手合わせ

 小剣と長剣が真っ正面からぶつかり合う。

 予測通り、ゴーガの剣は手数を重視したもの。鋭く速い突きが、連続して俺を襲う。

 対して、俺はその刺突を全て受け流していく。

 ゴーガの一撃一撃はそれほど重くはないが、速さは相当なものだ。人間の普通の兵士であれば、一瞬で穴だらけになって絶命しているだろう。

 まさに流星の如き無数の突きを、俺は一つずつ確実に受け流していく。

 ちらりと横目で周囲を確認すれば、ギーンを始めとしたダークエルフの戦士たちが驚愕の表情で俺を見ていた。

「ご、ゴーガ様の突きをゴブリンが受け流しているだと……?」

「そ、そんな馬鹿な……我らが同胞の中でさえ、ゴーガ様の連続突きを受けきれる者などいないというのに……」

 そんな声も聞こえてくる。確かにゴーガの突きは速いが、それでも見切れないほどではない。おそらく、ユクポゥやパルゥたちでも同じことができるはずだ。

 ちなみに、気術はまだ使っていない。まずは強化なしの小手調べってところかな。

「ほう……思ったよりできるな」

「そっちこそ。予想していた通り……いや、予想よりも速いな」

 剣と剣を激しくぶつけ合いながら、俺とゴーガは言葉を交わす。その際、彼の口元が楽しげに歪んでいることに気づいた。

 あ、こいつ、もしかしてそっち系か?

 ゴブリン相手にもしっかりと対応をしたことから、てっきり落ち着いた人柄だと思ったのだが、どうやら違うようだ。

 戦士たちを率いる者として、そしてギーンの父親としての顔と、ゴーガ本来の顔は別ってことか。

 剣を振る度に楽しげに歪められる口元。あ、やっぱり間違いない。

「……ったく、あんた、本性はかなりの戦闘狂だな?」

「戦士たる者、強い者と戦うことができるのは至上の喜びであろうが?」

「いや、俺にはそれ、分からねえから」

「それは残念。だが、ここでこれほどの強者と出会えるとは……くくく、これは震えが止まらんぞ」

 いや、そんな震えはごめん蒙る。

 オーガーとの戦いはあくまでも氏族の戦士長として、同胞たちを率いるために自分を抑えながら戦っていたのだろう。だが、今は違う。自分だけの戦いができることが、余程嬉しいらしい。

「おまえを……いや、貴殿を侮っていたことは素直に謝罪しよう。だから、貴殿の全力を私に見せてくれ!」

 人間にも時々こういう奴いるけど、ぶっちゃけ、引くよな。少なくとも、俺には理解できない心境だ。

 だが、このままちんたらと続けるわけにもいかない。いつ、オーガーが乱入してくるか知れたものじゃないしな。

 ゴーガの提案に乗るのは業腹だが、早目に決着をつけようか。

「……むぅっ!?」

 ゴーガが目を見張る。気術を使って全身に強化を施したからだ。

 俺の剣を振る速度とその威力が、数段上がったのが分かったのだろう。それまで攻め続けていたゴーガがたちまち防戦へと追いやられる。

 だが、それも一瞬。ゴーガの剣速が一気に上がり、再び攻勢へと転じた。

「気術が使えるのは、何も貴殿だけではないぞ!」

 ゴーガの身体から一気に吹き上がる魔力。間違いなく気術を使った証拠だ。

 エルフやダークエルフは気術よりも魔術の方を得意としているはずだが、どうやらゴーガは少し変わっているらしい。

 一気に圧力と速度を増したゴーガの剣を受け流しながら、俺は更に強化の段階を押し上げる。

「なんと! まだ強化が上がるのか!」

 満面の笑みを浮かべるゴーガ。いや、そこは驚きこそすれ喜ぶ場面じゃないだろ。

 そんなゴーガの腹に蹴りを一発入れ、その隙に俺は大きく後方へと下がる。今の強化は約五割。これ以上強化することはもちろん可能だが、そうすると今度は身体の方が強化に耐えられなくて悲鳴を上げかねないので、できればやりたくない。

 なんせ、この手合わせの次にはオーガーとの戦いがあるのだから、ここで無理をするわけにはいかないのだ。

 一旦距離を取った俺は、手近な木に向かって跳躍する。そして、周囲の木を足場にして、立体的な跳躍を行う。

「くくく。ゴブリンというよりは猿だな!」

 自分の周囲を飛び回る俺を見て、ゴーガが楽しげに笑う。だから、どうしてそこで嬉しそうにするんだよ? ホント、戦闘狂って人種はわけ分からん。

 ゴーガの周囲を飛び回って撹乱し、奴が俺の居場所を一瞬見失った隙を見計らい、俺は頭上からゴーガを強襲した。

 それにすぐさま反応するゴーガ。さすがに戦士長を名乗るのは伊達じゃない。正直、こんなに素早く反応されるとは思わなかった。

 だが、もう止まらない。止められない。そのまま頭上から襲いかかった俺の小剣を、ゴーガは長剣で受け止めた。

 よし! ここだ!

 内心で叫び、俺は一瞬だけ強化を七割まで押し上げた。

 触れ合っている小剣と長剣を支点にして、俺は七割の強化を施した腕の力だけで強引に空中で一回転。そして、小剣を手放しつつゴーガの背後に着地する。

 無理をした両肩に僅かに痛みが走るが、今は無視。

 腰の後ろから引き抜いた短剣を、逆手に握りながら背後を振り向くことなくゴーガの脇腹へと突き立て──その直前で短剣をぴたりと止めた。

 しかし、強化が残っていたせいか、短剣の切っ先が僅かにゴーガの脇腹の皮膚を削る。

 奴が装備していた魔獣の革製らしき胴鎧とその下の衣服を貫き、文字通り更に薄皮一枚だけを裂いた形だ。

「………………見事」

 脇腹に短剣を突きつけられたゴーガが、残念そうに負けを認めた。

 こいつ、残念そうなのは負けたからじゃなくて、絶対に手合わせが終わってしまったことの方だろ。




「ま……まさか……」

「ご、ゴーガ様が……ゴーガ様がゴブリン如きに負けただと……?」

 俺とゴーガの手合わせを見守っていたダークエルフの戦士たちが、目を見開いている。

 ギーンに至っては驚きすぎて腰を抜かしたのか、地面に座り込んでいる有り様だ。彼もまさか自分の父親が負けるとは思っていなかったのだろう。

 なお、俺の仲間たちの内、ユクポゥとパルゥは我関せずとばかりに森の中を見回している。ああ、あれは間違いなく食べ物を探しているんだろうな。

 クースは心配そうに俺のことを見ていたし、隊長は周囲にいるダークエルフが怖いのか、近くの木の幹に隠れて顔だけを出して俺たちの手合わせを見ていた。

「さて、ゴーガ殿。約束通り、俺たちをオーガーとの戦いに雇ってもらおうか」

「うむ、これだけの手練であれば文句はない。私から族長へ推薦しよう。ただし……」

 む、何か条件を付けるつもりか? そういや、俺たちを雇う際の報酬に関する話をまだしていないが、どんな条件をつけてくるのやら。

 僅かに身構えた俺に、ゴーガは実に晴れやかな笑みでこう告げた。

「オーガーどもを追い払った後、是非、また手合わせを願いたい。今度はこんなに早く終わらないように努力しよう」

 いや、そこは「今度は負けないよう」にだろう。勝ち負けより、長く戦える方が重要なのかよ。

 この手の奴に付き纏われるのは、正直ごめんだ。そこで俺は、一計を巡らせることにした。

「実はな、ゴーガ殿。俺よりも強い奴がいるんだよ」

「な、何っ!? リピィ殿よりも強い者だと……」

 驚く……いや、嬉しそうにするゴーガに辟易しつつ、俺はびしっととある方を指差した。

「そこにいるユクポゥは、俺より強いぜ?」

「ほほう……それはそれは……」

 俺、嘘は言っていないよ? だって、こと戦うことに関しては、ユクポゥたちは本当に天才だから。単純な戦闘力だけなら、俺よりもユクポゥの方が上だし。

 ゴーガの興味が俺からユクポゥへと移ったことを確信し、俺は内心でにやりとほくそ笑んだ。

 よし、面倒ごとの押しつけ、成功。




 さて。

 俺たちはゴーガに先導され、集落から逃げ出したダークエルフたちが隠れているという、氏族の聖域とやらへと向かう。

 その途中で気づいたが、ギーンやその他のダークエルフが俺たちを見る目が、明らかに変化していた。

 まあ、魔物にとって強さは正義だ。その強さを見せつけた以上、もうゴブリン如きと侮られることはないだろう。

 もっとも、それはここにいる連中だけであって、他のダークエルフはまた別であろうが。

 なお、氏族の聖域とやらには、集落の半数近くのダークエルフたちが逃げ込むことに成功したのだとか。

 だが、避難できたのはやはり非戦闘員が多いらしい。戦士の多くは先の襲撃で命を落としたのだろう。

 今、集落で戦える戦力は五十人に満たないとのことで、この地を捨てて逃げることも視野に入れて、集落の上層部は検討中なのだとか。

 そんな深刻な状況の中、戦士長であるゴーガがその場にいなくてもいいのかと尋ねたら、「難しいことは私には分からない。よって、族長たちの判断に従うのみ」と清々しいまでにはっきりと答えられた。

 この脳筋が。こんな奴が戦士長で大丈夫なのかと他人事ながら心配になる。

 おそらくゴーガは、軍事には強くても政治には疎いという典型的な軍人型なのだろう。人間にもいるよな、そんな奴。

 そんなことをしている内に、俺たちは聖域とやらに到着した。

 今、俺たちの目の前には、巨大な一本の樹木が聳え立っている。

 一体、どれぐらいの大きさなのだろう。その高さは一見しただけでは見当もつかないほど高く、幹の太さも屋敷が一軒丸ごと収まるほどに太い。

 その巨大な樹木の根元に、小さな洞のような穴がある。おそらく、その穴の中が聖域とやらなのだろう。

 俺たちはダークエルフたちに前後を挟まれた状態で、その穴の中へと足を踏み入れた。




「上位種とはいえゴブリン如きが助勢だと? ふん、笑わせてくれる」

「数百数千という大軍ならいざ知らず、ホブ・ゴブリンやハイ・ゴブリンが三体いたところで、オーガーの餌が増えるだけだ」

 やっぱり、こうなるのか。

 聖域と呼ばれた場所は、巨大な樹木の内側に存在する広いうろであった。

 家の四、五軒ぐらいなら余裕で建てることができそうな広大な洞の中に、百人以上のダークエルフが避難していた。

 ゴーガによって氏族の族長だと紹介された初老──のように見える──の男性の傍にいた数人のダークエルフたちは、突然現れた俺たちを明らかに見下していた。

 おそらくは族長の側近的な立場の者たちなのだろうが、俺たちを見下しているのは彼らだけじゃない。この洞の中に逃げ込んでいた百人以上のダークエルフのほとんどが、胡散臭そうに俺たちを見つめている。

 そんな中、族長だけが真剣な表情で、じっと俺のことを見つめている。

 まるで俺の内側までを見透かすような、その視線。気の弱い者ならそれだけで失神しかねないほど、その視線は鋭い。そして、俺の身体を何かが縛り付けるような感覚。おそらく、何らかの魔術……呪縛系の補助魔術だろう。

 そんな族長の視線を、俺は真っ正面から受け止める。そして、にやりと牙を剥き出しにして笑みさえ浮かべて見せた。

 その途端、槍の穂先のように鋭かった族長の視線が、ふわりと緩む。同時に、俺の身体を縛り付けようとしていた感覚も消え去る。

 ダークエルフの族長は、どうやら俺を試していたようだ。

 先程とは違って笑みさえ浮かべている族長を、今度は俺が睨み付けた。

「くくく、そう睨むな。先程のことなら頭を下げよう」

 いまだ口々に俺たちを罵る側近たちを黙らせた族長は、俺の前まで進み出ると言葉通り頭を下げた。

「すまなかった。これでも族長という立場上、突然現れた者をほいほい信じるわけにはいかなくてな」

 にたにたと──断じてにこにこではない──笑いながら、族長が言葉を続ける。

「しかし、我の《威圧》がまるで効かんとは……お主、本当にハイ・ゴブリンか? 確かにハイ・ゴブリンは普通種よりは魔術に対する耐性も高いと聞くが、それでも我の《威圧》に耐えるとは思えんのだがな」

 やはり、魔術によって俺に圧力をかけていたか。

 《威圧》という魔術は補助系統である〈縛〉に属する魔術で、相手を威圧することでその行動を制限するものだ。

 優れた術者が仕掛ければ、相手の身動きを完全に封じることもできる。その《威圧》を詠唱することなくこれだけの威力で仕掛けることができるとは、族長は補助系統の魔術に秀でているのかもしれない。

「本来なら……ほれ、このようになるのだが」

 俺の推測を証明するかのように、族長が近くにいた側近の一人に再び無詠唱で《威圧》を試みる。途端、その側近は指一本動かせなくなった。しかも、突然族長に《威圧》をかけられて驚いたのか、その側近はすっげえ間抜け面で固まっていた。

 先程まで俺たちのことを罵っていたし、いい気味としか思わないけど。

 そして、俺が族長の魔術に耐えたことを知った他のダークエルフたちは、俺たちを見る眼を劇的に変えた。

 ひょっとして、突然族長が俺に魔術を使ったのは、これが目的だったのか?

 他者に対して一方的に魔術をかけるのは、明らかな敵対行為である。一族を纏める立場の者が、おいそれと行うようなことじゃない。もっとも、中には平気でそういうことをする者もいるのだろうが。

 どうやら、族長は俺が魔術に耐えることを前提で、あえて《威圧》をかけてきたのだ。俺の実力を他の者たちに知らしめるために。

「我が魔術に耐えるような者を、たとえゴブリンと言えども弱者とは呼べまい。こちらからお願いする。どうか、我らに力を貸してはくれぬだろうか」

 そう言った族長は、他のダークエルフたちが見つめる中、再び俺たちに向かって頭を下げたのだった。



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