#12 転がる。
「まぁいいけどね。でも、神無月先輩のおかげで私たちの『斑目くんは年上好き説』が実証されたわけだよね?」
先程のジト目とは打って変わって、今度はキラキラとした期待と満足感を帯びた視線を送ってくる美少女。本当に表情がころころ変わって忙しない。
「もうメンドクサイからそれでもいいけどさ。例えオレが
「あれ~『神無月』? なんだかえらく親し気に呼ぶねぇ~。何? 二人は既にただならぬ蜜月な関係ってわけ? ええっ?」
「い、いやっ! 違う! 絶対にそうじゃないんだ。というか、何なら全部違うんだけど……」
迂闊だ、迂闊過ぎるぞ。
テンパった結果、しどろもどろになり変な否定を重ねていたら、後ろからいきなり肩を組まれた。
意識の外からだったので、心臓が大きく動いた――若しくは少し止まった。
「まっだらめく~ん。何々? 何の話してんの?」
「
突き放した言葉を気にも止めない、妙に馴れ馴れしい態度のコイツは滝口透。オレとは違い大変社交的な性格でクラスの人気者。完全なるリア充。
赤く染めた髪を今日もツンツンに立たせている彼はバスケ部で、中学生の時には選抜チームにも選ばれて八面六臂の大活躍だったらしい。
「おはよう、滝口君。今日は早いね。いやね、斑目君が神無月先輩に手を出したって話」
「おはよー笹塚ちゃん。今日も可愛いね。聞いてよ笹塚ちゃん、体育館まで行ったのに、人数が全然集まんなくて朝練が中止になっちゃってヒマに…ってマジでぇぇ? 斑目、お前あの『深窓の氷像』に手ぇ出しちゃったの? 嘘だろおいおい!」
ヒートアップを続ける二人。沈むオレ。
ちょっと待とうかお二人さん。
「まず笹塚さん、嘘を教えないでね。そして滝口、オレは神無月先輩に手も出していないし、今後もそんなつもりはない。それと何か気に触るし、早急に死んでくれ」
軽く目が眩んで、頭が痛んだ。最早頭が頭痛と言えるレベル。
何だよ、話がややこしくなる気配が大だ。むしろ、既にややこしくなっている。この状況はオレが何だかヤバい。とても頭を抱えたくなる状況。
ちなみに二人の口角は上がりっぱなしの緩みっぱなしだ。
「えぇ~、どうしたの~? さっきは親し気に…『神無月』って呼んでたじゃん」
「え?ソレ、オレの声…真似? え? 全然似てな――」
「そこはいいからっ! お前と神無月先輩との関係について簡潔に詳しく! 早くっ!」
滝口の無駄に大きな声で、クラス中の視線がオレに向けられる。
厄日だ。そう思った直後に方方でこそこそと、でもあからさまな議論が始まっていた。
思春期にありがちな自意識過剰的幻想でなければ今回のテーマは多分オレ。とんだパンデミック。
「待って滝口君。それは無理だよ」
暴走する滝口を諌める笹原さん。あぁ女神。マジゴッデス!
「ねぇ斑目君」
「なんでしょう?」
「簡潔になんてしなくていいから、詳しく正確に話して」
はい、女神失墜と。目が怖い。目が怖い。身を乗り出して来ないで。
そして、この最悪のタイミングで滝口が余計な一言を挟んでくる。
「そう言えばさっき後輩が言ってたんだけど、昨日の放課後、道路で神無月先輩と熱い抱擁を交わしていた長身の男がいたんだと。それで『もしかして先輩っすか?』って聞かれたわけ。『いや、俺部活バスケしてたし!』って答えたんだけど、もしかして…その『長身の男』って…」
「まさか…」
そこで笹塚さんが悪ノリを被せてくる。こっち見んな。ってか何だよ、その息のあったコンビネーション。お前らもう付き合っちまえよ。
つーか、昨日のギスギスした出来事がどうやったら熱い抱擁に昇華するんだよ。そんな甘くて素敵なものじゃなかっただろ。
思考の中で毒を生成し吐きつける。が、彼の言葉で理解したことが一つ。
滝口は嘘を言っていないみたいだ。
これが『非情の瞳』の弱点。
今回みたいに事実と異なる事を話しているのにも関わらず、話している当人がそれを『嘘』だと思っていない場合。
滝口は後輩から事実に反して異なる事象を聞き、それをそのまま面と向かって喋った――つまりある種の嘘を言ったにも関わらず、『非情の瞳』は反応しなかった。
それは滝口がその内容を『嘘』だと思っていなかったから。
それを『真実』として本心から喋っていたから。
今回は偶々真実を知っていたから、それが嘘であると分かった。
しかし、オレの知らないことだったら…そうするともうお手上げ、打つ手が無い。
これが僕の持つ『瞳』の致命的な欠陥。
とは言え唯一のものでは無く、他にも『直接瞳を見なければ解らない』とか弱点はあるのだけど、それはまた次の機会に。
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