第11話「勇者なのに銃刀法違反で捕まる」
「大切なのはカズサさまがどのようにいたしたいかということでしょう」
「俺は、できれば紅を手伝って秋葉原を元のように戻したい。すでにたくさんの人が傷ついている。あれは、放置してはならないたぐいのものだ」
「勇者さまならそのようにおっしゃられると思っていました」
クリスがぐすぐすと涙ぐんでいる。
「さ、カズサさま。それにクリス。すきっ腹ではいくさはできぬとロムレスのいい伝えにもありますよ。夕餉を食べてからこれからどうすればいいかを話し合いましょう」
「リリアーヌ……」
上総が感動している面持ちでリリアーヌをジッと見つめた。彼女の頬は火照っている。クリスは素早くキッチンに行くと、作っていたシチュウを皿によそって持ってきた。
なにをするかと思って見ていると、彼女はスプーンですくってあむっと呑み込むと、ほふほふいいながら唇を尖らせ「んーっ」と顔を近づけてきた。
「ほ、ほぁやくわらひのくひからおはべになっれくらさい(早く私の口からお食べになってください)」
「……」
無言で見ていたリリアーヌがクリスの後頭部にチョップをかました。クリスは「んづっ」と呻くとシチュウが器官に入ったのか、思い切り咳き込み出す。
「な、いったいなんの恨みがあって、ごふっ、わらひをいじめるのれすかぁ。酷いですぅ、姫さまぁ」
「それはこちらのいう言葉ですよっ。あなたのせいでなにもかもがだいなしじゃないですかっ」
「いやぁ、つい、こういう雰囲気に耐えきれなくて。てへり」
クリスのことがわからなくなった上総は無言でシチュウをひと匙すくって口に運ぶ。
「あ、美味いや」
「でしょう?」
「でしょうじゃありませんっ」
翌朝。
上総が朝イチのニュースで秋原駅封鎖の事件を大々的に報道しているのを食い入るように見ていると、キッチンで洗い物をしていたクリスがリリアーヌとともに長い包みをえっちらおっちら抱えてやって来た。
「なんだ? なにやってるんだ、朝から」
「うぷぷ。それはですねぇ。さ、姫さまからずずいと」
「て、照れますね、なんだか」
リリアーヌが上総をチラ見しながらおずおずと長細い包みを差し出してくる。手に取って、ピンときた。
「こいつは……」
包みの上からでもすぐに分かった。布切れを剥ぐのももどかしい。ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
数秒後。
上総は血を吸ったような赤黒い鞘を持つ剣を手にしていた。柄を握るだけで手の延長のように思えるほどしっくりと馴染む。ずっしりとした懐かしい重みに涙がこぼれそうになった。
聖剣ロムスティン。
魔王を討った正真正銘掛け値なしに上総の半身ともいえる愛剣だった――。
「どうしてこれが」
「勇者にはロムスティン。天地の理でございます。やはりこの剣は王家の宝物蔵などで眠っているよりは、カズサさまのお腰にあることが似合っておりますゆえ」
「リリアーヌ。こりゃあ、あとで怒られるぜ」
「だから、こーっそり持ってきましたの。結納代わりですわ」
いたずらっぽくリリアーヌは片目をつむって唇に人差し指を立てた。
上総はゆるりとうなずくと聖剣を握ったまま部屋を出てアパートの向かいにある小さな公園に足を運んだ。
あとをリリアーヌとクリスがゆっくりついてくる。
上総は中ほどまで来ると朱鞘から聖剣を抜き放った。
青白く片刃の刀身が輝いている。樹木の葉からこぼれ落ちる陽光に照り映えてロムスティンは宝石以上に美しい輝きを放っていた。
上総は聖剣を構えると無手のように軽やかな足捌きで動いた。
刀身が空を割って鋭い音を立てた。
全盛期と寸分違わぬ軽さ振り心地にしばし酔いしれた。
「これならば、存分に働けそうだ。感謝するよ」
目をつむったまま無限に行った動作で聖剣を鞘に納める。クリスが熱っぽい目をして胸の前で手を組みほうとため息を吐いていた。リリアーヌは夢見るような表情で歩み寄って来ると上総の腰に抱きついてぶるりと身を震わせた。
「それでこそ、それでこそわたくしのカズサさまです」
十五分後――。
雪村上総は付近住民の通報により所轄の警察に銃刀法違反の容疑で逮捕された。
赤色灯を明滅させながら走り去るパトカーには事情聴取のため国籍不明の白人系少女二名が同乗していたのはいうまでもない。
目の前で私立鳳鳴学園の制服を着た紅がこれ見よがしにため息を吐き、侮蔑と憐憫の入り混じった目で上総を凝視していた。
場所は都内のカフェ「るのわ~る」だ。
ここはそれなりに雰囲気があってそれなりに静かでそれなりに席と席が離れているのでそれなりの話ができる。
「コーヒーの味もそれなりだな」
「あんたね。人に世話かけといて味にまで文句つける気? おまけにあたしの奢りだし」
「ごめん。財布の中に持ち合わせがなくって」
「あのね。だいたい昨日貸したお金だってぜんぜん返してくんないし。あたしが機関に手を回さなきゃ、上総は今頃ブタ箱で看守に殴られながらオカマ掘られてたとこよ。感謝なさい」
「それはちょっとB級映画の見過ぎだと思うんだけどな」
「で、ひとつ聞くけど、その子たちは誰」
紅は神経質そうに髪留めバレッタをいじりながら上総の隣に座っている黒髪プリンセスと茶髪のメイドを不審そうに見た。
「ええと。こいつらは、リリアーヌとクリス」
「名前を聞いてるんじゃないのっ。日本語が通じてないからいいものの、あんた退魔士としていくら知り合いだからって同席させるなんて。秘密が漏れたらどうすんのよ」
「兄さん。紅ったら兄さんがその激マブたちをやたら丁寧に扱うもんで拗ねちゃって――おぶるっ?」
「外道丸。あなたブラックが好きだなんて知らなかったわ。たっぷりお飲みなさいな」
「おい、紅。そんなにちゃぷちゃぷすんなよ。イタチくんの色が変わってしまうぞ」
紅は管狐の首根っこを掴んで上総のティーカップから引き出すと、素早く足元の竹筒に捻じ込んだ。
リリアーヌとクリスは驚いた表情を作ると、すぐさまその心根のやさしさから紅に対して抗議の言葉を投じた。
「ん、んんん? この子たちそういえばどこのお国の子? 英語かしら? 英語は通じるの? それともフランス語? ね、ねえ。あんたいっしょにいるんだから少しは言葉通じるんでしょう。訳しなさいよ」
「ちゃんと勉強しないから実生活で困るんだぞ」
「うるっさいわねっ。だいたいこの子たちあからさまに英語じゃないでしょ!」
「紅ー。さすがにいってることがムチャクチャ過ぎるよぉ。兄さんも呆れ果てて――おぶえっ」
「共通ロムレス語だ。とりあえずふたりは小動物を虐めるのはやめなさいと大変お怒りだ。あーあ、これじゃあ外交問題に発展してしまうなぁ」
「う、ううう。もうしないからって伝えといてよ。で、本当にこの子たちってあなたとどういう関係なのよ、カズサ」
「それは私の口からお伝えしましょう」
「げ!」
「わ、びっくりした!」
優雅に紅茶を口に運んでいたクリスが流暢に日本語を喋りはじめた。上総はビビッて席を立ち、紅は軽く椅子から腰を浮かせかけた。
リリアーヌも呆然とした表情で自分付きのメイドをぽかんと口を開けて見ている。想定外の行動だった。
「て、この子喋れるんじゃないのっ」
「知らん! てか、俺もびっくりしたわ! クリス、いったいどうやって日本語を」
「あは。私、これでも物覚えはいいほうなのですよ。えへん」
「てか、二日も経ってないのに日本語を喋れるようになるはずがないと思うのだが」
「ンもう。勇者さま、お忘れですか。以前、旅の途中で戯れに日本語のイロハを教えてくれたじゃないですか。ロムレス語との対応語を思いつくまま、ええ、二〇〇〇語ほどは。それをたまたま覚えていたので、あとは独学で。ちなみに姫さまは喋れませんので、疎外感を抱かせないようロムレス語でお喋りしてあげてくださいね。にこー」
「まあ、その子が来日するまで日本語を上総にナイショで勉強してたってことで、納得はいくけど。そもそも、その勇者がどうとか姫さまとかなんなの? この子は東京見物に来たレイヤーさんってことでいいのかしら。上総、あなたって案外顔が広い上に重度のオタだったのね」
「いや、じゃなくてだな」
「クレナイさまといいましたか? どうやら姫さまや私たちの関係に疑念を抱いているようですね。ここは姫さまに長らくお仕えし、勇者さまの筆おろしの相手だったクリスおねーさんが懇切丁寧に教えちゃいましょう!」
「は――! やっぱ、あんた日本に疎い外人娘を口八丁手八丁ッ」
「ちょ、ありえぬ風評被害!」
「うーふふ。なにを隠そう、ここにいる御仁こそは」
「こそは?」
「我が栄誉あるロムレス王国をお救いになられた伝説の異世界勇者であらせられるのです!」
そういい放つとクリスとリリアーヌは上総の左右に片膝を突いて、両手を伸ばして讃えるように手にした扇をひらひら振った。
リリアーヌはなんかはノリノリで満面の笑みを浮かべている。
紅はぎょるっと瞳を魚類のように動かし、先ほどから注意深くこちらのテーブルを見張っていた「るのわ~る」の定員がギョッと身体を硬直させ近づいてきた。
「お客さま。あまり騒がしくなされますとほかのお客さまのご迷惑になりますので」
「あ、すみませんすみません。よくいって聞かせますので――」
紅はボーイへと極度にペコペコ頭を下げことなきを得た。
「ってなんであたしが謝らなきゃなんないわけっ! むかつく!」
「グーパンはやめてっ」
「もう、あまり詮索してもどうせ答えるつもりがないのなら意味がないからやめるけど。上総、その子たちも関係者ってことでいいのね? 信用できるのね?」
「――ああ。彼女たちは俺の家族だ。死んでも裏切りはしない。この首にかけて約束するよ」
リリアーヌとクリスが真剣な瞳で紅を真っ直ぐ見つめている。
紅は一瞬気圧されたように、身を引くが、反射的に強い意志を自分の瞳に込めてふたりを睨み返す。
「まあ、いいわ。あなたが請け負ってくれるのなら責任はあなたにあるだろうし。まさか、あんなことをあたしにしておいて、岩手彦やほかの組に鞍替えなんてことはしないでしょうしね」
紅はカップソーサーから金色のティースプーンを抜くと、びっと突きつけてきた。
「うづっ」
「勇者さま……? なにを?」
「いや、まったくもってなんでもないからっ。とにかく俺たちは紅に協力する。でも、俺たちにも生活ってもんがあるから、そこんところを考慮してもらわないと困るぞ」
「ふん。いいわ。そっちのほうがこちらも気が楽だもの。功績に関しては充分な褒賞で応えるつもりよ。それと別にして、一応は請負、準公務員として日当もちゃんと出します」
紅はぴっとピースサインを目の前に突き出し、上総はかじっていた角砂糖を吐き出した。
「二万ッ。マジでそんなにくれんのっ!」
「……え? ええ、そうね。二万円出します。ちゃんと二万円ね。うふ、うふふふ」
「二万円ッ! え、マジで二万円もくれんの……コイツは忙しくなって来やがったぜ」
「ところで勇者さま。この世界の貨幣価値がいまいちわからないのですが。二万円とはどのくらいの価値なのでしょうか?」
「二〇〇〇ポンドルは優にあるぞっ! ひゃっほいっ!」
「ええっ。それって庶民の家では一か月は食べていける価値じゃないですか。すごいですー」
「二十万のつもりだったんだけど、いいのかな……」
「ん? なんかいったか」
「いいえ、いいえ。こっちの話。日当二万も出すんだから気張って働いてもらうかんね」
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