第15話 早乙女愛⑶

「ソル」


 電話で話しをしていた声の高めな男性の元に、眉のない人が歩み寄る。沈黙の中での問いだったから、始めの「おい」が店中に轟いた。


「あ?」名を呼ばれたその人は不機嫌そうに振り返った。


「何で雑魚キャラみてぇな言い方、したんだよ」


「んだとっ!?」


 怒りのこもった言葉を発すると、曲げていた膝を起こした。

 互いの距離が縮まっていく。そんな2人の間に、もう1人が入り、「喧嘩すんな2人とも」と双方を手で押しのけるように弾いた。


「今はそんなことしてる場合じゃないんだ。ヘリが到着するに備えて、やらなきゃいけないことは山ほどあるんだ」


 ヘリ?


「とは言うけどよぉ、ターキ」ボリスという人は腕を組み、痩せ型の男性に反論する。「そもそも、そんなんで海外に逃げられるのか、俺には甚だ疑問だね」


 海外??


 続けざまに出てくる斜め上のワード。一体何を目的に彼らは立て籠もり、これから動こうとしているのか。私は耳を傾ける。


「どうだろうな。けど、用意周到なリーダーのことだ。今回の籠城だって、まだオープンしてないから、おそらく使われてない広い屋上を利用してヘリを持ってこさせればいいっていう、陸が使えなくなった時用のプランBなんだから、何か算段があるんだろう」


「別にちょっと気になっただけだ。そんな責めるように言うなよ」


「ま、不安になるのも分かるけどな、どうせ周りには警察がいて、四方囲まれてる。ヘリがなければ、島どころかこっから脱出すんのも難しい」


 監視カメラが止まって安心してるのか、よく喋る人たちだ。そんなんじゃ逃げた後、私たちが証言してしまえば、遅かれ早かれ捕まるような気が……


「おい、お前ら」


 店の出入口の方に振り向くと、3人は背筋を伸ばした。こっそりゆっくり顔を向ける。


「無駄口叩いてねえで、しっかり見張れや」


 先頭に立っている口ひげを蓄えた人は3人を睨みつけていた。眼は研がれたばかりの包丁のように鋭い。口ひげを蓄えており、見た目は40代台に見える。その後ろには2名覆面を被った人間たちがいる。その手には、私たちと同じように後ろで手を結ばれている警備員が複数人いた。


「「「す、すいませんでした」」」


 3人は口を揃え、持ち場に戻るようにてんでんばらばらに散った。


「でよ、ボリス」うち1人を呼び止める。「何でお前は被ってねぇんだ?」


「えっ、あっ……」気づいたようだ。「いやその……」


 すっかり忘れていたようで、適した言い訳を思いつかず、しどろもどろな受け答えになっていた。


「早く被れ」


 無言のまま、ボリスは被ると先に散った2人に続いた。


「ったく……」胸の前で腕を組んだ。「いつもいつも」


 素振りから、日頃から手を焼いているのを感じたけど、やっぱりそうだったみたい。それに、3人が、特に眉のないボリスって人が戦々恐々と返答している態度から、多分あの命令を下した人がリーダーなのだろう。


「リーダー」


 声をかけたのは全く別の男性。160センチない小柄な男性だ。リーダーは振り向き、「なんだ、トニー」と一言。やはり、この人がリーダーみたいだ。で、この小さい人がトニーか。


「やっぱりもっと人質を多く取ってた方がよかったんじゃ……」


 ん? どういうこと??


「もっと広いとこに移動していれば、可能だったかと」


 “人質が多い方が”“可能だった”——っていうのは、“中にいる人を敢えて逃した”っていうニュアンスを含んでるよね。逃げられたっていうわけじゃなかったの?


「馬鹿」リーダーは一喝し続ける。


「多ければ多いほど俺らが見張れる範囲は限られる。隙ができんだよ。その隙が何よりの命取りになる。それに、この店の出入口はここしかない。下手に逃げられることもない。これぐらいが丁度いいんだよ」


 ということは、急いで逃げてた店の外の人達は、逃がされてたってことか。私たちはよっぽど運が悪いらしい。


「分かったか?」とリーダーが声をかけると、縦に顎を動かし、「はい」と身を引いた。普段から相当な恐怖政治を行っているっていうのが、手に取るように分かる。


「そういや、アビーは?」


「例のとこに置きに行った。じきに戻ってくるさ」


 さっきから、妙に気になる言い方するな、この人たち。




 リーダーは腕につけた時計を眺めた。私は、というか私たちはお店の中に時計がないため、どれぐらい経過したのか分からない。


「ターキ」リーダーが顔を上げた。小太りの男性が駆け寄ってくる。「アビーはまだ帰ってないよな?」


「ええ」


 返答が来た途端、リーダーは顔を伏せ悩み始めた。「何かあったんでしょうか」


「とりあえず、様子見だ。おい、ソル」


「はい」


 今度は交渉をしていた人が走って来る。


「ヘリはどれくらいだって?」


「分からないからまた連絡する、と」


「何?」リーダーの目に力が入る。それを見て、ソルは顔を強張らせ始める。


「俺は言ったよな? しっかり言わせろって」


 思い出したように、ソルは口を開き始め、「あ、いや……えっと……」と慌て始める。


「馬鹿野郎っ、ほいほいと譲る立て籠もり犯がどこにいんだっ」リーダーは激しく声を荒げた。


「だったらお前は、さっき強盗した時に『今はお金を持ってません』って言われてたら、『ああそうですか』って諦めてノコノコ帰るってのか? ああっ?」


 これで分かった。この人たちさっき強盗してきたんだ。


「いえ……帰りません……」


「ならどうすんだ」


「無理矢理にでも金を出させます」


「それと同じだよ。無理矢理にでもヘリを用意させる時間を口から出させるんだよ。出させなきゃいけねえんだよ。分かったかっ?」


「はい……」


「だったら、すぐに用意しろって言ってこいっ」


「は、はい」リーダーのもとから去っていく。


 リーダーは再び腕時計を見て無駄にした、機嫌そうに荒く頭を掻いた。


 パンッ


 な、何!? 唐突に破裂音が聞こえ、思わず肩を縮めた。かなり遠くだけど、確かに聞こえた。他の人質も立て籠もり犯も。


「リ、リーダー……今のって」


 皆、目を見開いている。


「ボリス、トニー、ヴィニー」


 3人呼ばれる。先ほどの眉なしの男性と小柄な男性、そして恰幅のいい男性が走ってきた。


「様子見てこい。まだいたら、連れて来い。抵抗するなら撃ってもいい」


 撃っても……


「「「はい」」」


 首からかけていた拳銃を軽く持ち上げながら返事をすると、お店の外に駆けて行った。


「リーダーっ」


 立て続けに、奥から交渉役の人がやってきた。目出し帽を被りながら、の様子を見る限り、かなり慌てているようだ。


「大変です。電話が通じません」


 どうした、と聞かれる前に動揺しながら報告した。


「ったく」リーダーはスマホを奪った。


 操作をし、画面を見る。しばらく、と言っても数秒だけど、静止していた。指先を動かして画面を何度かタップすると、今度は耳へ運んだ。だが、それもすぐだった。


「くそっ、妨害電波でも出してんのか、警察はっ」


 歯を食いしばりながら、耳から外す。どうやら電話をかけようとしたが、通じなかったようだ。


「余計なことすんなって連絡しますか?」


「それもできねえんだろうが、バカっ」


 リーダーは私たちの元へ寄ってくる。で、人質を見ていた。いや、見ているというよりは品定めしているかのよう。


「何をする気ですか」


 ソルは、まるでこの後にリーダーが何をしようとしているか分かるような口ぶりだ。


「決まってんだろ。余計なことしたらどうなるか見せるんだよ」


「ですが、電話は……」


「屋上に連れて行くんだよっ」


「しかし、それはっ!」


 リーダーは振り返る。


「それはもどれはもねえだろうが。第一、こんなことしなきゃいけねえのは誰のせいだ?」


「それは……」ソルは目を泳がせる。


「お前だよな?」


 強く迫られ、「はい、自分です」と折れたように俯いて、返答した。


「そうだよな? 橋についてしっかり調べてなかったお前のせいだよな。だったら、仕方ないと思え。まだ自分がやられねえでよかったと幸運に思え」


「……すいません」ソルは首を垂れる。


「いつもお前はツメが甘いんだ」


 愚痴をこぼしながら、再び視線を私たち人質の方に向けてきた。誰にしようか目線を配ってきた。途端に人質みんなが目を外す。皆自分が選ばれぬように、だ。もちろん、私も。


「よし、そこの女。立て」


 女……私は恐る恐る顔を上げる。途中で固まる。

 リーダーはまっすぐに、私へ視線を向けていたからだ。

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