第2話 もしかして、根に持ってる?
今ならわかる。
父様が死んで、兄様が追放されたのは偶然じゃない。
だって、父様の発作は薬で押さえられていたし、あの兄様が使い込みをするなんてありえない。
もしかすると、バルシーバの病死も何かあるかもしれない。
エイリスク…すべて、あいつが…!
静かに目を開ける。
そして、ゆっくり腰にさしてある剣の柄をつかむと、右足を軸に振り向きながら、勢いよく振り抜いた。
「わわわわわわわ!!!!!ストップストップ!!!おれだよおれ!!」
首からあと数ミリというところで、剣がぴたりと止まる。
そこには1人の青年が立っていた。浅黒い肌と茶色い髪。身長はルークより頭一つ分くらい高め。肩幅や足腰の作りががっしりしていて、かなり重厚感があった。
「トグサ…か」
「そそそそそ」
切っ先できれいに半円を描きながら、チンッと剣を鞘に戻す。
「るーちゃーん。いきなり剣で切りかかるのやめようぜ?びっくりしちゃうじゃん」
「足音を消して、私の背後に立つのが悪い。それから、次その呼び方をしたら斬る」
「おー、こわっ」
トグサ、と呼ばれた青年が身震いするまねをする。
「まー、しょうがないか。いつ、後ろからぐさっ!てくるか分かんないもんな、るーぽよは」
ルークが剣の柄に手をかけた。
「ごめんごめん!ジョークだよジョーク!なっ!ルーク!」
「チッ…!」
ルークが舌打ちしながら、腰を下ろす。
トグサが、ため息をつきながらその横に座った。
「あーあ。昔は、あんなかわいかったのになー。なんでこんなやさぐれちゃったんだろう」
「知るか」
「初めて会ったのもこの場所だったよなー。あの頃はまだ、こんな一面花畑じゃなかったけどさ、初めて見た時はでっかい1輪の花がいるって思ったもんさ」
「(こいつ、頭やばいな…)」
「白い肌にうるんだ瞳と、ピンクの唇。さらさらと波打つ黒髪に、薄紫のドレスから白く伸びた細い手足。あーあ、ほんとにきれいだったよ」
「(くさっ。きもっ。詩人かよ。一生ポエムでも書いてろ)」
「あ、今一生ポエムでも作ってろって思ったでしょ?」
「おもってない」
疑うような目で見るトグサ。
目をそらすルーク。
「そんなことより、お前ここで何してるんだ。仮にも王宮だぞ。不法侵入しているなら、切られても文句は言えんぞ」
「やだなー、人聞きの悪いこと言わないでよ。あいさつ回りだよあいさつ回り。もう少しでおれも仕事ができる年ごろだからね。じいちゃんについてって自分を売り込んでるのさ」
トグサが自慢げに言う。
「ああ。だからそんな気持ち悪い格好しているのか」
「えー!?そんな似合ってないかなー」
トグサは、紺色のジャケットに白いシャツとスカーフ、ズボンにブーツを身に着けていた。細身で上品な男性がすらりと着こなせばこの上なく
「そういうルークは、王族とは思えない格好してるねー。そんな質素な服、農民くらいしか着てないよ」
「似合っていないか?」
「いやー。もうばっちり似合ってるね!それでこそルークって感じ。貴族の格好して澄ましてるのとか見ると笑っちゃうよね」
無言でトグサの頭を思い切りはたく。
「いったー!?なんで!?褒めたんじゃん!!」
ルークがツンとした顔で立ち上がる。
「早くその気持ち悪い服を着替えに行くぞ」
「え、ちょ、ちょっと待って。どこ行く気?るーちゃん!」
「お前の家だ」
「いやいやいや。そんな無防備に王家の人が街を歩いちゃダメでしょ」
「問題ない。この質素な服が似合いすぎていて、農民そのものだと今言っていただろう」
「…そこまで言ってないからね?もしかして、根に持ってる?」
「いいから、黙ってついてこい」
ルークが有無を言わさぬ口調で命令する。
「あーもー。るーちゃんに何かあったら、首が飛ぶの俺なんだからねー」
トグサは仕方なさそうに、ルークの後をとぼとぼ追いかけた。
トグサとルークの住む街サデローロは、ダミア城を中心とした城下町である。ダミア城の前に広がる大広間には、昼間は常に人々が集まりにぎわっている。さらに、広間から伸びる大通りには市場が常設され、それに伴って酒場や宿屋などが集まり、城の周辺は大いに栄えていた。
「いらっしゃいいらっしゃい、今日もいい肉を揃えているよ!!」
「さあさあ!今日の夕飯にうちの魚はどうですか!?」
「そこのお兄さん!彼女にこの髪飾りどうだい?」
今日は週に一度の定期市ということもあり、ひとたび大通りを歩けば、色々なところから声がかかる。多くの人々が集まっており、少し不思議な組み合わせの2人だが、誰も気にする者はいなかった。
ルークが周りを見回しながら通りを進む。
「そこの、お姉さん!いい野菜そろってるよ!」
ルークが立ち止まり、品物を眺める。確かに果物や野菜などが、みずみずしく置かれていた。
「じゃあ、そのリンゴを2つもらおうかな」
「へい!まいどあり!10ラッツだよ!」
「…また値上がりしたな」
ルークが硬貨を払いながら言った。
「ああ、オレももっと安く売ってやりたいんだが、知っての通り、ここらで城下町や国境を自由に行き来できるのは一部の商人だけだ。あいつらそれをいいことに高値で売りつけてくるからなぁ。俺らも生活があるから、すまんなぁ」
「ああ、分かってる。ありがとう」
リンゴは甘さと酸味が程よく混じり、果汁がじゅわっと染み出てきた。
「リンゴ2個で10ラッツ…か。これでみんなは生活できるのか?」
ルークが、リンゴをトグサに放り投げる。
「う~ん、とんとんって感じかな。職人は観光客がいくらかお金を落としてってくれるからね。まあ、楽ではないねー」
トグサがリンゴにかじりつきながら答えた。
しばらくすると、大通りの左手に赤い屋根の小さめの店が見えてきた。中には、きらびやかな首飾りや髪飾りが並んでいる。装飾品などを売る、細工師の店だ。
ルークがドアを開けると、一人の老人が椅子に座り新聞を読んでいた。長い白髪とひげは無造作にひもで縛られ、顔には年月を思わせるしわが刻まれている。
「ルーク様!!」
「久しぶりだな。ヨーム」
ヨームが慌てて眼鏡をとり、立ち上がる。
トグサを見ると、信じられないという顔をした。
「トグサお前。急に用があるとかいなくなるから、どこに行ったかと思えば、姫様を誘拐してきたのか…」
「え!?違うよ!?どう見ても違うでしょ!?誘拐されてんのに、るーちゃん余裕過ぎない!?」
「くっ…ルーク様…この愚息の行い、到底許されるとは思っておりませぬ。しかし、もしもルーク様にお慈悲の心がございましたら、どうか
ヨームが、沈痛な表情で机の引き出しからナイフを取り出す。
「ええ~!?待って待って、じいちゃん!!早まらないで!!」
ヨームがナイフを胸につきたてた。
「うっ…」
ヨームの目が見開かれる。がたんと足をつき床に倒れこんだ。
「じ…じいちゃん…!?」
床に赤い液体が広がる。
「じ、じいちゃーーん!!」
トグサがかけよる。
「うっううっ。じいちゃん…。おれが誤解させるようなことをやったばかりに…。ごめんよぉ」
トグサの目からぽろぽろと涙が落ちる。
「うっ…るーちゃん。るーちゃんもじいちゃんの手を握ってあげて。まだ温かいから」
トグサが鼻を真っ赤にさせながら、ルークを見る。
ルークは眉間に指をあてながらため息をついた。
「ヨーム…。いつまで付き合えばいいんだ?」
すると、むくっとヨームが起き上がった。
「いやはやすみませんなぁ。この液体を試してみたくてのぉ」
ヨームがにこやかに笑いながら、赤い液体の付いた小瓶を取り出す。
「え…」
トグサが、放心した顔でヨームを見る。
「お前はいくつになっても、騙されやすいのぉ。わしはお前がいつか悪い女に騙されないか心配じゃ」
「じ、じ、じいちゃぁんーー!」
トグサはヨームに抱き着くと、おいおいと泣き始めた。
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