冒険者との戦闘
剣と槍を構えた二人の戦士が、左右に分かれて迫り来る。
敵対する以上は、俺としても遠慮するつもりはない。交渉を蹴って戦うことを選んだのは彼らなのだから。
俺は迫る二人に注意を払いながらも、視線を後方に控える冒険者たちから離さない。
前衛の戦士たちは、いわゆる囮だろう。彼らの本命は、二人の戦士に注意を向けた隙に、弓使いが放つ一撃必殺の射撃の方だと俺は判断していた。
事実、後方に控えていた弓使いが使っているのは、普通の弓ではなく石弓である。石弓は台座に弓を取り付けて固定し、威力と精度を高めた弓だ。
弓使いは既に
石弓はその構造上、威力と精度は高いが次弾の装填に時間がかかる。つまり、一撃必殺を狙う武器と言ってもいい。
その石弓による一撃を、左右の戦士に気を取られている間に撃ち込むのが、冒険者たちの狙いなのだろう。二人の戦士が左右に分かれたのは、石弓による射線を遮らない狙いもあるんだろうな。
そして、それを読んだからこそ、俺は迫る戦士たちよりも弓使いから意識を離さない。
そうしながら、ゆっくりと呼吸を整えて体内の魔力を練り上げていく。
俺の両手には、それぞれ一本ずつ枝が握られている。そう、枝だ。棍棒ですらない細い枝を見て、迫る戦士たちが嘲りの笑みを浮かべる。
しかし、彼らの表情が引き攣ったのはその直後だった。
練り上げた魔力を、体全体と二本の枝へと巡らせてそれぞれ強化を施す。結果、俺の身体と手にした二本の枝が、一瞬ぼんやりとした輝きに包まれる。
「き、気術……っ!? 普通種のゴブリンが気術を使うだとっ!?」
「う、嘘だろ……っ!?」
驚愕で動きが僅かに鈍る戦士たち。その戦士たちに、俺の背後から飛び出したユクポゥとパルゥが襲いかかる。もちろん、既に彼らも気術で強化済みだ。
ゴブリンとは思えないその速度は、まさに雷光。瞬く間に戦士たちの懐へと飛び込んだ二体は、魔力を通した枝を戦士たちの身体へと叩き込む。
細い枝で殴られたとは思えないような、重々しい音が周囲に響く。同時に、重い金属鎧を着込んだ二人の戦士の身体が、数ヤードほど後方へと強制的に後退させられた。
よく見れば、彼らが着ている鎧の表面には、はっきりとした斬撃の跡が刻まれている。もしも彼らに《障壁》の加護がなければ、兄弟たちの斬撃は鎧だけではなくその内側の肉体まで及んでいただろう。
そのことを悟った冒険者たちが、揃って目を丸くする。同時に、焦ったらしい弓使いが俺に向かって短矢を放ったが、俺はその短矢を片方の枝で難なく切り払った。
迫る矢を武器で切り払うのは、決して簡単ではない。盾を構えて防ぐのとは訳が違う。
的確に短矢を切り払った俺の「技量」を目の当たりにして、冒険者たちがまた驚きの表情を浮かべる。いや、おまえらが驚くの、これで今日何度目だ?
そんな彼らを尻目に、俺はユクポゥとパルゥ以上の速度で後衛の冒険者へと一気に肉薄した。
後衛を守る壁となるべき二人の戦士は、ユクポゥとパルゥが抑えている。
走りながらちらりとそちらへと目を向ければ、圧倒的に兄弟たちが押していた。
筋力でこそ、兄弟たちは戦士たちに劣る。戦士たちもまた、気術で自分を強化しているので、ユクポゥとパルゥの強化した筋力でも戦士たちには敵わないのだ。
だが、彼らの気術の練度はそれほど高くはなく、筋力でこそ劣るが速度は圧倒的にユクポゥとパルゥの方が上だった。
対峙する戦士たちを残像さえ残しそうな速度で翻弄し、生じた隙をついて魔力を纏った枝を叩き込む。
枝は鎧こそ貫けないものの、その衝撃まで防ぐことはできない。鎧の上からでも容赦なく襲ってくる衝撃に、戦士たちの動きは打撃を受ける毎に見る見る鈍くなっていく。
そして、度重なる衝撃にとうとう鎧そのものが耐えきれなくなる。
まず、鈑金鎧よりも強度に劣る鎖帷子が、パルゥの枝によって斬り裂かれた。細かな鎖の破片を周囲に飛び散らせながら、同時に血飛沫もまた飛び散った。
胸から腹へとかけて深々と斬り裂かれた槍使いは、得物を取り落として地面へと倒れ込む。倒れた身体の周囲にどんどんと赤い池が広がっていくが、それが致命傷である証左だろう。
仲間が倒されたことで思わず鈑金鎧の戦士の動きが止まる。その隙を見逃すようなユクポゥではない。鎧の装甲が薄い腕の関節部分を狙い、ユクポゥは下から上へと的確に枝を振り上げる。
鈍い音と共に、剣を握ったままの戦士の右腕が宙を舞う。斬られた腕の断面から滝のように血を流しながら、戦士は絶叫を上げた。
腕を斬り飛ばすために振り上げられたユクポゥの枝が、鋭く振り下ろされる。先程と同じような音と共に、今度は戦士の首がごとりと地に落ちた。
瞬く間に前衛の二人が倒されて、後衛の三人が呆然とする。
まあ、ゴブリンだと侮っていた相手に、こうも簡単に仲間がやられたのだ。彼らが放心してしまうのも無理はない。
冒険者として、彼らは中堅といったところだろう。中堅の冒険者ともなれば、本来ならば普通種のゴブリンに負けるはずがないのだ。
しかし、俺はともかくとして、ユクポゥとパルゥは正直言って規格外すぎる。彼らの強さは既にゴブリンを超越している。
わずか
天賦の才能って奴は、本当に怖いね。同時に、ちょっと妬ましいのも事実だけど。
俺の接近に正気に返った弓使いが、慌てて次弾の装填に入ろうとする。
だが、装填に時間のかかる石弓では、俺の接近に間に合うはずがない。弓使いは迷うことなく石弓を放り投げ、腰から小剣を抜く。
その決断の早さは素直に称賛しよう。だが、彼が小剣を構えるより早く弓使いの懐に飛び込んだ俺は、右手の木の枝を真っ直ぐに突き出した──弓使いの無防備な腹へと。
気術によって強化された枝は、容易く革鎧とその内側の身体を貫く。
弓使いが口と腹から血を噴くのと同時に、側面から光り輝く矢が俺を襲う。
魔術師が放った《光弾》である。
先程の《障壁》といい、この魔術師は
ちらりとそちらに視線を送った俺は、残された左の枝を一閃させる。その一振りで、迫る《光弾》は両断され、単なる魔力へと戻って霧散した。
これまた、簡単にできることではない。魔力はより強力な魔力で防ぐしかない、というのはこの世界では常識である。
つまり、俺の魔力が相手の魔術師の魔力を上回らなければ、先程のように放たれた《光弾》を切り払うなどできないのだ。
普通であれば、中堅に属する魔術師が、ゴブリン相手に魔力で迫り負けるはずがない。しかし、現実は実に奇異なものなのだ。
自分が放った《光弾》があっさりと切り払われて、魔術師が目を丸くする。
その間に、気づけば神官が弓使いの怪我を癒すための治癒魔術を使っていた。俺が弓使いに与えた傷が、見る見る内に回復していく。
俺は回復しきらない弓使いの身体を、再び魔力を通した枝で斬りつける。
魔力を通した枝は、防御力の高くない革鎧を内側の肉体ごと易々と斬り裂く。そして、今度こそそれが止めとなった。
神官の治癒によって回復しつつあった弓使いの傷口だが、その回復がぴたりと止まる。いくら回復魔術とは言っても、その対象が死体となってしまっては効果を及ばさないからだ。
そして、俺が弓使いに止めを刺している間に、戦士たちを片付けたユクポゥとパルゥが魔術師と神官に迫っていた。
二人の握る枝が、防御力の低い神官と魔術師の命を刈り取る──直前。
「止マレ! 殺スナ!」
俺は兄弟たちに戦闘の停止を命じた。
目の前でぴたりと停止した枝から視線を離すことができず、魔術師と神官はその身体を硬直させていた。
兄弟たちに下がるように指示を出した俺は、無言のまま佇む二人の人間に無造作に近づいていく。
「武器を捨てろ。降伏するのなら、身の安全は保証しよう」
俺の降伏勧告を受けた魔術師と神官は、一瞬だけ視線を交差させた後、手にした杖を地面へと放り捨てるのだった。
まず最初に俺が生き残った魔術師と神官に命令したのは、当然ながら武装解除である。
本来なら、この二人を素っ裸にした上で縛り上げたいところだ。
冒険者という連中は、本当に油断ならない。なんせ、かつて冒険者だった経験のあるこの俺が言うのだから間違いない。
彼らが身に付けている小さな指輪が、強大な魔力を秘めた魔封具の場合だってある。冒険者を本気で武装解除するのであれば、身に着けている物を全て奪って素っ裸にするのが一番なのである。
決して、変な下心からではない。ないったらないぞ。
とはいえ、ここでそこまでする必要はないだろう。もしも彼らがそんな強力な魔封具を持っていたとすれば、とっくに使用しているだろうし。
だから、彼らから衣服以外の全ての荷物を奪うだけに留めた。これらの荷物は、冒険者たちの身代金代わりにいただくことにする。まあ、それぐらいの利益はないとな。
さすがに人間の鎧は俺や兄弟たちには使えないが、武器は心底ありがたい。
弓使いから奪っ……もとい、身代金代わりにもらい受けた小剣を眺めつつ、俺はうれしさを抑え切れない。
戦士たちが使っていた剣や槍は、俺たちには大きすぎて使えない。また、石弓も力不足で弦が引けない。
結果、俺や兄弟たちでも使えそうなのは、この小剣か冒険者たちが一本ずつ持っていた短剣ぐらいだ。
それでも、やはりちゃんとした武器が手に入ったのは嬉しい。決して業物ではなく、数打ちの二級品でしかないが、それでも木の枝や棍棒よりは遥かにマシだ。
その嬉しさが、俺の顔に笑みとなって現れる。
一方、ユクポゥとパルゥは冒険者たちが持っていた背嚢を漁り、その中の荷物を引っ張り出していた。
背嚢に入っていた干肉や固パンなどの携帯食糧を見つけたパルゥは、早速口に放り込む。
「ウ、美味イ! コレ、美味イ! 今マデ食ベタコトナイ!」
初めて食べる人間の食糧に、パルゥはすっかり夢中になって飛び跳ねている。
そしてユクポゥはといえば、背嚢の中に入っていた彼らの着替え用の衣服に興味を示したようだった。
ゴブリンには大きすぎる衣服を、ぐるぐると身体に巻き付けていく。そして、小さな布切れを頭から冠のように被る。
あー、ユクポゥ、おまえが被っているそれ、神官の下着だから。決して頭に被る物じゃないぞ。
ほら見ろ。神官が真っ赤になっているだろ。可哀想だから止めてやれ。な?
「あ、あの……」
念の為に後ろ手に縛られた魔術師が、恐る恐る俺に尋ねてくる。
「……お、俺たち……どうなるんだ……?」
「もちろん、約束通り身の安全は保証しよう。ただし、条件があるがな」
「条件」という言葉に、魔術師と神官がびくりと身を震わせる。
彼らの気持ちもよく分かる。そもそも、ゴブリンが約束を守るかどうかなど分かったものじゃない。
特に女性である神官は、魔術師よりも恐怖は大きいだろう。ゴブリンに捕らわれた人間の女性の末路など、決まりきっているからだ。
すっかり顔面蒼白な彼らに、俺はにたりと笑みを向ける。うん、きっと今の俺、すっげぇ邪悪に見えているんだろうな。
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