第32話 便利屋⑺

 警察の実況見分等が行われてる間、俺はマッドから事のあらましを聞いた。とは言っても、学校で会って一度情報交換を交わした後からのことだが。

 省かれたから詳しくは知らないが、マッドにはまあ紆余曲折あって、その最中に偶然にも「ジャンピングがどうたら」と話している動画を入手した。で、知り合いに解析を頼んだ結果、その主がミツヤだと判明。話している会話の中で名前が呼ばれてたらしい。

 ジャンピングが覚せい剤の名であるというのを以前耳にしていたマッドは、乗りかかった船だからとミツヤの尾行をして尻尾を掴もうとしたところ、これまた偶然にもミツヤが誘拐される場面に遭遇。で、今に至るそう。なんとも神がかった偶然が何度も何度も起きたもんだ。


 で、俺が酷く驚いたのは、その解析を頼んだ知り合いがだったってことだ。


「マニアとはいつから?」


「もう結構。もしかすると、リュー君よりも長いかも」


 そんなこと、あいつの口から一度たりとも聞いたことない。


 「なあなあ」探偵が言葉と身体で詰め寄ってくる。「何だよ?」俺は少し避けて眉をひそめながら、返す。


「どうだった?」


「何がだ」


 「マッドの立ち振る舞いだよ」軽く肘で腹をつきながら訊いてくる。


「ほら、俺らの前だとこんな感じだけどさ、高校にいる時は偽名まで使ってたんだろ? てことはさ、雰囲気とかも変えてたんじゃないかなーって」


 「こんな感じでゴメンなさいね」マッドは再びひねくれた。「あら聞こえてたんだ」と悪びれる風もない探偵。


 「まあ普通だったよ」俺は答える。正直に。「何だよ〜」あからさまに肩を落とす探偵。


「そもそも学校内で会ったのは廊下ですれ違った一度きりだからな」


 しかも、その場には学生や他の教師もちらほらといたから、他人行儀に挨拶したってぐらいで変えてたかどうかの記憶は曖昧だ。というか、ないに等しい。


「じゃじゃじゃ強いて挙げたら……何? 些細なことでいいんだよ、今とは違うなーってほんの少し気になるようなことでさ」


 「だからぁーないんだってー」マニアは呆れ顔。


「まあそれなら」と俺が虚空を見ると、「「えっ、あんの?」」と2人一斉。


 「何なに?」あからさまに肩が上がり、笑顔になる探偵と「ちょっと変なこと言わないでよ?」と眉をひそめるマッドに詰め寄られる。


「早く〜もったいぶらずに言えって」


「マッドが『私』って言ってたことくらいか?」


「えっ?……えっえっえっえっ!? ぼくっ子のマッドが『私』!? 何それ、メッチャ聞きたい! 聞かせてよマッド!」


 「ヤだよ、恥ずかしい」少し頰が赤い気がする


「いいじゃん〜ほんの一言でいいからさ」


「ヤだって。それにね、一言しかないから。ハナから『私』だけだから」


 「そもそも今は無理なの」


「なにが無理なんだよ? 言うくらいは簡単だろ??」


「あれはね、恩田っていう教師の役を演じていたから、もっと言えば入り込んでたからできたこと。自然とね。だから、今は意識しないと出せないの」


「じゃあ出してくれよ。意識して」


「だからっ、恥ずかしいんだってばっ!」


 すると、俺の電話が鳴り、応酬は静かになる。


「もしもし?」


『もしもし?』


 噂をすれば——相手はマニアだった。


 「お前……マッドのこと知ってたのか?」早速訊いてみる。


『マッド?』


 そうか——マッドは俺らやその他数人の間だけで飛び交っている呼び名。マニアが知らなくても当然だった。この反応も然り。


 俺はケータイをマッドのほうに向けた。「ぼくだよ、コー、ヤッホ〜」俺の動作で分かったのか、マッドは手を振りながら伝え始める。で、ケータイを耳に戻す。


『もしかして、リンのことですか?』


 リン……まさか下の名で呼ぶとは……そこまで親密だったのか。


「ていうか、ドラさんも知り合いだったんですか?」


「まあ……ちょっとな」と答えた時にふと思い出し「で、突然どうした?」と話を戻した。

 あっちも背を正したよう、椅子が数回揺れる音が聞こえた。


『分かりましたよ、例の件』




「分かった。色々とありがとな、マニア」


 電話を切った俺はミツヤと話すべく、探偵の後輩の……後輩と話をつけに行った。


 最初は渋っていたが、ゴリ押しすると「まあ……そのー少しだけなら……どうぞ」と返事をくれた。


「付いて来てもらえるか?」


「え?」


「その方が色々都合がいいだろ」


 突然話したいって言っても、拒否される可能性はある。むしろ、そっちの方が高い。


「あぁ……分かりました」


 そうして、倉庫から出たすぐそばに止めていたパトカーに向かう。窓から覗くと、ミツヤは後部座席に乗っていた。手錠をかけられたからか、そもそももう諦めてるのか落ち着いて静かに座っている。両隣にいる制服警官2人、おそらく監視役だろうけど、その彼らさえも必要ないぐらいだ。


 左側の扉を開ける後輩。


「君たち、ありがとう。彼は俺がやっておくから、あとはあっちの補佐をしてくれ」


 降りた警官らにすぐそばであれやこれやらしてる人間のところを指差す後輩。


 「はい」ざっくりとしか言われてないが、命令されたから、小走りで向こうへ。


 「どうぞ」背を扉につけるようにしてさらに開いてくれる。俺は体をくぐらせるように乗り込むと、後輩は腰を折って顔を覗かせる。


「近くにいますので、終わりましたら呼んでください」


「分かった。すまんな」


 すると、何故か眉を上げ、少しすると「い、いえ……」とニヤついたような笑みを浮かべ、扉を勢いよく閉めた。


 空間が遮られたためか、ミツヤは気まずそうに俺から顔をそらす。


 「あんた……あの、便利屋なんだな」だが口を開いたのはミツヤからだった。

 「よく知ってるな」今の10代とは接点がない。それにあの単細胞と喧嘩どころか会ってさえもいないから、あまり知られてない。


「俺も最初は知らなかった。だけど、あいつらに教えられたんだ。気をつけろってな」


「じゃあ何で、親切な人間たちに誘拐されたんだ?」


 虚空を見てため息を1つ。そして、「……他に売ってたからだ」と口を開くミツヤ。


「『他』?」


「ジャンピングは元々、あいつら屋白やしろ組だけに売っていたんだ」


 諦めたミツヤはカラクリについて種明かしを始めた。


「つまり、こっそり売ってたってことか?」


 後ろから声が。振り返ると、開いた窓から探偵が顔を突っ込んでいた。


 「ああ」探偵を一瞥してから答えるミツヤ。


 すると探偵は顔を引っ込め、助手席に乗り込む。体ごと振り返り、背もたれにうでをつきながら、「随分大胆なことしちゃったね〜」といつもの飄々とした感じで話す。


「そうやってさ、契約違反したからこんなことになっちゃったんじゃないの?」


 「そもそもはあっちが違反したんだ」違うと叫ばんばかりに、反論するミツヤ。「というと?」眉を上げながら探偵は続ける。


「ジャンピングは誰にとっても未知のモノ。買う人も最初は限られるからと、契約時に提示された内容は『試供品として最初の10キロは0で買取り、それ以降は売れた分の3割を後払いで』だった」


 「そりゃー随分とまたふざけた契約だこと」探偵はボソッと発し、顎をかく。


「何の地位もなかった俺らにとって、何よりも売買できる土壌が欲しかった。それに、素性の知らない奴と手を結ぼうとはそう簡単にはしない。未成年なら尚更。こっちが不利な条件であっても飲まざるをえなかったんだよ」


 まあ言ってることは間違っちゃいない。


「それからしばらくして売買が始まって売れるから用意しろと連絡が来てな、ようやく俺らも金がもらえる……そう思ったよ」


 ミツヤは苦虫を噛み潰した表情を浮かべてから続ける。


「だけどあいつら、その後払いの金さえも払わなかったんだ。青臭いガキだと思って舐めてたのか、催促しても『手続きが』とかどうたら下手くそな言い訳ばっかして取り合わなかった」


「『もう売りません』って言ってやりゃよかったのに」


 そんなのがヤクザにまかり通るわけねぇだろ、探偵?——俺は話の流れを止めぬよう、心の中でだけでそう呟く。


「相手は甘い汁を吸ったヤクザ。売らないと言ったら、何して来るか分からない。だからな、一定の関係を置いた上でこっちでこっそりと秘密裏に売りゃいい、って思いついたんだ。数ヶ月前から俺らは、人脈やネットを使って売買を始めた」


「そしたら、運悪くバレちゃった」


 「バレたんじゃない。バラされたんだ!」探偵の発言を体を少し乗り出しながら、全力で否定するミツヤ。

 「どういうことだ?」俺はより体勢を向けてから、意を訊く。


「屋白組に密告したんだよ。あっちのパトカー数台で運ばれてったヤンキーのクソどもがな」


 顎でクイッとその方向を示す。要するに、ヤンキーのクソどもってのは火傷痕の野郎どものことか……


「それから屋白組は他で儲けた売上げの8割を渡すよう言ってきた。ヤンキーどもに言伝してだ」


 「もしかして……」俺がそう呟くと、ミツヤは「あぁそうだ。あんたが校舎裏にいた俺に出会った時だよ」と言い放った。成る程。『忘れんなよ』ってのはそういう意味だったのか……


 「だけど」ミツヤは続ける。


「金は製造規模の拡張や効率化を高めるのに使っちまって、手元にはほとんどもう……」


「ワケを話すも、当然屋白組は信じてくれず、結果、こんなことになった。そういうことか?」


 全てが見えたんだろう。探偵は確認するような口調で尋ねる。それに対し、コクッと頷くミツヤ。


 すると、ミツヤの右側の扉が開く。同時に「ねえねえ」と声が聞こえた。


「ぼくもちょっと訊きたいことがあるんだけど〜」


 ミツヤの右隣に座ったのは、マッドだった。

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