第25話「秋葉原最終決戦」

 エルアドラオーネの作り出したメイドゴーレムはみるみるうちに巨大化すると隣接するUDXビルと同程度の高さに変貌した。


 最高部が一〇七メートルに達するUDXと遜色ないメイドゴーレムは一〇〇メートル近い。


 材質は灰褐色の石である。


 ずうん


 とメイドゴーレムが片手を突くと砕けたUDXが轟音とともに揺れて砕けた窓ガラスや破片が雨のように上総たちへと降りそそいだ。


 上総たちは右往左往しながら落下物をよけると巨人のごとくそびえ立つメイドゴーレムを仰ぎ見た。


 素早くエルアドラオーネは飛翔してメイドゴーレムの肩に立つと勝利を確信したかのように哄笑した。


「驚いたようだね勇者くん。ここまで巨大なゴーレムはロムレスでも見たことはないだろう。ぼくが本気になるまで斃せなかった君たちの敗北さ。ちなみにいっておくが、この巨人は魔力を伴わない通常攻撃では決して破壊できない造りになっているんだよ。さあ、この街が滅亡するのを指を咥えて見ているがイイね。なにもできない無力感に苛まれ絶望で動けなくなったら、そのときこそこのぼくが引導を渡してあげるよ」


 ――初撃と違い、今度の攻撃は破壊力の桁が違った。


 メイドゴーレムは無言のまま両腕を差し上げるとUDXを押し倒しにかかったのだ。


 メリメリと言語を絶する破壊音があたりに鳴り響き足元がごとごとと揺れた。


「マジかよ……怪獣映画じゃないんだぞ」


 昨今、世間の話題をさらった特撮映画の大怪獣の大きさが一二〇メートルほどならば、エルアドラオーネが作り出したこのゴーレムは劣らないほど巨大だ。一〇〇メートルは確実に超えているだろう。


 唯一、上総たちに有利なのは材質が石なだけに怪獣とは違って熱線を放射しないことくらいだった。


 が、さすがのメイドゴーレムもこれだけ巨大なビルを単独で倒すことは難しかったのか、一部が小道を挟んだ向こう側のマックが入ったMKビルやソフマップやアニメイトに崩れ落ちて破壊したのにとどまった。


 メイドゴーレムの近くまで警視庁のヘリが凄まじいプロペラ音を響か迫っていた。


「うるさい羽虫だなぁ。落とせ」


 エルアドラオーネが命令を下すとメイドゴーレムは転がった瓦礫を掴み上げると野球の球を投げるように振りかぶって投擲した。


 鉄筋が剥き出しになったコンクリート片は唸りを上げて飛来するとヘリに命中して見事に爆散させた。


「いいぞ。片っ端からだ」


 メイドゴーレムは淡々と作業をこなすようにして瓦礫を投げつけてゆく。

 真っ赤な火と爆音が青空へと極彩色の花のようにあちこちで咲き誇った。

 パラシュートでなんとか逃げ出そうとした警察官も例外ではない。


 メイドゴーレムは見事なまでの投球で落ちゆく人々をひとりたりとも逃さぬというように無慈悲に殺傷していった。


 炎と黒煙をたなびかせながらヘリは次々に落下してゆく。


 一方的な殺戮ショーに気づいた遠方の残存機はすぐさま進路を切り替えて逃げ散っていった。


「なぜ、援軍が来ないのだ」


 放心したように岩手彦がつぶやいた。上総の超感覚で視たことろ、駅周辺の地上には強い魔力による結界が張られており、元々地下ダンジョンにもぐっていた上総たち以外を内側に入れないよう拒絶しているのだ。


「危ないっ」


 ふと声に視線を向けると紅が激しく叫び飛び出していた。しまったと思ったときには、離れた場所で佇立している岩手彦の頭上に巨大なコンクリート片が迫っていた。


 背筋の毛が総毛立ち埃が濛々と立つ中に消えた紅たちを見た。

 岩手彦は離れた場所に突き飛ばされたのか腰を地におろしたまま絶句していた。


「紅――ッ!」


 煙が晴れた先に紅の姿を見た。

 うつぶせに倒れながら呻いている。


 右足のみ巨大な瓦礫に挟まれまったくもって動けない状況だった。

 上総は素早く駆けつけて瓦礫を片手で吹っ飛ばすと紅を抱き起した。


 筒の中で難を逃れていた外道丸が紅の名を叫びながら周囲をぐるぐると走り回っている。


「あは……ドジっちゃったよ」


 紅は青ざめた表情でぺろりと舌を出したが右足に走った激痛で顔を歪めた。


「なんで、アイツを助けようとしたんだ」


 紅が岩手彦を憎んでいることは知っていた。上総は疑問を口にすると目を閉じたまま表情をやわらげる紅に慈母を思わせる微笑を見た。


「さあ、なんでかな。もしかしたら……アンタのバカが感染っちゃったのかもね」

「紅……」


「あんな男でも姉さんは愛していたの。それに見殺しにしたら寝覚めが悪いじゃない?」


 紅の閉じた目蓋から一筋の涙が流れた。

 上総の顔から表情が消えた。


「姉さん、傷ついてる」


 秋葉原の街を縦横無尽に暴れまわっているメイドゴーレムのことをいっているのだろうか。


 そういわれて遥か頭上の彼方でエルアドラオーネに操られる石像の顔を仰ぎ見た。


 表情のない巨人の顔は上総にとって泣き出すのを必死でこらえているようにも思える。


「あのゴーレム、あたしや岩手彦の記憶から無理やり引き出されて勝手に作り出されたのに……あたし他人に思えないよ……」


「もういい。もう喋るな」

「姉さん、悲しんでる」


 紅は上総の身体を押しやると折れた右足を伸ばして哀願するように叫んだ。


「お願い、上総……! もうこれ以上姉さんの魂を誰にも穢させないで」


 上総はすべての迷いを振り切った表情で立ち上がると中央通りに移動してゆくメイドゴーレムを追った。


 こうして駆けている間にも秋葉原の街は次々に破壊されている。


 かつて栄耀栄華を極めたサブカルチャーのメッカともういうべき街が、異世界の悪魔によって造られた巨大なドールによって軒並み壊されていくのはあまりにも皮肉過ぎた。


「おおっ。勇者くん。もしかしてぼくたちに歯向かうとでもいうのかいっ。メインディッシュは最後まで取っておくのが信条なんだがね!」


 巨大なメイドゴーレムの肩に乗っていたエルアドラオーネが足元に近づく上総の姿を見つけて激しく嘲笑した。


 最初から微塵も負けると思っていない余裕の表われからくるものだった。


「本当にやるつもりなのかな? コイツは驚きだな。それともなにかぼくたちをアッといわせるような秘策でも残しているというのかい」


 そう叫ぶとエルアドラオーネは歓喜に満ちた表情で未だ完全にふさがらず血がしたたる胸を押さえながら身をよじっている。上総は無言のまま、グングンとスピードを上げてまっしぐらにメイドゴーレムの足元へと移動した。


 身長一〇〇メートルに体重は一〇万トン近いゴーレムとハナから真っ向勝負をしかけてかなうはずもない。


 ならば奇襲攻撃しかない。


 メイドゴーレムは確かに空前絶後の巨大さであるが、行動の指示はすべてエルアドラオーネが出している。


 そして彼女自身が完全に上総を舐めきってロクな攻撃に移れないと思い込んでいた。


 つまりはそこに勝機があった。


 上総は男にしては物腰はやわらかで根っからの調整気質であるが、荒事に対しての決断力は並外れていた。


 常人であるならば尻込みするような難事でも瞬間的に判断を下し、命を捨てて実行に移すことができる。


 それが勇者の勇者たる所以でもあった。


 エルアドラオーネは自らが作り出した最高傑作たるメイドゴーレムに絶大な自信を持っていた。


 上総は素早く跳躍すると聖剣を大上段に構えてメイドゴーレムの脚へと向けた。

 助走をつけたとはいえその跳躍力は十五メートルに達していた。


 胸元の紋章が輝きを増している。


 唇から呼気を勢いよく吐き出しながら裂帛の気合とともに剣を振るった。

 ビシッと硬質な音が鳴ってメイドゴーレムの左太腿あたりに亀裂が入った。


 聖剣に込められた上総の魔力と魂魄から発した気力が魔人の造形物の防御力を上回った瞬間だった。


「んなっ! バカな?」


 メイドゴーレムのバランスがわずかに崩れた。さすがに脚を斬り割ることは不可能であったが、上総が傷つけた部分の亀裂はみるみるうちに太さを増してエルアドラオーネからすれば無視できないものになってゆく。


「ふざけるな! ゴーレム。勇者を捕らえるんだっ」


 エルアドラオーネの指示に従ってメイドゴーレムの右腕がぬっと下方に突き出された。


 上総は落下しながらも伸ばされた巨人の腕を蹴って距離を取ると、ゴールドメダリストも舌を巻く身のこなしで着地し、すぐさまバックステップを切って離れた。


「潰せ、潰せ、潰せえええっ」


 躍起になってエルアドラオーネが指示を出す。上総はメイドゴーレムの素早い踏みつけを疾風のような素早い動きで次々にかわし、その都度足首に細かい斬撃を叩き込んだ。


「あっ」


 ゲーマーズ本店近くにまで移動したところで、不意に上総は瓦礫に躓きわずかにバランスを崩した。


 それを見逃すエルアドラオーネではない。すぐさまスタンピングの指示を出すと、ブーツの足裏に上総の身体を捉え叫んだ。


「もおいいっ。そいつをぺちゃんこにしろおおっ!」


 ゴーレムの靴裏が上総の頭上に迫る。


 ずうん


 とメイドゴーレムの踵が地に接した。


「あ、あはははっ。やった! やったぞおおっ。ついに勇者を殺したああっ!」


 歓喜に満ちた声でエルアドラオーネが腹を抱えながら下方を指差し哄笑した。


 が――。


 数瞬のち、ありえないことが起きたのだ。


「ん、んぎぎぎいっ」


 地に聖剣を突き立てたた上総は両腕でメイドゴーレムの巨大な足裏を持ち上げ踏ん張っていた。


「ありえない――ッ」


 一〇万トン近い荷重を勇者といえどただの肉体を持つ人間が押し返しているのだ。


 ぐちゃぐちゃに潰れ、ミンチと化した上総の姿を思い描いていたエルアドラオーネの表情に驚愕と怯えの色が濃く刻まれた。


「こ、こんなことくれぇで、潰されて、たまっかよ!」


 上総のシャツから剥き出しになった腕には太い血管が走り、喰いしばった歯はギリギリと音を立ている。


 地に踏ん張った両足は舗装路に無数の亀裂を走らせながらも、メイドゴーレムの重みに耐えていた。


「あああっ」


 上総は鋭く咆哮すると両手をメイドゴーレムの足裏に食い込ませながら、ぶおんと前方に投げを打った。


 轟音が響き渡ってメイドゴーレムの巨体は万世橋と神田川を越えて、肉の万世ビルに叩きつけられた。


 天地が砕けたかと思うほどの凄まじい音が秋葉原に鳴り響いて、あたりは砕かれたコンクリと細かな塵埃で広範囲に白い霧が立ち昇った。


 メイドゴーレムは万世ビルにもたれかかるようにして動きを止めている。


「起きろ、起きるんだっ」


 エルアドラオーネが金切り声を上げてメイドゴーレムを立ち上がらせた。

 もっともそのときに上総の仕掛けはもう終わっていた――。


 万世橋の中央に立った上総は聖剣を両手で握り締め天に向かって突き立てていた。


「雲よ、雨よ――」


 上総が聖剣に念を込めると、吸い込まれるような青空はどこからともなく現れた無数の黒雲に埋め尽くされ、あっという間に土砂降りが秋葉原を限定して起こった。


 底が抜けるような大雨である。


 ドロドロと神の軍が戦鼓を鳴らして迫るように雷雲が出現し、空は白と黄の光に包まれ出す。


「悔いるんだな、エルアドラオーネ。忘れてしまったのか? 痩せても枯れても、おまえが相手にしている男は魔王を討った勇者だぜ」


「な、なにを――」


 上総は聖剣を頭上に掲げたままふわりと跳躍した。


 今度は先ほどは違ってメイドゴーレムの頭上をやすやすと越えるほどの飛距離だった。


 背に翼が生えたかのような上総の動きにエルアドラオーネは思考がついてゆかず、どこか痴呆めいた表情になっていた。


「聖剣技――雷光石火」


 無数に沸き起こっていた黒雲が一斉に怒り出した。

 世界は真っ白な閃光で埋め尽くされる。

 聖剣に落下した雷は上総の身体そのものを光に変えて輝き出した。


 遥か上空の高みから雷光と化した上総がメイドゴーレムの身体をジグザグに駆け抜けた。


 真っ白な線は一〇〇メートルを超える巨人の身体を勢いよく走って激しく明滅させた。


 もちろんそれはメイドゴーレムの肩に乗っていたエルアドラオーネも例外ではない。


 稲光と白煙が立ち昇って視界のすべてが白に変わった。


 上総が地に降り立ったとき、両手に握られた聖剣は澄んだ青に輝いていた。


 ぴたりと停止したメイドゴーレムは巨大な業火に包まれながら轟音とともに爆散した。


 上総は聖剣の加護により全身に防御陣を張りながら吹きつける爆風の中消えゆく巨人の最後をただ静かに見つめていた。


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