第4話〜歴史〜
「あーーー!いらっしゃいましたわ!」
風華のいる別棟を後にした秀斗と白玉は、それぞれの自室に戻る途中、夜にしてはやけに大きな声が廊下に響いた。
「げっ、珠麗」
白玉は、その姿を見つけるなりグッと足を一歩引く。無意識に。
「ちょっと、私に対する態度が冷たくてよ、お兄様」
白玉とよく似た顔立ちの少女、珠麗はぷくーっと頬を膨らませた。
「こいつ、お前が風華に会いに行ってた時からずーっと俺にお前の居場所をしつこく問い正されたんだよっ」
白玉は秀斗に耳打ちをする。
「なるほど。で、珠麗、こんな時間にお供を連れないでどうしたんだい?」
「これは秀斗様。失礼いたしました。皇妃様の直命を受け、兄、白玉を探しておりました」
「母上が白玉を?」
「次期皇帝補佐についてのお話しがあるとのことでしたわ」
秀斗と白玉は互いに顔を見合わせてから白玉はコクリと頷いた。
「母上によろしく」
「あぁ、珠麗、ありがとな」
白玉はそう残してその場を後にした。
「はたまた秀斗様。先ほど何故別棟からお兄様と出てこられたのでしょうか」
白玉の姿が見えなくなると珠麗は頬を赤らめて秀斗と向き直った。
「そ、その、たまたまお見かけしまして」
「なんでもないよ。少し2人で話していたんだ」
「話し・・・ですの?」
秀斗の顔を覗き込むように見上げる珠麗の表情はどうしてか風華の顔と重なって見えた。
「珠麗、今は別棟に近づかないでね。白玉と仕事をしてるから」
「・・・それは、陽の第四皇女として、でしょうか。それとも・・・」
「・・・」
珠麗のその問いは秀斗にとって大きな選択を迫られているも同然だった。
「陽の第四皇女、陽 珠麗殿にだよ」
「・・・そう・・・ですか」
その答えに肩を落とした珠麗。
珠麗がどう答えてほしかったのは秀斗自身、よく分かっている。
「秀斗様の命とあれば、従うまでですわ。大変失礼いたしました 」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。ほら、部屋まで送るよ」
「はいっ・・・」
パッと顔を上げた珠麗は軽い足取りで秀斗の後ろをついて行った。
今自分の後ろをついて歩くこの少女こそが、風華と対をなす存在。
そして、国民を含めこの国はこの少女と自分が結ばれることを、望んでいる。
「風華様、朝でございますよ」
翌朝。少年にしては少し高い声で風華は目を覚ました。
「んんーっ・・・って」
しかし、視界に入ってきたのは見知らぬ少年。少し幼さが残る顔立ちで、金髪の髪を持ち太陽の光でキラキラと輝いていた。正直に言ってしまえば、眩しい。
「私は秀斗皇子の秘書を務めております、光 千里と申します。気軽に千里とお呼びください」
風華より幼く見えるのに、言葉遣いから立ち振る舞いまで大人同然だ。
「よ、よろしくお願いします・・・」
「あ、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。一応風華様よりも年下ですから」
千里のその一言に風華はなんとも言えない衝撃に襲われた。
少し幼くは見えていたが、本当に年下だったとは。
「秀斗皇子の命で朝食をお持ちしましたので、机に置かせていただきました。それと、秀斗皇子からの贈り物を預かって参りました」
そう言って千里は御膳の横に置いてあった箱を開いた。するとそこには桜が描かれた見事は服が入っていた。
「是非とも着てほしいとの伝言を承っております」
服もさることながら、千里の笑顔も可愛い。
「今着てみますか?僕は外に出ていますから」
女の子にとって可愛い服はぜひとも着てみたいと誰でも思うだろう。それは風華も変わらない。
「うん、ぜひ!」
それから数分後。
「とてもお似合いです!」
白と桜色が混ざったような淡いピンクを下地に所々に桜が描かれた服。足の丈は短く、膝の上までしかないが裾は長い。帯には黒と白の二色が使われていた。
「桜は伝説の国、「ニホン」を連想させる花、黒と白は月一族の色。考えましたね、秀斗皇子は」
「こ、こんな上品な服は着たことがなくて。変んじゃない?」
「変だなんてとんでもないです」
生まれて初めてお姫様のような服に、風華の心はウキウキだ。
「秀斗皇子も午後にはお見えになるそうなので、ぜひお見せになって下さい!」
「うん!」
「母上がそんなことを・・・」
一方。朝日が昇る中、秀斗の自室では白玉が真剣な表情で秀斗と話していた。
内容は、昨夜呼び出された件だ。
「あぁ。皇帝の容態も悪化の一途と辿っている。このままでは先は長くないと、仰っていた。直にお前にも正式に皇帝の話をするとの伝言を預かった」
「・・・分かった。ありがとう」
秀斗はふとため息をついて、窓の外から見える朝日に目を細めた。
父は病気で会えず、母は看病でつきっきり。今の皇帝政権の先は短いことは誰もが考えていることだろう。
だからこそ、悩みは尽きない。
「それと、珠麗のことだがな・・・」
「分かってる。婚約しろ、でしょ?」
「皇妃様は酷く心配されていたぞ。「秀斗はいつになったら婚約するのでしょうか」とな」
「まぁ、分からなくもないけど。光の娘・・・か」
「俺からも皇妃様に秀斗の気持ちを申し上げたんだがな、聞く耳を持ってはもらえなかったよ」
白玉も苦笑いする他無かった。
太陽が昇る。もう朝だ。
「闇を照らす光・・・ねぇ」
秀斗はそっと目を閉じた。
月しか昇らない小さな土地。それが炎帝国の始まりだった。
異国の地から移住して来た民族は、太陽の光を求めて天に祈ったのだという。するとある日、後の初代炎帝国の皇帝となる青年の前に1人の少女が現れた。
『私はあなた方に太陽を見せることが出来ます』
その少女との出会いは後に炎帝国に太陽をもたらし、神力をもたらした。
その少女こそが光の娘であった。
一通り書物を読み終えた風華はふと息をはいた。
今読んでいたのは炎帝国の始まりとされる物語だ。
月しか昇らなかった土地に太陽をもたらした存在、それが光の娘の原点。そして、月しか昇らせない土地にした存在こそが、闇の娘の原点。
外は暖かな太陽が木々を照らし出している。
こうして皇帝が住まう城に自分がいて、ゆっくりとした時間を過ごす日が来るとは思ってもみなかった。
千里は公務に戻り、また午後に秀斗と共に来るそうだ。
それまで風華はできる限りの知識を手に入れようと秀斗に無理を言って人を介して書物を運んでもらった次第だ。
自分は何も知らなさすぎる。
そんな時、ふと入り口付近に人の気配を感じた。秀斗がもう来たのだろうか。風華はゆっくりと入り口付近に歩み寄り覗き込んでみるが、人影はない。
勘違いだろうか。
そうして再び書物に手を伸ばした時だった。
突然、首元にヒヤリとした感覚が風華を襲った。次第に首元に何かが押し付けられていく。息苦しい。そして首の皮膚が切られたのか、痛みまで襲ってくる。
(何っ)
あまりの突然に気がつかなかったが、後ろに誰かがいる。音も立てずに忍び寄って来たとでも言うのか。
しかし、今気にしなくてはいけないのは首の傷だ。赤い血がものすごい勢いで流れていっている。このままでは出血多量で意識を持っていかれるどころか、生命の維持もままならない。
そう、いつも死と隣り合わせにいたから分かる。このままでは本当に・・・。
「およしなさい」
だが、そんな時、急に部屋の空気が変わったのが分かる。キン、と酷く冷めた空間。
すると、風華の隣でカラン、と音を立てて金属の物が落ちる音が聞こえた。それと同時に後ろにいた人物から解放され、しかしあまりの突然の衝撃にバランスを失った風華の体はぐらりと傾いた。だが、体が地面に叩きつけられることはない。
「止血をする。痛むが、我慢しろ」
その声は真上から降ってくる。微かに目を開くとそこには美しい青の瞳を持つ青年の顔が近くにあった。
「帰って主人に伝えなさい。二度はないと」
青年の体越しに聞こえてきた凛とした女性の声。すると、風華を襲った何者かはまた音も無くその場を立ち去った。
女性は”氷漬け”にされた小刀を手に取ると風華に歩み寄った。
「っ・・・」
そこで初めて分かる。凛とした立ち姿の中にある気品と美しさが全て揃ったその姿。
「なんとか、間に合ったようね」
女性のその言葉に青年は静かに風華を立ち上がらせた。
(あれ、もう痛まない・・・?)
「彼は治癒の神力を持っているの。助けになってよかったわ」
風華の頬に片手を添えた女性は薄く笑みを見せた。
「私は月 紫翠。秀斗がお世話になったわね」
「もしかして・・・秀斗のお姉さん・・・ですか?」
「えぇ、そうよ」
この人が秀斗の姉。
「彼は私の秘書の黎 奏」
青年、奏は会釈をする。
「ねぇ、今から少し出かけない?」
「え?」
突然の展開についていけていない風華だったが、紫翠は気に留めることもなくすぐに部屋を後にした。そしてすぐに奏は風華を軽々と抱き上げて部屋を後にした。
そんな風華に抵抗する余地は・・・無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます