#7 オアシスを求めて

「ふぅ~」


 コンビニの袋を机に置いて、ベッドにダイブ。しばらくぶり、ようやくの一息。

 無様な感じに体勢を入れ換えて仰向けになると、大して高くもない天井を視界に捉える。


 なんだか妙に切ない気持ちになった。


「おいおい、たかがコンビニに行くだけでどんだけエピソード挟むんだよ…」


 誰にも届かない泣き言というか――愚痴に近い現状を嘆く独り声が不意に零れた。

 その動作の途中でちらりと横目に時計を見る。まだ七時前か。メシを食っても、まだ全然余裕だな。


 ガバっと勢い良く起き上がり、揚々と袋を探る。

 そして取り出しましたベーコン・レタス・トマト的なよくあるサンドイッチのパッケージを開けようとしたが、に気付きピタリと手が止まる。


「おっと、コーヒーコーヒーっと…」


 インスタントのコーヒーを求めて立ち上がり、キッチンの戸棚を開ければそこには見事に何もなかった。


 あれ? たしかこの辺に……えっーと。


 見間違いだろうと、手を突っ込みガサゴソしても何も無い。いや、ラップはあったのだけど…。ラップは心の飢えを満たすことはあっても、決して喉の渇きを潤してはくれない。


「ああ…」


 間抜けな声と共に想起される昨夜の記憶。それを失念していた自分を罵倒し、激しく呪う。


 脳内の色んなスイッチを切り替え、慌てて袋の中を念入りに探検してみても、発見されたのは携帯食とブルーベリー味のヨーグルト、それを食べるためのスプーン――っていうか神無月のやつ、オレへの態度が悪いわりには、案外真面目に仕事してくれたんだな。


 氷の女王の持つ、冷たい悪意以外の人情と人柄に少しだけ触れた気がして、軽く顔が綻ぶ。


 って違う。違うんだ!

 マジで、今は神無月なんて心底どうでもいい。ホント申し訳ないけど、今はソレどころじゃなくて、問題は飲み物だ。


 どうする? 飲み物を挟まずに主な材料がパンであるサンドイッチとカッサカサの携帯食を食えるか? デザートのヨーグルトに辿り着くまで一切の水分の摂取なしに、乾燥食品の二大巨塔(オレ調べ)に挑めるのか?


 答えは簡単。不可能だ。圧倒的否。無理むりムリ、絶対に不可能。


 何で戸棚の中にインスタントコーヒーが入ってない?


 鮮明に思い出した記憶によると、昨日家に帰ってから飲みまくったというつまらないオチ。

 神無月に色々言われて、気持ちを落ち着けようと相当飲んだんだ。

 何だよ、全部アイツのせいじゃん! でもさっきカップ麺捜索時に棚見てただろ? そこで何故気付かない? そこまで動揺していたとでも言うのか?


 くそっ、どうする? 水道水でいけるか?

 いや、駄目だ。いけるのかも知れないけれど、何となく気が進まない。生理的に無理。


 ならば、またコンビニに買いに行くか?

 嫌だ。また神無月に会うのは遠慮したい。アイツに会う度に、大事なモノが狂う。


 待てよ…コンビニ?

 そうだ。ウチからコンビニまでの間に公園があったはずだ。そして、その公園には自販機があったはず。そこで飲み物を買い、近くのベンチで食えばいい。んで、そのまま学校に行こう。よし、それで行こう。


 時計を見れば、既に帰宅してから三〇分もたっていた。どんだけ悩むんだよ、優柔不断クソ野郎死ね。


 難だか妙に毒された感じのある独白を内心で連ねて重ねながらシャツに腕を通し、ズボンを履いてスタッズが打ち付けられた牛革ベルトを締める。

 教科書は全て学校にあるので持っていく必要はない。筆記具と読みかけの文庫本をリュックに詰めたら、ほぼ準備完了だ。あとは腕時計をつけて、ケータイと財布をポッケに入れたら完全に完了。


 洗面台で髪の毛をワックスで整える。

 鏡に映った自分の金髪を見て、少し顔の裏が歪んで胸が軽く痛む。大丈夫、僕は忘れていない。忘れるはずがない。


 リュックを背負い、鍵と朝メシ入りのビニール袋を手に取った所ではたと思い、暇つぶしの為携帯音楽プレーヤーにヘッドフォンを繋いで再生する。


「さて、さっさと公園に行きますか」


 部屋のドアを開けると、梅雨独特のじめりとした空気感を感じさせない爽風が柔らかな陽射を運んできた。それが余りにも心地良いものだから。


「全く…こんなにいい天気なのに、僕はなんて不幸せなんだろう」


 と、無意味に悲劇の主役ぶって、無闇矢鱈に自嘲してみたくなった。

 当然、その言葉に対するレスポンスは絶無であり――包むのは孤独と同じ色の静寂であるのは言うまでもない。

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