第5話 〜行方〜

「秀斗皇子!大変です!」

 自室にて資料に目を通していた秀斗の元に、肩で息をする千里が入ってきた。

「どうしたの?」

 礼儀正しい千里がノックもしないで入って来るとは珍しい。そんなことを思いながら秀斗は資料から顔を上げた。

「風華様がいらっしゃる別棟でっ、神力の反応が出たそうですっ」

「なんだって。一体誰のっ」

「はいっ。なんでも紫翠皇女の神力だったそうでっ」

 あの別棟には誰も近づけないようにしてあったはず。それは権力的でもあり、神力的にもそうだ。

 だが、紫翠であればその二つは容易く超えられるだろう。いや、

 彼女がどういう意思であの別棟に近づいたかは定かではない。しかし、紫翠には風華の存在も、闇の娘の存在も伝えていない。

「風華は無事なのっ?」

「それが、別棟には風華様のお姿も紫翠皇女のお姿も見当たりませんっ」

 なんてことだ。その様子だと紫翠が風華をどこかに連れ出したとしか考えられない。

 一体何のために。そして、紫翠はどこで風華の存在を知ったのか。

 彼女は、風華の本当の姿を知っているのか。

「姉上は今どちらに」

「記録によれば、城下にお出かけになられたそうです」

 本当であれば、今すぐにでも飛んで行きたい。おそらく風華は紫翠と一緒にいる。彼女の安否が心配だ。

 突拍子のない行動に出ることが多い紫翠は、秀斗の実の姉で、その行動に秀斗もよく振り回された覚えがある。だが、彼女の隣にはいつも秘書の奏がいて、そのおかげでそんな突拍子のない行動も安心して見ていられた。しかし、そんな彼女が神力を使うのは稀なことだ。最後に見たのは随分前になる。奏がいながら使ったということは何かあったのか。

 しかし、すぐに出ることは不可能だ。公務中な上に、風華の存在を知らない家臣や役人達に変に勘付かれてしまっては、それこそ本末転倒だ。

 だが、このままでは・・・。

 そんな葛藤の中、秀斗は一筋の光を見出した。

「千里、彼は確か今日城にいたよね?」

「は、はい。確か先日までの長期公務から帰られたので、そのための休暇でおられたはずです。」

「彼に風華の様子を見るように伝えてくれ」

「しかし、あの方は風華様のことを知らないはずじゃ・・・」

 秀斗は背もたれに背を預けると薄く笑みを見せた。

「大丈夫。ちゃんと伝えてあるから。それに、彼ほど適任な人物はいない」

 その秀斗の様子に千里も気がついたのか、同じく笑みを浮かべ一礼をして部屋を後にした。

(何もなければいいけど・・・)

 こんな時にすぐに動けない自分の立場が苛立たしい。だが、こればかりは仕方ないと思うしかない。

 そういう星の下に生まれてしまったのだから。




 その頃、紫翠と奏と共に城下を訪れていた風華。

「うわぁっ・・・」

 道の脇に並ぶテントの中には、美味しそうな野菜や果物、そしてキラキラと輝く装飾品など、風華にとって初めて見るものばかりが並ぶ。

「あまり遠くへ行っちゃだめよ」

「はーい!」

 上から布を被って顔を見せないようにしている風華たち一同は、城下にある市場へと足を運んでいた。

「お、お嬢さん見る目があるね。これはつい最近入荷したばかりの異国の飾りでね」

 魅入ってしまったかんざしを手に取った風華は、店主との話しでつい盛り上がってしまう。

 そんな風華の姿を遠くから見ていた紫翠は、隣に立っていた奏に声をかけた。

「どう思う?」

「と、言うと」

「彼女のこと。闇の娘だって信じられる?」

「・・・」

 というのも、つい数日前のこと。突然紫翠の部屋を訪れた江燕からとある事実を聞いていた。

『秀斗皇子がお連れになった女子おなごですが、どうやら闇の娘らしく』

 その時に初めて秀斗が別棟に人を連れていることも知った。

「秀斗が昔からコソコソと出かけているのは知ってたわ。けど、もしも彼女が闇の娘で、そんな彼女に会いに行ってたとしたら・・・説明はつくわよね」

 昔からそうだった。父である皇帝の仕事について学び、そして公務をこなしていた秀斗。しかし、事あるごとに姿を消し、そして短時間で帰ってくる。そんな日々が続いていた。

 何かあるとは思っていたが、まさかこんな事だったとは。

「まだ、なんとも言えない。・・・それで、何故城下に連れて来た」

「・・・単純に見てみたくなっただけよ。彼女が何者でどういう人物なのか。秀斗が大切にする人なんて滅多にいないもの」

 紫翠のその言葉に奏は「そうか」と言ってそっと目を閉じた。

「もし、あの少女が闇の娘だとしたらどうするつもりだ」

 奏は風華に目を向ける。

 奏の視線に気がついたのか紫翠も同じく風華に目を向けた。

「見た限りでは、普通の女の子と変わりないわ。そう、どこにでもいる普通の・・・女の子」

「吉と出るか、凶と出るか、ということ言うことか」

「そうね・・・。でも」

 ふと、紫翠と奏の間を風が吹き抜けた。そしてその風は風華が被っていた布をはいだ。風華はすぐに布を被り直す。

「彼も秀斗もじきに決着をつけようとしているのは明白ね」

「あぁ」

 もう歯車は動き出している。それは誰にも止められない。

 そんな2人のやりとりを木の上から見ている人物の姿が1人。

 紫翠が風華に帰ることを伝えると、その人物はスッと姿を消した。




「・・・おかえり。様子はどうだった」

 千里を見送ってからしばらくして静かに開かれた秀斗の自室の扉。その扉の前には秀斗と同じく白と黒の服に身を包む少年が立っていた。

「姉上は風華の正体を知って、様子を見るために城下に連れ出したようだ」

「情報の出元は?」

「蘭 江燕」

「やはりか・・・」

 こうなるとは薄々思ってはいたが、事は思いの外早く進んでいるようだ。

「ありがとう。休暇なのに突然お願いして悪かったね」

「全くだ。兄上は人使いが荒い」

「ごめん、ごめん」

 少年、月 紅鈴は一つため息をつくと部屋を後にした。

 それにしても、久しぶりに秀斗に会ったが何も変わっていない。

 昔から何でも冷静にこなし、決して弱みを見せない。だが、何を考えているのか全く悟らせない。それは身内に対しても。

 それが時々恐ろしいと思うことがある。

 しかし、そんな秀斗を骨抜きにしてしまうらしい風華という少女はどんな人物なのか。

「・・・」

 闇の娘というだけであの秀斗が想いを寄せるはずがない。

「・・・はぁ」

 今日は大人しく休もう。

 そんなことを考えながら、自室へと足を向けた。

 そして、その紅鈴を遠くから眺めていた珠麗。

「紅鈴が秀斗様の部屋から出てきたということは、何かあったということよね」

 珠麗はふと横に目を向ける。

「うーん。そもそも城内にあまりいませんから、姿を見るのも一苦労ですよね」

 そこには珠麗よりも小さく幼さを残した少女が立っていた。

「やはり、あの別棟のことが関係しているのかしら・・・」

「相変わらず無愛想な顔ですねぇ」

 そこで、少女からの返事に違和感を感じた珠麗は首を傾げる。

「ちょっと、花鈴。話しが噛み合ってなくてよ」

「あれ?そうですか?」

 可愛らしい笑顔で答える少女、陽 花鈴だったが珠麗には通用しない。

「まぁいいわ。私も動くまでよ」

 珠麗の真っ直ぐなその瞳に花鈴はこれからの波乱の幕開けを感じていた。




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