第1話〜 些細な幸せ〜

 自然豊かな森が囲む炎帝国。約1000年以上もの歴史を持つ国であり、周りからの干渉を一切受けない独立国である。

 そんな炎帝国には”神力”と呼ばれるごくわずかな人間のみが持つ不思議な力が存在していた。しかし、国内に存在する神力を使う者のほとんどは王族と言われている。

 そして、その神力には1つ、特別な物語が存在する。

 炎帝国が開国したその時から続く物語である。


 − 100年に1人ずつ”光の娘”と”闇の娘”が誕生する −


 いつ、どこで誕生するか分からない存在。光の娘は神力の力そのものを増幅させる神力を持ち、逆に闇の娘は神力そのものの力を無にしてしまう。

 そして、初代皇帝の残した書物によれば、皇帝が光の娘と結ばれれば神力はその数を増やし国を栄させるという。しかし、闇の娘と結ばれれば神力の数は減り、国を衰退させるという。

 過去の記録でも、何度か皇帝と光の娘が結ばれたというが、どの時も国内の神力保持者の数は増え、栄えていったと書かれていた。

 そうしていくうちに、闇の娘の存在は「皇族を滅ぼす種」、「神力の消失」の象徴として嫌われ、中には殺せと言う者もいた。

 そして現在。

 光は恵をもたらし、闇は排除されるべき存在となっていた。





 炎帝国の中心に建つ、自然に溶け込むような色彩の城内で1人の少女が頬を膨らませて歩いていた。

「秀斗様はどこに行かれましたの?お兄様」

 紅がかった美しいクセのない長い髪を下で1つに結び、上品な朱色の中華服を着こなした少女の隣には、美しく紅がかった髪を短くして、少し中華服を着崩した青年が歩いていた。

「知らねぇー」

「もう、本当に困った方だわ。10年も前から勝手にどこかへふらりと出かけてしまうのですから。後をつけさせてもすぐに巻かれてしまうし、一体どこに行かれたのだか・・・」

 少女はため息混じりにそう青年に話した。しかし、青年はその言葉にピクリと頬が一瞬反応した。

「べ、別にいいんじゃないか。皇帝だって許しているわけだし・・・」

「良くなくてよ!」

 少女は突然歩みを止め、声を上げた。

「家臣の話では闇の娘を探しに行っているそうだけど、殺すためにではなく会いに行っているという話も耳にしましてよ!」

「あいつに限ってそれはないだろ」

「では、1つ言わせていただきますが、何故お兄様はずっと目をそらしていらっしゃいますの?」

 ギクギクッ。青年の背中には冷や汗が大量に流れ落ちるが、なんとか表面に出さないように努力する。

「陽一族の第一皇子のお兄様なら、月一族の第一皇子様のことくらい把握していてもよろしくなくて?」

「だだだだだったら、自分で聞いたらいいじゃないか」

「何度もお聞きしましたわ。でも伺うたびに「城下を見に行っただけだよ」とはね返されてしまいますの」

 青年はなるほど、と密かに納得していた。

「秀斗らしいって言っちゃ、らしいな。でも月一族には一族の考えがあるんだ。あまり深入りしない方がいい」

「私はれっきとした秀斗様の婚約者です。将来を約束し、後宮の主人となって秀斗様を影からお支えする身。それに陽と月はお互いに炎帝国の皇族ですわ。・・・もうこれは最後の手を使う他、ありません」

 なんだか嫌な予感がする。

「最後の手?」

 とりあえず恐る恐る問い返してみる。

 すると、少女はニコッと微笑んだ。

「えぇ。”光の娘”よ」



 城内でそんなやりとりがあった時と同時刻。

 炎帝国を囲む森の一部に小屋があった。

「へぇ。炎帝国は今こんなことになってるんだぁ」

 その小屋の中で1人本を読む少女がいた。服は若干ボロボロだが、少女の持つ茶色のストレートの髪は窓から差し込む太陽の光で輝く。

「私も、一度でいいから外の世界を見てみたいなぁ・・・」

 本をそっと閉じて椅子の背もたれにもたれかかり、自身の願いをそっと口にした。

 少女は生まれてから一度として森の外に出たことがなく、両親と3人でこの小屋に暮らしていた。

 その理由とは – 。

 そんな時、外に通じる扉からノックの音が聞こえてきた。

 すると少女は、本を読む時以上に瞳を輝かせ飛び跳ねるようにして椅子を降りて玄関に向かった。

 そして扉を開けた。

「いらっしゃい、秀斗。待ってたよ!」

 少女の目の前には少し上品な白の動きやすそうな中華服に身を包む青年が立っていた。漆黒の髪と瞳を見つめていると引き込まれそうになるくらい美しい。

「やぁ、風華。元気にしていたかい?」

 秀斗と呼ばれた青年は少女、風華の頭にそっと片手を乗せた。

「うん!」

 秀斗は10年前、とあるのせいで生きる気力を無くしていた風華の前に突然として現れた青年。家族以外の人間に会ったことがなかった風華に10年に渡って外の世界にのことを教えた、風華から見て「お兄さん」のような存在だった。

「最近は1ヶ月に一度しか会えなくて寂しかった〜」

「ごめんね。寂しい思いをさせて」

「うんん。秀斗も忙しい身だもんね。さ、中に入って」

 風華は秀斗の手を引いてリビングの椅子に腰掛けるように促した。

「勉強の方はどう?少しは本は役に立ってる?」

「もちろん!秀斗が持って来てくれる本はどれも面白くて好き」

「そっか。それは良かった。あ、はい。これが続きだよ」

 秀斗は持ってきたバックの中から数冊の本を渡した。

「ありがとうっ。・・・あのね秀斗。私、秀斗から色んな本をもらって最近思っていることがあるの」

「なんだい?」

 秀斗の問いかけに風華は思いっきりの笑顔で答えた。

「私ね、炎帝国の皇族についてもっと知りたいんだ」

 その言葉に偽りは1つも存在しない、そう心からの望みだった。しかし、秀斗はその望みに対して複雑な心境を抱いていた。

「どうして?」

「本の中で、たくさんの皇族が出てきて、神力を使って国民を守る人たちのことをもっと知りたいなって」

「でも、前に言ったよね。皇族に風華の力が知られたら・・・」

「うん。分かってるよ。でも知りたい。私以外の多くの人間を助けようとしている人々のことを」

 悲しみ、苦しみをすべて知り尽くし、その上に立とうとする風華の姿を見て、秀斗は止める気力も湧かなかった。

「・・・闇の娘の宿命を無理に受け入れようとしなくていいんだよ」

 秀斗は椅子から腰を上げると、隣にいた風華を抱きしめた。

「しゅ、秀斗?」

「大丈夫。・・・絶対に俺が守るから」

 2人が出会うまでの空白の時間のことを風華が最後に語ったのは、2人が出会ったあの日。それから風華は孤独を胸の中にしまい込むようになった。

 それがまだ幼かった少女にとってどれだけ酷なことだったか。そう考えると秀斗は悔しくてたまらなかった。

 しばらくして、ようやく解放された風華かにじっと見つめられ、堪忍して

「分かったよ」と答えた。

「次に来るときまでに用意しておくから」


 炎帝国に災難を引き寄せると言われる闇の娘。それこそが風華の背負う宿命。神力の無力化の神力を持つ者が闇の娘とされ、100年に1人と誕生する。

 と同時に闇の娘が現れれば光の娘も誕生することは国民守るの誰もが知る。



「ありがとう!秀斗!」

 彼女自身は何一つとして悪いことはしていない。ただ「無力化」という神力を持ったばかりに勝手に闇の娘とされた。

 ふと秀斗の拳に力が入った。

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