Flower Garden ~そして、彼女は名ばかりの王となった~

@Toti

第1部 アウステロ国編

第1章 大会議

第1話 では、次の王は誰だ?

暖かな風が、ルークの頬を優しくなでる。

風は、吹きつけることも押し流すこともなく、ただルークを包み込むように旋回する。


ルークは、その風の心地良さに目を細めた。


「春だな…」


ここは、アウステロ国。

カウジアーノ大陸の西南に位置する、小さな国だ。


東にはネイリオア山脈が、南にはピュ―トラス川があり、その国土は、カウジアーノ大陸の10分の1にも満たない。

故に、周囲の国々が、ピュ―トラス川の新鮮な水と、カウジアーノ大陸の豊かな土壌を用いた農作物で栄えているのに対して、アウステロ国は、手先の器用さや繊細な感性を用いた、優美な工芸品で栄えていた。

また同時に、町並みもが芸術となりうるアウステロ国は、観光地としても名高かった。


そんな小さくも美しい国― 


アウステロ国の王であるのが、このルーク・ハーベンベルクである。


「今年も、見事に咲いたものだ…」


ルークの目の前には、一面の花畑が広がっていた。

薄い紫の花。いや、青みがかったピンクというべきか。アウステロ国では見ない花である。

その形はどことなく異国を感じさせ、香りも、アウステロ国のはっきりとした香料とは異なる、柔らかで甘い、眠りを誘うようなものであった。

風に乗って、花びらが舞い上がる。

香りが、一層濃くなった。


ルークが静かに目を閉じる。


はもうすぐそこだ…


エイリスク達を説得できるだろうか。必ず、異を唱えてくるはずだ。


でも、だからこそ、失敗できない。



やっと…、やっとここまでたどり着いたんだ。







ルークの父親であり、先の国王でもあるバルク―ト王は、立派な人であった。

民のことを1番に考え、決して慢心せず、時に優しく、時に厳しく、家族と民を心から愛した。


しかし、バルクート王は突然の死を迎える。

ある日の朝、いつものように召使いが起こしに行くと、すでに亡くなっていた。持病である心臓病の発作が起きたとみられている。


全ての国民が、深く悲しんだ。

その悲しみようは尋常でなく、


「その時期に作られた工芸品は、国民の悲しみを吸込み、それを持っているものは不幸になる」


という噂が立つほどであった。


しかし、それも長引きはしなかった。

元来明るいアウステロ国の国民は、次の王の即位と共に活気を取り戻し、栄えていった。というのも、即位した王が、以前から国民の信頼が厚い、セイクマド王だったからだ。バルクート王の息子であり、ルークの兄である。

即位前から、バルクート王の右腕として働き、成果を上げてきたセイクマド王に不安を覚える者はいなかった。


しかし、その期待は裏切られる。


セイクマド王の、国費の使い込みが発覚したのだ。

セイクマド王の評判は地に落ち、セイクマド王は国から追放された。


残る王位継承者、つまりバルクート王の血を引いている男児は、ルークの弟、パルシーバのみとなった。


ところが、悲劇はまだ終わらない。


生まれつき体の弱いバルシーバが、病死するのだ。


アウステロ国は混乱に混乱を期した。

王位を継ぐ者がいなくなったのだ。

アウストロ国は代々、先国王の息子が継いできた。


だが、バルクート王の息子は、みな、死んだ。



「では、次の王は誰だ?」



国は、2つに割れた。


「バルクート王の弟であるエイリスク」か


「バルクート王の娘であるルーク」か


の2つに。


「アウステロ国は代々、先国王の子供が王位を継いできた!たとえ娘であっても、ルーク様が王になるべきだ!」


「女が王になるなど言語道断!エイリスク様もバルクート王の血を引いている!エイリスク様こそがふさわしい!」


「エイリスク様が、今までどれだけの問題を起こしてきたか忘れたの!?政には全くかかわらず、遊びほうけて、国民からの評判も悪い!」


「それに対してルーク様は、バルクート王と共に街の視察に来たり、国民に気さくに話しかけてくれたりと、バルクート王の人柄をも受け継いだ素晴らしい方だ!」


「ふん!そう言われていた、セイクマド王が1年も待たずに、国を追放されたことを貴方達こそ覚えていないのかしら!」


「そうだそうだ!たかだか15歳の小娘に、この国を任せられるか!!」



国王がいなくなった今、どちらが王位を継ぐのか、決定を下すものは誰もいない。






ある日、エイリスクは国民とルークを大広間に集めた。

誰もが、エイリスクの王位継承の正当性について、演説が行われるのだと思った。


ところが、エイリスクは国民の前でこう話し始める。


「私は、確かにバルクート王と同じ血が流れている。けれど、バルクート王の血を直接引いているわけではない。しかも…、王位を継いだ兄上を手伝いもせず、好き勝手やってきた」


エイリスクが顔をゆがめてうつむく。


「今思えば、なんと私は愚か者だったのだろうか。あまりにも立派な兄上を持ち、ただそのまぶしさから目を逸らし、逃げ続けてきた…」


エイリスクが、キッと前を向く。その目には涙がにじんでいるように見えた。


「だから、私に期待してくれている民達には悪いが、私は、王位を継ぐことは、出来ない」


エイリスクが一呼吸置く。


そして、断言した。


「王位は、ルーク様が継承すべきだ」


その場にいた全員が耳を疑った。そう、ルークもだ。


エイリスクが王位に固執していることは、誰の目から見ても明らかであった。現に、バルクート王が王位に付くときもかなり揉めたのだ。


エイリスクが、広間の人々を見回す。


「だが……。だが、もし許されるのならば、新しく王となったルーク様を、私に支えさせてもらえないだろうか!」


エイリスクがこぶしを握る。


「今、アウステロ国は、存続の危機に瀕している。この国を、本当に思うならば、対立するでも、いがみ合うでもなく、互いに手を取り、力を合わせていくべきではないのか!!!そうでなければ、再び兄上の時のような悲劇が起こる!!!こんな歴史を、私達は二度と!二度と繰り返してはならない!!!!!」


エイリスクの声が反響する。しばしの沈黙が大広間を覆う。


「…」


「…」


「…」


「ルーク王…、バンザーイ」


「ルーク王、バンザーイ」


「ルーク王、エイリスク様、バンザーイ」


か細い声は、瞬く間に大広間中に広がり、大きな歓声へと変わった。


「ルーク王、バンザーイ!」


「エイリスク様、バンザーイ!」


「ルーク王、エイリスク様、バンザーイ!!」


エイリスクが、ルークをつかみ、国民が見える位置で握手をした。

歓声が一際大きくなる。


ルークが、エイリスクを見た。


「おじさん。何を考えているの?」

「この国の幸せですよ」


エイリスクが、にっこり笑う。


瞳の奥に、冷たい何かがちらついた。








こうして、エイリスクは国民の信頼を集め、国王を支えるという名目で、国王の側近となったのである。

そして、エイリスクが実質上国王の権力を行使するようになるまで時間はかからなかった。

気づけばルークの周りは、エイリスクから甘い汁を吸う人間ばかりになり、バルクート王の時代からの重臣はいつの間にか城から遠ざけられた。


ルークは賢い子供だった。しかし、信頼できる人々の中で自由奔放に育ったルークには、エイリスクのような人間と、対等にやりあう技術は身に着けていなかったのである。




そうして、ルークは名ばかりの王となった。

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