3:大雨の前の晴天
X97年 2月1日 (木) 午前7時53分
人の手がもうずいぶん入っていないと思われる蔦に覆われた教会へひとりの男が足を踏み入れた。
昔はかなり綺麗に輝いていたであろうステンドグラスは今はもう見る影もなくひび割れ、名の知れぬ女神の像は埃をかぶり、ある種の美さえも感じる。
そんな中、祭壇で祈りを捧げている者がひとり。
黒いコートに黒いフードを身に纏い、男か女か判断するのは難しい。
「ようやく来た~、おっそーい。」
突然こちらを向き、まるでデートの待ち合わせ場所での恋人のような
「…………」
「あれれ?無視しちゃうの?」
「…………」
少し高めではあるがどう聞いても男の声である。
「イ~チ~ヤ~、無視は嫌だよ。僕、泣いちゃうよ?」
ちっこくて童顔で大きな真っ黒の瞳をうるうるさせるガキ。
「チッ、うっせぇよ、気色わりぃ。てか、わざわざここに呼んだ理由は何なんだよ、''首領''さんよぉ?」
この教会へ訪れた男とは先刻、儀式から逃走したイチヤであった。
首領と呼ばれた男はイチヤの言葉に
「なんだ~、''今は''うるさいイチヤか~」
とげんなりとした声で言い放った。
「うるせぇ、はやく答えろよ」
「終焉の鍵」
「…!?」
「長かったね、この数千年間耐え続けた僕たちにようやく希望が舞い降りてきたんだよ。」
…本当にさっきまでふざけていた首領と同一人物なのだろうか。
突然豹変する様は俺より
こいつとは長い付き合いになるが慣れるもんじゃない。
突然、首領としての威厳を出すかと思えば気がつきゃいつもの気持ち悪い状態に戻る。
だからなのか、こいつがいつもすごく遠くに感じる。
「お前、やるのか?」
つい口に出た言葉。
「やるよ、それが僕たちの願いであり、この世界の救済なんだから。」
あぁ、やっぱりか。
犠牲は厭わないって顔だ。
「………そうか。」
なら俺はお前を守るしかねぇな…。
「首領様」
突如、俺の目の前に女(だいたい18くらい)がひとり姿を現した。
「てめぇ、誰だ。」
咄嗟に左手で拳銃を女に向ける。
「…………」
第一印象は''白''
長い真っ白な髪、真っ白なワンピース、そしてその白に不釣り合いなほどの鮮やかな朱。
「てめぇ、アルビノか。」
「…………」
「無視してんじゃねぇよ!!いでででででででで!!!」
俺が拳銃の引き金を引こうとすると首領がいきなり俺の尻を摘まんできやがった。
「やめてよね~、イチヤ。その子は僕の
は?何言ってるんだこいつは?
「拾ったんだ~♪」
…………は?
「ひ、拾った?」
「うん!」
いやいやいやいや、拾ったっておかしいだろ!?
女の方を見るが否定する様子もなく、さも当然のように俺を見返した。
「彼女ね、''アレ''の犠牲者だったんだけど、死ななかったんだよ。」
「はぁ!?どうやって!?」
「知らない、彼女自身も分かってないし。まあ、そのうち分かるって僕の勘がそう言ってる。」
………納得いかねぇ。
はぁ~、でもあいつの勘なら悪いことは起きねえか。
でも、どうせ僕に任せてくるんだろうな…、めんどくせぇ。
「おい、女。俺はイチヤだ。あんたの名前は?」
「…………」
名前を聞いただけなのに女はなぜか悩み始める。意味がわからねぇ。
「…………ごめんなさい」
「何に対しての謝罪だ?」
聞けば、女は白い髪を少し弄りながら申し訳なさそうに口を開き、
「…名前、無いんです。だから、質問に答えられません。」
と、これまためんどくさいことを言い放つ。
「名前が無い?あ~もう、ならなんて呼ばれてんだよ。呼び名でいいから教えろ。」
そう言うと、女は一度首領の方を見てから
「ナナシ…です。」
と、自信無さげに答えてきた。
ナナシってセンスねぇーな、あいつ。
どうせ考えるのめんどくさくなったんだろうけど…。
「そうか。…じゃあな、ナナシ。」
「…え?」
ナナシは不思議そうな顔で俺を見る。
「悪いけど、いくら首領が拾ったからって俺たちにとっては必要ないんだ。」
再び拳銃を構え、引き金に手をかける。
「じゃあな、恨むなら死んでから恨め。」
そう言って俺は…
バンッ!!
女の左胸に鉛玉を撃ち込んだ。
◇
午後0時00分
ゴーン ゴーン
遠くで正午を告げる鐘が悲鳴をあげているように聞こえる。
ぐぅ~
…私のお腹も空腹で悲鳴をあげている。
「お疲れ様」
そう言って目の前に紅茶の入ったマグカップが置かれる。
湯気のたつ紅茶に口をつけるけど、
「ハク…」
物足りない、全然物足りない。
そんな思いを込めて紅茶を渡してきたハクの名前を呼ぶと
「はいはい、わかってるよ。」
そう言って私の愛用してるメーカーの袋から角砂糖を2つ、いつものようにぽちゃん、ぽちゃんと紅茶に入れる。
「どうぞ、お・ひ・め・さ・ま」
音符がついていそうな声を出すハクに私は眉をひそめながら大好きな味となった紅茶に口づける。
「…美味しい。」
「そっか、また作るね。」
一言言っただけなのに、いつもの事なのにハクは嬉しそうな顔をする。
むずむずするけど、悪くない。
「じゃ、お昼食べようか。」
ハクは手作りのお弁当を見せびらかす。
……どうせ私はコンビニ弁当デスヨー
ハクの女子力に凹みながら私はコンビニ弁当の蓋を開ける。
蓋の内側についた水滴ゆっくりと滴るのを不快に思いながら今回のお弁当の主役、でっかい唐揚げを…
「先ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「ぐふっ!?」
か、唐揚げが!!
何者かによる衝撃によって食べ損ねた唐揚げは華麗に回転し、地面へと落下…。
メインのおかずの減少、そして
「これ、全然分かんないですよぉ~、手伝ってくださ~い。」
仕事の増量。
「あ!ハク先輩、お疲れ様で~す!」
「お疲れ、ハナ。」
去年、私の後輩となったハナ。
言わずもがなハナはハクのファンクラブに所属している。…らしい。
金髪で碧眼、まさに美少女。
童話に出てくるお姫さまの様な容姿をしている。
ただ、仕事はなかなか上達しないので私にいつも頼ってくるけど、それは建前でハクと仲良くなりたいだけかもしれない。
いつも一緒にいる私の存在はファンクラブにとっては邪魔な存在だろう。
まあ、嫌がらせはないからいいけど。
「先ぱぁ~い、聞いてます?」
「聞いてるよ、それ、お昼食べてからじゃだめ?」
「困ります~ハナ、ご飯食べる時間なくなっちゃうじゃないですか~」
「………」
いやいやいやいや、それはハナの仕事でしょ…。私もご飯食べたいんです。
「はぁ、ご飯早めに食べてやってあげなよ。俺も出来る限りの事は手伝うから、ね?」
「ハク先輩…ありがとうございます~!」
…こうやって女をたらしこんでるのか。
ピンポンパンポーン
社内連絡放送の音楽が流れる。
「連絡です。ハク、ハナの二人は昼食後、事務室までお越し下さい。繰り返します。……」
「え、」
「……」
…待って、これってもしかして、もしかしなくもなくて…
「ナナ」
「先輩」
「「仕事、お願いします」」
真顔で二人は何を言った…。
仕事?さっきのハナのやれてない仕事のこと?…シゴト?…SIGOTO?………
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私の悲鳴がお昼時の喧騒にのみ込まれていった。
傘さす森に 河 真淵 @kokonoe
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