#13 続く苦悩と喪失のラプソディ

 相対するのは限りなく真実に近いフィクション。

 極めて決定的な分水嶺は案外結構、すぐそこにある気がする。


 しかし、容疑は虚偽で事実に反し、現実を逸脱しているのだ。

 とは言え、まるで身に覚えが無い冤罪で膝を折るわけには行かない。


 ならば執るべき選択は見敵必殺。徹底抗戦だ!


「いや、件の男はオレじゃないよ? もし仮に…そう、一億万歩位譲ったとして、神無月先輩と付き合っているとしても。オレは絶対に人前でイチャイチャとか出来無い! そんな度胸は毛頭無い」

「どうかな~割とやんちゃで俺様系の滝口君なら相手に合わせずに我が道を行くかもだけど、クールで紳士系の斑目君は女の子に求められたら、その気がなくともかもよ?」


 年頃の女の子が何て卑猥ではしたない事を言うんだと狼狽している所に、笹塚さんの容赦無い追撃。


「なんて言うか滝口君はともかくとして、班目君は自分を持っている様で流されやすい印象なんだよね」

「さっきから、ちょくちょく飛び火なんだけど? なに? 俺ってそんなイメージなの?」


 滝口の嘆きが心地良い。ざまぁねぇな。


 しかし、オレとしても他人事じゃない。なんとも微妙に身につまされること請け合いでジャンバルジャンである。


 周囲の人間に紳士系だと認識されているのは、日頃の行いの賜物と言うか、まぁ普通に狙い通りだけど。


 何かに流されるってのは正に――現在のオレの位置だから。


 まるっと全部放っておけばいいのに、そもそも関わるなと釘を刺されているのに――それでも神無月の問題に首を突っ込もうとしている。死んだほうが良いレベルで大したお節介野郎。


 笹塚さんは滝口から顔を背けながら、心底申し訳無さそうな感じで答える。


「うん……それについてはノーコメントで」

「何だよ! そこで言葉を濁さないでよ、笹塚ちゃん」


 これはひょっとしたら好機チャンスか…? このまま会話の流れを別に所に持っていければ…。


「あ、あのさっ、世界五分前仮説って知ってる? この世界は五分前に出来たか…」

「世界が五分前に出来ていようとも、現在に有ることが全てでありオールだよ。さぁ懺悔の時間だね、斑目君」


 ですよねー。そんな簡単に逃げられるなら誰も苦労しませんよね。


 と言うか返しが男前過ぎるし! 笹塚さんって可愛らしい外見のウラに結構怖いものを持っている。清純派の表側キャラに隠れたとんでもない怪物ウラ。大した役者だよ。とんだドラマツルギー。


 神無月が放射冷却を放つのに対して、笹塚さんは内に蒼い炎がある感じとでも言えばいいのか? どちらにしろ触れたらただじゃ済まないことに変わりはないのだけども。


 一緒のクラスになっておよそ二ヶ月とちょっと…笹塚さんは敵に回さないほうがいいと分かった梅雨の日。


「いやいや懺悔って…別にオレは何も悪いことはしてな……」

「虚偽は罪だよ、斑目君」

「ゴメンナサイ」


 勢いに負け、大変情けないことに思わず謝ってしまった。

 多分、現代の魔女裁判ってこんな感じなんだと思う。何を選択したって袋小路のこの状況。理不尽さが否めない。


 滝口は先程の笹塚さんのどうでもいい扱いが効いているのか、会話に一向に入らずに沈黙を守っている。


 反対に裁判官笹塚の追求は留まる所を知らない。頭の中を疾走するゲーム音楽。


「で、斑目君。白状…喋る気になったのかな?」

「今白状って言いました? 何かマジで罪人のような気がしてきた…」


 脂汗ミックスの冷や汗が止まらない。


 ヤバい、有ること無いことをゲロっちまいそうな気分にさせられる。自白の強要はダメ。ぜったい!


 だが、オレには策がある。腕時計をこそりと確認する。時刻は八時を回ったところ。

 あと数分で担任がやって来て、ホームルームが始まるハズ。そうすれば、この状況から少なくとも脱却出来る。仮にそれが一時凌ぎのその場凌ぎだとしても。


「いいじゃ~ん。ユー言っちゃいなよ」


 何処のイケメン社長だよ…。


 女の子に対して、その突き立てられた指を折ってやりたいとか思っちゃ駄目なんだろうなぁ。

 少女の指を一本ずつ、小指から順に折ってやりたい衝動に駆られたのは流石に初めての経験だ。


「いやさ…うん。なんか勢いだけでオレもテンパってたよ。だから冷静にぶっちゃけるよ」

「おお? 遂にぶっちゃけちゃうのかい? この色男め~」

「斑目、早く死ねよ…いや早くしろよ」


 サラっと入ってきた滝口お前、死ねっつった? 今確実に死ねって言ったよね?

 復活してからの第一声が他者の生命の終わりを望む言葉とか…。そんなのだから、俺様系ワガママ男子って言われるんだぜ? 滝口君よぉ。


「そうだなぁ…ぶっちゃけるとは言ったものの、どの辺りから話せばいいのだろうかな…やっぱりあそこからかなぁ…」


 左手で頭を抱えるフリをして、腕時計で時刻を確認――現在八時六分四二秒。担任の女教師、佐伯が来るのが大体毎日八時十分ぐらい。残りの約三分間をこの策で逃げ切れるのか?


 否、やり切って見せる! ココさえ凌げば、もう大丈夫だ。後は…もう、適当にサボタージュしてフケるっ!

 まあ内申点がこれ以上下がるのは不本意だけれど、テストで取り返せば問題ない。


「そういうのはいいからっ! だけど、敢えてどの辺りからというのなら出会いの場面からっ! さぁ、ハリーハリーハリー」

「ちょっと笹塚さん、あんまり急かさないでよ。今、脳内ハードディスクで話を纏めてるから、少し考える時間と推敲の期間をください」


 今度は眉間にシワを寄せて、そこを手で抑えるような仕草をして、時計を見た。

 現在の時刻は八時八分一八秒。うん、思ったよりも全然時間が経っていない。なんだろうな、この感覚。時間が早く過ぎないかなと思っている時ほど、時間の流れが遅く感じるこの現象は一体なんぞや?


 しかし、こんなことを考えた所で事態は一向に好転しない。こういった思考は暇つぶしにするものだ。今は時間稼ぎに集中するんだ!


「う~ん…あれは…いつだったかなぁ…。昨日だったか一昨日だったか……もしかすれば、明日のような気がしなくもないなぁ…」

「そういうのも要らないからっ! 今日突然聞いてきたってことは、おそらく昨日の放課後以降から今朝までの間に何かあったんでしょ?」


 だから、何なんですか? その鋭さは…。笹塚さんは勉強も出来て、地頭もいいんでしょうか? 若しくは、これが噂に聞く『女のカン』ってやつなのか?


 さて、どんな言い訳をこしらえようか…。


 そう思った直後だった。


 ガラっという音で教室の扉が開き、担任の佐伯が入ってきた。それと同時にチャイムが鳴る。つまりはオレの勝利条件の達成だ。よし、耐え切った!


 佐伯は教壇に立ち、生徒に着席を促す。


「はーい、じゃあそろそろ席につけよー。ん? 一体どうした、斑目―? ガッツポーズなんかして、やけにテンション高いなー」

「…いえ、なんでもアリマセン。ハイ」


 無意識に天高く上げていた両腕を速やかに下ろして、オレのみが感じる気まずさに身を委ねた。こんなの斑目司のキャラじゃない。


「ねぇねぇ斑目君が…何か…ちょっと違うよ~?」

「やっぱ女が出来ると変わるんじゃない?」


 周囲の全く潜めていないひそひそ話がジワジワとオレの心を抉る。それはもう毒沼のように確実に。

 そんな諸君らに大声で弁明したい。マジで違うんだって! オレは何も変わっていないと。


 佐伯はそれを聞きつけて、大して興味も無さそうに話を掘り下げた。


「なんだ斑目、彼女が出来たのかー? 相手は一体何処の誰だー?」

「はいっ! どうやら三年の神無月先輩らしいです!」


 これに食いついたのはクラスのお調子者、俺様系ワガママ男子のバスケットマンこと滝口であった。

 

 お前、マジで本当一片死んでこいよ。頼むから。花くらいは墓に供えるからさ!


「お、神無月に手をつけたのか? でもなあ……あの手のタイプは苦労するぞ?」


 人生の先輩から何の役にも立ちそうにないアドバイスを頂いた。

 佐伯や叔母さんを見ていると、年上の女性への幻想が残らず消え失せそうだ。青少年にもう少し幻想きぼうを下さい。


 オレ達の――いやオレがごくごく個人的に想い描く様な年上のお姉さんってのはもっとこうさ、未熟な少年達の傷や痛み、甘酸っぱさとかその全てを包み込むような、なんかもっとこうさあ……分かんだろ?


「いや、付き合ってないし、その予定もないんで、別段苦労する理由がありません」

「ん? そうなのか? おい、女連中よ聞いたか? 斑目はフリーらしいぞ? 確かに斑目は一見難攻不落な城に見える。しかし、こいつの場合は結構流されやすいから、意外に簡単に堕ちる。今の内に既成事実作っとけよー」


 担任教師の有害な熱弁を受けてざわざわした教室の喧騒がピタリと止まる。

 静かなのはいいのだけど、この沈黙が意味するのは、斑目司個人にとっての幸せに繋がらないであろうことはほぼ確実。他人の不幸は蜜の味的な感覚。


 つーか、聖職者としてその発言は不穏当過ぎないか? いいのか?

 生徒をなるたけ良い方向に導くのが教師たるアンタの仕事だろうがっ! 女としての淫らな生き方を教育してんじゃねぇよ…。


 そんな不安をかき消してくれるマリア様の如き何かは姿を見せないまま、佐伯は自分で広げた話をぶった切る。


「まー、斑目の性事情はどうでもいいし、ホームルーム始めるぞ。じゃあ、まずは連絡事項から…」

「はぁ~」


 社会的な拷問から解放された安堵感から、机に突っ伏した。


 こんな悲しい出来事が日常生活に溢れてるから、不登校とか引篭もりが増加するんだよ。


 本当に社会は生き辛い。思い通りにならない。

 もっと皆はオレに気を使えよ。そんなことを思うオレはきっと社会不適合者。

 嘘が分かった所で傷付くだけ。


 どれだけ能力があったって、それが異能である限り環境に適応出来無い。あぁ煩わしい…。

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