第4話 今から9年前
ルークとトグサは王宮に戻り、薄紫の花畑が広がる裏庭で並んで座っていた。
「悪かったよ。ルークは大会議で忙しそうだったから、動揺させたくなかったんだ」
「お前が居なくなるくらいで動揺したりしない」
「はいはい」
トグサが苦笑する。
「いつ出るんだ」
「んー?」
あいまいにほほ笑むトグサ。
「明日…?」
「明日ぁ!?」
ルークが目を見開く。
「お前は、なんで、そういう、大事なことを、早く言わないんだよ!」
トグサの胸ぐらをつかみ、がくがくさせながら叫ぶ。
「うえっ、やっぱり、大事な、んじゃんっ」
「言葉の綾だ!」
ルークがトグサを放り投げた。
「ぐえ~目回った」
風が2人の間を通り過ぎる。
花の独特な香りがあたりを満たした。
「…つ…どって来るんだ」
ルークがボソッとつぶやいた。
「えっ?」
「だから!いつ戻ってくるんだ。一生あっちにいるわけじゃないだろ」
「う…ん。そうだね。修業がうまくいくかによるけど、短くても2,3年はかかるだろうな。でも、ものになったらちゃんと帰ってくるよ」
ルークが黙り込む。
「ルーク?」
「…いい」
「え?なにが?」
ルークが膝に顔をうずめた。
「ル、ルーク!?」
トグサが取り乱す。
「お前が、この街に、国にとどまる必要も義務もない。一流の細工師になりたいのなら、お前だって世界を見て回りたいんだろう…。だから、この街に、帰ってくる必要はない」
「な、馬鹿言うな!ここはおれの生まれた街だ。離れるつもりはないよ!」
トグサが必死に慰めるが、ルークは顔を上げない。
「…たかだか半日で行ける距離じゃないか。たまに会いに来るからさ…」
トグサがルークの頭を優しくなでる。
いつもなら振り払うであろう手を、ルークは振り払わない。
たかだか半日の距離。
外を自由に歩き回れないルークにとって、それがどれだけ遠いものか、トグサもルークもよく分かっていた。
2人が出会ったのは、今から9年前。ルークが9歳、トグサが10歳の時である。
城に装飾具を納めに来たヨームに、遊び半分で付いてきたトグサは、案の定、城内を勝手にうろつき王宮に迷い込んだ。
そして、あの裏庭でルークと出会ったのである。
「うーん。迷ったな!」
トグサがからっと言い切る。
「まいったなー。そもそもここは城の中なのかなー。なんか森みたいだ」
トグサの言う通り、周りには木が生い茂っていた。
もともとダミア城及びその城下町サデローロは、森を切り開いてできた場所であり、王族達が住む王宮の周りはそれらの自然が残されるように設計されていた。
「とにかく、歩けばどっかつくだろ!」
無駄に楽観的なトグサは、鼻歌を歌いながら歩き始めた。
「ふ~ん、ふ~ふふ~ん。お、なんか開けてきたぞ」
トグサが、小走りになる。
木々の間を走り抜けるとそこには原っぱが広がっていた。街の広間の半分くらいだろうか。周りには原っぱを囲むように樹木が立ち並ぶ。
「おー。すげーなんだここ。あ、でも建物がある。なんか城とは違う気がするけど…。ま、いいや!とりあえず行ってみよう」
トグサが言っている建物は王宮の事だが、そんなことを知る由もないトグサはずんずん進んでいった。
しばらくすると、一面自然の緑が広がっていたトグサの視界に、紫色の何かが映った。
なんだろう…あれ。花かな?
そんなことを思いながら近づく。
「あ…」
トグサは息をのんだ。
それは花ではなく少女だった。
そう、ルークである。
ルークは薄紫色のドレスを身にまとい、艶やかな黒髪は見事に編み込まれ、頭には繊細なティアラが飾られていた。
そして、その黒々とした瞳からは、宝石のような涙がほろほろとこぼれ落ちていた。
トグサは一瞬で魅せられた。
「…なんだ、お前は?」
トグサはハッとして、声を上ずらせながら答える。
「ぼ、ぼくトグサ!じいちゃんについて、首飾りとか指輪とかを王様に渡しに来たんだ!」
「ふん…細工師の孫か。なんでこんなところにいる。勝手に入り込んだとなれば、子供といえど首をはねられるぞ」
「え、ええええ!嘘でしょっ!ぼ、ぼく、迷っただけだよ!いつの間にかじいちゃんが居なくなってて…!」
「ふっ…。いなくなったのは、じいさんじゃなくてお前の方だろ」
ルークがほほ笑む。
まるで花がほころんだようだった。
「なんだ。わたしの顔に何かついているか?」
「い、いや、なんで、泣いてたのかなって思って!」
「お前には、関係ない!」
ルークがぷいっとそっぽを向いた。
トグサが慌てて弁解する。
「う、うん、そうだけど、人に聞いてもらってスッキリする事もあるから!ぼくもよくじいちゃんに話聞いてもらって楽になるし…!」
「…お前がどうしても聞きたいというのなら、話してやってもいいが?」
「うんうん。聞きたい!」
トグサがぶんぶんと首を縦に振った。
少し間をおいて、ルークが語りだす。
「明日は闘技大会があるだろ?アウステロ国中から剣の腕に覚えがあるものが集まる。優勝者には豪華な賞品が贈られるんだ」
そういえば、そんなものがあったなぁと思うトグサ。剣に全く興味のないトグサは、最近人が多いなとしか感じていなかった。そもそも、ヨームはその闘技大会の優勝賞品の一部を納めに来たのだが。
「ふーん。それで?」
「今日は王宮で開かれる月に1回のお茶会で、本当は出たくなかったんだけど、母様に頼まれて仕方なく今回は出席したんだ」
「へぇ、すごいじゃないか!」
「全然すごくない!ずっと、歩き方とか話し方に気をつけなきゃだし、同じくらいの女の子たちは、あの人がかっこいいとか、あのドレスがかわいいとか、くだらない話しかしてないし」
「それで、泣いちゃったの?」
ぼかっとルークがトグサの頭を殴る。
「そんなことで泣くか!ばか!」
「ううー、ごめんよ。じゃあ、なんで泣いてたの?」
トグサが涙目で頭をさする。
「わたしが、明日当然優勝するのは、兄様だって言ったら、ティアーヌが絶対無理だって」
「お友達?」
ルークが再びトグサの頭をはたく。
「違う!あんな奴友達じゃない!」
「そ、そっか…」
トグサが少し身を引いた。
「兄様はすごい強いんだ。絶対負けるはずないのに、ティアーヌは、闘技大会には国中から強い人が集まるから、そんなの無理だって。すごい頭にきたけど、でももう無視しようって思ってたのに。あの子がその後もすごい、しつこくって…つい…」
「なぐっちゃたの!?」
トグサが、もしやと思って叫ぶ。
「ば、まだ殴ってない!あまりにもしつこいから、ちょっと突飛ばしたらあの子がころんじゃって」
「(まだってことは…)」
「本当に、ちょっと押しただけなんだ。なのに、すごい泣わめくから…気が動転して」
目を白黒させるルークを見て、ほぼ確信してトグサが言う。
「なぐったんだね…」
「う、うう…そんなつもりはなかったんだ。はたいたら泣き止むんじゃないかと思ったけど、ますます泣きだして…。もうどうしたらいいか分からなくて、何も言わずに飛び出してきてしまったんだ…」
ルークがガクッと肩を落とす。
そのあまりにも見た目とはかけ離れた行いと、それにとても落ち込む少女を見ていたら、トグサはなんだかおかしくなってきて、なんとか抑えようとしたが、遂には大声で笑いだしてしまった。
「な、人が真剣に悩んでいるのに、お前というやつは…!お前が話せというから、話したんだぞ!」
ルークが憤怒の表情で、トグサをぽかぽかと殴る。
「いて、あいて。待って待って、ちょっと待って」
トグサが笑いながら、ルークを止める。
「ごめんごめん。なんだかおかしくなっちゃって」
ルークが息を荒くしてトグサをにらむ。対照的にトグサは今にも笑い出しそうなのを必死に抑えている。
「で、でもさ、もう君は分かってるんじゃん」
「…どういうことだ」
「君がしたことが悪いってことも、この後どうすればいいかってことも」
トグサがにこりとした。
「君は賢いね。考えが違っても、そのまま他人と衝突しようとはしなかった。なのにその子はそれが分からなかったんだね。だから、ついはたいてしまった。でも…、悪いのはどっちだろう?」
しばらく何も言わなかったルークだが、しばらくすると小さくつぶやいた。
「…わたし」
「うん。そうだね。じゃあ、やらなきゃいけないことは?」
「…ごめんなさい」
「そうだね。よくできました」
「子ども扱いするな!!」
ルークは言い返すと、すっと立ち上がりドレスの汚れを払う。
そこら辺に放り投げた靴を履きなおした。
「謝りにいくの?」
「うるさい」
「はは。じゃあ、ぼくももうそろそろ帰ろうかな」
トグサも立ち上がり、伸びをした。
「お前…。帰り道分かるのか?」
「え、あ…そっか。ぼく今迷子なんだった」
ぽりぽりと頬をかくトグサ。
「お前は…阿呆なのかそうじゃないのかよく分からんな」
ルークが呆れ顔をする。
「細工師だったな。この時期に来る細工師なら、サンテールの間に通されているだろう。来い」
その後、トグサは無事ヨームと合流し、普段は温厚なヨームにこってりしぼられた。いつの間にか消えていたルークに寂しさを感じるトグサであったが、後に闘技大会で姫としてのルークに出会い仰天する。その後、王宮をこっそり出入りできる道を見つけた2人が、お互いに行き来するようになるが、それはまた別のお話である。
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