第2話〜崩壊〜

「おや、秀斗皇子。戻っておられましたか」

 日は既に沈み、月明かりが空を制する頃。城内の渡り廊下で早足に本を持つ青年がいた。その青年に少しまだ幼さが残る金髪の少年が声をかけた。

「あぁ。で・・・状況は?」

「はい。秀斗皇子が出かけられてから少し後に、「また逃げられたわ!」と朱麗皇女が騒がれているのを白玉皇子が止めに行かれました」

「はぁ。そうか。朱麗のやつはしつこいな、相変わらず。おかげで、外出するのも大変になってしまったよ」

「心中、お察しいたします。はたまた、はお元気そうでしたか?」

 金髪の少年は、薄っすら笑みを浮かべた。

「・・・元気だったよ。君が選んでくれた本なんて絶賛してたよ」

「それはようございました。この本は次回に持っていかれる本ですか?」

「そうだよ。彼女が読みたいと言ってね」

 金髪の少年は「そうですか」と一言。

「・・・それと皇子。紫翠皇女のことですが、また何やら動き出した様子。気をつけられた方がよろしいかと」

 先ほどの笑みとは打って変わり、真剣な表情で皇子と呼ぶ青年に報告をした。

「そうか・・・。姉上は一体何をお考えなのか。ま、またいつもの心配性だといいけど」

「いいえ。それが心配性にしては大掛かりなのです。なにせ、何故か軍隊の出陣準備を進ませておりますゆえ」

「軍・・・隊」

「はい。どうかお気をつけ下さい」

「分かった。ありがとう。流石、一族始まって以来の天才だけあって、情報収集はお手の物だね」

「恐れ入ります。我が一族、全ては主人のために全力を尽くしたまでであります」

 少年はその場で片膝をついて深々と頭を下げた。

 しかし、青年には気がかりでならないことがあった。

 そして、国内でも情報に関して右に出る者はいないと言われている光一族の少年に一つ頼みごとをする。

「ねぇ、書庫にあった初代皇帝の書のことを、もう少し調べてほしいんだ」





 翌日。秀斗が帰ってから風華はずっと秀斗の言葉を思い出していた。

 −皇族に風華の力を知られれば・・・−

(ありがとう、秀斗。見つかればすぐに殺されちゃうことくらいもう分かる歳になったし、表の世界に出るつもりはないんだ。ただ・・・少し知りたくなっただけ)

 突然現れた身元も分からない少年。でも何故か不思議と心が惹かれていった。

 次はいつ来るか分からないが、それでも来ることを信じて風華はずっとずっと、待っていた。


 しかし、その日の夕暮れ。

 風華は自分のお気に入りの場所で読書をしていた時間、突然平和は奪われた。

「おい、そこの娘」

 後ろから男の声がして、ビクッと体が強張った。

(秀斗の・・・声じゃない)

 ひどく冷めた、背中を突き刺すような声。

 風華は恐る恐る声の方へ顔をお向けた。

「っ・・・」

 しかし、そこには驚くべき、いや1番恐れていた光景が広がっていた。

 鎧に身を包み、腰に剣を履く数十人もの軍人が立っていたのだ。

(この人たち・・・誰っ)

 さらに、軍人たちの後ろに掲げられていた旗を見て風華は言葉を失った。

「炎帝国の・・・国旗・・・」

 皇族のことを知らなくても秀斗が持ってきた本の中にいくつか書かれていた”炎帝国”の国旗。

 そして、この軍人はその国旗を掲げているのだ。それはつまり、風華のまだ知らない”皇族”に見つかったことを意味していた。

(私・・・殺されるの・・・っ)

 とうの昔に捨てたはずの感情が湧き上がってくる。

 光はない。この世界は闇が支配するのだと。

 自分は決して幸せになれない。早く私がいなくなることで多くの人々が幸せになる。なのにどうして自分はこうして生きているのか。ずっとずっとしまいこんできた感情が今にも爆発しそうだ。

「我々は炎帝国特殊軍隊「れん」。特殊軍隊総司令官の命により闇の娘の捕縛に参った次第だ」

 軍人の1人は懐から1枚の紙を取り出して、前に掲げた。

 紙には「捕縛状」と書かれ、文の最後には朱印が押されていた。

「外部からの情報、そして気配からしてお前が無力化の神力を使う闇の娘だと分かっている。抵抗せず、大人しく来い」

 外部から。この言葉がチクリと胸をつついた。

(まさか・・・秀斗が・・。いや、秀斗はそんなことはしない。違う)

 そうあってほしいと願う自分に腹が立つのもまた事実だ。

 風華は複雑な心境にぐっと黙り込んでいたが、それが軍人には抵抗に見えたらしく、みるみる顔を赤らめていった。

「あくまで抵抗するというのかっ。ならば仕方ない」

 すると軍人は次々と腰に履いていた剣を抜き始めた。

「こちらもそれなりの対応をさせてもらおう」

 神力ならまだしも、人間自身が相手だと無力化は効果を成さない。1人の軍人が近寄ってきて風華の腕を掴んだ。

「痛っ・・・」

 あまりの痛さに持っていた本を落としてしまう。

(どうして・・・私何も悪いことしてないのにっ)

 − それが私の運命なんだよ −

 昔の自分の気持ちが流れ込んで来る。光はないと絶望したの叫び。

 − 闇の娘の宿命を受け入れなくてもいいんだよ −

 しかし、同時に秀斗の言葉も思い出す。

 両親と暮らす世界しか知らなかった小さな世界に温かい光を宿し入ってきた少年、秀斗。今ここに彼がいてくれたら、どれだけ救われるか。

 そんなことを考えてしまうほど、風華の心は追い込まれていた。でも、他人を巻き込んではいけない。

 何故なら、自分は炎帝国にいてはならない異物だから。削除されて当然の人間なのだから。いや、もしかしたら既に人間として扱われているのかも分からない。それでも絶対に他人を巻き込んではいけない。

「大人しくついて来いっ」

 さらに強く引っ張られ、抵抗する風華に軍人はついに風華の腹に蹴りを入れた。

「っ!」

 今までに経験したことのない痛みと恐怖が風華を襲う。ついには意識すら掠れてくる始末だ。

(お父さん・・・お母さん・・・秀斗・・・。今まで本当にありがとう)

 大好きな人たちの顔を思い浮かべ、別れを告げた。



「貴様ら、誰に向かって矛先を向けている」

 その時、ものすごい勢いで炎が軍人の周りを囲っていった。

「こ、これはっ、まさかっ」

 風華の腕を引っ張っていた軍人の声が震える。

(ものすごい神力を感じるけど・・・誰なの・・・)

 掠れる意識の中、必死で頭を働かせた。すると、掴まれた腕から手が離れて風華の体はバランスを崩し、地にへと倒れていく。

「っ・・・」

 グッと痛みをこらえる準備をするが、一向に痛みは襲ってこない。むしろ、今度は優しい手が風華の腕に触れた。

「大丈夫かい?風華」

 初めて会った日も同じ、優しい声が上から降ってくる。もうろうとする視界を一点に絞り込んだ時、嬉しさのあまり頬に涙が伝った。

「秀・・・斗・・・」

 自分が1番会いたいと心から願った人物が目の前にいた。いつものように優しい笑顔で風華を見下ろしていた。

「秀斗第一皇子っ。何故ここにっ」

 しかし、軍人が発した言葉に風華の頭の中は再び混乱に陥る。

(皇子って・・・皇族のことなんじゃ・・・)

 そんな風華の様子に気がついたのか、秀斗は苦笑いを見せる。

「黙っててごめんね。でも君と過ごした時間が嘘ではないと信じてほしい」

 そう言うと秀斗は風華の瞼に手をかざした。すると、風華の瞼はゆっくりと閉じていき、意識は彼女から離れていった。

 ものすごい熱が立ち込める中、秀斗は近くにあった切り株に風華の体を預けると、先ほどとは一転、怒りに満ちた表情へと変わっていった。

「お前たちは何故、ここにいる」

「そ、それは司令官から闇の娘を捕縛しろという命が下ったからして・・・」

「誰が闇の娘だって?」

 ひどく冷めた声。そこには音程差がないにも関わらず、上から見下されているような感覚に陥るほどの圧力がかかっていた。

「何故、この娘が闇の娘だと?もし、彼女がそうだとするのならば、俺が炎を出現させている時点で恐怖で無力化の力を使って炎を消しているはずだ」

 秀斗はそう言いながら懐から手のひらに乗るほどの鉄の棒を取り出し神力を込める。すると、鉄の棒はみるみる大きくなり、やがて秀斗の背より大きな槍へと変化した。

 そして、槍に「電流」をまとった。

「ですが、きちんと捕縛状には朱印が・・・」

 軍人は先ほどの紙を出すが、秀斗はフッと鼻で笑った。

「そもそも、捕縛状は月一族の第一皇子たるこの俺の印を押してようやく効力を成す。しかし、そこに押されている朱印はただ1つ。しかも捕縛に関しては無縁の印だ。印を見たことのない人間を 騙そうとするとは、貴様らこそ”悪”だな」

「しかし、我々がそのようなことを知るはずもなく・・・」

「まさか、炎帝国軍隊の中でも1、2の強さと権力を持つ「錬」がこんあ初歩的なことを知らないとでも?軍人なら知っていて当然のことだ」

 その言葉に動揺のざわめきが広がる。先頭にいる軍人も否定できずに唇を噛む。

 秀斗はしばらくして「さて」と続けた。

「今ここで炎帝国内でも皇帝以上、神と同等と言われる力を持つ俺と戦うか、大人しく引くか、どちらかを選べ。これは命令だ」

 今の秀斗の姿を風華が見たら確実に別人と言っていたかもしれない。それほど今の秀斗は怒りが収まらず、神力を放ち続けた。

「・・・ここは引きます。が、このことは司令官に報告させていただきます」

 そして、軍隊はその場を後にした。

 姿が見えなくなるのを確認すると神力を消して、槍を元の鉄の棒にへと戻して風華に歩み寄った。

「風華・・・」

 今まで自分の正体を知られないようにしてきたが、いつかは知られる時が来ることは分かっていた。

「君はいつも明るくて・・・眩しかった・・・」

 そして秀斗は気を失っている風華を抱き上げて歩き出した。

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