第19話「恐怖のモンスターガチャ現る」

 円周六十五センチから六十七センチ。


 五号と呼ばれるバレーボールの規格である。


 階段を転がって来るガチャポンカプセルの球を見ながら、上総は中学時代どうしてもバレーのレシーブが自分ひとり上手くできなかったことを思い出していた。


 そもそも両腕を窮屈にそろえて球を打ち返すという行為が苦手なのだ。


 万能というわけではないのだが、なんでもそこそこにこなせていた上総に奇妙なトラウマを与えたのが、バレーボールという競技だった。


 ああ、難しき哉バレー。

遠き青春の思い出の排球。


「ちょ! なにやってんのよ。危ないじゃないっ」

「は、はわ……」


 乱暴に首筋を引っ張られて身体が後方に泳ぐ。同時に背中をリリアーヌとクリスが息の合ったプレイで支え転落を防いだ。


 紅だ。


「ぼさっとしてんじゃないわよ」


 紅はボーっとした上総をフォローするため啖呵を切って前方に勇ましく出ると、手にした千代紙の「やっこさん」を投げると呪力を用いてたちまちに巨大化させた。


 やっこさんは力強い腕の動きで降りかかるガチャカプセルを右に左に弾いて直撃を防いだ。


 吹っ飛ばされたガチャカプセルは階段のあちこちにぶつかりながら最下段まであっという間に落ちてゆく。


「ワ、ワリぃ。つい、感慨に耽っちゃってサ」

「感慨に耽らない! そんな暇ない!」


 ガッと八重歯を剥き出しにして紅が吠え立てる。上総はオロオロと尻込みし視線をあちこちへとさ迷わせた。


「クレナイさま。そのような頭ごなしに勇者さまをお叱りになるのはどうかと――」


「わたくしからよくいって聞かせますのでっ」

「コイツはアンタたちの子供か!」


 クリスとリリアーヌが擁護するが頭に血が昇った紅の怒りを余計に駆り立てるだけに終わった。


 君は鉄分を大目に取ったほうがいいぞ、と上総はひとり胸の内で思った。


「……ちょっと待った。なんか様子がおかしいぞ」


「あのねぇ。あたしがそんな見え透いた手に引っかかるとでも――?」


 上総は階段下に散らばったガチャ玉から飛び出して来た異形の集団を指し示した。


「わんこににゃんこにライオンさんにゾウさんですわっ。わたくし図書館にあった“よいこのどうぶつずかん”で知識を得ましたので間違いございませんわ」


「さっすが姫さま。その貪欲なまでの知的好奇心、一見してあらゆる森羅万象のことわりを見破る賢明さ。陋巷の古老や大賢人にも劣らない見識にクリスは脱帽ですっ」


「そういう茶番はあとで好き放題やってちょうだいっ。ナニよあれ! 普通にバケモノじゃないっ」


 紅が眼下に現れた奇妙なモンスターたちに怖気を振るったのは無理もない。


 怪物たちのフォルムの基本。


それらはリリアーヌがいったように、地球上に存在する動物たちとほぼ変わらないのだが、一点だけ普通といい難い特徴があった。


犬も猫もライオンもトラもゾウも、みな一様に頭部にリーゼント状の髪が付与されていた。


(間違いない。こりゃカプセルトイのリーゼントアニマルシリーズだ……!)


 かつて上総が浮世の憂さ晴らしに集めていたガチャポンのひとつに、動物の頭部へと二〇世紀末に一世を風靡したいわゆる「ツッパリ」の髪型であるリーゼントをくっつけただけのしょーもないシリーズがあった。


 上総は呆気に取られながらもリーゼントの髪型をした動物たちがガチャ玉が開くたびに内部から排出されたちまち構内を埋め尽くすのを見て頭を左右に振った。


「リーゼントだ。リーゼントアニマルたちの逆襲だ……」


「なんかよくわかんないけど、とりあえず敵って認識でいいのね」


「概ねは」


 と、紅とそんなやり取りをしている間にもリーゼントライオンやリーゼントゴリラ、リーゼントウルフなどがゆっくりと間合いを詰めて来る。


 やるしかないのか?


 できれば罪もない動物を傷つけることはしたくはない。


 が、ダンジョンマスターにかりそめの命を与えられたダンジョンモンスターたちが上総の葛藤などを慮るはずもなく、冷酷無慈悲に襲いかかって来る。


「きゃああっ」


 リリアーヌが悲鳴を上げながら両手をぶんぶん上下に振った。


 リーゼントライオンが先陣を切って軍艦の先端のような髪をこちらに向けながら飛びかかって来る。


「とやたっ」


 すかさず横に回っていたクリスが激しい気合を唇からほとばしらせながらリーゼントライオンの脇腹に痛烈な跳び蹴りを喰らわせた。


 通常野生動物は分厚い毛皮と強靭な筋肉で身を守られており、刃物ですら真っ向から叩きつけても簡単に防いでしまうほどだ。


 だが内家拳、いわゆる気を操る修行を存分に積んだクリスの一撃は百獣の王と呼ばれるライオンすら軽々と吹っ飛ばし壁に亀裂が入るほどの速度で壁にめり込ませた。


 リーゼントライオンは華奢といってもいいクリスの蹴りで内臓を滅茶苦茶に破壊されたのか、喉から激しく真っ白な液体を吐瀉してあっさり動かなくなった。


「クリスだけにいいカッコさせてらんないな」


「しょーがない。あたしはなんとかしてあのガチャガチャを破壊するから上総は下をお願いね」


「応よ」


 下方にいるリーゼントアニマルたちをすべて倒しても大本のガチャマシーンが残っていればイタチごっこもいいところだ。


上総と紅は素早く作業を二手に分担するとそれぞれの持ち場に向かった。


「勇者さまをサポートさせていただきます」

「わたくしはここで応援していますわっ」


 上総はクリスと連れ立って異形の群れに飛び込んでいった。


「クリス、俺が大物をやる。おまえはせいぜい敵を適当に引きつけて逃げろ」


「お任せください。でも倒してしまってもかまわないでしょうか――?」


 駆けながらクリスが微笑んだ。


「好きに、しろっ!」


 上総は聖剣を素早く抜き放った。ぎらりと白刃が妖しく輝く。鉄の凶暴な光を目にしたリーゼントアニマルたちが鉄の冷たさを悟ったのか本能的にざわめいた。


 大上段に聖剣を構えると腹の奥から怒声を発しながら斬りかかった。


 通常生活では到底聞くことができない太古の時代に人間が持っていた発声法だ。


 横隔膜をビリビリと震わせながら威圧的な声を轟かせた。


 あらゆる動物が恐ろしく聞こえるように吠えるのは争いをさけるためだ。


 生存競争に勝ち残るためにはよほどのことがない限り戦闘をさけなければならない。


 無理身に戦えば傷を負うし、そうなればエサを捕獲できる可能性は低くなる。


 栄養が摂取できなかれば当然ナワバリ争いに敗れる。


そうなればメスを得て子孫を残せなくなる可能性が高まるのだ。


 上総は飛び降りながらまず第一に一番巨大であったリーゼントゾウに狙いを定めた。


 リーゼントゾウはその巨体の鼻を伸ばして牽制を行うが上総はあえて打ち合うことをせず、半身を開いてさけると右方に転じて脇腹あたりに刃をすべらせた。


 ゾウの灰色の皮膚は固く分厚いタイヤを斬りつけている感触だった。


 だが上総は巧みに剣を使って深々とリーゼントゾウに切り込みを入れると、転がりながらそばの犬猫たちを殺傷した。


 想像通りリーゼントアニマルたちは切りつけても血液を流さなかった。その代わりといってはなんだが、血肉の代わりに上総の鼻をロウソクのような臭気が衝いた。


 極めて人工的なにおい――。


 クリスは格好のよいセリフから、いかにも「囮役だが結局敵の強キャラも倒しちゃったぜ」感を見せつけてくれるかと思いきや、ウサギや犬猫に追われながらぴゅうと駆け去ってゆく。


 後ろ姿はメイドとそれを追っかける動物さんなのでファンシー極まりないが本人は必至なのであろう。


「って、おっと!」


 上総が妄想している間にもリーゼントタイガーががぶりと丸かじりにせんと聖剣に噛みついて来る。タイガーのリーゼント先端部分が上総の顔に触れるので非常にウザい。


 元の素材はなんなんだろうか。


 少なくとも通常の血肉と筋骨でできているわけではないらしい。


 この虎も見た目の大きさほど重くはない。


「ほい、よっと」


 上総はリーゼントタイガーの喉をに左手を入れると軽く引っこ抜いて頭上に放り投げた。


 落下するところをわずかに下がって聖剣で打ち払った。


 リーゼントタイガーは胴のあたりで奇妙に両断されると転がって動かなくなった。


 ふう、とひと息ついていると後方から素早く胴の部分をぐるぐる巻きにされて持ち上げられた。


 振り返るとそこにはリーゼントゾウが自慢の鼻で上総の動きを封じた上で一気に絞め殺そうと力を込めるために一拍置いているのがわかった。


「キリがねぇ上にただの造りもんじゃんか――ようし!」


 上総は片手でゾウの鼻をすっぱり斬り落とすと落下しながら横向きに聖剣を振るった。


 額から顎までを斬り割られたリーゼントゾウは短くなった自慢の鼻を揺らして絶叫を上げた。


 腰を落として真っ直ぐ突っ込んで来るリーゼントサイとリーゼントウータンを手早く斬り伏せ元来た階段を上がってゆく。


「リリアーヌ、ザック開けて。一番上の缶取って!」

「はいですわ!」


 上総はリリアーヌからホワイトガソリンを受け取ると蓋を開け追いかけて来るリーゼントアニマルたちに投げつけた。


「ローグ流――火炎車輪」


 聖剣を振りかぶって投げつけた。


 高回転で音を立てながら聖剣の刀身が熱を帯びて真っ赤に染まった。


 聖剣はホワイトガソリンを浴びたまま向かって来るリーゼントアニマルをかすめながら落下し、片っ端から着火した。


 ――同時にリリアーヌは異世界から呼び出した精霊七十二柱のうちのひとりであるフォカロルによって大風を起こしていた。


 とはいえ、リリアーヌの魔力も連戦によって減少していたため、風を起こした魔人の姿はちっちゃなインコほどの翼を持ったオッサンだったのだが。


 高回転による聖剣の摩擦熱とホワイトガソリンそれに精霊フォカロルの大風。


 それに石油製品であり燃えやすかったリーゼントアニマルたち素体のプラスアルファで眼下の景色は業火のうずに包まれていた。


 ガチャトイモンスターたちは互いに触れ合ったり逃げ回ったりしているうちに火が引火して、しばらくのち全滅した。


 敵の増援はない。


「はー。なんとかこれで終わりみたいね」


 視線を上げるとそこにはガチャガチャマシーンを完膚なきまでに破壊した仏頂面の巫女がいた。


 上にゆくと様々な機械部品やプラや動物の体毛や鮮血のようなものが散らばっていた。


 確かに諸悪の根源であるガチャマシーンを壊すように頼んだのだが……。


 上総は縮れたような毛が落ちているのを発見し、なぜか微妙な気持ちになった。


 これは敵のものなのか、それとも――。

 紅はずいぶんとハッスルしたようだが。


 と、そんなことを考えていると筒から出された外道丸がなにかを悟ったような表情で佇んでいた。


「兄さん、オレっちは知ってしまったんでさ。もう、純真なあの頃には戻れな、いたっ」


「人聞きの悪いこといわないでちょうだい。普通にガチャをぶっ壊しただけだから」


「頼んでおいてなんだが、酷いな――ゴメン、俺のことは解体しないで」


「するはずないでしょうっ」


 しばらくすると階下から逃げ回っていたクリスが戻って来た。あの大火に巻き込まれて頭髪がドリフのコントのようなアフロに縮れているとかそういった斜め右上の展開はなく「ひどいですよー勇者さまぁ」で終わったのは残当である。


 ここで上総はみなの疲労を鑑みてテントを張っての休憩を提案したが、これを大いに不服としたのは紅だった(基本リリアーヌとクリスはイエスマンならぬイエスウーメンである)。


「反対よ! こんなところでぼやぼやしてたらいわ――東京都民の人たちに多大な迷惑がかかるでしょうっ」


 紅は明らかに本来の対抗馬である岩手彦のことを口走りかけていた。上総と外道丸は紅の真意に気づいてシラケ顔であった。


 しかし純朴なリリアーヌとクリスは素直にその滅私奉公ぶりに賛同し上総に対し意見を翻しはしないが、無言でジッと見てくる攻撃(男にはよく効く)を使ってきた。


「わかった。じゃあ間を取って小休止を取ろう。通常八時間のところを四時間。これでどうだ」


「四時間あったら車で長野まで行けちゃうわよっ」


「仕方ないだろう。それに紅だって自分の疲労度をわからないわけじゃないだろう。無事是名馬という格言もあるし。俺だって譲歩したんだからそっちだって歩み寄って欲しい」


 ――と、今度はリリアーヌとクリスが無言で紅の顔を見つめ出した。


「ぐっ。卑怯よ、こんなピュアな子たちを手玉に取って。上総のくせに、生意気なのよっ」


「しょうがねーだろ。上総だって生きているのです」


 わけのわからぬ問答を繰り返して、結論としてパーティーはとりあえずこの場で休憩することに決定した。


 ガチャガチャマシーンの据えつけられていた場所からわずかに離れた地点でテントを張った。


「とりあえず、ここは見通しはいいからひとり一時間交代で見張りをしようや」


「ったく。こんなとこで休みなんていらないのに」

「そこ。決まったことに不平不満をいわない」


「わかってるわよ。じゃあ、あたし上総クリスリリアーヌの順番で……って寝るの早ッ!」


「すかー」

「ひよひよひよー」


 見れば狭っこいテントの中、リリアーヌとクリスのお姫とメイドコンビは早々に寝息を立てていた。


「ちょっとこの子たち、寝つきよすぎじゃない?」


「休めるときに全力で休む。長丁場になるほど、瞬間的に休めるやつのほうが有利になる。リリアーヌもクリスもそのへんはわかってるのさ」


「ふ、ふんっ。でも、それって無警戒と同じじゃない? あたしや上総がもしかしたら強敵を支えきれず遁走することだってないわけじゃないしっ」


「信じているんだよ。俺と紅のことを」

「えっ」


「ふたりは俺たちのことを底抜けに信用してる。ピンチになればすぐ助けてくれる。危険が迫れば守ってくれるってさ」


「……バカじゃないの。それにアンタたちがあたしのこと信用するのは勝手だけど、あくまで利があってのことだって忘れて欲しくないのよね」


「紅、おまえさ」


「お説教ならたくさんよ。おじさん、あたし先に見張り入るから。アンタも寝なよね」


 紅はどこか突き放すような口ぶりでいうと入り口の吹き流しから出ていった。上総の膝の上では外道丸が悲しそうな目で髭をぴこぴこ揺らしていた。


「兄さん。悪くとんねーでくれよな。紅はさぁ、こういうの慣れてないんだよ。本心じゃ、兄さんや姫さんやメイドちんと仲よくできてうれしんだって」


「……おじさんっていわれた」

「そっちかよ!」


 外道丸のツッコミはどこか、さまぁ~ずの三村を髣髴とさせる切れ味だった。


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