ダークエルフの巫女
「我はリーリラ氏族、先代族長リグンの子、グルス・リグン・リーリラ。リーリラ氏族の現族長を務めている」
「俺はリピィ。見た通りのゴブリンだ。そして、後ろにいるホブ・ゴブリンが俺の兄弟分のユクポゥとパルゥ。人間たちは……まあ、俺の所有物だとでも思ってくれ」
クースや隊長との関係を、妖魔であるダークエルフに説明するのは難しい。クースたちには悪いが、「俺の所有物」ということにしておいた方が理解しやすいだろうし、クースたちも安全だろう。
欲しい物は奪えが基本の妖魔だが、自分より強い者の所有物には手を出さないのが普通だ。
そういや「グルス」って名前、ゴーガの名前の中にあったな。ってことは、この族長はゴーガの父親であり、ギーンの祖父ってことか。
「して、リピィ殿。お主らを雇う以上は報酬が必要になると思うが……何を望むのかね?」
「俺が望むのは二つ。一つは《魔物の王》に関する情報だ。何か知っているなら、教えて欲しい。そして、もう一つは──」
俺の要求を聞いたグルスは、不思議そうな顔をした。俺、そんなにおかしなことを言っただろうか?
「《魔物の王》か……今から六十年ほど前には確かに存在していたが、現在は人間の《勇者》に討たれてもうおらんだろう。少なくとも、我は新たな《魔物の王》が現在どこかに存在しているという話は聞いておらんよ。残る一つの要求についても、リーリラ氏族の族長の名にかけて了承しよう。妖魔にとって、弱者が強者に従うのは当然だからな」
おいおい、族長殿。そんなにあっさりと《魔物の王》について教えてしまっていいのか? 俺が話を聞いただけで逃げ出すとは思っていないのか? もう一つの要求については、これは人間の社会ならともかく魔物たちの間ではそれほど問題にならないだろうけど。
そんな思いが顔に出ていたのか、グルスは俺の顔をみてにやりと口の端を吊り上げた。
「実を言えばな、リピィ殿。貴殿がここを訪れる直前、我が氏族の巫女から貴殿のことを聞いていたのだ」
巫女? そんなものがいるのか? 興味を引かれた俺は、周囲をきょろきょろと見回した。
俺たちが今いるのは、巨大な樹木の洞の中。ここはダークエルフたちが聖域と呼んでいる場所である。聖域と言う以上は、何か特別な意味がある場所なのだろう。
現在、俺と族長であるグルスは地面──と、言っていいのか?──に直接座り込んで話をしている。
グルスの背後にはゴーガやギーン、そしてグルスの側近たちが、俺の背後にはユクポゥとパルゥ、クースに隊長が控えていた。
もちろん、ユクポゥとパルゥは座った途端に居眠りだ。さすがだなおまえら、相変わらずブレがない。
クースは意外と落ち着いた様子でじっと座っているが、隊長は落ち着きなく周囲の様子をしきりに窺っている。まあ、人間である彼にしてみれば、多数のダークエルフたちが周囲にいる現状は魔物に囲まれているようなものだし、無理もないだろう。
「巫女は我に言うたのだよ。『まもなく、ここに白い小鬼が現れる。その小鬼に従うことこそが、我が氏族の光へと繋がる』とな。我々にとって、巫女の言葉は特別なのだ。時に族長である我の言葉より、巫女の言葉の方が重くなることもある。よって、我らは巫女の言葉通り貴殿に従うのだよ」
周囲を見回していた俺をおもしろそうに見守っていたグルスが、くすくすと笑いを零しながらそう説明してくれた。
おそらく巫女とやらは預言などをすることから、人間の社会でいうところの聖職者的な立ち位置なのだろう。
族長にそう問えば、グルスは相変わらず笑いながら肯定した。
「そういうことだよ、白い小鬼殿」
で、実際に現れた俺の実力を一応は測ると同時に、俺たちのことを氏族の者たちに認めさせるため、突然魔術を行使したというわけか。
「うむ、それに関しては誠に失礼なことをした。改めて、謝罪しよう」
「いいさ。その方が手っ取り早かったのは間違いない」
グルスがある意味で機転を利かせてくれたおかげで、今後は俺たちを「ゴブリン如き」と見下す者はいないだろう。
「では、リピィ殿とその連れの方々、そしてリピィ殿の所有物たる二人の人間たちよ。今後はお主らを我の客人として迎えよう。その上で、オーガーどもを追い払うのに協力していただきたい」
「承知した、族長殿。俺たちの力が及ぶ限り、ダークエルフのリーリラ氏族に協力しよう」
俺が差し出した右腕を、族長の右腕がしっかりと握る。
この時、俺たちとダークエルフのリーリラ氏族との協力体制は確立したのだった。
さて、ダークエルフに協力することになった以上、次に考えるのは当然どうやってオーガーに勝つか、だ。
その点に関して、俺はそれほど深く考えていない。そもそも、オーガーとダークエルフを比べれば、単純にダークエルフの方が強いのだ。
今回、リーリラ氏族がオーガーの軍団に後れを取ったのは、奇襲を受けたことと奇襲によってダークエルフの持ち味を活かすことができなかったからだ、と俺は考えている。
ダークエルフの本来の戦い方は、騎士のように真正面からぶつかり合うような戦い方ではない。その優れた敏捷性と様々な魔術を組み合わせて、相手の死角から攻撃する……つまり、暗殺者のような戦い方こそダークエルフ本来の戦い方なのだ。
今回のオーガーの襲撃は奇襲で始まったため、ダークエルフたちの持ち味を生かすことができなかった。そのため、勢いに乗ったオーガーの軍団に飲み込まれてしまったというわけだ。
「つまりリピィ殿は、次回はこちらからオーガーどもに仕掛ける、と言いたいのだな?」
「その通りだ、族長殿。戦いの主導権を握り、オーガーどもに勢いづかせることなく立ち回れば、ダークエルフが不利になることはないだろう」
俺の考えを伝えれば、グルスはすぐに俺の意図を理解したようだ。
早速、俺たちは反攻作戦を練り上げていく。戦えるダークエルフの戦士たちは、集落を落としたばかりで油断しているであろうオーガーたちを、《姿隠し》の魔術を駆使して静かに素早く始末していく。
俺たちやダークエルフは、妖魔であって騎士ではない。たとえ暗殺者紛いのような戦い方でも、決して不名誉に思うことはない。
そして、オーガーと戦う際に最も問題となるであろうオーガーどもの首魁たる《黒の三巨星》は、俺と兄弟たちで足止めし、可能であればそのまま倒す。もちろん、後方からダークエルフたちの弓や魔術による援護を受けて、である。さすがにオーガーの上位種と、援護もなしに真正面から戦うつもりは俺にもない。
さて、族長であるグルスや、氏族の戦士長であるゴーガを交えて、作戦の内容をあれこれと検討していると、聖域の奥から一人の女性が近づいてきた。
もちろん、現れたのはダークエルフである。見た目の年齢は、人間でいえば二十歳前後か。ダークエルフ特有の黒曜石のような艶やかな肌と、長く真っ直ぐな白髪。瞳の色は血の如き赤。
美形揃いのダークエルフの中でも、特に美しい容貌の持ち主であるその女性は、異性の視線を惹き付けてやまない魅惑的な笑みを浮かべながら、俺に対して優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります、白い小鬼様」
「こちらこそ、初めまして、だな。あなたがこの氏族の巫女とやらか?」
「はい、おっしゃる通りです。リーリラ氏族の巫女であり、ゴーガの子……サイラァ・ゴーガ・リーリラと申します。以後、お見知りおきを」
ゴーガの子? するとギーンの姉ってこいつのことか? だとすると、パルゥがギーンの服を奪ったこと、最初に謝っておいた方がいいかもしれない。
「白い小鬼様。我が神ジャクージャのお告げに従い、今日よりあなた様にお仕えさせていただきたいのですが、お許し願えますでしょうか」
「………………はい?」
突然、何を言い出すんだ、この女は。
俺もよく知らないのだが、確かジャクージャという神は
腐敗と殺戮を司るような物騒な女神に、目をつけられるようなことしていないはずだよな、俺。
思わず訝しげにダークエルフの巫女を見つめてしまった俺を、当の本人は相変わらず魅惑的な笑みを浮かべて見つめていた。
「ジャクージャ神は、どうして貴殿に俺に仕えるように、と?」
「矮小なるこの身に、偉大なる神のお考えなど分かるわけがありません。私はただ、神のお言葉に従うのみです。いかがでしょう、私をあなた様に仕えさせていただけますでしょうか?」
「いかがかな、リピィ殿。もう気づいておるようだが、こやつは我の孫でしてな」
グルスが自らの孫娘を自慢するかのように言う。いや、実際に自慢の孫娘なのだろう。
「いいのか、族長殿。彼女は氏族にとっては重要な地位にいる人物だろう?」
「なに、巫女とは氏族に属する以前に神に仕える者である。その神から告げられたのであれば、それに従うべきだろう。それに、こやつは
ほう、命術が使えるのか。確かに、命術を使える者が身内にいれば、自慢したくなるのも当然かもしれない。
命術とは、いわゆる回復系の魔術のことである。ちょっとした怪我の回復から欠損した身体の再生まで、術者の技量によってその回復能力は大きく差が出る。
だが、命術の使い手は人間の社会でもその数は極めて少なく、最低限の治癒魔術が使えるだけでも食うに困ることはないと言われている。
その命術の使い手が目の前にいて、俺に仕えたいと言っているのだ。これをみすみす逃すのは正直惜しい。
だからと言って、見ず知らずの者をいきなり迎え入れるのも抵抗があるのも事実だ。
「…………試用期間ってありか?」
「はい、構いません。白い小鬼様に気に入っていただけるよう、精一杯お仕え致しますわ」
妥協案として、しばらく様子を見ることにした。別に、問題を先送りしたわけじゃないからな。
夜。
俺たちは闇の中を、ダークエルフの集落目指して走る。
グルスやゴーガと相談し、俺たちはすぐさまオーガーたちに攻撃を仕掛けることにしたのだ。
待っていれば他の集落から援軍が来るかもしれないが、何日後になるかまるで分からない。それぐらいなら、相手が油断している内に今度はこちらから奇襲を仕掛けるべきと判断したのだ。
襲撃の顔ぶれは、俺とユクポゥとパルゥ、俺に仕えると宣言したサイラァ。そして、リーリラ氏族の戦士長ゴーガと、彼が率いる戦士が三十名ほど。二十名ほどの戦士たちを聖域に残し、生き残った氏族たちの守備に当たらせている。
クースや隊長、ギーンも留守番だ。クースと隊長の身柄は、族長であるグルスが預かってくれているので、ダークエルフたちの中にいても大丈夫だろう。
オーガーたちもまさか、ダークエルフの方からこんなに早く逆侵攻してくるとは思っていないだろう。その隙を突くことができれば、今度はこちらの奇襲となるはずだ、というのが俺とグルスの共通の見解だった。
そして今、俺たちは集落が見通せる場所まで来た。集落の中は真っ暗だが、基本妖魔は夜目が利くので夜でも明かりは必要ない。しかし、集落のあちこちからは騒ぎ声が聞こえてくるので、オーガーたちは戦勝の宴でも開いているのかもしれない。
俺はゴーガと顔を見合わせ、互いにゆっくりと頷いた。
直後、ゴーガとダークエルフの戦士たちが呪文の詠唱を行い、その姿が消えていく。これがダークエルフ得意の《姿隠し》だ。
《姿隠し》は〈幻〉系統の魔術であり、術者の姿を見えなくする効果を持つ。ただし、激しい行動を取ると効果が消えてしまうため、姿を消したまま戦闘を行うことはできない。
しかし、姿を隠したまま敵に音もなく近づき、背後に立たれるのがどれほど恐ろしいことか説明するまでもないだろう。
姿を消したダークエルフたちは、足音を立てることなく集落へ向かう。もちろん、俺でもその僅かな気配が遠ざかっていくのが分かるだけだ。
ダークエルフたちの気配が完全に消えた後、俺と兄弟たち、そしてサイラァと数名のダークエルフたちは、打ち合わせ通りに行動を開始するのだった。
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