第14話 翁坂⑶

 「早乙女愛さんっ」顔が確認できてから、俺は近づいて声をかけた。


 あれから調べても手がかりがなく、しらみつぶしに当たっていたところ偶然にも。知り合いではないか、この前のあの恋心の反応を見て、なんとなくこう勝手にだけど、親近感がわいたというか。で、声をかけてみた。ずっと孤独で探していたから偶然会えたことに喜びを感じたりもそうなんだけど、早乙女愛さんが1人で歩いてたのがなんとなく寂しそうで重そうな表情をしていたのも一因だ。心当たりは……まああるよな。


「あっ、どうも」


 すぐににこやかな顔になる早乙女愛さん。


 「今日は1人?」一昨日はいた槇嶋君がいない。


「はい。あれから何か分かりました?」


「特にこれといったのはなかなか。でもこれからシザードールを目撃した人に話を聞きに行くんだ」


「その人も追いかけられたんですか?」


「いや、追いかけられている人を遠目に見たらしい」


「それも翔と一緒に?」


「翔?」


「一昨日私と一緒にいた——」


「あぁ……槇嶋君のことか。まだどうか分からないけど、これから聞いてみようとは思ってる」


「……聞いてもいいですか?」


 「う、うん」改まった言い方に体が少し緊張する。


「危険じゃないですか?」


 痛いトコ突かれた。


「そうだね。名前のとおり、相手はハサミを持ってるわけだからね。だから、彼には一緒に調べる代わりに『危険なことはしない』って条件は付してる。そういう場合は俺に電話するとも言ってある。もちろん知って記事にしたいからってことも少なからずはあるけど、彼を守るためっていうのは嘘偽りなくある」


 正直に話すと、早乙女愛さんは頷いて「翔って時々」と話し始めた。


「周りが見えなくなって突っ走っちゃう時があるんです。今回ももしかしたら、そういうことがあるかもって思って。でも相手は危険です。今までに被害者がいなかったとはいえ、これからも0だとは言い切れない。だから凄い不安だったんです。今のを聞いて安心しました。1人で調べなくて良かったって。さんと一緒に調べてくれて良かったって」


「いや……って、あれ? 名前覚えててくれたの?」


「そりゃ、まだ一昨日のことですし」


 だとしても、嬉しい。それに比べて、権田原ごんだわらは……30分前に会ったばかりなのに、名前どころか会っていたことさえ忘れてやがった。なのに——ってこれはもう何年も前の話。根に持ってないでいい加減忘れろ、俺。


 いや、それよりもだ。この心配してる感じとなんか色々分かっている感じは……やはりそうだ。そうなんだろうけど、まだ確認はしていない。


「早乙女愛さんってさ——槇嶋君のこと、好き?」


 俺がそう言うと、早乙女愛さんは目を見開き、口を開け、立ち止まった。で、立ち尽くしている。


 いや……やっぱ聞かない方が良かった——俺は思わず顔をそらす。俺の今の発言は彼女の気持ちを、純粋な乙女心を踏みにじるようなものだ。だって、好きな相手は誰だって胸の内にだけにとどめておきたいだろうし、言うとしても親しい友人だけ。俺のようないちオッさんが横槍入れるように触れるべき案件ではない。


 記者としての職業病、「気になったらとりあえず訊く、見る、調べ上げる」の精神がべっとりと染み付いているんだろう。だが、それを言い訳にしても——


 「好きですっ!」早乙女愛さんは言い放った。強い口調。


 申し訳ない気もしたけど、言われたら言われたで、あぁやっぱりと納得。


 「バレバレ、ですかね?」早乙女愛さんは深く俯いてしまった。


「そんなことないと思うよ。ほら、記者って職業柄、そういうのに人一倍鼻が利いちゃうんだよね俺。だから他の人には大丈夫だよ、おそらく」


 早乙女愛さんは走ってきて、再び俺の隣に。


「バレて……ないですかね?」


 「多分だけど、ね」強調しておく。

 すると早乙女愛さんは「よかった〜」と顔がパァっと明るくなった。


 うん。正解……かな?




「じゃあ私、こっちなんで……」


 十字路に差し掛かった時、早乙女愛さんは左を指した。


「あぁ、またね」


 俺がそう声をかけると会釈をして、去っていく早乙女愛さん。


 話——というか、先輩風吹かせた助言を少ししたけど、大丈夫かな? 説得力皆無な発言だったけど、もし少しでも気持ちが楽になってくれれば幸いだけど……あとは彼女次第。自分のことは自分でなんとかするしかないんだ。


 あっそうだ。思い出した。槇嶋君に聞いてみないと。ポケットから取り出し、電話をかける。


『もしもし?』


「もしもし? 翁坂です。さっきさ、シザードールを目撃した人とコンタクト取れたんだけど、一緒に来るかい? 無理にじゃない。もし暇があればでいい。あとね、ちょっと聞いてみたところ、また学生だったらしい。でも、一昨日みたいに男女ではなく、今回は男子2人だったみたいなんだ。で、どうする?」


『あぁー、そのシザードールなんですけど、今すぐそばにいるんです』


「えっ?」


 ま、まさかっ! なんてこった……早乙女愛さんに彼を守るって約束したのに。なのにこんな早くに。


「だ、大丈夫かい!?」


『はい。もう捕まえたので、危険なことはないです』


「……今、なんて?」


『危険なことは——』


「の前」


ので』


 ……ええっ!?


「つ、捕まえた!? い、一体どどどうやって?」


 あまりに突然のことすぎて言葉が詰まってしまう。


『その辺は色々とややこしいので、直接会ってお話しした方がいいかと。それで、もしよければ今からお会いしたいんですけど、どこに行けばいいですかね?』


「いいよいいよっ! こっちがダッシュで向かうから。今どの辺だい?」


『えぇっと……』


 槇嶋君から告げられた中央区の場所を慌てて書き留める。


「じゃあ、10分だけ待ってて!」


 電話を切った俺は、ポケットにケータイを入れながら来た道をダッシュで戻る。よーし、元陸上部の力を見せてやるっ——もう20年以上前のことだけど、今日ならいけると思う。いや、いける気しかしない。

 これで大スクープ間違いなし! 待ってろよ〜、俺のシザードール!!

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