第5話 保健室にて

どうやら、私が階段から落ちたところに

中空くんが居合わせたようで。


彼はとっさに身構え私を受け止める形になったらしく

一緒に踊り場まで転落した、らしい。


ぼんやりした意識だったのが、

彼の顔を見て瞬時にクリアになった。

が、


「……リン……?」


私の口から咄嗟に出た言葉は謎の名前だった。

けれども

「!」

彼は目を見開いた。

何か言おうとして口を開きかけたその時


「……さくら!中空くん!!大丈夫!?」

メイが階段を駆け下りてきた。


周りの生徒たちも突然の出来事にざわついている。

誰かが先生を呼んだらしい。

担任が走り寄ってきた。


「おい、大丈夫か」


そこでやっと、

私は現状に意識が行き届いた。


中空くんは私を抱きとめたまま、呆然と座っている。

「……っっ!!!!!ご、ごめんなさい」


私は慌てて立ち上がろうとした、が

すぐに膝から崩れてしまった。

目眩がする。


「…………」


中空くんはまだ呆然としている。

なにも言わない。


「とにかく、二人は保険室へーーー中空、立てるか?」

担任にそう言われ、ようやく我に返ったらしい彼は

「あ、はい」

と、ゆっくり立ち上がった。


私は担任に抱えられ、

彼と共に保健室へ向かった。


目眩のせいか、気分がすこぶる悪い。


なんとなく状況だけは理解した頭で

巻き込んだ彼に申し訳ない、と思った。

後できちんと、謝ろう。




「ーーーええ、それでは私は職員室へ戻りますので。……はい、山下は家の方に連絡を」

遠くに担任の声が聞こえる。


私はひとまず保険室のベッドで横になっていた。

視界がぐるぐる回って、横になっていても休まらない。


カーテン越しに、中空くんの声が聞こえてきた。

保健室の先生と話しているようだ。

「……はい、大丈夫です。俺は踊り場にいただけなので……ああ、山下さんはかなり上から落ちたと思いますけど……はい。」


どうやら、彼は大きな怪我はしてなさそうだ。

それにしても、申し訳ない。


「え、俺がですか?……いえ。別に構わないですけど。……はい、わかりました。」


そんな会話の後、カーテンが少し揺れて

「ーー山下さん、気分はどう?」

保健室の先生が顔をのぞかせた。


「……まだ、目眩が少し」

「そう……顔色が悪いから貧血かしら。最近寝不足なの?」

「一応、寝てるはずなんですけど…」

夢見が悪い、なんて言えない。


先生はふむ、と少し考えて。

「とりあえず、先生がお家の方に連絡してくださっているから。迎えに来てもらうわね…それまで休んでいなさい。」

「……はい」

「それと、私も今から書類を書いたりとバタバタするから……少しの間、中空くんにいてもらうわね」


え?


「中空くんは大丈夫そうだけど、万が一があるから経過観察。というわけで、ここ座ってて。」

先生は私のベッドから少し離れたところに椅子を置いて

「何かあったらすぐにそこの電話で職員室へ連絡ちょうだい」


と告げ、行ってしまった。


「…………」


一応、カーテン越しに彼が座っているのが見える。

すぐ近くにいるわけじゃないけど、緊張する。


しばらくお互い、無言でいたのだけれど。


「……なあ」

ふいに、彼の声がした。


「起きてる?」

「……うん」

「……大丈夫?」

「……多分」


と、そこまで答えてから


「あの……さっきはごめんなさい。」

「…うん、びっくりした」

声からは、彼の感情が分からない。

怒っているのか、事務的な会話なのか。


「怪我……してない?」

「うん、大丈夫」

「そっか……ほんとに、ごめんね」

「気にすんなって」


最後の一言が、少し優しくて

怒ってはなさそうだ、と思った。


「……ところで、気分悪いとこアレなんだけどさ…」

彼が切り出そうとしている話がまったく予想できず、私は続きを待った。


「……さっきの、こと。ちょっと詳しく聞いても…いいか?」

「……?」


さっきのこと、とは。

階段から落ちた時のことだろうか。


「いろいろ聞きたいんだけど、俺もまだちょっと混乱してるから…」

カーテン越しに、ため息をつく彼の背中の影が見える。


私は黙って、彼の話を促した。

すると、彼の口から

意外な言葉が、出て来た。


「ーーー階段から落ちた時、なんか夢みたいなの……見た?」

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