第5話中宮定子の出産と行啓(1)

清少納言先生:これ、長いからそのまま、現代語訳していいよ

舞夢    :はい、助かります。


大進の平生昌(たいらのなりまさ)の家に、中宮様が行啓あそばれる折りに、生昌の家の東の門を特に四足門に改造して、その門から中宮様の御輿が入りあそばれる。


北の門から、私達女房の乗った枇榔気の車も、まだ警護の者の陣屋も出来上がっていないから、入ってしまえるだろうと思っていました。

髪形が車の揺れで、乱れてしまった人もいたけれど、そのまま直すこともしないで、車を家に横付けして降りるものと(つまり見られることもない)、気楽に構えていました。


ところが門が小さくて私達の車がつかえてしまったので、結局、筵(むしろ)を敷いた道に降りて建物へ入ることになってしまいました。


もう憎たらしいやら恥ずかしいやら、腹立たしいやらだけど、仕方がない。

それで、車から降りたら、殿上人から何から低い位の人が陣屋のそばに立ち並んで、

筵の上を歩くわたくし達を見物しているし、本当に気に入らなかった。


  清少納言先生:ああ、長いからそれくらいで止めて

  舞夢    :こんなんでいいですか?

  清少納言先生:うん、思い出すたびに腹が立つ。

  舞夢    :ところでです。(ここで話題をそらそうと思った)

        :ところで、大進というのは、中宮定子様の職の三等官ですね。

  清少納言先生:うん・・・まあ、いろいろあってね・・・

         本当はね、殿上人ではない身分なの。

         だから門も小さいし、こんなところに行啓されるのも不幸です。

         それも第一皇子敦康親王の御産なのに・・・

  舞夢    :はい四年前にお父上の関白道隆様がお亡くなりになり、叔父様の

         道長様の時代になった。

         定子様の御兄弟の伊周様、隆家様も花山法皇様の関係で難しく。

  清少納言先生:中宮様の里内裏も焼失、それで、しかたなく成昌邸への行啓。

  舞夢    :道長様に遠慮して、誰も屋敷を提供しなかったとか。

  清少納言先生:あの道長様だって、冷たいなんてものじゃないさ。

         行啓の当日ね、わざわざ大勢引き連れて宇治に行くんだから

         中宮様の行啓なのに、差配するお役目の人までいなくなってね。

  舞夢    :でも、そこまでされても、しっかりと行啓は行うべき。

         誇りを失いたくないと・・・ですね。

  清少納言先生:うん、当り前です。私たちは定子様にお仕えする立場

         絶対に恥をかかせてはいけない、負けてはいません。

  舞夢    :さすがです、後世にまで残る文にて、キッチリと仕返しをする。

  清少納言先生:うん、少しずつわかってきたようですね。

         でも、まだまだです。

  舞夢    :はい。

  清少納言先生:明日も、キッチリです。

         しっかり予習願います。


 歴史には、知り得ないこと、知られていないことがたくさんある。

 道長には道長の事情もあっただろうが、中宮様の出産にあたり、あまりにも不敬な行為ではなかろうか、清少納言先生がリンとしたこの文を書かなければ、真実は伝わらなかった。

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