#11 オレに視えるもの、僕が視落としたもの

「え? 神無月先輩?」

「うん。三年の先輩なんだけどさ」

「う~ん、まぁ色んな意味で有名だよね。とびっきりの美人だし、髪も長いからどうしても目を引くし…」


 神無月に逃げられた後、朝メシの残りを急いで消費して登校。

 些か閑散とした空気の漂う学校に来てみれば、人影が疎らな教室の中に笹塚さんがいたので、とりあえず彼女から情報収集することにした。


 こういうウワサ話とかの類は女子のほうが詳しいだろうと思っての判断だ。

 悲しいことに、親しい人間そのものがそんなにいないというのもあるけども。


 しかし、その甲斐虚しく今の所余り有益な情報が引き出せてないのが難点だ。


「まぁその辺りは正直見たら分かるんだけど…」

「そうだねぇ…後は頭が良くて、『深窓の氷像』って陰で呼ばれてることぐらいかなぁ。神無月先輩って他人に興味無さそうな感じだから、イマイチ深い所まで分かんないんだよね~」


 記憶を探るように少し上目になる表情。眼福です。


「あっ、でも三年生になるまでは人見知りながらも、『氷像』と呼ばれるほどじゃなかったんだって」

「へぇ~取り敢えずピッタリだね、そのアダ名」


 誰がつけたのか知らねぇけど、『深窓の氷像』って神無月に凄い似合うな。

 それでダイアモンドダストとかアイスバーンとかルビを振って読ませれば、更に冷たい感じが増す。


 っていうか、充分詳しいじゃん! なんだよ専門家かよ!

 なんて野暮な突っ込みはしないほうが身の為か…。


 しみじみとした自分本位な物思いを遮るような形で、笹塚さんが核心を突く。


「でも珍しいよね」

「え? 何が?」

「神無月先輩程じゃないけどさ、斑目君が他人に興味を持つって事実がね?」

「そう?」


 なんて反射で口走ったものの、その通りだよね。

 客観的に見たオレのスタンスやスタイルも神無月同様そんな感じだもんな。

 その程度には自分を客観視出来ているつもりだし、ソレ以上の理解を求めるつもりも毛頭ないから――第三者にはその微細な差異は決して理解出来無いだろうよ。


 でも、確かな事実として主張したいのは――別にそういった種類の姿勢や思想スタンスを世間が求める低俗な色恋沙汰で無様に崩したわけじゃないということ。


 ただ、排他的な彼女の雰囲気が――遠い鏡に映る醜い自分を見ている様でやってられないから――どうにも目も当てられないから。

 それで、それ故にちょっとしたお節介でも焼いてやろうかなって気分になっただけだよ。


 だってオレはもう、

 完全に閉じてしまったから。既に手遅れで手の施しようがない状態。


 だから、まだ望みのありそうな神無月を勝手に助けて自分を慰めたいとかそんな矮小で自分勝手な理由。


 崇高な精神に基づいた救済活動じゃなくて、自分に似ている気がしているだけの神無月じぶんを慰める為だけの利己的かつ大きなお世話。そんな押し付けに似た下世話な話だ。


 例えばだけど。

 もし仮に世界中の人間を『誠実』と『不誠実』の二種類にカテゴライズするとしたら、後者に属することぐらいは自覚している。

 その程度には思想と行動は間違いなく誠実ではない。


 ただその点は自覚が有る分だけ誠実な不誠実であると言えるだろう。もちろんこれはただの言葉遊び。

 どっちにしたって不誠実である事実は覆らない。それ故、閑話休題とも言える戯言めいた自分語り。


「ちょっと校内で見かけてさ。綺麗な人だなって気になっただけだよ。オレも健全な男子高校生なんでね。異性に興味のある年頃なんだよ」

「ふ~ん、嘘くさいねぇ」


 何だよ、この鋭さ。笹塚さんは本来大きいはずの瞳を不細工な半目にして凝視する。所謂、ジト目ってやつ? 嘘を見破るのはオレのアイデンティティだから、個性キャラを奪うのは辞めて欲しい。


 そう言えば、ちょくちょくオレは嘘じゃないのが視える的な表現をしているが、それこそ嘘じゃない。


 オレは


 とは言え、『嘘が見抜ける』なんて宣うと、若干の語弊がある気がするので些細な訂正をする。


 オレは、嘘に隠された裏の意味――つまりは『本音』、『真実』が視える。

 嘘によって引き上げられた心の底の叫びを補足する感じ? 若しくは、嘘によって心の底に沈められた『本音』を掬い上げる感じ?


 尤もそれは強い感情を伴った言葉に限られるって言う欠点があるし、何より常にステンバイでオフに出来ないという致命的なデメリットを持つ出来損ない。


 ヒトの心によって創られ紡がれた言葉はそんなに簡単なモノではなくて、表裏一体と称するには混濁し過ぎていて容易に一元化出来るモノではない。

 故にそのメカニズムを説明しようと試みた所で曖昧模糊としたボヤッとしたモノになるのは致し方無いことだろう。


 だから認識としては強い感情から繰り出される任意のウソは通じないぐらいのアバウトな感覚で捉えてくれればいい。


 まあそのシステムにおいて例外がなくはないけれど、兎も角そんな便利な瞳を持っている。別に望んだわけじゃないけれど持っている。


 それが『非情の瞳』ミゼラブル


 …なんて、名前をつけるとか酷く幼い感じだけれど、ルビとか振っちゃって非常に中学二年生が好みそうなネーミングだけれど、実際に中学生の頃に名付けたのだから仕様がない。


 それ以来なんだか自分の中で定着してしまって、改名しようにも今更感が自分の中で拭えないのでそう呼んでいる。別におおっぴらに呼んでいるわけじゃなくて、一人心の中でこそりと名付け呼んでいる。


 初めてそれに気付いたのは中二のとき。


 まぁ、発現してからそれを完全に自覚するに応ってそこそこの経験エピソードが付随されたりもしたけれど、今は置いておこう。今回の主題には関係しない、だし。


 それに――、


 語って楽しい愉快な成功譚ってわけじゃない。主に『僕』にとって。

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