神と道を繋ぐということ

……。


「……」


 三人の精霊は、目の前に広げられた料理や酒に群がっている。

 口の悪い女の子が赤、無鉄砲な男の子が緑、おとなしい髪が長いのが黄色の服。

 よくよく見ずとも、それは今ここにいるヌサの村人の着ている服と酷似していた。


 そして彼等は物理的に飲み食いをするわけではない、というのがしばらく観察していて得られた情報の一つだ。

 彼等が食したと思われる食物は一様に味がなくなっていたり、酒であれば僅かに嵩を減らして気の抜けた味になっていたりと、一応の変化はある。

 しかしそれ以外のことは何も解らなかった。

 

「よおよお兄弟、酒は足りてるかぁ」


「あぁ、はい、ありがとう……」


 後手に隠していた新しい盃でそれを受ける。

 日本のものより多少度数は低く濁っていて、若干発酵しているのか微炭酸。どぶろくのようなものだ。

 度数が低いと言っても、それでも何十人ものお酌を受けていてはアルコールが回る前に腹が裂けてしまう。

 受けた酒は一舐めして、あとは目の前の精霊達に渡しておけば勝手に消費してくれる。


「それで、お前さんの精霊様はどこにおられるんだい」


 あたりを見渡して、だいぶ寂しくなった頭髪をなでつけている。

 フージュ達に限らず、この村の住人は誰も彼も日本人離れした容姿をしていた。


「そこで酒かっ喰らってひっくり返ってるよ……」


「はっはっはァ、どうだい、満足されているかな」


「おそらくは」


「よしよし、しっかと御祭りせにゃあ。 タルカの神に失礼ってもんだ」


 そう言って大きく口を開けて笑う男性は、すっかりに出来上がっているようだ。

 肌が白いので朱に染まった肌はそれを如実に浮き上がらせて、茹でタコのようになっている。

 その男性の傍らには大きな鳥が辺りを警戒するように首を小刻みに動かしていた。


「あの、そちらの大きな鳥は」


「ん? おお、さすがクミルだな。 こいつはアマ……お前にゃ通じんのだったな。 鳶(とんび)の精霊だよ。 こいつのおかげで俺の一族は飢えたことがない」


 男性が鳶をひと撫ですると、その頭を手のひらに押し付けてもっと撫でろと催促しているように見える。

 自分に挨拶しに来てくれる人は全員が全員、何かしらの精霊を側に置いていた。

 この男性のように鳥であったり、小人であったり、熊や犬、猫やネズミ、その形は様々だったが、共通するのは他人の精霊を見ることができないというもの。


「そのぉ……精霊っていうのがよくわからないんだけども」


「……トキサダヌクムンの伝説と同じだなぁ。 やっぱ違う世の人間ってのは本当なのか」


 急に真面目な顔になって、硬そうな髭を撫で始める。

 

「精霊は、神がその御霊(みたま)をお分けくだすったものだ。 俺で言うなら鳶の神、 兄ちゃんならタルカの神。 本当なら敬神が同じでない限り、精霊のお姿が見えるこたぁないんだが。クミルはそうではねぇんだな」


「クミルって、覡……だっけ。 神と人との道になるとかなんとか」


 男性は大きく頷く。


「俺らは神を敬い信仰するが、言葉を交わすことはできない。 なぜなら御力が強すぎて頭が狂っちまうからだ。 だが、信仰の対価としてそのお力を分け与えてくださる。 それが精霊。 俺らは神と道を繋げない代わりに、精霊と道を繋ぐ。 しかし」


 そこで男性は一息ついた。

 酒臭い深呼吸を吐きながらさらに言葉を続ける。


「クミルは神と直接道を繋ぐことができる。 神を敬い、言葉を交わし、神との道を繋ぐ力を持つ者。 それがクミルだ」


「そんな力があるとは思えないぞ? 今まで普通に、ぬくぬくと生きてきたわけだし。 それに今視えてるこいつらは精霊だろ? みんなと変わらないじゃん」


「神と道を繋ぐってのは簡単なことじゃないんだよ。 それでもいきなり精霊を遣わせてくださったんだ。 それだけで普通じゃねぇ」


 盃を煽ると、酒を一気に飲み干してしまった。

 ふらつきながら立ち上がると、鳶の精霊はその肩に留まってうまいことバランスを取っている。


「とにかくだ、お前これから大変だぞお? なんせ八百万の神の御言葉を一身に受けなきゃならんからな。 ま、頑張ってくれや」


 再度豪快に笑うと、向こうの大きな輪の中に戻って行ってしまった。


 神だの精霊だの、なんとも怪しげな宗教のような中に放り込まれてしまった感じはあるが、なんせ目の前に生きて動く超常現象があるのだ。


「なあ、お前たちよお」


『んー?』


 比較的おとなしい、髪で顔を隠した精霊の一人に話しかけてみる。


「これからどうなるの、俺」


『ヒトのことはヒトにきけばいいよー』


「……はぁ」


 ひっくり返ってる二人の腹をいたずらに撫でてみても、うっとおしいと言わんばかりに手をのけられる。

 こいつらに対して畏敬の念を持つのは不可能だ。

 先ほどの話を聞く限り、一応神の力を持っている存在のようだが、要は使いっ走りのようなものなのだろう。

 さらに言えば、子供。

 

「そういえばお前らのこと、なんて呼べばいい?」


『なんでもいいよー』


「……名前とかないの?」


『ないー』


「ないのか……」


『そうだ、アサタなまえちょーだい!』


 赤い精霊が起き上がって、体をよじ登ってきた。

 重みは感じるのだが、服にしわが寄ったり窪みが出来たりしないあたり、質量があるのかないのか不思議だ。


「はあ、名前をくれと言われても……」


 ペットに名付ける感覚でつけるわけにもいかないだろう。

 子供とはいえ、神の力を持つ精霊。それなりの名前を持っているのかと思っていたら、名無しだったとは予想外だ。

 

『なをもらうというのは、だいじなんだぜダンナ。 ダンナとおれらのみちをつよくするものだからな』


 緑の精霊もいつの間にか起き上がっていた。

 

「道を強くするって、正直に言うぞ。 俺はこの状況を全く理解できていないんだ」


 目が覚めていきなりここは違う世界です、などという突拍子もない話を受け、妙な装束を着せられて、変な儀式をしたと思ったらおかしな生き物が見えて。

 こんなに濃密な一日を過ごしたことは今までにない。

 本音を言うのならば、今すぐに布団にくるまって眠ってしまいたい。


『むつかしくないよー。 なまえくれれば、もっとちからかせるよー』


「だから……はぁ。 わかった、名前をつけてやればいいんだな」


 細かい説明を期待するのは間違っているようだ。

 ならば今は望まれるままに、名前くらいつけてやってもいいのかもしれない。

 そうして考え始めてみると、これが意外にもなかなか決まらないものだった。

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