第27話 スリー⑴
すぐに終わった。BJさんもタイチ君も静かに目を閉じた。今このエレベーターの中で目を開けているのは、我々3人だけだ。
「ふぅー……」
深いため息をついたのはナインだった。
「お疲れ」
ファイブからの労いにナインは「どうも」とぶっきらぼうに答える。
「ったく、安全牌のスタッフが一番危険だったとは思わなかったぜ」
「おかげで催眠スプレーとテーザー銃のダブル使用だ」
腰に手を当てるファイブ。
「万が一に備えてたんだから、使っても大丈夫よ」
「認めんだな、万が一だって」
ボソリと呟くナイン。二人の会話が目の前で交わされる。一回一回キャッチボールするたびに、熱い何かが体の奥から沸々と湧いてくる。何なのか分かっている。苛立ちだ。
「だって、偶然にもエレベーターに閉じ込められちゃったんだから」
「ったく……まさかマジの停電に合うとはな。一番人が多くて搬入する台数も多い日だからって、今日を選んだのに……全く最悪だよ」
「最悪?」私は見返る。その瞬間、沸き上がるものが怒りだと気づいた。
「あぁ……違ったな。この子を助けられたから最悪ではないよな」
私が鼻先まで迫ると、ファイブは少し体を仰け反らせる。
「な、なんだよ……」
「あの子に、タイチ君に当たったらどうするつもりだったの?」
「勿論、注意は払ってたさ」
笑うファイブ。軽薄な言い方と無責任な態度にムカついた。脳内血管が切れる音が聞こえてきた。いつもそうだけど、今日はより一層、怒りが湧いた。
「元はと言えば、あの日あなたがマスクしていれば、こんなことにはならなかったわ」
「なんだ、その言い方」ファイブは途端に眉をひそめる。怪訝になったのがよく分かる。
「お前には分からないだろうけど、金庫を開けるのにマスクは要らない。むしろ邪魔なんだ」ファイブは気圧されていた姿勢が伸ばしてくる。「いいか、素材の微かな距離が伸びるだけで成功率は途端に変わる。あの日だって、マスク取ったから迅速にできたから、警察を巻けたし、目的の絵画や骨董品を手に入れられたんだ。俺のおかげで手に入れられたのに、俺が全部悪いみたいな言い方しやがって」
「その後、被り忘れて監視カメラに映ったのは悪いでしょ。不注意かつ不手際よ」負けじと私も言い返す。
「んだと!?」
「まあまあ2人ともっ」
声を荒げるファイブに、縮まっていく私たちを引き離すようにナインは腕を入れ、仲裁に入る。
「とりあえず男の子は救えたんだしさ、結果オーライってことで諸々のことは一旦しまって。やるべきことに集中しましょ。ね?」
私は体を引く。「男の子じゃない、タイチ君よ。彼の名前はオオヤタイチ」
ファイブは鼻から荒く息を出すと、「ったく、相変わらず子供に甘ぇーんだからよ」と小言を吐いて視線を逸らした。
あなたには分からないでしょう、どうせ。
「ジュウさんには何て言う?」
空気を読んで、また変えるべく、ナインが話題を別にしてくれた。付いた火種に目を向けないようにしてくれた。
「何てもなにも正直に言うしかないでしょ」
なのに、八つ当たりのようにナインに言い放ってしまい、私はすぐに「いや、その……ゴメン……」と付け加えた。
「気にしてないよ」
ナインは微かに笑むと、「この状況を信じてもらえるんですかねぇ?」と、ファイブが茶々入れてくる。
「だからって嘘ついてバレたら、それこそおしまいよ」あの人に嘘は通用しない。「それに、雑誌の件話して対処してもらわないといけない。違う?」
「まあ……違わないけどな……」ファイブは案外すんなりと一歩引いた。けど、どこかつっかえた言い方であった。
「そんなに嫌?」
「分け前減らされるからな。ほら、監視カメラに映るなどという初歩的なミスをしたから当たり前なんですがね」
イラっとしたが、私も大人。怒りの想いを飲み込み、胃液で溶かして続けた。「背に腹はかえられぬ、よ。とにかく、移動するわよ」
「「了解」」
ファイブはバッグの奥に眠らせていた折りたたみ式のはしごを取り出し、壁に立てかける。一番軽いナインが先に登り、上のエレベーターシャフトを開けた。
手を出すナインへ、登るために必要な機材を渡す。これらを急遽使うことになるのは、これまでで初めてだ。裏を返せば、予想外なことが起きているということ。不安が脳裏によぎり、心に溜まる。
「んんっ……んっ」
準備をし終え、最初に登ったファイブが閉まりきったエレベーターの扉に手をかけている。腰につけた安全装置に体重をかけ、足を壁につけ、テコの原理で棒を入れるという原始的な方法で開けようとしている。けれど、なんやかんやでこれが一番手っ取り早いのだ。
「んっ!」
がこんという音を立てると、扉が少し開く。
「ふぅ……」少し手を休め、ファイブは再び手に力を込める。そう、ここからが大変だ。3人の中で最も腕力のあるファイブにやらせたものの、やはり難しいか。
中から光が漏れてくるかと思ったけれど、案外暗かった。やはり、外は停電していたのか。でも、停電していようが、私たちの目を輝かせるモノのがここには、アイトドスの5階にはある。エレベーターから20メートルないくらいで、広々した展示会場が姿を表す。そこにはもう、宝の山ならぬ絵画の山が辺り一面に飾られる。ナルバル・カットサム様様だ。
突然、扉が開く。1人が通れるくらいのスペースが左側だけ。ファイブは腕の力が変に抜けたため、体のバランスが一瞬狂う。思わず身構える。扉が一度に開いた様子から、明らかにファイブ以外の人力が加わったと思えたためだ。
扉から顔が見える。膝を曲げて、覗き込んでいるのだ。
「遅いよ」
ファイブはマスクを外す。荒く取ったから、髪が波打つ。
「何してた?」
「閉じ込められてた」
ファイブは壁に足を付け直す。フォーは少し視線を落とすと、「停電のせいか……」と呟いた。ファイブは肩を軽く落とすと、「やっぱ電気落ちてたんだな」と確認を取った。
「ああ」フォーは縦に頷く。
じゃあ電話が通じなかったってのはそれが原因だったんだ……
「覆面被って銃持った奴らが押し入ってきて、籠城してんだけどよ」
籠城!? 思わず眉が釣り糸が引っかかったかのように、上がる。しかも、銃って……
「外にいる警察入れないために、シャッター閉めて電源を落としたんだ」
なんということを……
「おかげで作戦はズタボロ。当初計画してた通りに全然行かなく……」
「話すのはいいけどよ、フォー」顔を上げているファイブが遮る。「両足つけてからにしないか」
「おぉそうだな」
フォーはお腹を地面につけ、腕を伸ばした。ファイブも腕をまっすぐ。合わさると、フォーは手元に引き寄せる。腕を付き、体を中に入れた。エレベーターのロープにつけていたカラビナを外す音が聞こえると、フォーは「よし次」とまたお腹をつけ、腕を伸ばした。2番目にいたナインが手を重ねる。フォーが男だから、そして地に足つけたファイブが助けたから、ただでさえ小柄なのに、ナインは勢いよく持ち上がり、すんなりと。また、カラビナを外す音が聞こえる。
「次」
ようやく私の番。エレベーターのロープで繋がれたまま、長い間吊るされているから、腰が痛む。「ほい」と伸びてきたフォーの腕を待ちわびた。手の平を掴み、固く握る。
「重っ」引き上げるとき、顔を歪めた。
「黙れ」低い声でぶった切る。「今度言ったら、落とすよ」
ファイブも助けに入る。
「せめて、置き去りにするよ、とかにしてくれないか、なっ」
体が一瞬軽くなる。足で壁を利用し、登る。白い床が見えた時、胸の辺りまで入っていた。手を離し、床につけて、完全に体を入れ込む。
「ふぅ……」
私は立ち上がる。ようやく両足で立てる。そこまで極端に時間は経っていないが、気持ち的に状況的にようやくだった。そうして、安全地帯でカラビナを外している間、フォーは寝かしていた体を起こした。手に付いた汚れを落とそうと、軽く叩いて払った。
「絵画は?」視線は腰の辺りを見たまま、尋ねた。
「あそこ」
一旦指をさされた方に目をやると、そこには壁に立てかけられた絵画が。その近くに、ナインとファイブが降り、持ってきた袋に詰め込んでいた。
「割とかさばるわね」
サイズはバラバラだけど、物によっては、少し小さめの4人掛けテーブルぐらいある。
「運ばなくはないがな」
フォーは不敵ににやりと笑う。まあ私が言わんとしていることはそれじゃないんだけど、まあ良い。視線を戻し、外す作業を続ける。少し固めに繋いだからか、なかなか外れない。
「ワンとセブンは?」
「もう来たよ。来ないことに変に思って3階のを終えてからな。盗みだすのも手伝ってもらった」
成る程、だから盗めたのか。カチッと音を立つ。やっとカラビナから解放される。
「そっちの機材だけでできた?」会話を再開する。
「なんとかね」とフォーは返すものの、その2人の、ワンとセブンの姿が見当たらない。私が少し辺りに目を配っていると、「2人ならツーとシックスを見つけに行ったよ」と。
「見つけに、って連絡は? もう停電から30分はとっくに経ってるでしょ?」
フォーは眉間にしわを寄せた。
「経ってるけど、通じないんだ」
「時間制限が解除されてないわけじゃないよね」
ナインがファイブとともにそばに。詰め込み作業は終わったようだ。
「ワンやセブンとは電話できるからな」
「ったく……」ファイブが舌打ちをする。「こんなんになるんだったら発電機入れてから盗むんだったな」
「たられば言っても仕方ないよ」私はファイブからフォーに視線を移す。「鍵は1階から3階にあるインフォメーションセンターと1階の警備室だよね」
念のために確認しておいてよかった。
「おいっ」背中の方から声が。重みを帯びた声。見ると、すぐそこに、ワンとセブンの肩に担がれたシックスが。
おいおい……全員で走る。そして、補助をし、壁にシックスをもたれさせた。ぐったりとしている。というか、気絶してる。
「何があった?」
「分かんない。見つけた時にはもうこの状態で」セブンが応える。
「さっき目を覚ましたんだけどな、また気ぃ失っちまった」ワンが続ける。「ただ、目覚ました時、『俺、嘘ついたぞ、演劇部なめるな』って、コレ渡された」
見せてきたのは、銀色の鍵だ。
「出口の鍵だと」
心の中でガッツポーズをする。これで脱出のための手間が省けた。あるとないとでは大違いだ。
「けど、一応こっちも持ってきた」ワンが取り出したのは同じ形をした鍵だった。
「わざわざ?」袋を持ったナインが首をかしげる。
「忘れたのか? シックスは2階。俺は3階。東か西か、だ」
「ああ、そっか」
「なら、あとはツーだけね」
私がそういうと、「どこにいるんだか……」とセブンが訝しげな顔を浮かべた。
「ここに来てないってことは、非常事態に巻き込まれてんだろ」と言いながら、ファイブが口角を上げると、「俺らもだろうが」とフォーがツッコんだ。
「どうする、ワン?」私はワンに尋ねた。合流した今、司令塔は数字の早いワンが担う。
少し目線を落とす。
「脱出の変更はエイトには伝えたか、フォー?」
「ばっちり」
話しているそぶりは見えなかった。てことは私たちが来る前に連絡は済んでいたということ。いない間に色々と話が進んでいる。
「まだ1階を探してない。行ってみよう」ワンは
「フォーとファイブは、シックスを頼む。とにかく、ツーを探すぞ。ギリギリまでな」
ギリギリまで……それはつまり、捜索には制限時間があり、それを過ぎれば置いていくということを意味している。けど、仕方ない。1人の為に全員が捕まるわけにはいかない。時には無慈悲に行動しなければ。
私たちは階段を使い、1階へと向かうことに。
どっと疲れを感じた。一気に駆け下りたからってだけじゃない。エレベーター内に閉じ込められたことのストレスも含まれているだろう。
「こっからは二手に分かれる。俺とスリーは……」
ワンが口にした時、「出てこいっ!」という男の叫び声がつんざいた。遠くからだ。中央にある吹き抜けで日の差し込んでいる広い道の、それも奥の方から聞こえる。
ワンに肩を叩かれる。
「移るぞ」私たちのところしか聞こえぬよう、最小限まで声を落とし、和服店の物陰を指差した。中央にある通りの近くの店だ。
私は目視して確認し、頷く。シックスと絵画を階段のところに寝かしておき、残りの6人で足音を立てずに移動する。
「いるのは分かってるんだよっ」
そう叫んだ後、ワンが壁沿いにゆっくりと動き、ほんのわずかに覗く。10秒程辺りの確認で眺め、顔を引く。その間も、相手は「こっちの仲間を倒しやがっ
て」などなど意気揚々に、そして様々に叫んでいる。
「どう?」
「最悪だ」ワンは虚空を見て、ため息をつく。その仕草を見て、私の目が自然と開く。「まさかツーが?」
「分からん。何にせよ、今男女数人に銃が向けられてる」
それって……人質?
「早く出てこいっ!」
声はさらに荒くなり、今にもしびれを切らしてしまいそうな言い方をしてくる。ワンはうんざりしたように瞼を閉じると、顎に手を置き、俯いた。
「どうする?」ナインは眉をひそめる。
背中を取れれば得意の武術で倒すことは容易だ。けどそれには、最低でも2階まで上がって向かってから、降りなければならない。当然、そんな時間は無い。加えて、相手は銃を持っている。もし途中で気づかれでもしたら……正直なところ、リスクは大きかった。
「俺たちを敵視しているのは違いない。であれば、あの人質たちは掟の8に該当する」
そう言うと、ワンは「1枚、頼む」とナインに告げた。
“鮮やかに軽やかに、そして華々しく拝領に参上”がモットーの
「マスクは持ってるな?」
各々好きなところから、ガイ・フォークス・マスクを取り出す。私も含め、その場にいる全員が持っている。最悪に備えて最善を尽くす。これぐらいの備えはもう用意とは言えぬほど当然の必須アイテムだ。
ナインが帰ってきた。静かにでも小走りで、枠に入った絵画をかざしながら、だ。近くで膝を曲げると、「一番安いのを持ってきた」と告げた。
「よし」
絵画を受け取ると、ワンは「作戦はこうだ」と続けた。「俺とフォーとファイブがモデルガンを、スリーとセブンがテーザー銃を構える。だが、フォーとファイブはテーザー銃も持っておけ。ナインはシックスを頼んだ」
皆、一斉に頷く。発射されるコードの長さは足りない。けれど、見た目は銃に似ている。似せているのほうが正確だが、まあとにかく騙せる可能性が高い。
とはいえ、実戦では圧倒的に不利。何が言いたいか、私にはもう予測がつかない。ただ、やらねばならぬということだ。
「お前らのせいでこいつらが死ぬことになるんだぞっ!」
直後、女性の短い叫び声が上がる。ワンは目を閉じ、静かに息を吸う。
「史上最悪だな……」
「なんとかなる」ワンは振り向かず、そう言った。「今までもそうだったろ?」
ワンは小さく笑った。皆も不思議と同じ表情になる。小さな結束の輪が太く強くなった。
「……行くぞ」
ワンの掛け声に一斉に頷く。そして、物陰から日向へ、私たちは姿を見せた。
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