第34話 便利屋⑻

「ジャンピングは学校で製造してたんだよね?」


 勝手に乗り込んできたマッドからの唐突な問い。だが、ミツヤは「ああ」と冷静に、さも当たり前のように答えた。


「まさか……あの高校で作ってたのか?」


 予想外過ぎる答えに俺は確認を取る。


 「さっきさ、動画について話したでしょ?」マッドが視線を俺に移して、解説し始める。


「その中で『もう少し作ってから向かう』って誰かと話してる声が入ってたの。それってもしかして、学校内で『もう少し』って意味じゃないかなって思ったんだ」


「でも、学校で作るなんか無理だろ? それに、人目だってある」


 俺はマッドに問うと、用意していましたよと言わんばかりの笑みをし、「まず、1つ目」人差し指を立てた。


「学校で作るのは不可能じゃない。必要な機材は揃ってるし、製造できるような部屋を親とか近しい人に知られずに借ることが難しい年齢を考えてれば、むしろ最高の環境。ただし、製造する量は少なくなっちゃうだろうけどね。憶測にはなっちゃうけど、グラニスラでしか流通してなかった最大の理由は、それだったんじゃないかな?」


 「で、2つ目」マッドは中指を追加して立てる。


「学校で作るとなると、確かに人目に触れやすくはなるし、誰かに見られたら酷く怪しまれる危険性も高い。

 だけど、学校っていう環境がもう特異性を利用すれば、逆に怪しまれない環境を整えられる。ミツヤ君だっけ? 彼らはそれを上手に使ったんだよ」


 「どういうことだ?」探偵も眉をひそめた。額にハテナが見えそうなひそめ方。


「作ったんだよ、『科学研究会』って名前のをね」


 「そうかっ、か!」探偵は納得したような顔つきに変わる。


「そうすれば、どんな薬品を混ぜていようがどんな機材を使っていようが、化学実験っていう活動目的が絶好の隠れ蓑になってくれるってワケ」


 続いて、「化学の実験とかってさ、それなりの知識ない人が見るとちんぷんかんぷんでよく分かんないでしょ」と言われ、納得。不機嫌極まりない時にあのよく分からない英単語もどきをを自慢げに並べる奴がいたら、顔面を殴り飛ばしてるだろうな。


「顧問も手続き上いるだけの幽霊顧問みたいなもんで、実際にどんなことをしてるのかこれっぽっちも知らなかった。聞いてみたら、まあペラペラとやらしい目をしながら洗いざらい話してくれたよ」


 実験っていうくらいなんだから、多少なりは危険が伴うはずだ。なのに、実態は人まかせならぬ生徒まかせ。

 ったく……トンデモねぇ学校だな、あそこは。


 「まー彼も彼で色々と努力してたみたいだけど」マッドはミツヤを指差し、続ける。


「努力?」


 マッドはそう発言した俺に顔を向け、「うん」と頷いた。


「学校ではダントツに頭のいい生徒だったんだ。それどころか、全国模試の上位に名を連ねる常連で、1位になったこともある程だったんだって。なのに……まあおそらくわざとだろうけど、金戸高校に入り、そこで広告塔として色々と協力して、地位を築いてから製造し始めたってわけ」


 要するに、設備どころか人的環境までもを完璧に整えたということか——

 マッドは続ける。


「恩田として色々と話を聞いてみたんだけど、教師からの信頼は核シェルター並みに厚くて、もうさ主従関係逆転って感じだったよ、うん」




 「そうだったんですか……」広樹はそう呟いた。


 金戸港での騒動から2日後の夜、俺は病院に来た。そして、両親には「2人で話したいことがある」と無理言って、出て行ってもらってる。で、前と同じ椅子に座った俺は、ことの次第を話した。


「あっそういや、これ」


 俺はケータイを手のひらに乗せて見せる。

 「……これどこに?」一瞬で把握したみたいだ、自分だって。


「ミツヤが持ってた」


 一瞬、眉がピクリと動く。


「あぁ……そうだったんですか……ありがとうございま——」


 広樹が取ろうとするのを妨害するため、「その前に」と俺はケータイを引っ込めた。


「幾つか訊きたいことがあるんだが、それに答えてもらってからでもいいか?」


「何でしょう?」


 俺は広樹のケータイを細長い長方形のテーブルに置いてあるティッシュケースのところに、画面を裏にして立てかける。そして、和やかな空気を壊すため咳払いを1つし、右膝に腕を置き、左膝に手を立き、体勢を崩す。


「なんで嘘をついた?」


「え?」


 俺は、ケータイの入ってたポケットから取り出して見せた。雲ゆきが一瞬で変わった。


 手のひらに乗せてるのは、ケータイのイヤホンジャックにさせるタイプのだ。




「先週の木曜、あの屋上で何があった?」


 また名前を忘れた。だから、事件が起きた日を言った。空いてる車の窓から時折風が入ってくる。てかなんでそもそも空いてるんだ? 夏場ならまだしも冬場だぞ??


「あぁー広樹のことか?」


 「そうだ」思い出した。ヒロキだ。斎藤ヒロキ。


 フッと笑みを浮かべてから、「あいつさえいなければ今こんなことにはなってなかった」と手錠に繋がれた手を軽く上げた。だが、すぐにストンと落とし、「まあ全部知ってやがったからな、遅かれ早かれってとこだったろうけどよ」と吐き捨てるミツヤ。


 全部知ってた?


「その根拠は?」


「実験室にあった掃除用具の中に隠れて、ケータイで動画を撮ってた。しかもわざわざ音声まで拾おうと、小型マイクまで取り付けた状態でな。知らなかったんなら、どう説明すんだってレベルに準備万端だろ?」


 「それに間違いはないんだな?」俺は続けて質問する。


「あのな、俺は作って売るだけだ。自分では使わねぇよ」


「……は?」


 「自分はまともだから記憶違いもなんもない。間違いないんだって言いたいんだよ」探偵が補足説明する。




 「ポケットに入ってたんです」ミツヤの証言を聞いた広樹は目を見て弁解してくる。


「どうして?」


「ミツヤたちに出くわす少し前に撮影をしてたからです。実は趣味で自主制作映画の撮影をしてて……あの……隠すようなマネしてすいませんでした。言うのが恥ずかしくてバレないならいいかなぁーって思ってつい……」


「そうか」俺は質問を変える。「じゃ、なんでミツヤらが取引してるのがシャブ(=覚せい剤)だって分かった?」


「なんでって……それはミツヤたちが覚せい剤だと言ってたからで……」


「嘘だな」


 広樹の顔が分かりやすく強張る。俺は両膝にそれぞれ腕を置き、前に体を倒す。顔を近づけると、何されるか分からぬ恐怖でか身構えてる。


「ミツヤは一切『覚せい剤』って単語は使ってねぇんだ」


 俺の言いたいことを察したのか、ハッとした表情になり、目を逸らす。構わず俺は続ける。


「もし誰かにでも聞かれても誤魔化せる余地として、常に『ジャンピング』とミツヤたちは使っていた」


「で、でもそれはミツヤがついた嘘——」


「ミツヤだけじゃない。他の人間からも取れてる」


 これ以上変に言わないほうがいいと思ったのか、口をつぐみ黙った。


「確かに、こんなのは知ってる奴が聞けばすぐにバレる。だが、知らなければそこまで極端に気に止めるようなワードじゃない」


 こんなの、少し考えれば分かったはずだ。


「つまりだ。お前は“ジャンビング”が“シャブ”だってことを前もって知っていた。違うか?」


 だが、先入観が邪魔をしてた。こいつはただ運悪く巻き込まれただけっていう邪魔が。


「となると、それをどこで知ったのか」


 広樹は目を伏せている。どんな表情からかはここからは見えない。


 「それが」俺はケータイの画面にを出して、見せる。


「この『ウィ』なんとかとかいう、だろ?」




「話には聞いてた。学校裏サイトで売買されてるってな」


 マニアからの情報を元に追及する。


 「話には、ってことはお前らは関与してないのか?」俺は問う。


「百歩譲ってもそこじゃ売らねぇよ。てか、そんな学校裏サイトだなんてとこで売ってたら、『自分たちはここの関係者ですよ~』って警察へ律儀に教えてるようなもんだ」


「なら、なんで売られてんだ?」


 「知らねぇーよ」すかさずの返答し、そっぽ向く。「多分だが、転売しようとしたんじゃねぇか?」とその体勢のまま独り言のように呟く。


「転売?」


「俺らから買ったのを幾らか上乗せして売ったんじゃねぇのかってことだよ」


 ミツヤは一瞬俺を見てきたが、すぐに逸らし、何故か探偵の方を見た。探偵は大きな欠伸をする。


「もちろん身内が裏切って横流ししてた可能性もなくはないが、正直、どーでもいい。もう捕まっちまったんだ、結果は変わりっこねぇ」


 シャブの転売、か……




「……そうです」


 広樹は俺の目をちらちらと見て、恐る恐る口を開く。


「撮影もこの取引に合わせて行ったな?」


 「はい」広樹は首を縦にふる。


「だとすると、おかしな点が出てくる。そもそも何故、撮影をしていたのか、だ。転売がしたいんなら、撮影する必要性は全くない。自分が捕まっちまう証拠を残すようなバカな行為だからな」


 俺は続ける。


「動画を投稿しようと……」


「は?」


「あんな凄い動画を投稿すれば、再生回数なんてあっという間に何十万、いや下手したら何百万にもなるかもしれない。注目を……浴びようとしたかったんです」


 俺は少し体を起こし、腕を組む。


「じゃあ仮にそうだったとしよう。だが、いくら相手が高校生といえど、ヤクやシャブ関連となれば誰だって危険であることぐらいは分かる。それにただでさえここはヤクザをはじめとした裏社会の人間が多く住む島。下手に投稿なんかしてみろ。動画諸とも消されちまう」


 またしても視線を逸らす広樹。


「ヤクザが捕まるような証拠ならまだしも、繋がりなんて一切映ってないし、証言してくれる保証もない。そんな状況なのに、お前はその危険を顧みず動画撮影をした」


 返答せず、ただ黙っている。だが、目が明らかに泳いでいる。動揺しているってのは手に取るように分かった。


「転売が目的でもなく、興味本位でもなく、警察にも通報していない。じゃあ、何が目的か?」


 沈黙が流れる。夜だから余計に静かだ。


「言う気がないなら俺から言うわ。このサイトを守るためだったんだろ、さんよ」


 そして、広樹は静かに目を閉じた。そして、1つ大きな息を吐きながら肩をスッと落とす。


「あぁ……その通りだよ」


 まず弱々しかった声が変わった。次に開き、俺を見た時には全くの別人になっていた。

 本性現れたりといったところか。


「僕はこのサイトで彼らの書き込みを見つけ、調べた結果、内容が覚せい剤の売買であると知った。サイバー関係に疎い日本といえど、警察によるネットの監視はある。もし何かしらの拍子でバレてしまったら、間違いなく封鎖される」


 打って変わって流暢にペラペラと喋る広樹。


「だから、動画を撮影して、いくつか海外サーバーを経てして動画配信サイトに流せば、サイトを経由することなくミツヤらが捕まるんじゃないかって思ったんだ」


 「ったく、もう少しで上手くいったのによぉー」広樹は腕を頭の後ろで組み、体を倒す。


「下手な芝居で怪しまれるならと思ってつい言っちまったが……やっぱ、隠しておくべきだったな。運営するにおいて悪となるような書き込みは跡形もなく消しておいたのに……折角の努力もおじゃんだ」


 悪?


「なら、このサイト自体は悪じゃねぇってことか?」


「そりゃそうだ。むしろ有益だと思ってるよ。当然、時には議論が白熱して乱暴になることもあるが、書き込んでいるのは人と人。そうなってたとしても、多少は致し方ないこと——」


 俺は広樹の胸ぐらを掴み、目の前に引き寄せる。子供相手にこんなことすんのは大人気ないと分かっていたが、現実を無視したクソみたいな喋りを続けてくることに腹が立った。


「何が多少だ? 何が致し方ないだ? このサイトに実名を晒されてる奴は、現実でイジメの被害者になってんだぞ? なのに……ざけたことぬかすんじゃねえっ」


 俺は投げるように荒く手を離す。


「イジメられた奴らの中にはな、精神を病んで不登校になったり、転校を余儀なくされたり、追いやられてんだ。お前が飛び降りた屋上からつい2、3日前には、死のうとした奴までいる」


 この2日間、自力で調べたこと、隠蔽していた校長と教頭に吐き出せたこと、全てをぶつけた。


「これでもまだ、悪じゃないって胸張って言えるのかよ」


 「そうだ」間髪入れず。


「僕よりもよっぽど直接的に遥かにダメージのあるやり方で人を虐げてるような人間は山ほどいるし、それをある程度受け入れてるじゃないか」


「何?」


「芸能人に対しての、好き勝手に書き並べただけな批判記事、まとめサイトにある根も葉もない誹謗中傷、挙げてけばキリがない。それがいつまでも消されず、残ってる。それだって当の本人にとっては苦痛なのかもしれないのに。もちろん芸能人だけじゃない。表象化しないだけで一般人についてのこともある」


 髪をわしわしと掻く広樹。


「まあさ確かに今まで、僕のサイトが一枚噛んでるんじゃないかって思った時もあったよ。でも、次に何をするかは、書き込んだ奴や奴ら次第。エスパーでもなんでもない僕に何が分かり、できるっていうんだ?」


 表情一つ変えずに、俺の目をじっと見て、続ける。


「そもそも、言いたいこと言って何が悪い? 他人を卑下して何が悪い? 口にしないだけで胸の中でやってることを、誰だってやってるようなことを言葉にし、分かち合って何が悪いっていうんだよっ!」


 唐突に声を荒げる。溜まっていた不満が爆発してる。


「善だろうが悪だろうがどっちでもいい。僕は心で語りたかった。本心から出てきた言葉で語り合いたかったんだ。結果的に誰かを貶めるようなものであったとしてもそれは仕方ない。だってそれが本心なんだから。それをあんたが悪として、害悪として括りてぇなら好きに括りゃいい」


 「だが言っておく」鋭くなった目は、来るもんなら来てみろ、と俺に訴えてきていた。


「あんたら大人たちがそうやって、なんでもかんでも一括りにしたから、社会の型にはめるために個性をそぎ落としたから、この社会はダメになっていったんだ。僕はそれを変えようとした。捨ててきたものを拾い上げたんだよ。いいか、僕はそんな奴らよりもずっと大人なんだよ」


「なら、被害者に謝る気は無いんだな? 例え、確実にこのサイトが原因だと言えるような被害者にも」


 俺の確認にヒロキはフッと鼻で笑い、「僕が?」と半笑いで言ってくる。


「それにだ。自分の殻も割れない、何も行動できないような人間になんで謝んなきゃいけない? そんな奴らはな、遅かれ早かれそうなる運命だったんだ。このサイトが関わってたら、多少早まったぐらいなだけの話なんだよ」


 ハァー……

 もう俺が何を言っても反省もしないだろうし、効果など出ない。


 だから俺は、任せることにした。


「だとよ」


 俺はティッシュケースに立てかけておいた、広樹のケータイを手に取り、伏せていた画面を見せる。


 それを見ると、一瞬にして目を見開き、絶句する。慌てて手に取りながら、「な、何だよこれ……」と戸惑いの込められた声で呟く。


「いわゆる、っていうやつだ」


 俺は立ち上がり、ポケットに手を入れる。


「ケータイのカメラとマイク機能を使って、お前の正体は何者で何をしてきてどう考えてるのか、その全てをこのサイト経由でイジメを受けた奴らに見てもらってた」


 そんな俺の声が届いてるのかは分からない。広樹は何度も画面を連打したり、側面にある電源をカチカチと押して、必死に止めようとしていた。


「チクショ、なんで消えねぇんだよ……」


 そりゃそうだ。


「全員がこの配信部屋から退出するまでケータイを操作できないように、こっちで少し細工させてもらった。どんなに頑張っても無理だ」


 でも、広樹はめげない。その精神力は認める。


「クソッ……クソッ、クソッ! 消えろよっ!」


 ヒロキは正面の壁へ投げた。画面が割れたのか、細かな破片が辺りに散らばる。


 ハァハァ、と呼吸を荒くしている。肩を上下に揺らしながら、ゆっくりと視線を上げて俺をまじまじと見た。


「よくも……よくも騙したな……」


 睨む目はこれでもかと血走っていた。


 「何をだよ?」俺も睨み返す。


「俺は何も言ってねぇ。聞かれもしなかったから、結果的に事後報告になっちまったってだけだよ」


 怒りと動揺からか、痙攣のごとく頰がピクピク動いている。両手はシーツを巻き込んで握り拳を作っていた。遠目に見ても分かるほど、爪が食い込むほどに強く握っていた。


「けど、大丈夫だろ。何せ、大人ってのは、自分でどうにかする。てことは、大人なお前ならどうにかできるはずだ。まあ、俺に言わせりゃ、ただ背伸びしてるだけのガキにしか見えねえけどな」


 ヒロキは悔しそうな表情を浮かべ、奥歯を噛みしめる。


「せいぜい、かかと下さねえよう、頑張れや」


 俺は踵を返し、病室のドアに向かった。




 病院出入口近くまで来た俺はケータイの電源をつけ、電話をかけた。相手はマニアだ。


 『もしもし?』すぐに出た。おそらくずっとケータイの前で待ってたんだろう。


「しておいたぞ」


『すいません……ドラさんにこんなことさせて』


 ケータイで動画配信をするように言い出したのも、ケータイを改造したのもマニアだ。


「別に構わんさ。そんで、もうやったのか?」


『はい。サイトについて警察とマスコミに知らせておきました。もちろん、匿名のタレコミということで』


 「そうか」これであの学校裏サイトが陽の下に晒されるというわけだ。


『僕……』


 声のトーンが急に下がるマニア。


『今回したことが正しいとは思ってません。むしろ負の連鎖を生んでしまったんじゃないかって怖くなってます。自分からお願いしたのに何バカなこと言ってんだ、ですよね……分かってます。分かってるつもりです』


 タレコミでサイトは近々、閉鎖されるだろう。だが、あそこはあくまで火種で、そっから高校という社会に火の粉が飛んだ。そして——燃えた。燃え広がった。誰も消さず、ただの小火が1つの大きなコミニュティを燃やし尽くしていった。結果、火傷した奴が何人も出た。中にはそれでは済まされないようなのも。


 要するにマニアは、燃え広がった今となっては火種を消しても解決にはならないと考えたのだろう。早急に消すべきところはあのサイトではない。他にあったのに、今回そこまで消すことはできなかった。それどころか、新たな火種を作り出してしまったのではないか?——そんな不安がよぎったのだろう。


『だけど、許せなかったんです』


 いや、それだけじゃない、よな……


『だって……だって、僕も……僕も』


「何食いたい?」


『えっ?』


「お前の力無しじゃここまで辿り着けなかった。礼も込めて飯奢ってやる。だからよ、何食いたい?」


『……考えときます』


 あとでってことか。


「分かった。でも俺が忘れねーうちに連絡よこせ——」


 『ドラさん』食い気味に名前を呼ばれ、俺は思わず黙る。


『ありがとうございます』


「……なんで俺が礼言われなきゃいけないんだ?」


 電話の向こうでマニアが笑う。

 『素直じゃないですね』少しだけ声が明るくなった。


「うっせぇ。じゃあな」


 俺は電話を切る。


 もしかするとマニアは、あの真剣な眼差しを向けた時には既に、この一連の中にソレが関わっているってのを感じ取ってたのかもしれない。だから、あれほどまでに協力的になってくれたのかもしれない。

 結果的に思ってた通りのものではなかったが、それでも大差はない。大元の部分は変わらない。俺はどうにも胸が痛み、何か重いものが奥にどすんと残った。


 ため息をつきながら病院を出る。外は無風。来るまでには吹いていたのに、今は全くだ。

 だが、無性にあったかいもんが飲みたくなった。俺はしまったケータイを取り出し、再び電話をかける。


 『もしもし?』マニアではない。


「俺だ」


『おぉ、どうした?』


 マスターだ。


「もう閉めたか?」


『あぁ、ついさっきね』


「そうか……分かった」


 仕方ねえ。家に帰る途中にファミレスかどっかで——


『実はちょうど、自分用に淹れようかなーって思ってたんだ。ついでにどう?』


 ……フッ。


「んじゃ、よろしく頼むわ」


『了解。待ってるよ』


 俺は電話を切り、歩みを進めた。


 早くアメリカンが飲みてぇ——今日はより強くそう思い、トミーに急いだ。

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