第16話「哀愁と困惑のプラットホーム」
てっきりそのままの勢いで突進してくるかと思いきや、大ガエルたちはその場に留まると頬袋を膨らませて楽しげにゲコゲコ歌を奏で出す。
「気をつけろ。やつら、氷を吐くぞ」
フローズンケロッグはパカッと大口を開けると、凍てつく吹雪をドッと放出した。
一瞬で視界が真っ白に塗り潰された。
「ぴんちですっ」
「冷たいっ」
「なんなのよこれっ」
上総はまつ毛が凍りつくのも構わず両手を広げて背後のリリアーヌたちを少しでもかばおうとした。
「上総、ちょっとだけ時間を稼ぎなさい。あとはあたしがなんとかするから」
「わかった!」
自信ありげな紅に応えた。自分だけならこの程度の冷気はどうということもないが、女性は身体をあまり冷やさないほうがいい。
上総はザックを下ろしながらサイドに括りつけていたブラックダイヤモンドのピッケルを引き抜いた。
聖剣がない以上、間に合わせであるがこいつで対応するしかない。まともに打てば折れてしまうので上総はBDピッケルに魔力を込めて硬度を限界まで引き上げた。
「こんなもんで戦うのは山のルールに反するが、仕方ないか」
だんっと階段を蹴ってケロケロ鳴いている大ガエルの脳天にピッケルの尖った先――ピックを叩きこんだ。
ざあっと青黒い血が流れてフローズンケロッグが真っ二つになった。
「次から次へと鬱陶しい野郎どもだ。ったく」
ピッケルを巧みに振り回して大ガエルの群れを次々と斬り伏せてゆく。
だが、敵は階段を埋め尽くすように湧いて出て倒しても倒してもキリがなかった。
「ご助成いたしますっ」
クリスが勇躍飛び出すとスカートの裾を翻して大ガエルたちを蹴り飛ばしていく。
彼女はコマのようにくるくる長い脚を器用に使って重量級のカエルをぽんぽんと上へ蹴り上げるが、フローズンケロッグの群れは無限かと思われるほど無感動に仲間の死を意に介さず距離を詰めてくる。
「ゲコゲコはイヤですわ!」
「どきなさいリリアーヌ!」
紅がリリアーヌを押しのけると、呪文を唱え終えてハガキ大の護符を宙へと放った。
「みんな、よけてっ」
白い護符はみるみるうちに巨大な白い蛇に変化すると、クワッと口を開けて進行方向の大ガエルたちをパクパク呑み込みはじめた。
「おおっ、とってもファンタジーだ」
「バカいってないで、このまま白蛇につけ入って突っ込むわよ」
紅は自分の式神を召喚して一気に敵モンスターの排除にかかったのだ。
「すごいすごいっ。蛇さんお強いですわねっ」
パチパチとリリアーヌが手を打って元気を取り戻す。
「これでもうひと安心でございますね、姫さま。あーべっくらしました」
クリスは完全に観戦モードになっている。
上総は圧倒的な勢いで大ガエルたちを容赦なく丸呑みしてゆく白蛇を見て手にしていたピッケルを下げた。
まもなく白蛇は出現した大ガエルたちを残らず始末すると、ぽふっと白煙を上げて跡形もなく消え去った。
「すげーな。これが退魔巫女の力ってやつかよ」
「クレナイさまは素晴らしいお力をお持ちですのね。心強いですわ」
「蛇さんの真っ赤なお目目かわいかったですー」
「はっ。どうでぃ、ウチの紅の巫術はよ。案外捨てたもんじゃねぇだろうが」
「べ、別にそこまで感心されるようなことじゃないわよ。ふ、普通よ、フツー。このくらい」
みなが一斉に掛け値なしの賛辞を贈ると紅は照れ臭そうに口をもごもごさせると、ぷいと顔を背けた。
「しかし、この階段どこまで続くんだろうな」
上総はフローズンケロッグを撃退したのち小休止を取ることにした。
バーナーを使ってお湯を沸かしクリスが茶の用意をしている。外道丸は茶請けの菓子が気になるのか、普通のペットのようにクリスの周りをくるくる回っている。
リリアーヌは上総の隣に寄り添うように腰かけ、紅は疲れたように壁へともたれかかっていた。
「なあ紅。ずいぶんと顔色が悪いがダイジョブか?」
「ん。ああ、これ。ちょっと巫力を使いすぎたせいでキてるだけだから。少し休めば平気よ」
「なんだ、その巫力ってのは」
「あー、もうなんだっていいでしょ。RPGでいうマジックポイントとか精神力とか、そういやつ。目に見えない精神的な気よ。だいたい、リリアーヌだって式神みたいなやつを召喚してたでしょう?」
「あれは精霊なのです。我がロムレス王家に代々仕える加護神みたいなものですの」
「ああいうの呼び出すとドッと疲れるの。つまりはそういう感じよ。ああ、なんていうか上手く口ではいい合わせないけど……」
「はいはいー。疲れたときは甘いものを食べると心がはかどりますよー。どぞどぞ」
クリスの入れてくれた紅茶を飲みながら茶請けのカントリーマアムを食べる。異国の姫君とメイドはこいつがお好みであった。
「もふもふ、はふはふ。カズサさま、このお菓子を作った職人は国の至宝ですわね」
「ですねですね」
「うん。リリアーヌの言葉を聞けばさしものカントリー職人も後世の誉れだろうな」
「なによそのカントリー職人とかいう謎の職人は。あんたたちいったいなんの話をしてるのかしら」
(紅。そんなの俺にもまったくわからないんだ)
わからないことだらけの上総であった。
軽食をとりおえたのち、上総たちは再び階段を登りはじめた。左右は無機質な壁が隔たっており、隣にはエスカレーターが相も変わらず沈黙を守っている。
富士登山が通常の山登りと違って緑がまったくない荒れ果てた火山岩が続き「標高は日本一高いが山としては日本一退屈だ」といわれるように、風景の変化がない場所を延々とゆくのは相当に苦痛が伴うものである。
「あああ、つまんないわねっ。どっこまで続くのよ、これっ!」
「って、いきなりキレんのおまえかよっ?」
「退屈! 無味乾燥! 終わりがちっとも見えないじゃないっ! なんなのよココッ!」
紅はきいっと叫びながら怒鳴った。気持ちはわからなくもない。かれこれ二十時間近く階段を登り続けている。現代っ子である紅の忍耐がぷちっと千切れても仕方のない距離であった。
「クレナイさま。ダンジョンというものはこういうものですのよ?」
「そうですそうです。焦らず進めば、そのうち着きますってば」
「みんなー。紅のことはほっとけってばー。相手にするから暴れるんで――えぐっ!」
「外道丸。人のことワガママ子ちゃんみたくいわないでくれるかしら」
「ぐびっ、ぐびっ、絞めないで、くるちぃから……ッ」
「とかなんとかいってるうちに、少しは楽しめそうな雰囲気になってきたぞ」
上総は足元が薄く凍りついているのに気づき、全員に注意喚起を呼びかけた。
「凍ってる。もしかして、さっきのカエルが」
「そうじゃないぜ紅。単純に、あたりの気温がグングン下がってるみたいだ」
温度計によればついには氷点下ゼロを示していた。
さらに階段を登ってゆくと段差が見えなくなるまで真っ白な雪で埋まり、視線の上はさらに斜度がきつくなっていた。
「ここいらでアイゼンをつけておいたほうがいいだろうな」
アイゼンとは雪山や凍結した氷の上を歩く際に靴底へとすべり止めとして用いる金属爪のついた登山用アイテムである。
ドイツ語ではシュタイクアイゼン、フランス語ではクランポンといい、四本、六本、八本、十本、十二本と歯の数によって用途が違い、六本までを低山用に軽アイゼンと呼びならわす。
「こんなもんまで持ってきて、だから丈夫な靴履いて来いっていったのね」
「やわらかい靴だと装着できないからな」
「カズサさま、上手く着けることができませんわ」
「あ、私もです勇者さま。着けて着けて」
「しょうがいなぁ」
上総はやや自慢げになってリリアーヌとクリスの靴にアイゼンを履かせるのを手伝った。
「なんか上総って……ニヤニヤして気持ち悪いオッサンみたい……てか、オッサンか」
「お、オッサン? 俺がっ? そ、そんなぁ」
「クレナイさまもカズサさまに手伝っていただいたらいかがでしょうか」
「別に。あたしはこのくらい自分でできるわよ。それに、ベタベタ触られるのヤダし」
「ベタベタって……俺、そんなふうに見えるんだ」
「勇者さま。私はベタベタ触られてもオッケーですよ。むしろドンドン触って欲しいというか、コミュニケーションを好むほうなのですので」
「わたくしなんて、アイゼンを着けるふりをして密かにペッティングまで移行することを夢見ておりましたわ」
「あんたら変態か」
靴にアイゼンを装着すると、各自上総が用意したピッケルを手に持ち、再び登攀を開始した。
ピッケルは杖代わりに思われることが多々あるがそれは間違っている。
ピッケルはあくまで滑落時に停止する器具のためであり、それほど長いものは必要ではない。
大昔に誰しもが残雪が皆無な夏山で多くの人がピッケルを持ち歩いていたのは単純に情報が上手く伝わっていなかったからだ。
プロによっては雪の深さや難易度であえて長いピッケルを用いて杖代わりに使うことを推奨されているが、それでも基本は滑落停止用である。現在真夏でもピッケルを用いるのは雪渓が残る三〇〇〇メートル級のアルプスくらいだろう。
――まさか東京のど真ん中で雪山登りさせられるとはな。
交互にゆっくり足を出し登攀を行う。このときスピードを上げ過ぎると、疲労が増大するのであえてゆっくりめに上総は歩みを調整した。
左右の壁が白く凍りつき吐く息が湯気のように前方を覆った。
雪の深さがそれほどないのがまだ救いといったところか。
長時間歩くとアイゼンの歯に踏みしめられた雪がダンゴ状態でくっつくので、時折止まってピッケルの先端で小まめにかき落とす。
こんな狭い場所でおまけに足場が悪けりゃ、まともにやり合うことができない。上総ができればモンスターの出現がないことを祈っていると、神に通じたのか階段を登りきるまで猫の子一匹出くわさなかったのはついていた。
「なんだか、あたたかくなってきているような気がしませんか?」
リリアーヌの言葉通り気持ち寒気が弱まっている。上総は温度計に目を落とし、気温の上昇を確かめると片足を上げて頭上を仰ぎ見た。
「見ろ、あそこが頂上だ」
終わりが見えると人間だれしも足取りが軽くなる。上総たちは一気に残りの階段を駆け上がるとプラットホームに躍り出た。
「なんだここは」
まず目に入ったのは、電車の乗り口ギリギリの縁まで満たされた目の覚めるような青さだった。
線路一杯まで満面の水がたゆたっている。おまけに亜熱帯を思わせるような熱気と湿度だ。
「あっちい。なんじゃこりゃ」
「まるで夏のようですね。ぬぎぬぎ……」
クリスは素早くハードシェルを脱ぐといつものメイド服になったが、それはそれで暑そうだ。
「慣れてますから」
「あっそ……」
耐寒用のダウンやアルパインジャケットなど着ていられるものではない。上総たちは直ちに防寒類を脱ぐと、冬用装備を換装した。
「まるで南国ね。この中っていったいどうなってるのかしら」
紅が白衣の胸元をくつろげていった。
「とても蒸しますわね」
リリアーヌはたわわな胸元に汗を浮き上がらせて、扇を出すとゆっくりと風を送っている。
なまめかしく光った汗の粒が胸の谷間に落ちるのを見て上総は生唾を呑み込んだ。
「ちょっと。あんたどこを見てるの。それって立派なセクハラよ」
「ばっ……違うっての。俺はなんも見てねぇよ」
「いやだ、恥ずかしいですわ」
紅が目を三角にして唇を尖らせる。上総は咄嗟に照れるリリアーヌから視線を反らした。
「へへ。神さまってのは無慈悲だねぇ。お姫さんは美しくってこんなにたわわさんなのに、ウチの紅ときたらどっちが前だか後ろだかわかんねえもんな――ちょっ、冗談だって」
「イタチ風情が育ての親をディスるとはいい度胸ね」
紅は外道丸の長いしっぽを持って線路上を埋め尽くす水の上にブラブラさせた。
「雪の次は謎の南国ステージか。とことん楽しませてくれるな、こりゃ」
「綺麗な水ですこと。トウキョウは水源が豊かな街なのですね」
「姫さま、たぶん違うと思われますよ」
紅は水面上に逆さにしていた外道丸を引き上げると頭を持ったまま不機嫌そうにいった。どうやら胸ことはよほど気にしているらしい。
「外道丸。あんたは妖気を探るのが上手いけど、ホントにこっち方向で合ってるんでしょうね」
「合ってる、マジで合ってるからこれ以上オレを虐めないでくれよおお」
どうにも前途は多難のようである。上総は耳の穴を指先でほじくると首筋を伝う汗を手のひらで拭った。
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