第6話〜始まりの日〜

「風華!!」

 風華の帰還を耳にした秀斗は勢いよく別棟の扉を開いた。

「秀斗っ」

 そこにいたのは、今にも泣きそうな表情を向ける風華だった。

 秀斗はゆっくりと歩み寄ると風華の両肩に手を乗せた。

「本当に無事で良かった」

 風華の中でひどく冷たい刃物を向けられてから、ずっと我慢していた恐怖と不安が秀斗の姿を見た瞬間に爆破しそうになる。心の中がじんわりと熱くなる。

 秀斗が目の前にいる。本当に、秀斗がいる。

 するとそこに。

「あなたもそんな顔をするのね」

 着替えを済ませたらしい紫翠と奏が入ってきた。

「姉上・・・」

 どうして風華を連れ出したのか。直接聞き出したいところだが、風華がいる状態では少々まずい。どうしたものか。

「うふふ。そんな顔をしないで、秀斗。こっちにいらっしゃい」

 だが、紫翠はそんな秀斗の葛藤を見透かしたかのごとく先に部屋を後にする。秀斗は踏み出した足を一度引っ込めてしまうが、ふと背を押された、

「行ってきて大丈夫だよ。今度はちゃんとここにいるから」

 ね?。柔らかな笑みを向ける風華のその姿に秀斗も笑みを返すとコクリと頷いて

 部屋を後にした。

 部屋に残された風華と奏。

「・・・」

 そういえば城下にいた時から気になっていたが、奏はなかなか笑みを見せない。話している時も表情をあまり変えない。

「あ、あの、奏さんはいつから紫翠様の秘書をなされているんですか?」

 話のきっかけを探していた風華は、率直な質問をしてみた。すると、奏は少し間を空けてかた口を開いた。

「8歳の頃からだ。彼女はまだ6歳だった」

 そんな幼い頃からの付き合いだったのか。

「どうしてそのようなことを聞く」

「あ、いや、そんな深い意味はないんですけど、城下にいた時とか、助けてもらった時にすごく息があっていて、紫翠様にはとても柔らかい表情を向けられていたので、どうなのかなって思って。突然こんなこと、ごめんなさい」

 出店を見ながら少し目を向けていたが、本当に2人の姿はとても絵になるほどに綺麗で、見惚れてしまった。それは2人の容姿も関係しているだろうが、それだけではい。纏っている雰囲気がとても合っていて、つい笑みがこぼれた。

 自分も2人のような雰囲気を秀斗と作れたらと想像したためである。

 一方で奏は風華のそのような返答に少し驚きの表情を見せていた。

 というのも、まさかこんなに素直に返してくるとは思ってもみなかったためだ。

 闇の娘であるということは、ほぼ間違いないと奏は考えていた。国にとって害になりうることは、おそらく本人も分かっているはず。ともなれば少しばかりでも警戒してくると思っていたが、まさかここまで真っ直ぐな瞳で答えるとは。

 怖くないのだろうか。先刻のように、いつ殺されるか分からない状況の中にいるはず。それでも、どうしてそのような瞳で自分を見れるのか。もしかしたら、あの暗殺者と自分は繋がっていて、風華を陥れるための罠だったらどうするのか。今なら、確実に風華を殺れる自信がある。おそらく、秀斗でさえも間に合わないスピードで。

 なのにどうして、そのような瞳で見てくる。

「・・・奏さん?」

 ピクリとも動かなくなってしまった奏に風華は顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか?も、もしかて具合でも悪いですかっ」

 風華の顔からさっと血の気が引く。どうやら、本気で心配しているらしい。

「・・・」

 言葉もない、とはこんなことを言うのだろうか。

「水持って来ますねっ。ベットに横になって下さいっ’」

 だが、その時、風華が向けた半泣きの表情がふと幼い頃の秀斗の表情と重なった。それは、今では全く見なくなった表情。少しのことですぐに泣いていたあの頃の秀斗は今の秀斗の中にはいなくなってしまった。そう思っていたが、そうではない。そうではないのだ。

「そういう・・・ことか」

 やっと分かった。どうして風華がここまで自分に真っ直ぐな瞳を向けられるのか。

 本人が気がついているかどうかは定かではないが、ずっと秀斗が風華の中で影から守っているのだ。秀斗の中にいなくなったと思っていた秀斗は、今風華の中で生きている。そして、こちらをずっと睨んでいる。

 この場に秀斗自身がいなくても、ずっと心の中にいる。そんな秀斗が今の風華を強く支えている。

 加えて、それが秀斗の答えでもあった。風華のことをどう思っているのか、そしてどうしたいのか。

 そして、風華がこれからどうしたいのか。どうしてここに留まっているのか。その答えを示すのにも十分なものだった。

 風華と自分は同志だ。

 そして、自分と違ってとても重い宿命を背負った状態で前を向く、その小さな背中を見て支えてやりたと、心から思えた。

 水を持って帰ってきた風華に奏はふと笑みを見せた。

「いや、大丈夫だ。少し考え事をしていた」

 奏が笑った。

(わ、笑ったっ)

 とても優しい笑みだった。見ているとなんだか、心がポカポカしてくる。

「良かったですっ」

 風華も笑顔で返した。

 それにしても、 奏は本当に優秀な紫翠のサポーターだ。移動の最中でも常に紫翠のことを第一に考えて行動していることがよく分かった。

「あ、あの・・・1つお伺いしてもいいですか」

 そんな奏だからこそ、1つ聞いてみたいことがあった。



「姉上、率直にお聞きします。どうして風華を連れ出したのですか」

 一方、別棟の縁側に出た秀斗と紫翠。2人の間に風が吹き抜けた。

「わざわざ聞かなくてもいいでしょ。その様子からして、知っているみたいだし」

 流石紫翠だ。こちらの情報は大方知っているという訳だ。月一族の第一皇女、まして秀斗の姉という力を使えばそこそこ情報は集まる。

「けど、あの子、このままだと死ぬわよ」

「と、言いますと?」

「私が来る少しに、城内に入り込んだくせ者に彼女が殺されかけてたのだから」

 紫翠の突然のその言葉に秀斗の目がぐわっと見開いた。

「え・・・」

 風華が殺されかけた。その事実が「錬」と張り合った時の怒りを呼び覚ましていく。

 だが、同時に千里の言葉も思い出す。確か千里はこの別棟から紫翠の神力が察知されたと言っていた。つまり、紫翠は風華を助けたことになる。

「あなたは一体・・・」

 またこの表情だ。今の秀斗は紫翠のよく知る弟の月 秀斗ではない。

 次期皇帝としての月 秀斗の顔だ。

 昔から風華と思しき話題になるとこうしてキリッとした顔立ちになる。

 それはつまり決意の表れだ。

「まだなんとも言えないわ。でも、あなたが本当に彼女のことを想っているのだとしたら、彼女はここにいるべきではないわ。ここは1番危険よ。分かっているでしょう」

 紫翠の言う通りだ。ここはにとってはお膝下。「錬」の権限を使えば簡単に風華を消すことができるだろう。加えて、月一族を失脚させることも・・・。

 月一族の次期当主として、そして次期皇帝として、秀斗にのしかかる多くの人々の将来のことを考えて、自分勝手な行動は避けるべきだ。

 だが、違うのだ。秀斗にはとある考えがあった。その考えを実行するためには、どうしても風華の存在は必要不可欠。

 しかし、本当の所は風華を連れ出すことはしたくなかった。あのまま、家族3人で窮屈かもしれないが、少なくともこの城よりは穏やかに過ごせる日々を送ってほしかった。そのままどうにかしたいと思っていたが、それはの企みのために叶わなくなってしまった。

「はい。・・・今回は風華を助けて下さりありがとうございました」

 深々と頭を下げる秀斗を見て紫翠はふとため息をついた。

「あなたに限って、返答しないなんてことがあるのね。・・・私が見た限りでは普通の女の子。力があるようには思えなかったけど。私は様子見ね。まぁでも、これだけは教えてあげるわ。珠麗には気をつけなさい」

「と、申しますと」

「だいぶ、活発的に動き出したみたいだから」

 と、その時だった。まさしく紫翠が口にした人物の声が部屋の中から聞こえたのは。



「あ、あの、奏さんが紫翠様に喜んでもらうために気をつけていることってありますかっ」

 唐突な風華からの質問に一瞬ポカンとしてしまった奏。

「突然すみませんっ。その私が秀斗に出来ることって多くないから、参考にさせてもらおうかと思って」

 以前から考えていたが、闇の娘である自分を匿うだけでも大変だというのに、秀斗はそれに加えて公務もこなしている。そんな彼にどうにかして恩返しがしたかった。

 何もない自分にも出来ることを。

 そんな風華の姿に奏は少し間を空けてから口を開いた。

「それは人からの助言よりも、自分で考えた方が早い。それに、風華の前にいる秀斗皇子と俺の知る秀斗皇子は違う」

 それは一体どういうことか。それを聞こうとしたその時だった。

「失礼、こちらに紫翠皇女様はいらっしゃって?」

 部屋の入り口から入って来たのは白玉の面影を感じさせる少女だった。しかし、その気配は圧倒的で目が離せない。そして、風華の中で何かが疼いている。

(どうしたんだろう・・・。なんだか落ち着かない)

 奏と話している間にはこんなことは無かったというのに。

「ご機嫌麗しゅうございます、珠麗皇女。主人でしたら、今秀斗皇子とお取り込み中でございます」

 そんな少女に奏は変わらぬ様子で返答する。

「あら、そう。・・・で、そちらの方は?」

 少女、珠麗は鋭い目つきで風華に目を向けた。どうしたか、背中を冷汗らしきものがつたっていくのがわかる。

 そして、奏もどう返答していいのか戸惑っていた。ここで秀斗の客人だと言えば風華は疑われることになる。しかし、それ以外の返答も思いつかない。

「まさか、次期皇帝の妻となる私に黙って秀斗皇子が客人を連れ込むことはないわよね?」

 次期皇帝の妻。まさか。

「光の娘たるこの私に、嘘をつくなんてことはないわよね、奏?」

 質問攻めにされる奏だが、いい言葉が思いつかない。それは、この気配に圧倒されているということがとても大きい。

 そして、風華は頭の中が真っ白になってしまう。

(こ、こ、こ、この人が・・・・・・)

 この国に祝福され、必要とされる存在。

 国民に幸せをもたらす者。

 何もかもが、闇の娘とは正反対にいる娘。

(光の娘っ)

 珠麗は1つため息をつくと、その口を再び開いた。

「まさか、あなた、?」

 あまりの核心に、風華は無意識に一歩足を後ろに下げた。そして、あることを悟ってしまった。

 このままだと、確実に殺される。光の娘の名の下に。

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