第11話〜姉弟〜


「・・・なんですって」

 なんとか目が覚めた珠麗だったが、白玉から告げられた言葉に目を大きく見開いた。

「秀斗様が・・・捕まっただなんて・・・何かの間違いよ!」

「落ち着いてくれ、珠麗」

「どうしてっ、どうしてですの!あんなに・・・国のために動いていらっしゃった方でしたのにっ」

「・・・闇の娘を匿ったからだ」

「闇の娘って・・・一体どこでっ」

 珠麗の言葉がひどく胸に突き刺さる。しかし、せめてこの真実は自分の口から言いたい。

「・・・別棟だ」

「別棟って・・・まさかっ」

 別棟。そこには人生で初めて友人と呼んだ人物が匿われていたはず。

「風華が・・・闇の娘だと・・・言うの?」

 まさか。だってあそこにいた少女はひどく小柄な少女で、強大な力なんて微塵も感じさせなかった。

 風華が闇の娘なんて、全く信じられない。

「嘘よ。もう、お兄様ったら嘘が過ぎましてよ」

 全く信じようとしない珠麗の姿に、白玉は身を裂かれるようだった。

 珠麗が言いたいことは十二分に伝わって来る。しかし、それが現実で、彼女を騙していたのは他でもない、自分なのだ。

「珠麗・・・」

「・・・本当ですの?風華が闇の娘だなんて」

 白玉は静かに頷いた。

 そんな兄の姿に珠麗はそっと瞳を閉じた。

「分かりました」

 そうなれば、全ての辻褄が合うのもまた事実。

 秀斗が城を抜け出してまで会いに行っていた人物が闇の娘なら、今までの行動の意味も分かる。

 全てが繋がった。

「風華も「錬」によって連行された。2日後に処刑が執行される」

 これで良かったのだ。闇の娘の存在に怯えていた日々からもさよならできる。

 本当に、これでいいのだ。

 本当・・・に。




 秀斗が連行されたのとほぼ同時刻のこと。別棟には奏と「錬」の軍人の姿があった。

「闇の娘、風華。一緒に来てもらう」

 奏のその一言に風華は首を横に振った。

 秀斗が遺跡に行くと言ったあの夜。秀斗と風華は悟っていた。自分が闇の娘だと知られ、こうして摘発されること。

 だから約束したのだ。ここで待っていると。また会えると信じて。

 しかし、少し早かった。自分たちが考えているよりも早く事は進んでいた。このままでは。

「・・・秀斗皇子ならここには来ない。今頃、紫翠皇女の手によって連行されているだろう」

 だが、決定的なその一言に風華は目を大きく見開いた。

 秀斗が連行された。紫翠皇女、つまり姉の手によって。

「紫翠・・・皇女が・・・秀斗を・・・?」

「・・・お前が闇の娘ではなければ、良き友になれた」

 奏はそう呟くと、軍人に風華を連行するように指示した。

 両脇をがっちりと掴まれた風華が奏の横を通り過ぎる時、奏の頬に涙が伝った。




 暗い牢獄。そこは神力を通さない特別な石で作られた空間。ここで何人もの賊が命を落としていった。

 太陽の光も、月の光も通さない。

「いつか、こんな日が来ると薄々思っていたわ」

 牢の中で茫然としていた秀斗の元にやって来たのは紫翠だった。

「あなたが城を抜け出してどこかに行っていた時から」

「・・・あなたは心配性で、よく官吏総出で私を探させましたね」

 それもまた今となっては良き思い出話だ。

「・・・どうしてそこまで闇の娘にこだわるの?母上からずっと言われていた珠麗との婚約も延ばして、ずっとはぐらかして。本当にどうして・・・」

「簡単ですよ。私は闇の娘が決して悪だとは思っていない。あの笑顔が・・・悪だなんて思わない。それを証明するために、私は色んな書物や文献を調べました」

 初めて風華に出会ったあの日。本当は闇の娘の存在を密か探り、風華の存在を知って、最初は国のためにも殺すつもりで向かった。しかし、風華の今にも消えてしまいそうな気配にその足は歩みを止めたのだ。

 意識してではなく、無意識に彼女は殺していけないと悟った。繰り出そうとした神力の炎は意思を持っているかのように自らその力を抑え、雷の神力は風華の前に出ることをひどく嫌がった。いつもなら自分からしゃしゃり出るような神力がこれほどまでに大人しくなったのは初めてのこと。

 そして、ふいに声をかけた。返ってきた声がひどく悲しげで、そんな彼女が気になって定期的に彼女の元を訪れるようになった。

 やがて風華は秀斗に笑顔を見せてくれるようになった。それは、皇族に対して向けられたものでも、まして次期皇帝に向けられたものでもない。

 月 秀斗、ただの1人の人間に向けられた純粋でとても心温まる笑顔だった。次期皇帝として、良き皇帝になるためだけに生活していた秀斗の凍りついた心に差し込んできた一筋の光。いつの間にかそんな笑顔が見たくて、そして守りたくて行動するようになった。

「必ず証明してみせます。風華が悪ではないことを」

 そうして話す秀斗の姿を見ていると紫翠は不意に父のことを思い出した。今は病気で床を伏せているが、元気だったころは今の秀斗みたいに真っ直ぐな目をしていた。こんなところが親子なんだと思う反面、やはり逆賊になんてなってほしくなかった。

 大好きだったから。自慢の弟だったから。

「・・・彼女の処刑は2日後。刑罰は・・・もう分かっているわよね」

 しかし、もう後戻りは出来ない。

 自分は月一族第一皇女。

 その役目は果たさないといけない。

 たとえ、弟が悪となっても振り返ってはいけない。

 紫翠はその言葉を最後に牢獄を後にした。

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