第33話 織峰⑹

 「送信っと」マサはケータイの画面を力強く押す。


「終わった~」


 ヨッシーは指の先足の先まで伸ばして、体を真っ直ぐ空へ向けた。


 ヴゥー


“じゃ、これにて解散、ということで”


「えっ? 入ってかないの?」


“うん。明日もあるし”


 任務が終わったらヨッシーの両親が経営している銭湯に行って汗を流すってのが、いつからか俺ら4人のお決まりみたいになってる。


「でも、帰ったら風呂には入るでしょ?」


“まあそりゃね”


「なら、ウチの銭湯で浸かってっちゃったほうがよくない?」


“でも、もう冬だからね。帰ってる道中で湯冷めして風邪引いたりでもしたら大変だし”


 「こっから近いよ?」食い下がるヨッシー。


“また今度ね”


 「……コーヒー牛乳付けるよ?」しつこいヨッシー。


“……うーん”


 で、悩んじゃうナギ。


「なんでナギの好物ぶら下げてまで、入らせようとしてんねん?」


「だって、みんなで入りたいでしょ?」


“ボクとは入口で分かれちゃうけどね”


「そうだけどさ……あれだよ、気分的なやつ」


「理由がざっくりし過ぎや。ていうか、の工事ってもう終わったんかいな?」


 マサからの一言にヨッシーは虚空を見る。そして、真一文字に閉じていた口をポカンと開いて一言、「……あっ」。


“その『あっ』は、完全に忘れてた『あっ』だよね? 行ったとしてもボクだけ入れなかったパターンだよね?”


 「……そうでやんす」肩をすぼめるヨッシー。


「お前ん家なのに、なんで俺のほうが詳しいねん」


「あのーもう全く返す言葉もありやせんでございやす……はい」


 てな訳で、ナギとは公園で別れた。




 曲がり角を曲がる。銭湯の明かりが見えた。

 同じ北区にあるからか、公園からヨッシー家の銭湯まで歩いて10分もかからなかった。「案外近場で起ころうとしてたんだね〜危ない危ない」と呑気なヨッシー。相変わらず、というか変わることはないんだろうな……


「ヨッシー」


 「ん?」マサの声掛けに少しマヌケな反応をする。


「今度できるショッピングモールってどの辺なんや?」


 あぁそういえば、北区だったっけ……


 マサが言ってるのは来年1月1日からグランドオープンする大型複合施設のことだろう。というか、それしかない。かなり馬鹿デカく、飲食店や商業施設の他にも、映画館やアミューズメントができる娯楽施設や展覧会を開けるような大きなイベントスペースもあるらしく、オープンして早速そのスペースを使って、海外の有名な絵画展を開くそう。名前は……忘れた。


 もうそんな時期か……着工してから1年弱であんなデカイのができちゃうんだから、金戸財閥はえげつない力と金を持ってると言われるよな。それにしても、相変わらずだよなこの島は。ふとした拍子に置いてかれてしまうぐらいなスピードで時に真っ直ぐ、時にうねりながらでも絶えず変化してる。

 そういやオープニングスタッフ募集してたな。1日だけのド短期でも結構時給良いみたいだし、応募してみよっかな……


 「もっとあっちの、金戸橋近くのトコ」指を少しアーチを描くようにして、左のほうを指す。


「そうか」


 金戸島に住んでいる人ももちろんターゲットなのだが、本音の部分では外部の人に来てもらうことをメインに考えているそう。だから、だだっ広い平面駐車場と5階建ての立体駐車場を作るほど、車で来てもらうことを念頭に置いているみたいだ。


 「何? 興味あんの??」俺が少し覗き込むように訊ねると、まっすぐ前見たまま「いや、ない。並ぶの嫌やし」と即答される。


「なら、セミオープンの抽選は?」


 取材用とかに開かれるプレオープンとは違って、来週あるクリスマス後の数日間、島に住んでる人の中から抽選で事前に先に入れてくれるそう。まあ、店の数もかなり限定されてはいるみたいけど、買い物だって自由にできるし、そのなんとかっていう人の絵を混雑せずに見れたりできるから倍率は結構高かったみたい。確か、昨日までが応募期日だったはず。


 「してないで。興味ないから」とまたしても即答。だから、俺はこれ以上話すのをやめた。


 「到着〜」ヨッシーは少し駆け足で先に入口前へ行き、両手を上げる。で、振り返り、「んじゃ、寒く冷え切った体を湯で温めよー!」となぜか張り切っているヨッシー。


 「元気やな〜」呆れ顔のマサ。


 とは言いながらも、寒さで体が冷えていたのには間違いなく、体は正直だった。3人とも青い布に白文字で“男”と書かれたのれんを自然にくぐろうとした。

 その瞬間、スマホが鳴った。これは俺の、しかもメールが届いた時になる音だ。


 誰だろ……あっ、ナギかな?

 先にくぐる2人から少し距離を取って、スマホを開く。


 「えっ?」送ってきた相手と件名に俺は驚き思わず声を出してしまった。「どうした?」ヨッシーが戻ってくる。マサは中でこちらをじっと。


「いや、その……ちょっと電話してくる」


 画面を隠しながら、空いてた手の親指で適当に向こうを指す。


「いいけど、早く来ないと上がっちゃうよ?」


 まるで、風呂で何か遊ぼうとしてる子供のような発言。


 「すぐ行く」俺は駆け足でその場を後にする。すぐそばの角を曲がり、すぐそこのコンクリ壁に体をつける。

 来た道をこっそりと見てみる。2人とも風呂に入ったことを確認し、俺は再びケータイに目を落とす。


 相手はリーダー、件名は“みんなには秘密で”。


“突然すまない。”


 最初の1文が意味深な本文を見て、不安になる。続きに目を通す。


“どうしても君だけに伝えたいことがあって連絡をした。正確には、情報が下手に流れてしまうのを懸念し、君だけに伝えることにした。

だから分かってるとは思うが、他の3人にはまだ秘密にしておいてくれ。その時が来たら、私の口から伝える。”


 数文読んでこれから先には重々しい内容が書かれていると分かり、思わず顔が強張ってく。


“君たちに解決してもらったゴミ箱連続爆破事件。この事件の犯人について調べる任務をマサ君から聞いた時、多分誰か1人は「考え過ぎ」だと言ったのではないかと思う。”


 当たってる。ヨッシーがそう言っていた。


“だけど、先ほども伝えた通り、今回の事件はノットカラーによる犯行である可能性があったんだ。

そして、そのノットカラーの定義が五獣のどこにも属してないことを意味してるのは、君も知ってると思う。同時にそれは、我々の掟を守らず、好き勝手に動くことができるということも同時に意味してる。

だから私はノットカラー同士が水面下で結託し1つの巨大な組織として五獣に抗争を仕掛けようとし、この事件はその契機なのではないか、と考えた。理由はいくつかあるが、少し前からそのような動向が起きていた。”


 初耳だった。そんなのがあったなんて……


“もしそんなことになれば、どちらが勝つ負けるかは分からないが、双方の被害は甚大になるのは間違いない。それだけじゃない。各々が血を血で洗うような報復合戦に発展してしまえば、同じ組織でも思想の違うもの同士で派閥ができ、仲間割れという結果になりかねない。混乱に乗じて負の連鎖が続いていくことになる。

だから、君たちに動向を探ってもらい、内容次第で早急に手を打とうとしてたんだ。サミットを開くとかね。”


 抗争——まさかこの言葉を今日1日で2回も聴くことになるとは……


“こんなこと、君1人に背負わすのは酷なことだとは重々承知してる。だが、優秀な君たち4人の中で特に信頼の置ける人間だ。だから、だからこそ、こうして連絡させてもらってる。

最後に、今まで話したことを心の中に留めておいてくれ。それだけでも、もし何か起きた時の心構えが変わるだろうから。

では、また何かあったらよろしく頼む。


リーダーより”


 俺はスクロールし続けたスマホを閉じ、おもむろに空を見上げた。この辺りは街灯が少ないから、冬の星々が目に入ってきた。

 詳しくは覚えてないけど、冬のほうが空気的な関係で星が綺麗に見えるとどこかで聞いたことが覚えがあった。聞いた時はそんな変わらないだろうと半信半疑だったが、確かにそうかもしれない。今は綺麗に見える。


 リーダーは、常に最悪を考え常に最善を尽くすために、まるで小説のような荒唐無稽のような可能性を常に考えている。だけど、あくまで『ような』。荒唐無稽じゃない。つまり、可能性は0ではないってこと。現に今までこうなると予言したことが当たったというのは何度もあるし。

 要するに、かつての波よりも遥かに大きなのがすぐそこまで来てる、のかもしれない。


 俺は1つ大きく息を吐いた。白い息が暗い世界に消えていく。風も少しあるからか、姿形を無くすまで消されていく。

 あんなこと1度でいい。十分だ。十分過ぎる——


 だけど今のところは幸いなことに、今はまだ何も起きてない。裏を返せば、今の俺にできることはない。

 とりあえず、今日はあいつらと一緒に風呂に入ろう。ゆっくり浸かって疲れを癒そう。休める時に休んでおこう。


 俺は隠していた身を露わにして、銭湯に近づく。明かりを頼りに一歩一歩進みながら俺は、自分の中で改めて反芻する。


 カラーギャング絡みの事件が起きた時、絡みではないかと疑いがある時、指示を受けた俺らは秘密裏に動く。早期の事件解決をするため、ひいては街の平和のため。そのためには時に、身を挺さなければならない——そういう存在なんだ。


 俺は、いや俺ら4人は“”のメンバーだ。

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