#18 決して忘れぬ悪夢
――夢をみた。少し昔の酷い過去。
僕はまだ中学二年生になったばかりで、バスケに熱中していた頃のこと。
その前の年の冬ぐらいから、ぐんぐん背が伸びた。二次性徴?
入学した頃はクラスで身長順に並べば前から数えた方が近かったのに、進級してからは後ろから二番目になった。
経験したことのある人なら分かると思うのだけど、中学生の運動系部活においてガタイがあるというのは、それだけで武器になる。
加えて僕の場合は、ミニバス時代から小さな身体でデカいヤツらに勝ちたいと思っており、真面目にストイックに修練を重ねていたので、自分で言うのも照れ臭いが結構技術があった。
それはつまり僕が『ガタイがあって技術もある選手』だったということだ。
それは別段スポーツに力を入れていない一般の公立中学校においてチームの中心選手になることと同義だ。
だけども、それをよく思わない連中も当然いる。
ましてや体育会系は実力主義である以上に縦社会で有ることが多い。実力主義よりも年功序列。僕の中学も例に洩れずにそうであったと思うし、三年の先輩は下級生の癖に目立つ後輩と幼いながらも憎んでいたとさえ思う。
二年生になって最初の公式試合で、僕はチームを県大会の準決勝まで導いた。個人としては県の選抜チームにも選ばれた。
凄く嫌な驕った言い方にはなるけれど、正直ウチのチームは僕が率いるワンマンだった。二十人程いたチームメイトの中では僕の実力が抜きん出ていた。
スピードも高さも技術のある選手。そういう風に僕だけが脚光を浴びた。
僕だけが持て囃され、スターのように持ち上げられた。それは燃える先輩達の憎悪に油を注いだ。
加えて正直あの頃の僕は有頂天だった。調子にのっていた。中学生にして人生においての
でも、何のチカラもない普通の子供が永久にヒーローで居れるワケもなく、その重すぎた栄光は僕を押し潰した。僕は失脚したのだ。否、悪意を持ってさせられた。
そして来る審判の日。忘れもしない五月の二週目の水曜日だった。
部活に行こうとカバンを手にとったら、ポケット部分に紙が挟まっていた。
そのメモ帳には可愛い字で『斑目君、あなたのことが好きです。直接この気持ちを伝えたいので、部活が終わったら校舎裏に来て下さい』と書いてあった。差出人の名前は紙上の何処にも無かった。
調子にのっていたとは言え、純粋無垢だった僕は自分への好意を無下には出来無いと、とりあえず指定の場所に行こうと思った。『今はバスケが大事だから、気持ちには応えられない』と断るつもりだった。
その日の部活に身は入らなかった。どうすれば優しく傷付けずに断れるか、そればかりを考えていた。コートの外でニヤケ顔をしている主将に気付くこともなかった。
そして、練習後記載の場所に行くと、既に人影があった。
照度が足りずに顔は見えないが、状況的にあれが僕に手紙を書いた人だと推測した。
とりあえず、待たせてしまった非礼を詫びた。
「ごめん、待てせちゃって。えっと…この手紙は…」
「ううん。別に。呼び出したのは私だから」
声を聞いたのと目が慣れてきたのとで、差出人が分かった。
彼女は丸山宏美。同じクラスであるにも関わらず、話した記憶など数えるしか無いが、僕は彼女について少しだけ知っている。
正直あまり評判の良くない女だ。部活帰りに、ガラの悪いヤツらとつるんでいるのを見かけたことがある。
彼女自身の見た目も完全にギャルだし、ぶっちゃけ頭も悪そうだ(勉強的な意味ではなく、根源的な人間性という意味で)。しょうもない反抗を度々するので、多分教師受けもよくないだろう。
およそ僕に告白する理由がなさそうな人物がいたので若干どもりながら一応の確認を取ることにしてみた。
「ま、丸山がコレ書いたの?」
「…うん」
丸山は可愛らしく身体を小さくしながら首肯する。ちょっとときめいた。
が、すぐに正気を取り戻す。何故ならば、僕のイメージする丸山はこんなに純な女の子ではないはずだから。そして、何よりも…、
「でも、丸山って…大輔先輩と付き合ってない?」
そう、これこそが僕が彼女を知っていた最大の理由。
大輔先輩というのは、ウチの部のキャプテンで、正直好きな先輩ではない。
練習に真面目に取り組まないくせに、やけに威張るし、試合になると異常に出しゃばる。
当然、そんなに上手くない。何故あの人がキャプテンになれたのか、常々疑問に思っていた。まあそんな糞みたいな大輔先輩が練習の途中で帰るときには、丸山が絶対にコートの外で待っていた。
下品に巻かれた金髪が風になびく。
「もう、別れたの…だってアイツ、人間的に腐ってるし…」
別れたとは言え、彼氏に対しての評価が『腐っている』っていうのは辛辣じゃないかとも思ったけど、大棟納得の理由だった。
「でも、斑目君は誠実そうだし、一生懸命だし…」
僕は何も答えない。丸山は続ける。
「だから、そんな斑目君を好きになったの」
「大輔に言われなきゃ、テメェみたいなダサイ、スポーツ馬鹿相手にする訳ないっつーの」
これといった予兆は無かった。分り易いフラグなんて全く建っていなかった。でも唐突にソレは僕の瞳に宿った。
―――僕に『非情の瞳』が発現した瞬間だった。
突如猛烈な吐き気に襲われた。パソコンが情報を処理し切れなくて熱暴走を起こすように、身体がオレの統制下を離れた。意識すらぼくのものではない。自分の存在が立証出来無い。全てのパーツが崩れ、てんでバラバラに組み上げた歪なジグソーパズルのような感触。
言葉を発することが出来無い僕に構わずに、自分勝手に丸山は恋心も愛も欠片も含まれていない、薄っぺらな嘘の告白を続ける。
「だから、私と付き合って欲しいの(どう? 超カワイー私にコクられて言葉もないってわけ? どうせオッケーするんでしょ? 早くしろよ、この童貞野郎が)」
所詮、中学生の考えることだ。
今にして思えば、ここで僕に了承させた後、『俺の女に手を出しやがって』的な事を言った後に事態を無駄に荒立てて、生意気な後輩に『先輩の彼女に手を出した男』という汚名を着せようとした。そんなところだっただろう。軽いつつもたせ。
もしその計略とも呼べぬ稚拙な策謀が成功したならば、現在のオレの
でも、最大の問題は僕の方にあったんだ。
「え? 別に丸山は僕のこと好きじゃないよね? だって大輔先輩の命令…なんだろ? それに童貞野郎って…」
突然発現した異能と、それによって視えた丸山の本音に戸惑った僕は視えたことをそのまま口に出してしまった。
それは考えるよりも早く、反射的というに著しく不恰好な対応。しかし、それが致命的な悪手だった。取り返しの付かない最悪の一手だった。
「う、ウソ…何でそれを知って…って」
丸山は計画がバレて失敗したのだと思ったのか、一目散に走り去っていってしまった。
残された僕は自分を取り巻く全てが解らなくて、何一つとして処理できなくて。自分を包むセカイの自分以外が反転したように思えて。
様々な現実に混乱した頭には、明日から待ち受ける日々について思考を割く余裕がなかった。
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