#5 詮無き舌戦の後に残るもの
レジの前スペースにカゴを置き、まもなく始まるはずである会計の準備として財布を取り出してから――店員さんの号令を待っていても、しばらくその様子がない。
流石にいくらなんでも時間をかけ過ぎだろうと不審に思って顔を上げれば、そこには昨日遭遇した少女がいた。
白昼堂々道路に突っ込もうとした所を要らぬお節介を焼き、報酬代わりに変態と称し、賛辞の言葉として死ねと送ってくれたデンジャー系(美)少女だ。
そんなに豊かには見えない胸の名札を見れば、『神無月』と書いてある。
へぇ、こんな名前なんだなぁ。
至極真っ当にどうでもいい感想を抱いた。
そして、重ねる様に一層どうでもいい物思いにフケる。
神無月って漢字と響きは綺麗だけど、『神が無い』ってのは結構切ないよな。
いざって時、本当に切羽詰まった時に祈る神が居ないってのは、結構しんどいものがあると個人的には思う。
まぁ個人的な尺度で言えば、イエスにもブッダにもゾロアスターでもマホメットでも―――とにかく何でもいいけど、およそ信仰の対象になりそうなものに祈ろうとは毛頭思わないけどな。
そんなのどうせ無駄で無意味なのだから、期待を持って祈るだけ損ってものだ。
我ながら実に罰当たりな程信心深くない心持ちだとは思うけれど、そう思ってしまうのだから仕様がないだろう?
生憎、カミサマの存在を夢見る年齢は過ぎたのさ。
人生を重ねれば誰だってサンタの正体に気付く。
早いか遅いかの違いはあれど、それは共通の確定事項なんだ。
神様の所在だって同じ類の話だろ?
誰だっていつかは体験することさ。
本当に危機的な絶望に遭遇してしまえば、祈る余裕なんて無い事実に直面する。
祈れるような奴はまだ余裕を残していて、二重三重に幸福な奴だと思う。
そもそも見返りを求めて祈る行為は不実だろう?
「アンタ…」
「あえっ?」
どうでもいいと言いつつも、結構高尚かつ哲学的で浅学非才なことを考えていたら、神無月に唐突に話しかけられた。
思わず素っ頓狂な声で応えてしまう。羞恥の心よりも先に余計なことを考えた。
やべぇ、殺されるかも。
直感的にも社会的にも肉体的にも、色々諸々ダブルの意味で。
そういった個人的なの恐怖感など何のその。
神無月と呼称されるべき女性は、個人的な機微や些事なんかは気にも止めずに平坦に淡々と自分の欲求を満たす。
「…アンタ。私の前に二度と姿を見せるなって言わなかったかしら? それとも昨日のことを覚えてない程お馬鹿さんなの?」
うわっ、コイツ冷た! 絶対零度のお姫様ってこんな感じで放射冷却ばりの毒を吐き出すのかなぁ~?
って言うか、超こえぇーよ。目とか特に。なにあれ本当に人類? 未来から送られたロボティックな殺人兵器じゃないの?
なんせ、これらの発言が嘘じゃないって事実がヤバイ。
コイツは相当にキレてる。相応以上にキレている…オレの中の要注意人物確定。
「…別に。見せたかった訳じゃねぇよ。むしろオレがコンビニに来たらアンタがいたんだから、アンタの方から自分で姿を見せた…見ようによっては、そうとも言えるんじゃないのか? なあ――神無月サン?」
「詭弁ね。むしろ屁理屈かしら? 仮にそうだとしても、姿を見せたことに変わりはないのだから、結局は同じことよ」
オレの皮肉を物ともしないメンタリティ。即応性の即応戦。
どうやら性格や人間性と同様に頭も切れるみたいだ。
「そうかい。でもさ、一つだけ言わせてもらっていいかな?」
「発言を許可するわ」
えぇ~マジでコイツ何様だよ。態度が上から過ぎないか? そんなんじゃ世の中渡って行けないぜ?
そのレベルの尊大さが許されるとか何処の特権階級だよ…って、お姫様か。
思考に引き摺られた迂闊な発言。
「身に余る光栄で御座います、お姫様」
「キモいから早く言いなさい」
キモいと称された言動はともかく、彼女の言葉にもイチイチ必要以上に棘があるよな。もう少し柔らかい物言いは出来ないものか?
折角綺麗な顔をしているのだから、眉間の皺をちょっと緩めて、言葉の節々――否、身体全体に漂わせる高圧感や敵対心を無くせばいいのに。
関係ない考察。断ち切る。
「では迅速に…」
これは正直ジョーカー的な切り札。危機的状況を打破する為に用意した最終兵器。
――なんてね。
そんな大層で起死回生的で便利なシロモノじゃないけど、散々ボロクソに言ってくれたことに対してのちょっとした仕返しだ。
「とっととレジを打ってもらえませんか、店員サン?」
オレ達が汚い言葉の応酬をしてる間に、後ろには会計待ちのお客様で長蛇の列が出来ていましたとさ。
本当にくだらねえ
心の底からしょうもないと思う。
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