第7話〜決断〜

 緊張がその場に張りつめる。

 珠麗の真っ直ぐな瞳が今にも風華の体を貫きそうだ。

 怖い。そう思わせるのは、珠麗が持つその凛とした気配だからなのだろうか。その気配の元はおそらく彼女の持つ神力だ。

「何か仰ったらいかが?」

 もう逃げられない。そう悟った風華は口を開いた、その時だった。

「こら、珠麗。なんでここにいるんだよ」

 珠麗の背後から、ムッと顔を出したのは白玉だった。

「お、お兄様っ」

 珠麗も不意打ちだっらしく、先ほどまでの突き刺さるような気配は薄れ、まだ少しあどけなさを残す少女の雰囲気へと変わっていった。

「紫翠様を探しておりましたのっ。おほほほほ」

「本当か?」

「え、えぇ」

 ポカンとして2人のやり取りを見ていた風華とは逆に、奏はやれやれという表情でやり取りを見ていた。

「ここには立ち入り禁止だって言ってあっただろ」

「・・・ですが、最近秀斗様の様子がおかしいですし、この棟が何か関係しているのではと思ったら、この者がいて・・・。彼女は誰ですの?」

 これは、先ほど奏も返すのに困った質問だ。しかし。

「彼女は秀斗の客人だ。先日「錬」が誤って出動した騒動に巻き込まれて記憶を失って、ここで保護したんだ。「錬」の責任は秀斗の責任だ。だからここに置いている。分かったか。彼女は今デリケートなんだ」

「そ、そうでしたの。それは災難でしたわね」

 流石白玉というべきだろうか。あの気迫を持つ珠麗をスッと収めてしまった。これは兄としての威厳なのか、それとも彼の素質なのか。

「先ほどは失礼いたしました。改めて、陽一族第六皇女、陽 珠麗ですわ」

 挨拶にと風華に向けられた笑顔は先ほどはとは全く異なり、とても可愛らしい少女の笑顔だった。

「そうだ。ここにずっといるのは退屈でしょう?私のお友達になりませんことっ!」

「え?」

 あまりの唐突な提案に思考が追いつかない。

「珠麗っ!何言って・・・」

「いいでしょう?ずっとここにいては退屈ですし、私も退屈でしたもの。もしかしたら、お話しでもしたら記憶が戻るかもしれなくてよ?」

 もちろん、風華は記憶は失っていない。白玉の努力とも言える返答がこうした形で正論化されて返ってくるとは、誰も思っていまい。だが、返答に困っていた静寂を破ったのは、帰ってきた秀斗だった。

「いいじゃないか。少しでも彼女の力になってくれるのなら、助かるよ」

「おいっ、秀斗っ」

「彼女のこと、よろしく頼むよ、珠麗」

「もちろんすわっ。おまかせあれ」

 白玉の止めもかまわず、話はどんどん進んでいった。

 そんな中、風華の中ではいろんな感情が渦巻いていた。

 珠麗は自分とは相容れぬはずの存在。一方で、友になろうと言ってくれた初めての存在。

 なんとも言えない複雑な感情が入り混じっていく。

「・・・どうしましたの?そんな複雑な表情をして」

 そんな内心が表に出てしまっていたせいか、珠麗が興味津々に風華の顔を覗き込んできた。

「そんな顔をしなくとも大丈夫ですわ。この珠麗がお友達になったのですから、全てが解決しましてよ!」

「単純に初めての友人に舞い上がっているだけだろ」

 白玉のさりげない一言に、珠麗は急いで白玉の口を塞いだ。

(珠麗も・・・初めてだったんだ・・・)

 少しだけ、親近感が湧いた。もしかしたら、彼女は立場は違えども置かれている状況は似ているのかもしれない。

 友達。とてもいい響きだ。

「やっと、笑顔を見せましたわね」

 またまた、表に出していた風華の表情を見て、珠麗もつられて笑みを見せた。

「あなたの名前は?まだ聞いてませんでしたわ」

 右手を差し出した珠麗。風華は一息置くと、右手でその手を握り返した。

「私は風華。よろしくねっ」



 珠麗たちが一度別棟を後にした後、別棟に残った秀斗と白玉。

「怪我は奏が綺麗に治してくれたんだね」

 風華に怪我がないか細かく見ていく秀斗だが、一方で風華は少し恥ずかしい。心配してくれるのはとても嬉しいが、そうまじまじと見られると。

「本当に風華が無事で・・・良かった」

 最後に首元に傷が残ってないか見た秀斗はそのまま安堵のため息をついた。だが、首元で囁かれた上に息がかかると、くすぐったい。

「そんで、どうしてあんな事を言ったんだよ」

「確かに、珠麗は光の娘、風華は闇の娘だけど、本人同士が意識しなければ問題ないと思って」

「問題ないって、もし何かあったらどうすんだよ」

「その点は大丈夫。珠麗には花鈴がついてるし、風華には紅鈴についてもらうことにしたから、問題ないよ」

「紅鈴?」

「うん、僕の弟。今夜あたりに挨拶に来させるから」

「わ、分かった」

 秀斗の弟ということは、秀斗に似ているのだろうか。会えるのが少し楽しみだ。

 なんて考えているのは風華だけで、白玉は自身に乗りかかるさらなる負担を想像してため息をついた。




「真意はなんだよ。お前があんな理由で賭けに出るとは到底思えん」

 風華の部屋を後にした白玉と秀斗。

「・・・2人の娘が一緒にいたら、長い間止まっていたが動き出すんじゃないかと思ってね」

「物語?」

「そう。2人の娘をめぐった物語さ。自分の代で終わらせたい。もう・・・風華のような悲劇を生み出さないためにも」

 そのためにも早く見つけ出す必要があった。物語の続きとなるピースを、彼よりも早く。

「だが、そうなると傷つくのは風華だ。それに耐えうる力を持っているのか」

「大丈夫。・・・俺を救ってくれたあの笑顔があれば、大丈夫だよ」

 信じてる。勝手だとは分かっている。だが、彼女ならきっと。



 たとえ、この先が茨の道だとしても。

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