覚悟は二次会中に行うべし

 ……。


『おーいアサタぁ、まだかー』


「……待て、待て。 もう少しでいいのが出てきそうなんだ」


 三色の精霊たちはすでに待ち疲れて、膝や太ももでゴロゴロと横になっている。

 宴も酣(たけなわ)、楽器を持ち出してゆったりとした民謡を奏でながら女衆が舞い、木の器を打楽器にしている者までいる。

 精霊たちはそちらを惚けた顔で眺めながら、ただひたすらと優柔不断な自分の答えを待っていた。


「赤、緑、黄」


『あんちょくー』


「トウガラシ、キャベツ、カボチャ」


『あたしトウガラシとかよばれるのイヤだからね』

『おいとまをいただきますー』


「ハクシ、ナナベエ、ブー」


『ダンナ、それホンキか?』


「……文句ばっかり言いやがってぇ」


 何度目になるかわからないダメ出し。

 名前をくれてやるというのだからおとなしく享受すればいいものを、何かとつけてこの素晴らしいネーミングセンスにケチをつけられては、決まるものも決まらない。


 よくよく考えれば、自分が今まで何かに名前をつけたことはないことを思い出した。

 ペットを飼ったこともないし、カフェのメニュー名はもともとあるものしか使っていない。

 

 難しい顔をして悩んでいる自分に対して気を遣ってくれているのか、それとも単純に近寄り難いのか、お酌も落ち着いてきた。

 あの盛り上がりでこちらを気にしている余裕がなくなった、とも取れるのが少し寂しくはあるが。


「何やら、悩んでおられるようだな」


「……カンサス、さん」


 若干顔を朱に染めたカンサスが、正面に腰を下ろした。

 その後ろにはフージュ、ムラツユ、そしてナズナもいる。


「放置して悪かった。 どうだ、タルカの精たちは満足されているかな」


「おい、お前ら。 祭りは満足か?」


『おさけ、もっとー』


「……酒がもっと欲しいって」


 それを聞くとカンサスはナズナに声をかけて、新しい甕を持ってこさせた。

 こぼれそうなほど満杯に入った甕を自分の目の前に置くと、精霊たちはこぞって群がっていく。

 先ほどあれほど飲んでいたというのに、自分がそんなに長い間悩んでいたとでも言うのだろうか。

 ……そうかもしれない。


「で、何について悩んでいたのですか」


 ムラツユが酒の代わりに水を注いでくれた。

 よく冷えた水が、味の強い酒で乾いた口によく沁みる。


「こいつらが名前をくれと言うもんで……」


「なるほど。 いやしかし、名は大事だぞ。 精霊との道が強くなれば、その分神の御力を発揮できるようになる上、アサタ殿のようなクミルならば、神との距離も近くなる」


 そう言われても、先ほどから名付けようと思ってもダメ出しされるばかりなのだ。

 そんなに気に入らないのならば自分で名前を考えろと言っても、名は貰わないと意味がないと言う。


「……ちなみに、ムラツユのその子は何て名前なん?」


「ツユ、です。 単純ながら私の名前をとったものですけど」


 座ったムラツユと同じくらいの大きさの子だ。

 こっちの黄色と同じように前髪が長く、そして同じような服を着ている。

 相変わらず禍々しい霞をたなびかせてはいるが、ムラツユの後ろから出てこないところを見ると臆病なのかもしれない。


「じゃあ、赤いのが『ア』、緑が『サ』、黄色が『タ』でどうだ」


『おとといきやがれ』


 再び酒が入って気を良くした赤い精霊が、罵倒の滑りを良くした口で囀る。

 摘み上げて少し高めの位置から落としてやった。


「それで」


 憤慨している赤いのを放っておいて、カンサスに向き直る。

 自分は、『どうやって』ここにきたかを聞いた。

 しかしまだ『どうして』を聞いていない。

 神のみぞ知る、といえばそれまでだが、カンサスは自身でこちらに招こうとしたというような話もした。

 それについて問いたださなければならない。


「俺はこれから何をさせられるんだ」


 精一杯睨みつけてみても、まるで表情一つ変わらない。


「アサタ殿に国を救っていただきたい」


 しかし、そんな飄々とした表情から出た言葉はあまりにも重く。

 向こうの宴会では歓声と派手な物音が聞こえる。

 どうやら誰かが料理をひっくり返したようだ。


「……いや、さすがにそれは」


「無理、とは言えぬ。 言わせぬ。 そのためにアサタ殿は神に捉えられ、クミルとなったのだから」


 ようやく落ち着いてきた頭は再び混乱の渦に巻き込まれる。


「おいおいその目で見ることにもなろうが、まあ説明しないと解る話でもないだろう。 先ほど、私の家で我らは土の国に暮らしているといった。 土の国は、日本と言い換えることができる。 そして、南北に分かれ氏(うじ)の民とシムイの民がいる」


 カンサスが隣にいるツユによく似た子に目配せして地面に指を滑らせると、一筆描きに草が枯れていき図を現した。

 それは土の国の地図だったが、それよりも目の前で起きたことに驚きを隠せない。

 思わず瞠目するも、カンサス達はそれが当たり前だと言わんばかりに話を続ける。


「我らシムイの民は、人と神とが共に生きてきたこの地を愛し、守ってきた。 しかし氏の民は、外(そと)の国に負けない強固な人の世を創ろうとしている」


「……別に、悪くない話だと思うけど。 日本だって鎖国をやめて、アジア有数の国力を持つ国になったことだし」


「そうだな。 それ自体は悪くはない。 問題なのはその手段だ。 彼等は森を拓き、山を焼き、川を犯して空を染めた。 それは神の住処を侵すことに他ならない」


 文明の発展には確定された痛みだ。

 それを耐え抜けば人々の暮らしは効率化されて豊かになり、夜を忘れた快楽の夜明けがそこにはある。


 しかし神様が実際に存在している世界において、その痛みは計り知れない。


「そして例えば、だな」


 そう言って自分の目の前に大量に並べられた盃の一つを手に取ると、何事か呟いた。

 するとうすら白く濁った酒は瞬く間に赤黒く濁り、どろりとした液体に姿を変える。


「……奇跡の類?」


「似たようなものだ。 おっと、触るなよ。 指が腐り落ちる」


 どのようなものか触ろうとした指を慌てて引っ込めた。

 

「私もムラツユと同じ、毒の神を敬神していてな。 このように、我等は精霊を通して神の御力を僅かながらに使うことができる。 これは人の身に余る力だと思わんか」


 読めてきた。

 神の力を使えるシムイの民を、兵隊にして外国との戦争に使おうとしている。

 しかし、それを甘んじて受けるシムイの民ではないだろう。

 相容れない二つの民族がこんな狭い土地でいがみあっていたら、その結果どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。


「と言うか、この力があれば氏の民とやらはあまり文句は言えないのでは?」


 神の力を使う民族だ。

 一人一人が一騎当千、とまでは行かずともそれなりの力があるはず。


「……シムイの民は誇り高く、そして強い民族だ。 しかし、神がおわすとて、森や川はそうではない。 何も好戦的な神ばかりではないのだよ。 アサタ殿なら見えているだろう。 毒の精霊が」


 ツユに目を向けると、今まで興味深そうにタルカの精を見ていたのに慌ててムラツユの後ろに隠れてしまった。

 カンサスの精霊はまだ隠れるようなことはしていないが、服の裾をつかんで離してはいない。


「精霊は神の性格を引き継ぐ。 このように臆病である神に自らの住処を追われて、何故戦わないんだと言えるほど我等は尊大な存在ではない」


「戦いに勝ったとしても、森を焼かれてしまっては意味がない、と」


 だとしたらタルカの神はどれだけ自由人なのだろうか。

 長い話に飽きて踊り始めているタルカの精を見て、ため息が出そうになる。


「なりふり構わず攻めてくる氏の民に対し、守りの一手である我等はもはや負け戦だ。 だからこそ、アサタ殿に助けていただきたい」


 カンサスは地に頭を擦り付ける。

 フージュ達は後ろで、それを苦虫を噛み潰したような顔でそれを見ていた。

 自分たちの長が、こんなぽっと出の若造に醜態を晒しているのがたまらなく歯がゆいのだろう。

 そうせざるを得ない自分たちの状況もまた、これを止められないのだ。


 森を守りながら戦うというのはどだい無理な話である。

 向こうは火を放つと脅せば済むし、川に毒を流すことだって出来る。

 そうして自然を人質に取られたら、為す術もなく氏の民の元、兵隊として扱われるのだろう。

 八方塞がりだ。


「……頼むってことは、何か策でもあるんだろうな」


 この土の国は、まるで日本のパラレルワールドのようだ。

 神と道を違えた国と、神と共に歩む国。 どちらが正しいかなど矮小な人間である自分に判断できるはずもないが、そのどちらも間違ってはいないのだろう。

 しかし神や精霊が確かに在るのだと教えてくれたシムイの民を見捨てることなんて自分にはできない。

 だからこそ、自分のできる範囲ならば手助けを考えてもいいのではないかと考えた。


 それを聞いたカンサスは、ホッとしたように顔を上げる。

 隠しきれない唇の笑みは、ここで断られればそこで全てが終わっていたのだと言っているようにも見えた。


「まず、アサタ殿には前線の争いを一時預かっていただきたい」


「無理」


 いきなり戦えとおっしゃるか、この人は。


「クミルは神との道を繋ぐもの。 その力は精霊と道を繋ぐ我等と比べものにならん。 何、心配をしなくとも僅かの間攻め込めんようにしていただくだけだ」


「いや、俺まだ神様と道を繋ぐとかよくわかってないんだけど」


「すぐに道を繋げるのなら話は早いのだがな。 ある程度力を示さんと、神は言葉に耳を傾けはしない。 アサタ殿にはこれから、様々な神と道を繋いでいただく事になるのだ。 試練とでも思って飲んでくれ。 それにタルカの神と道が繋がっているとはいえ、未(ま)だ言葉も交わせてはいないだろう」


 器だからといって、無条件で仲良くしてくれる神はいないということか。

 しかしそうなると、どう考えても力不足に陥る気がする。


「そのための行脚に、我がイパ衆の戦士を露払いに就かせる」


 フージュとムラツユが前に出る。


「護衛と思ってくれればいい。 それから、世話役にナズナを就ける」


 しゃらりと装飾を鳴らせながら、同じくナズナが前に出てくる。

 そういえば、ナズナの精霊が先ほどから見えない。どこかに隠れているのかと見渡しても、その姿を捉えることはできなかった。


「ああ、ナズナは敬神の儀をさせていないからな。 アトィクルと言って、まあ神職の一つだ。 これはこれで役に立つ」


「へぇ。 で、ムラツユも戦士ということは……戦うってことだよな。 待った、そうだよ争いって、つまり」


「もちろん、人死にが出る」


 さらっと言ってのけるカンサスに鳥肌が立った。


「そ、そんなの無理だ! あんた、こないだまで日本に来てたんならわかるだろ? あんなのんべんだらりとした国で生きてきたんだぞ俺は!」


「すまん、言い直そう。 もう人死には出ている」


 ……そうだ。

 あの国の常識はこちらでは通じない。

 ここは、絶賛戦争中なのだ。

 

 それを聞いておとなしく座ったが、納得はいかない。


「……俺、目の前で人が死んだら逃げ出すかもだぞ。 それに人を殺す勇気もない」


「それは、慣れて貰わねば困る。 向こうはアサタ殿を殺しにくるのだからな」


 カンサスの携えている剣を向けられたら、なんて考えて後悔する。

 きっと一歩も動けずに斬られるに違いない。


「それに、フージュ達も死ぬかもしれないってことだろ?」


 仲間を見つけるつもりで声をかけたが、それは意味をなさなかった。

 少しも揺るぎのない目で見つめられる。

 それが答えだった。


「アサタさん。私もフージュも、守るべきものがあります。 あなたの一番大切な方が後ろにいたら、それを救うだけの力を持っているとしたら」


 柔らかい口調で諭すムラツユも、その言葉の芯は太い。

 

 藤美兄妹や、母が後ろにいたら。

 そしてそれを助けるだけの力を持っていたとするのならば。

 夢であるとはいえ、目の前で化け物……スクムに食われた母を思い出す。

 

「……それを忘れるな」


 腹に何かが落ちる感触がした。


「けど、積極的に殺しはしないし、危ないと思ったらすぐ逃げるのは変わらないからな。 臆病と言われてもだ」


「良い。 我等とて殺生を望んでいるわけではないのだから。 ただし、逃げる時はその先に何があるのかをしっかりと見定めた上で、な。 話を続けるぞ」

 

 そうだ。

 前線の争いを落ち着かせた後何を為すか、をまだ聞いていない。


「一通り落ち着いた頃には、我等も攻勢に出る余裕ができるだろう。 アサタ殿も立派に力を示され、神との道を繋いでいるかもしれない。 そうなれば後は単純だ。 氏の長と会って、説き伏せてほしい」


「説き伏せる……って。 簡単に言うけどさ」


「……力に力で返せば、いずれ土の国は滅びる。 目先の力に眩んで拓くその森には神が在るのだということを、どうか忘れないで欲しいと伝えてくれ」


「それがもし聞き届けられなかったら」


「我らは全霊を持って戦うよ」


 それはつまり。

 森を拓かれ、山を焼かれ、川を犯され、空を染められるということ。

 そこに神や精霊を敬う民は消え、後に続くのは文明の開花。

 夜を忘れた人の世の、黄金紀の幕開けだ。


 神や精霊も、シムイの民も、運が良ければ書籍などに残るだけの存在となる。

 今ここでこうして話しているカンサス達の生きる場所はそこにはない。


「……」


 とっくにひっくり返って眠りこけている三色の精霊を見やる。

 こいつらの神が何を思って自分をこの世界を見せたのか、それはわからないけれど。

 こんなもの知ってしまったら、戻れるはずがない。

 

「……失敗しても恨むなよ」


「ああ」


 お互いに盃に酒を注いで、軽く目の高さまで持ち上げて一息に飲み干した。


「……っはぁ」

 

 自分はあまり好んで飲むことは少なかったけれども、なぜ酒が人類の偉大な発明であるかをしみじみと感じる。

 口約束と言ってしまうのは簡単だ。 ただ、物理的な手段に頼らずに契約を交わす場において、これほどまでに場に適した作法を持つ飲み物を他に知らない。

 言霊での契約は、絶対的な拘束力を持って自分を奮い立たせている。

 楽しいとは思えない。 ぽっかりと口を開けて待っているのは真っ暗な恐怖だけ。

 しかしその闇の先に何があるか、一つの世界のターニングポイントに自らの力が必要だと言われる。

 悪い気分ではない。


「では、早速フージュ達とのシトギを結んでいただこう」


「シトギ?」


 後ろではムラツユが若干沈んだ面持ちになっていた。

 そういえば、シトギはなれないとキツいなんてことを言われたような気がする。


「アサタ殿の露払い及び世話役をするに当たり、魂(たま)の道を繋ぐ儀式だ。 ほら、日本でもヤクザという者たちが契りとして盃を交わす文化があるだろう。 ナズナ」


 親子の契りだろうか。

 新しくその組に入る時の儀式らしいけど、よく知っているものだと感心した。


 カンサスが声をかけると、腰に下げていた大きめの陶器をナズナが差し出す。

 そして先ほど飲み干した盃にその中身を注ぐと、なんとも赤黒くどろりとした……。


「待った、それ毒か?」


「そんなわけがないだろう。 熊の血だ」


 並々と注がれたクマの血は、夜の闇を吸い込んでさらに黒く見える。

 盃を交わすということはこれを飲めということだろうか。


「ここに、まずはアサタ殿だ」


 ナズナに右腕を取られ、先ほどの敬神の儀とは別の指に針で傷をつけられた。

 二度目とはいえ、心の準備ができていない状態だと情けなく声を出してしまう。


「盃に」


 言われたままに滴る血を、盃に落とす。

 一滴、二滴、三滴、四滴落としたところでカンサスが笑いながら、その程度で良い、と止めてくれた。

 

 続いてフージュ、ムラツユ、ナズナも同じように血を入れた。

 傷は先ほどのものと合わせて、ムラツユが薬を塗ってくれたので痛みはすぐに引いたが、目の前には様々な血のカクテルがある。

 この後の展開を考えるだけで嫌になってきた。 


「フージュ、ムラツユ、ナズナ」


 声をかけられた三人はずいと前に出てきて、畏まった体で自分の目の前に並んだ。

 どれも様になっていて、逆にこちらが少しのけぞってしまうほどに。


「アサタ殿、まずは盃から三口(みくち)飲むのだ」


 ええい、ままよ、と息を止めて盃を傾けると、舌にわずかな甘みとどろりとした嫌な喉越しが襲ってきた。

 反射で胃がひっくり返りそうになるが、なんとか堪えて飲み下す。


「っ〜!」


 水をもらいたかったが、しばらく辛抱しろと言われてしまって膝を叩きながら悶絶する。

 鼻から息を吐き出した瞬間にひどく後悔した。


「……っは」

「……けふ」

「……」


 三人もそれぞれ一口ずつ嚥下すると、決して態度には出さないがなんとも言えない表情をしていた。

 ナズナは相変わらず無表情ではあるものの、若干眉間にしわが寄っているような気がする。

 フージュだけだ、平然とした顔をしているのは。


「そしてアサタ殿。 最後に景気良く全部頼む」


「マジですか……」


 未だ口の中は先ほどの味が残っているのだ。

 残り二口分ほど、一息にいってしまえば一瞬。

 どうせ逃れられないのならと覚悟を決めて煽ると、口から漏れた液体が顎を伝っているのがわかる。

 寄生虫とか大丈夫なのだろうか、と心配になった。


「お見事。 ここにシトギは成った。 あとはお前たちに任せる」


 カンサスは一歩分座ったままずり下がる。

 フージュ達は皆一様にこちらを見つめており、何かを待っているようだった。

 しかし待たれていようとも、何をすればいいいのか皆目見当もつかず。


 しばらくそのまま目を見つめ返していると、やがてあきらめたようにフージュが大きいため息をついた。


「ヌサ村イパ衆フージュ、御身の進む道の先駆けとなり、我が力で危難を払う」


 ムラツユが解いた髪をさらりと肩から滑り落として頭(こうべ)を垂れる。


「ヌサ村イパ衆ムラツユ、あなたの歩む道を踏みしめて、我が弓で光明を射抜きましょう」


 最後にナズナが音を鳴らしながら、地面にこすりつけんばかりに深々と頭を下げた。


「ヌサ村アトィクルのナズナ、アサタ様の往く傍(そば)にあり、我が身我が心で御身を包みます」


 ……と、言われても。

 全員頭を下げたその姿勢のままピクリとも動かない。

 無抵抗の姿勢をとられているというのに、逆に圧迫感を感じてしまうのは自分の心が矮小だからなのだろうか。


「ええと……」


『ダンナ、こういうときはよろしくつっときゃあいいんだよ』


 いつの間にか復活していた緑の精霊がそう言った。

 

『むずかしくかんがえすぎなんだよなあ。 ダンナについてくるつってんだから、よろしく、でいいだろ?』


「……はは、全く、ごもっともデスネ」


 改めて三人に向き直り、一人一人をしっかりと見定めた。

 危ないことはしたくないけども、彼らの大事なものが自分なしに守れないというのならば、蒙昧な日々を無味に消費するよりは全然良い。

 人助けが嫌いなわけではないのだ。


「フージュ、ムラツユ、ナズナ。 迷惑かけるかもしれないけど、よろしく頼む」


 三人はそれを聞いて顔を上げた。

 そこに先ほどまでの堅苦しい表情はない。


 カンサスは一人頷き、立ち上がって声を張った。

 月はすでに頭上を大きく通り過ぎている。

 もういい時間だ。  


「祭りは終わりだァ! 今日はこのまま火の始末だけして片付けは女衆の明日の仕事だ! イタサマイはしっかりしろよォ! 」 


 一斉にブーイングが起きたのを聞いて、この時初めて自分も心から笑ってしまった。

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