#22 決して忘れぬ悪夢⑤

 叔母さんの家から地元に帰り、そこからはひたすらに自己の研鑽に務めた。ただ問題集を解き漁り、気晴らしに筋トレや軽い運動をする毎日。


 それでも、絶対に断固としてバスケットボールには触らなかった。今、過去それに触れてしまえば、再び未練それを断ち切れる自信がなかったから。


 それは自分の弱さを嫌と言うほど知ったからこそ下すことの出来た判断なのだから、些か皮肉が利いている。


 二学期に入った。


 学校では『非情の瞳』のコントロールや効力について実験を繰り返していた。この瞳はどの程度まで見抜くのか? 有効範囲はどのくらいか? 発動に条件はあるのか? その他、思い付く限りのデータを集めた。


 それにはクラスメイトを利用したのだが、罪悪感は無かった。

 こんなクズ共なんて実験に使うマウスと何ら変りない。使い捨ての消耗品だと認識していた。


 その結果として学年が変わることには大体概要が掴めた。その過程で名前を付けたし、これはオン・オフが出来無いと悟った。


 月日は流れ、オレは三年生になった。クラスのメンツも一新された。

 新たな級友に罪はないので実験に使ったりはせずに、適当に上辺だけで付き合った。


 二宮夫妻との会合で決意し現在にも続くオレのスタンスは、多分この頃に形成されたのだろう。


 そして五月に約束の模試があった。もちろん志望校には海堂高校と書いて提出した。

 数日後返却された結果にはA判定と記されていた。小さく、誰にも見えないようにガッツポーズをした。


 帰宅後、すぐに二宮家に電話した。約束を果たしたことを告げ、話し合いの日取りを決めた。その日が待ちきれなかった。


 そして運命の日。Xデーが訪れた。


 案の定高校生の一人暮らしに両親は反対したが、根回しの甲斐あって賛成派だった二宮夫婦が熱心に説得してくれた。


「ちょっと早めの独り立ち練習ですよ。子供がやりたいと本気で決意しているのだから、それを見守るのが親ってやつじゃないですか?」


 そんな清隆さんの男前な発言が決め手となり、両親は如何にも渋々といった感じ折れた。オレの海堂受験が決定した。


 季節は冬になり、受験シーズンを迎える。

 登校する時にマフラー無しでは厳しい季節になった。オレの地元では割りと雪が降るのだ。冬の寒さは結構なものである。


 そんな折、オレは隣の県の二宮宅にお世話になっていた。


「んじゃ、行ってきます」

「頑張れよー、楽勝で受かるよー司」

「司~、帰ってきたら酒呑もうぜ~」


 この頃にはもう演技で笑えるようになった。

 例え心が喜んでいなくても、表情だけは笑えるように変わっていた。役者として成長したのだ。人間としてはマイナス方向かもしれいないけれど。


「楽しみにしてるよ、清隆さん」


 そんな社交辞令を吐き出してから歩き出した。受験会場の海堂高校に向けて。


 ざっくりと結論から言うと受かった。

 まぁ現在通っているわけだから、時系列とか因果とか、そういう時系列的なアレを考えてみれば当然だ。


 公立の入試が始まる前に合格通知が届いたので、公立受験はしなかった。

 代わりに、清隆さんと春から住むことになる住居を探していた。仕事の合間を縫って、金にならないことをやってくれた清隆さんには本当に頭が上がらない。


 優しすぎる二宮夫妻と長く居る内に、『優しさ恐怖症』に対して耐性が出来たのか、去年の夏休みのように意識を失って倒れることはなくなった。それでも頭痛は少しある。心が少しずつ黒ずんでいくような錯覚と共に呼吸が乱れる。


 情け無くて、言い出しようも無いことだから今に到るまで医者にはかかっていないけれど、多分精神的なダメージによる呼吸器系の疾患だろうと素人なりに漠然と当て推量的に考えている。


 季節は巡って初春。待望の卒業式がやって来た。


 桜の木が蕾をつけるそんな出会いと別れの季節に流されるように同級生の大勢は泣いていた。

 その涙は達成感からくるものなのか、友と別れる悲しみなのかは判断できなかったけれど、男も女も性別問わずにほとんどが泣いていた。丸山だってその一人さ。まるで普通の女の子みたいに。傷を負った被害者なんていなかったみたいに。


 対照的にオレの涙腺は全く緩まなかった。


 だってオレの過ごした中学生活はカラッポだったから。黒歴史どころか闇歴史決定。


 クソみたいな通過儀礼が終わっても、真っ直ぐに家に帰らなかった。予約を取っていた美容院に行く為に。


「スミマセン、予約していた斑目ですけど…」

「はいはい斑目くんねぇ~。じゃあコチラの席にどうぞ~」


 コーンロウの何となく軽い感じのするお兄さんに案内された席に座ると、ティーン向けのファッション雑誌を幾つか差し出された。


「そんで、どんな髪型にします?」


 適当に雑誌をめくり、漠然と―――いや鮮明に脳裏に浮かぶイメージに近い髪型を見つけたので、それを指差す。


「こんな感じで」

「あぁユニセックスなミディアムね。シャギーとか入れると、もっとお兄さんに似合いそうだ」


 まぁ無難な感じだなぁ…という心の声。


 この程度の見え透いた社交辞令にも反応する厄介なオレの瞳。

 でも、これくらいならもう気にならない。誰だってその位はするさ。


 務めて何でもない風に対応。


「じゃあそれで。後、髪を染めて欲しいんすけど…」

「何? どんな色にしちゃうの?」

「がっつりブリーチをかけて、金髪に」


 我ながら小さく女々しい男だと思う。

 でも、こうして何かに残しておかなければ忘れてしまいそうな気がして。

 丸山から得た、あの感情を留めておく為に、彼女と同じ髪色にしたかった。別に彼女のせいにしたかったわけじゃない。

 かと言って、純然に僕の過失オンリーかと言われると否定したいけども。


 ただ、金髪にすれば、彼女と同じ髪の色にすれば、鏡を見る度に思い出すから。

 丸山に告白されてからの一連のエピソード――あの時の絶望を否が応でも想起させるから。心が迷ったときに標になるように。僕が壊れて歪んだ些細な大事件を思い出にしない為に。


―――だから、この日僕は丸山と同じ髪色キンパツにしたんだ。

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