#25 詮無き思考の果て、思いのままに行動する

 さて…言いたい放題叫んだところで神無月父に対しての主張は大方済んだと言えるだろう。


 しかし、オレの価値観エゴの押し付けはまだ終わりじゃない。

 父親だけではなく、その娘の方にも、言いたいことや伝えたい思いが腐るほどあるんだよ。


「おい、神無月ッ!!」


 彼女の肩が再び跳ねる。


 怒鳴るような口調になってしまったことを反省している暇はない。


 怯えたままでいい。強がらなくてももいいから、弱っているまま、しっかり聞いて欲しい。聞かなくとも居て欲しい。


「お前が何で怖がっているのか、何に怯えているのかは知らねぇ。でも現実問題…お前をここまで育てたヤツはこんなクズだぞ! 愛玩動物おまえを愛していると思い込んでいる自分が大好きなだけの…実にしょうもないヤツだ」


 神無月父はそんなオレの言葉を再び煙草を咥えて聞いている。


 まるで、他人事のように。


 それについて希望的解釈をすれば、オレの言葉で揺れた気持ちを落ち着かせる為に。


 敵の行動の真意が何であろうと…オレとしては邪魔されないのならば、どんな理由だって構わない。


「お前はどうしたい? 神無月紫織! お前はオレにどうして欲しいッ?」


 どうだ? オレの言葉はお前に届いているか? お前の心に響いているか?


 直接的には何の関係もない、そんなオレの言葉はお前にとって救いになり得るか?


「お前が助けて欲しいと言うのなら助けてやる! 逃げたいと望むならば手伝ってやるっ! 救いが欲しいのならオレが与えてやるッ! ただ…答えを聞く前に、オレが一つ明確な真実ってヤツを教えてやる」


 そう、君の家庭問題に直接関係はないオレだからこそ言える。

 君と父親の関係性を深くは知らない僕だからこそ無責任に発言出来る。


「ここで行動を起こさなきゃ、お前は一生、窮屈な『氷像』のまま変われない。決して動けない!」


 我ながら驕った物言い。

 これが神無月の腹に溜めているモノと符合するかなんて知ったことじゃない。


 ただオレがそう思っているだけ。


 もしかすれば、てんで見当違いの勘違いで、真に第三者視点から見れば失笑を誘うような言葉かもしれない。


 でも、オレが信じているのは、オレが真実そうだと思いたいのはこんな言葉。


「いいのか? 動けなくて、動かなくて。ただ心の温度を下げて日々を生きる。そんな糞みたいな人生に自分テメェは満足できんのか?」


 おいおい、何言っちゃってんだよ…。

 糞みたいな人生?―――まんまオレのことじゃねぇか。


 いや…迷うな! 思考と言動を因果で結んじゃいけない。ちぐはぐさに面と向かえば何も言えなくなる。見て見ぬ振りを維持するんだ。


「嫌なら行動しろ! 何者でもないお前の意思で叫べ。何がしたいのか語れよ! それをオレが助けてやる。物語をハッピーエンドに導いてやる」


 神無月を超えて、自分に帰ってくるオレの言葉。全くどの口が立派な大言壮語を吐いているんだか…。


「さぁ聞かせてみろよっ、お前の偽らざる本当の本音ってヤツをっ!」


 家庭が持つには広すぎる部屋にオレの身勝手な絶叫が響く。


――数秒間の静寂。



 やがて『深窓の氷像』は涙を流しながら、唸るように声を出した。


「…斑目君。私…頑張るから…私に……私に少しの勇気を下さい」

「そんなもん、幾らでもくれてやるよ!」


 呼応するように駆け寄り、神無月の顔を見つめる。


 近付けば一目瞭然。こんなに震えている、それなのに『頑張る』と言った。

 こんなに頑張っているのに、こんなに頑張ったのに、更に頑張ると。


 ささやかで大きすぎる、アタリマエで人並みな幸福を得ようとする決死の女の子に対して、一介の学生でしかないオレに何が出来る?


 異質の瞳を持っていたところで、オレの本体は少し歪んだだけのただのガキだ。


「神無月…」


 オレはこの少女にどんな言葉を与えればいいのだろう。

 上から目線で『救ってやる』なんて言ったけど、実際具体的にどんな言葉を掛ければいいのか、オレには解らない。オレの瞳には映らない。


 彼女に高尚な説教をかませる程にオレの人生に説得力はないだろう。その言葉にはどんな意味合いを含めればいいのか皆目見当もつかない。


 それは百年考えたところで理解るような問題ではないような気もする。

 ひょっとすれば百点満点の正解なんて無いのかも知れない。

 そもそも明確な解答があると仮定した所で、オレみたいな人間失格には辿り着けない類のものだって可能性も十二分にある。当て所なく巡る思考。


 だからオレは考えることを放棄した。だからオレは…、


―――僕は神無月にそっと口づけをした。


 僕の初めてを、贖いとして彼女に捧げることにした。

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