#19 決して忘れぬ悪夢②

 現状的にまだ解らない事だらけだったけど、僕は次の日普通に学校に行った。なんなら別にこれといって休む理由も無かったし。


 そして、普通に自分のクラスに入り、普段どおりに皆に挨拶をした。

 が、一人として僕に挨拶を返してくれるものはいなかった。


 最初は聞こえていなかったのかと思い、もう一度同じことを繰り返した。それでも返ってこない。流石に不審に思い、クラスを見渡した。


 そこでいつも通りに不細工な取り巻き数人を従えた丸山がニヤニヤしていることに気が付いた。


 瞬間思い立った。瞬時に理解した。論理を超えた閃き。


――アイツが皆に命令したのだと。アイツが僕を無視させているのだと。


 後になって聞いた話だが、丸山は僕への色仕掛けが失敗したことにより大輔先輩にフラれたらしい。それで、その腹いせに原因になった僕を無視させたのだという。


 それはともかくとして、犯人が丸山だと気づいた瞬間、丸山をぶん殴ろうと思った。


 身体は余裕で僕の方がデカイし、生物学的な男女の力の差もある。

 第一、毎日部活している僕が、毎日フラフラ遊んでいるチャランポランに肉弾戦で負ける要素があるとは思えなかったから。


 でも、思い止まった。暴力はマズい。

 夏休みにはもう一度公式の試合があるし、その前に県選抜の大会もある。暴力事件を起こしてしまえば、それらに出場できるわけがない。


 それに、冷静に考えれば丸山が命令したという物的証拠がない。つまり僕の暴力には正当性が無い。震える拳を抑えつけて、静かに席に着く。


 いいさ、どうせシカトなんてすぐに終わる。そんなガキ臭いことに構ってられるか。


 その日はそんなことを考えながら過ごした。実際にシカトはすぐに終わった。期間にして一ヶ月にも満たないものだった。それが短かったとは言わないけれど、僕は丸山の企みを凌駕した。それに少しの満足感を感じた。


 しかし、僕をねじ曲げる転機はその後に訪れる。


 無視をした友達は許せなかったが、クラス内で強い影響力を持つ丸山に命令されたのでは仕方が無い。逆の立場なら僕も従うさ。


 彼らに罪はないんだと自分を言い聞かせて、自分に言い聞かせて。

 無理矢理に納得した。納得したと思った。納得出来たのだと信じたかった。


 だけど、僕の甘い幻想が存在できるほどに、現実は甘くはなかった。


 クラス中のシカトから解放された一日目、梅雨に入り始めるかどうかみたいな、ジメジメとした嫌な天候だった。かつて仲の良かった友達が僕に頭を下げて謝罪の言葉をかけてきた。


「ごめんっ! 本当に悪かった。でも…さ。どうやったって言い訳にしかならねぇけど、やっぱり丸山に言われると…」


 それだけなら、僕は多少の怒りを覚えながらも『仕方ないさ』と普通に彼を許せただろう。


 でも、僕は普通じゃなかった。幸か不幸か――いや、これで幸せを感じたことはないから、不幸にも僕には『非情の瞳チカラ』があった。


 無常にも優しい言葉の裏の醜い真実が視えてしまった。嘘で沈めた本音を拾ってしまった。


「(まぁ斑目も結構調子こいてたし、いい薬だろ。ヒーローが虐げられるのは、なかなかいい見せ物だったぜ)」


―――この瞬間、の中で何かが捻れた。


 ちょっと待てよ。ふざけるな。

 じゃあ何だ、お前は無視されるヒーローを見てご満悦だったてわけか?


 さぞかし気分がよかっただろうな。自らそれを指揮するわけでもなく、ただただ安全な席でショーを観るのは楽しかったか?


 オレはお前らもやりたくてやったんじゃない、丸山に命令された被害者だと思ったから許してやったんだぞ? それなのに罪を全部丸山のせいにして、自分は被害者だと言い張る気か? 大概にしとけよジャリ共。


 お前らは丸山なんかとは比べ物にならないくらいのクズだっ!


 今にして思えば、『許してやった』とか、現在冷静に見てみればかなり傲慢な考え方だけど。

 それでもオレはこの時、心の底から周りの人間に絶望した。時間を置く程に、殆どの人間がそうだと思い知った。


 口では優しい言葉を吐き、心で他者の不幸を喜ぶ――そんな醜い人間に失望した。


 普通ならば、その二枚舌は有効で上手く渡っていけるのだろうけれど、オレにそれは通じない。全部分かっちまう。


 その後も似たような言葉をそれぞれの言葉でかけられた。

 そして、みんな似たようなことを思っていた。


『ざまぁみろ斑目』


 幻滅の現実に相対し、眼の前が真っ暗になった。

 僕は捻れて、歪んで、欠けてしまった。

 捻れたものは二度真っ直ぐにはならないし、歪んだものは矯正できない。

 欠けてしまった部分は永劫に還って来ない。


 結果として、僕は『僕自身じぶん』を見失い、喪失した。

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