第13話 探偵⑵

 「分かんないですね」店員は首を傾げながら写真を返してくる。


「そうですか……」


 「お仕事中すいませんでした」俺は写真をロングコートの内側にしまいながら軽く会釈し、店を出る。相当暖房が効いていたから体が外との温度差に驚き、縮こまる。思わず両手をポケットに入れる。


 田荘と岸和田さんがいなくなってすぐに、俺は早速情報を集めに街へ繰り出した。行きそうな場所には心当たりがあった。

 まずは、そこらを優先的に手当たり次第に聞きこんでみた。しかし、ヒットせず。当たる手がなくなった俺は、しらみ潰しに飲食店などを回ってみた。

 だが、どの人も「知らない」か「見てない」しか返されない。一向に目撃情報が出てこないのだ。中央区の中でも特に人の多い、この大通りでさえ。今は15時。まだ探し始めたばっかだというのに早速手詰まり。参ったな……


「イッちゃーん!」


 ん?——背中越しに聞こえる男の声。


「イッちゃーん!」


 あの呼び名で俺を呼ぶのは1人しかいない。俺は振り返る。風船やら2周年記念などとプレートに書かれたスタンド花が店頭に幾つも並べられたパチ屋の前にいた。自分だと主張して、顔や両手を大きく動かしている。黒い厚手のコートを羽織い、その下にいつもの白衣姿で手を振っている。相変わらず屈託のない笑顔だこと。


 「よぉー」俺は右手を上げながら近づく。




 BJは、医者だ。正確には闇医者。本人曰く「手当たり次第手を出した」結果、外科、内科、眼科、皮膚科、精神科、整形外科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、脳神経外科、時々産婦人科などなどほぼ全ての分野を網羅しており、そのどれでもすぐに診察・治療できる。そのため、「よく分かんなかったら、とりあえずBJに診せろ」と言われる程、腕の良い闇医者として名が通っている。ヤクザやカラーギャング、はたまた殺し屋など裏稼業の連中は勿論のことながら、手術等を公にできない政治家などワケあり人間もよくやって来るそう。


 そもそもBJは何故、闇医者になったのか。

 医師免許が取れなかったから?——違う。超名門医大でトップだった。

 じゃあ、剥奪されたからか?——違う。元々、医師免許を取る気がなかった。

 何故か?——別にややこしくもなんともない。とある医療漫画を読んだからという至ってシンプルな理由だ。高額の手術料を請求するものの、神がかった手さばきで患者を救う主人公に幼かったBJの心はすっかり虜になった。同じ男として憧れ、惚れ、そして彼のようになるという夢になり、同じ医療の道を志し始めた。


「闇医者になりたいって、将来の夢を書く欄に書き続けていたら、ある時突然職員室呼び出されてね、『このスペースはふざけて書くもんじゃないんだ』と怒られたんだよね。で、カチーンときて、俺言ってやったんだ。『人の夢を悪ふざけ扱いするな!』て。誤算だったよ、なろうと真剣に捉えてるってことの方がむしろ問題だったとはね〜結果、親呼ばれて三者面談。親には激怒されるしさぁーもう散々な目にあって、それで俺は決意したんだ。絶対なってやろうって。あと、誰にも言わないようにしようって」


 前に、そんな話をしてたのを思い出した。


 その上、童顔のイケメン。だから出会った頃から女子に人気だった。なのに当の本人は全く興味なし。「へーあっそうーどうも〜」てな感じで、周りの男子からは「なんでお前だけっ!!」とひんしゅくを買っていた。

 理由は分かっている。アニメ・漫画など2次元系が好きだからだ。自宅には漫画やアニメDVD、それらの関連グッズが大量に、いやあり過ぎという方が適切か……とにかく、数が膨大であるため、最近自宅マンション近くに倉庫を借りたらしい。いくら自宅兼診察室や手術室などがあるとはいえ、かなりデカイはずだ。それでも入りきらないとは……どんだけあるんだか。




 距離が縮まるたびにその細さが際立ってくる。


「相変わらずガリガリだな」


 体重40キロを切っているのに、身長は170センチ超えで俺とほぼ一緒なBJ。その上、体型や顔は昔と変わらず。ホントそのまんま。


「そっちこそ相変わらず、髪がボサボサだね。癖っ毛酷いんだから、寝癖ぐらいはきちんと直しなって」


「余計なお世話だ」


「それにさ、いつも着てるその黒いロングコート、もうボロボロじゃん。そろそろ新しいの買ったほうがいいよ?」


「おい、2つはズルいぞ。俺は1つしか言ってねぇぞ?」


「はいはい。そんなことよりさ、イッちゃん」


 そんなこと……


「ちょーっとだけいい?」


「何だ?」


「ままま、とりあえずちょっと寄ってかない?」


 ぼったくり系の店の姉ちゃんみたいな誘い方をするBJ。


「家にか?」


 「いや、ここ」BJが指をさしたのは、パチンコ屋だった。「ここ?」と俺も指さすと「うん、ここ」と残っていたもう片方の手で指し示した。


「なんで?」


「いいからいいから」


 BJは俺の背中に回り、押してくる。自分の意思ではなく、足が店内に進む。自動ドアが開くと、封をされていた音が耳につん裂く。一瞬顔が歪むが、流石は人間。すぐに慣れた。

 「こっちこっち」と手でおいでおいでされ、誘導されるがまま歩みを進めた。必死な形相で打ち、一喜一憂している老若男女を横目に奥へ奥へ。BJが前で立ち止まり開けたのは、“関係者以外立入禁止”と書かれた扉。普段は入れないそこに、俺はまず顔だけ覗かせるようにして中を見る。


 7、8畳ぐらいの決して広くはない部屋。入ってきた扉のほぼ真向かいにもう1つ扉がある。閉められているため奥を見ることはできないが、顔の辺りがすりガラスになっており、そこから人工灯ではない光が入ってきていることから、おそらく裏口か何かだろう。その隣には、縦に店内マップと避難経路マップが貼られている。右手奥に棚があり、様々なものが並べられている。ひときわ目立っているのは床に置かれたうさぎの着ぐるみ——の胴部分だけ。異様であり、不自然。

 中央にはテーブル・パイプ椅子4脚があり、その奥側2つには男女がもう既に座っていた。女性はここのパチ屋のロゴが入った制服を、もう1人の額に汗をにじませた男性は頭にタオルを巻いていた。服は彼女とのような制服ではなく、Tシャツに下は作業着。


 「入って入って」と促され、俺は足を踏み入れる。扉が閉まる。


「えー彼女はサジマちゃん。僕の知り合い」


 BJが手で示しながら紹介する。紹介されたサジマという女性は立ち上がり、一礼。


「隣の彼が、オカダさん」


 「うっす」と言って、首を掻く。


「で、彼は探偵をしてるイッちゃん」


 紹介され、「どうも」と一言。


「僕とイッちゃんは中学からの知り合いで——」


 「あの」遮るように口を開いたのは、オカダさん。


「そういうのいいんで、早く本題行きません? もう時間ないんで」


 あっ、そういうことか……


「そうだね。じゃ、実はさ……」


「どこに行ったか分からなくなった——か?」


 「えっ?」俺を見て、一瞬時が止まったかのように固まる一同。まるで宇宙人にでもあったかのような見つめ方。


「だから、俺に探してくれ、そういうことだろ?」


 「な、なんで……」オカダは呟くようにそう言う。


 「簡単なこった」俺は物を指し示しながら、プロセスを説明する。


「この部屋には、うさぎの胴部分はあるのに、頭が見当たらない。まあ、人によって離して置いておくかもしれないから、仮にそうだとして考えた時、さてどこに置くか? 外には勿論置いておけないから、まあここと同じようなスタッフルームしかない。だけど、そこにある店内マップを見ると、ここ以外にはスタッフルームはないってのはすぐ分かる」


 ここにいる俺以外の3人は顔や体を動かさずに聴き入っていた。


「それと、彼女とあまりに違いすぎる格好、彼の頭に巻いたタオルとこの時期には似つかわしくない汗の量、2周年記念のスタンド花、そして『もう時間ないんで』という発言。それら諸々を繋ぎ合わせれば、『着ぐるみの頭が無くなってしまったのだが、それが無いと、これからのイベントに支障が出る。それどころか中止も免れない。だから、見つけて欲しい』ってことぐらい自ずと分かる。さしずめ、店前にあった風船は子供に配る用とかそんだろ?」


 沈黙が流れる。


 「さっすがー〜名推理だね」破ったのはBJ。


「こんなの推理でもなんでもねーよ。ちょっとよく見てれば誰だって分かるこった」


「ま、それじゃそこは省いて——お願いできる?」


「ハァ……うさぎの頭はいつからこの部屋に?」


 「えっと……いつだっけ?」サジマはオカダに助けを求め、オカダが代わりに「3日前の夕方です」と。


「無いことに気づいたのは?」


 「開店少し前なので、今朝の11時頃です」これはサジマが。結構時間が空いてんな。


「その間で、『この時はあった』と自信持って言えるのは?」


 サジマは「すいません……」、オカダは「俺も届いた時に軽くサイズ合わせしてからは触ってないので」だそう。


「一度も確認しなかったの?」


 「ええ」サジマは縦に頷く。


「まさか盗まれるとは思ってなかったので……」


 厄介だな。あれもこれも、調べなきゃいけない範囲が広過ぎる。


「確認だが、頭と胴体は一緒にしてたんだよな?」


「はい」


 てことは、盗まれたのもここから盗まれたってことで間違いないな。


 俺は数歩先にある裏口へ。


「ここはいつも閉まってる状態?」


 「基本的にはそうです。部屋にスタッフがいれば、換気とかするのに開けてる時もありますけど」オカダが応える。


 つまり、裏口から侵入するのは無理。だからって堂々と表から出る、なんてこともない。裏口からよりも可能性はない。


「じゃあ店内に繋がる扉は?」


「そっちは営業時間であれば開けっ放しです」


 要するに、表から入って裏から出たってことだ。


 「そもそも、うさぎの頭だけ盗んでどうしよってのかね?」BJは顔をしかめ、腕を組む。

 確かにな。だがそれを今考えても意味はない。捕まえてからじっくりと聞けばいい。


「開けてみても?」


 「どうぞ」鍵を回し、ドアノブを半回転させ、押し開ける。まず、右。そして、左。

 「ん?」正面がビルになっており、3人ぐらいしか横に広がって歩けない構造を見て気付く。


「ここって、もしかして……」


「はい。路地裏ラビリンスです」

 

 “路地裏ラビリンス”——中央区名物の路地裏集合体のこと。金戸島の代表的な闇の1つでもある。


 島の発展のために開発が次から次に進み、ビルなどの建物が乱立していった結果、路地裏が別の路地裏に繋がってしまうという通常ではありえない構造になってしまったのだ。ここを使えば時間にバラつきはあるものの、基本どの区にでも行ける。しかも、一カ所だけでなく数カ所にラビリンスの出入口があるから、下手に目撃されることなく遠くまで逃げることも可能だ。

 だが基本殆ど、ここは犯罪まがいのことで使われる。例えば、犯罪者が警察等を巻くために逃げ込んだり、違法なモンの売買に利用されてたり。


 ここが使われたとなると……詰みだな、こりゃ。




 まだ調べてないというので、とりあえず店の防犯カメラで入店したが退店してない人物がいないか探してみようという結論に至った。「もしその上で必要なら。勿論タダじゃないけどな」とも言っておいた。

 ついでに、マジマの写真を見せたが、皆返答は「分からない」。「もし防犯カメラに映ってたら、教えてくれ」と伝え、俺はパチ屋を去った。


 想定外の時間を食ってしまった。さて、次はどこを探しに行こう? 中央区はある程度探し終わった。人通りが多い分、目撃した人もいるんじゃないかと思ったが、勘はハズレ。てことは、南区か? あんま行きたかないが、仕方ねーか……


 早速、時間削減のため路地裏ラビリンスを使う。ついでにパチ屋の何かも得られたら一挙両得だと考えたから——イテッ! 何かとぶつかり、反動で2、3歩後退。何とぶつかったのか確認すると、物ではない。人間だ。


 茶髪の青年が倒れている。赤ネクタイをし、ブレザーを着ているからおそらく学生だかなんかだろう。隣を見るとそこには、同じ制服で青ネクタイをした黒髪の青年がいて、赤ネクタイ君と同じリズムで荒く息をしていた。マズい……考え事してて、辺りが見えてなかった。


「大丈夫か?」


 俺は手を差し伸べる。赤ネクタイ君は顔を上げ、「すいま……せん」と手を掴み起き上がる。力の入れようと立ち上がった後の足の動きがフラフラ。相当に疲れている。


「なんでそんな疲れ——」


 2人が走ってきた方から何かがやってくるのに気づく。うさぎの着ぐるみを着て——あっもしかして、アイツがうさぎの頭盗んだ犯……いや、違う。確か盗まれたのは頭だけ。そこの奴は全身着てるもんな。頭だけ違うとかそういう感じでもないし、さっき見た胴体とは色の感じが違う。状況的に、この2人があのうさぎに追いかけられてたって感じ——てか、またうさぎかよ……俺何か、呪われるようなことしたか?


 ハァー——思わずため息が漏れる。


 「あいつか?」と訊ねると、赤ネクタイ君は慌てて振り返って、そのまま固まる。

 そうみたいだな。うさぎだけに兎にも角にも、手にハサミ持ってるし、怪しさ満点危なさ満点な奴には変わりない。よーし……いっちょやるか。


「こっち来てろ」


 俺は2人を後ろにやる。指を鳴らす。ポキポキポキ——良い音が鳴る。ま、使いはしないんだけど。


 「に、逃げたほうがっ」仕草で俺が闘うと分かったのだろう。ぶつかった赤ネクタイ君は慌てた感じで言ってくる。

 「危ないですよっ」青ネクタイ君も。


 大丈夫だって〜相手は、ただ突っ走ってきてるだけなんだ。こういうのはタイミングを見計らって入れりゃいいの。

 俺はうさぎヤローがハサミを構えた瞬間、体を真っ直ぐ水平に。そのまま腹部めがけ、右足を突き刺した。「うぐっ」と声を漏らし、蹴り吹っ飛ばされたうさぎヤローは放物線を描くように来た道を戻され、地面に叩きつけられた。


 「弱っ」もうちょい張り合いのあるやつかと思ったんだけど……

 俺は軽くコート叩き、埃を払う。肩と首を回しながらうさぎヤローに近づく。


「ハサミ持っちゃってさー随分と悪趣味なことしてんの?」


 俺はすぐそばでしゃがむ。みぞおち辺りを押さえている。うー……痛いとこに入っちゃったな。

 うさぎの頭を取る。「やめっ」と抵抗するが、時既に遅し。出てきたのは汗だくの男。眩しいのか、目を細くしている。同時に可愛いうさぎの手で顔を覆う。まずは、こいつの目的が何か訊こ——


「お前が」


 背中から聞こえる。振り返ると、いつの間にかすぐ隣に、青ネクタイ君とハサミを踏んでいる赤ネクタイ君がいた。視線はうさぎヤローをじっと見ている。


「お前が……あの、シザードールだな?」


 ……シザードール?——えっ、何それ??

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