、自分が傷ついても感じるらしい。ホント、始末が悪い。

 そんなサイラァだが、魔術の行使は完璧だ。彼女の詠唱が完成すると同時に、三体のオーガーの身体が淡い光に包まれる。

 ほう、しっかりと複数対象に命術をかけることができるのか。魔術師としての基本は押さえているようだ。しかも、ムゥの腹部に空いた穴やノゥの骨折の回復だけではなく、クゥの欠損した足まで見事に復元したのだ。

 数少ない命術の使い手の中でも、サイラァは間違いなく達人級と言っていい。

 これで真性の変態じゃなければなぁ。これだけ腕のいい命術使いは、俺のこれまでの過去でも見たことがないぐらいなのになぁ。

 これからの俺に、命術の使い手は不可欠だ。つまり、俺にはサイラァが必要なのだ。

 それは分かっている。よーく、分かっている。だけど今の俺の泣きたい気持ち、誰か分かってくれるだろうか。

 俺が心の中で涙を流していると、《黒馬鹿三兄弟》が意識を取り戻したようだ。

「気が付いたか?」

「き、貴様は……そうか、俺は貴様に負けたのか……」

 立ったまま見下ろす俺と地面に横たわるムゥ。これが勝敗を物語っている。

「約束通り、実力でおまえに勝ったんだ。これからは俺の手下になってもらうぞ」

「…………承知した。今後は貴様に……いや、リピィのアニキに従おう。おまえらもいいな?」

 上半身を起こしたムゥが背後へと振り向く。そこには長兄と同じように上半身だけ起こした次兄と末弟の姿が。

「ムゥの兄者がそう決めたのであれば、俺に異存はない」

「俺も同じだ。ムゥの兄者の決定に従おう」

 三体の黒いオーガーたちは、一度立ち上がると改めて俺の前で跪いた。だが次の瞬間、彼らは立ち上がると先程と同じようにむきっと筋肉を強調する暑苦しいポーズを決めた。

「我ら《黒の三巨星》、今日この時よりリピィのアニキの配下となる!」

 思わずげんなりとした俺を余所に、ダークエルフとオーガーとの戦いはこの瞬間を以て幕を下ろしたのだった。




 その後は、生き残ったオーガーたち──十体ほどが生き残り、後はダークエルフたちに始末されるか、逃げ出したようだ──を纏める傍ら、聖域に残っている族長たちに使いを出して集落に戻ってもらう。

 そして、そろそろ夜が明けるという時間になった時、リーリラ氏族のダークエルフたちが集落に戻ってきた。

「この度は我らに助力してもらったこと、心より感謝する、リピィ殿」

「そんなに気にしないでくれ、族長殿。俺にも都合ってものがあったからな」

 族長やその側近たちと改めて話し合った結果、《黒馬鹿三兄弟》とその他のオーガーたちは、前もっての約束通り俺の「所有物」となることが決定した。

 この辺り、魔物は簡単でいい。これが人間であれば、戦いの責任を追及されたり、賠償金を支払えなどとあれこれ戦後処理が必要になってくるのだろうが、妖魔にとっては「弱いから死んだ。弱いから悪い」という考えが基本であるため、俺の「所有物」となったオーガーたちを、これ以上どうこうしようとは考えないのだ。そこは妖魔であるダークエルフも同じである。

 もしもオーガーがどうしても憎ければ、俺より強くなればいい。そして俺を殺し、オーガーたちの「所有権」を俺から奪った後で、オーガーたちを殺すなり自由にすればいいのだ。

 もちろん、俺だって今よりも強くなるように努力する。今回はまだまだ自分が未熟であることを思い知らされたしな。

「それで族長殿。《魔物の王》について、他に何か分かったか?」

「今以上に《魔物の王》の情報を求めるのであれば、近隣の同胞の集落に人員を派遣し、改めて情報を集めさせる必要がある。そして、派遣する者たちが帰ってくるまでは少々時間がかかるだろう。どちらにしろ、今すぐ人員を派遣するわけにもいかないのでな」

 そりゃそうだろう。これから、集落を立て直さなければならないだろうし。ざっと見回したところ、オーガーとの戦いで破壊されたのか、半壊した建築物なども結構あるようだ。

「とにかく、リピィ殿と仲間の方々もお疲れだろう。しばらく、この集落に腰を落ち着けられてはどうかね?」

「そうだな。情報が集まるのにも時間がかかりそうだし、そうさせてもらうか」

 こうして俺と兄弟たち、そしてオーガーたちと同じく俺の所有物扱いであるクースと隊長は、しばらくリーリラ氏族の集落に腰を落ち着けることとなったのである。




 リーリラ氏族の集落を取り戻してから数日後。

 今、俺は遠くにレダーンの町が見える場所へとやってきた。目的はもちろん、以前に隊長から聞き出した盗賊の根城の情報をレダーンに伝えるためだ。

 森の中から出ることなく、俺はじっと遠くに見えるレダーンの町並みを眺める。

 と、俺のすぐ横で僅かな気配が生じた。そちらへと目を向ければ、ゆっくりと黒い肌の妖魔の姿が浮き上がってくる。

「ご苦労さん、ギーン。ちゃんと届けただろうな?」

「当然だ。俺たちダークエルフならば、人間に気づかれることなく連中の集落に忍び込むなど造作もない」

 ふん、と自慢気に胸を張るギーン。

 盗賊の情報を記した羊皮紙を、当初はクースに届けてもらうつもりだった。だが、改めて考えれば、ダークエルフであれば姿を見せることなくレダーンの町に侵入し、こっそりと羊皮紙を兵舎などに置いてくることができるのでは、と思い直したのだ。

 そこで族長であるグルスに相談したところ、氏族の者に届けさせると請け負ってくれた。最初は氏族の戦士を派遣するつもりだったらしいが、そこにギーンが自分が行くと言い出したのだ。

 ギーンはグルスの孫にして、ゴーガの息子である。その才能は同年代のダークエルフの中では突出しているらしく、この程度の「お使い」であれば大丈夫だろうと、グルスも許可を出したようだった。

 だが当のギーンは、この「お使いに」一つの条件を付け加えた。その条件というのが……

「さあ、約束は果たしたぞ。これで俺に気術を教えてくれるんだろうな?」

「いいだろう。だが、俺の教え方は厳しいぞ?」

「ふん、あのホブ・ゴブリンたちだって使えるようになったんだろ? すぐに俺も使えるようになってやる」

 そう。ギーンの言い出した条件というのが、気術を教えて欲しいというものだった。

 なあ、ギーン。確かにユクポゥとパルゥはすぐに気術を使えるようになったが、あれはあいつらが天才だからだ。誰でも兄弟たちのようにいくとは思わないことだぞ?

 祖父であるグルスや父であるゴーガによると、ギーンは気術よりも魔術の方が適性があるらしい。そのため、グルスやゴーガは彼に気術を教えなかったらしいのだ。

 実際、彼にはひょうじゅつにとても高い適性があるとかで、既に氏族の中でも氷術に関しては上位者に数えられているそうだ。

 しかし、父親を尊敬しているギーンにしてみれば、父親と同じ気術が使いたかったらしい。そこへ俺という変なゴブリンが現れたことで、俺に気術を教えて欲しいと頼み込んできた、というわけだ。

 グルスやゴーガも俺が教えるのであれば別に構わないとのことなので、この際だから徹底的に仕込んでやるとしよう。

 覚悟しろよ、ギーン。かつて俺が味わった血と涙と鼻水の味、おまえにも味わってもらうからな。

 ……とかいいながら、ギーンもユクポゥたちと同じぐらいにあっさりと修得したらどうしよう。もしもそうだったら、きっと俺、立ち直れないぐらい落ち込むかもしれない。

「よし、じゃあ集落に帰ったら早速練習しようぜ」

「分かった、分かった。ところで、集落の方向はしっかりと覚えているんだろうな?」

「当然だろ? ダークエルフが森の中で迷うかよ」

「そう言いながら、迷ったのは誰だっけ?」

「そ、それは……ええい、過去のことは忘れろ! ダークエルフは常に前だけを見て歩む生き物なんだ!」

「それはそれで問題があるんじゃないか?」

 ギーンとそんな軽口を叩き合いながら、俺はリーリラ氏族の集落へと足を向けた。

 今、集落は破壊された家屋などを修理している真っ最中だ。ムゥを始めとしたオーガーたちも、俺の命令ってことでそれに協力している。ま、元はと言えばあいつらが壊したんだし。

 ユクポゥとパルゥは、きっと集落の中を気が向くままに歩き回っているんだろうな。

 クースはといえば、ダークエルフの女性たちと料理に関してあれこれと話し合っているようだ。人間とダークエルフ、やはり料理の仕方とか違うのだろう。

 隊長は……どうするんだろうな? 今回、ここまで一緒に来ればそのまま解放してやるつもりだったのに。

「いやぁ、それがね、旦那。俺、旦那の子分ってことで、この集落では結構いい扱いをしてもらっているんですよ。特に女性たちには俺、それなりに人気で。えへへへ、こりゃあいよいよ、俺にもモテ期って奴が来たのかもしれませんぜ?」

 とか言っていやがった。そういうことなら好きにすればいいさ、と集落に放ってきたのだが、本当に大丈夫だろうか。ダークエルフに触れると呪われるとか言っていたくせに。

 まあ、いい年した大人──年齢を聞いたら二十九歳らしい──だし、何かあっても自己責任だよな?

「おい、リピィ。どうかしたのか?」

 仲間たちのことを考えていた俺の足は、いつの間にかゆっくりになっていたらしい。少し先で、ギーンが不思議そうにこちらを見ている。

「何でもない。今行く」

 俺はにやりと牙を見せつけるように笑うと、足を速めてギーンに追いつくのだった。



 完全に方向音痴な俺と方向音痴気味のギーンの二人が無事に集落に辿り着けるわけがなく、かなり遠回りをしてしまったのは、俺とギーンの二人だけの秘密である。

 同じ秘密を共有したことによって、ギーンとは互いにいい友人になれると思い合えたので、これはこれで良かったのではないだろうか。そういうことにしておこう。うん。


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