第7話 翁坂⑵
「走ってきた——というわけだね?」
「はい」男の子は弱々しい声で首を縦に振る。走り疲れたのだろうか、それともまだ動揺しているのかぼーっとしている。女の子も男の子と同様首を縦に振っていた。唯一違うのは、それを恐ろしい早さで何度もしていた、という点だけ。よっぽど怖い思いをしたってのは分かるんだけど、耳の上で赤縁メガネが踊っちゃってるし、そんなに振ると脳震とう起こすぞ?
「その後、2人は歩いてきた来た道を走って戻った」
「「はい」」同時に応える2人。俺は手帳に彼らの言葉をまとめる。
「まだなんですか?」
俺は手帳から顔を上げる。
「早くウチに帰してあげたいんですけど?」
「すいません。もう少しで終わりますんで」と俺は頭を下げる。嫌味のように大きな溜息をつかれたが、気にしない。相手は警官。あまり大きく出ないほうがいい。
俺だって2人を早く帰してあげたい。怖い思いしたわけだし、走って疲れたろうし、それに警官だって早く帰って調書を書きたいだろう。だけど、こっちとて遊びに来てるわけじゃない。真面目に仕事しに来てるんだ。しかも、今までやりたくてもやれず、ようやく回ってきたのは「編集長の骨折」という、他人の不幸を踏み台にしてまでいる。だからやらせてくれよ——そんな想いを胸に、次は警官に質問を。
「見回りをしていたところ、その角で走って逃げてきた2人とぶつかった——ですよね?」
「そうです。しかも口を揃えてしかも怯えた顔で『シザードールが出た』って言ってきたので、僕は慌てて2人の背後を見ました」
「けど誰もいなかった……」
「ええ。でも、どこかに隠れているのかもしれない。僕は2人をここに置いて見に行ったんです」
「置いて?」
「そりゃそうですよ」語気を強める警官。
「記者さんだからご存知だとは思いますけどね、シザードールはハサミを持っていることからその名が付けられたんです。ハサミだって、人に向ければ立派な凶器。それに、ここは一本道。回り道して襲われることはない。だったら、残していったほうが安全だと判断しました。何か間違ってますかね?」
声を荒げる警官。誰がどう見てもイラついているのは丸わかり。
そうか、分かったぞ。この人、単にマスコミ嫌いなだけだ。いたいた、今までにもこんな感じの人。こういうのには経験上「いえ、とても正しい判断だと思います」と、相手が望むような答えをにこやかに言うのが一番だ。
ため息をついて続ける警官。
「2人を置いて、周囲を探しました。電柱の裏から塀の裏、そこの隠れられそうにない小さい木々の中まで隈なく。でも、どこにもいなかったんです」
俺は振り返り、2人に「その間に変な人影を見たりとかは?」と訊ねた。男の子が「いいえ」と応え、続けて「見てません」と女の子が。
そうか……
ここで一旦、得られた情報を整理してみることに。
2人はここでシザードールを見た。怯え具合や疲れ具合からして、そのことに嘘はないと思われる。で、こちらに走ってきたので、急いで踵を返し、来た道を走っていたら、曲がり角で警官とぶつかった。事情を聞いた警官は急いで辺りを捜索するも姿は見当たらず、結局そのまま行方不明。どこかに逃げようにも、ここは一本道。つまり、向こう側まで引き返すしか逃げる方法はない。
怯え具合や疲れ具合からして、2人のシザードールを見たことに嘘はないだろう。でも、引き返すまでの距離は相当あるし、短距離走のオリンピック選手でもなかなかにキツい——今のはテキトーだった。ともかく、見た・聞いた限り、ほぼ不可能であると思われる。
だとすると——蒸発したか、それか瞬間移動……いや。何言ってんだ、俺。一旦オフィスに戻って、じっくり考えてみることにしよう。
「1ついい?」
警官が向こうで色々と記入をしている間に、俺は2人に近づいた。理由は、ある質問をするため。自分でも思うが、下世話。俺もおっさんになったなぁー
「はい……」
「あぁ、そんなに緊張しなくていいよ。俺の単なる興味なんだから」
コホンと咳払いを1つする。
「2人はさ……付き合ってるの?」
「ふぇっ!?」聞いたことのない驚きの声を発し、目を見開く女の子。そして訪れたのは沈黙。
あれ? 俺なんかマズいこと言った??
「な、なんでそう思ったんですか?」口を開いたのは男の子だった。
「いや、その、同じ高校の制服を着てたから、なんとなくね」
「あぁ、友達です」表情が和らぐ男の子。
「あぁ……そうだったんだ、ゴメンねなんか変なこと聞いて」
「友、達です」表情が暗くなり、少しだけ視線が落ちる女の子。
なんで俯いて——あっ。女の子の、気持ちが淡い色になって表に出てきてる表情を見て全てを察した。
好きなんだな? くぅぅ! いいなぁ〜 俺も青春時代に戻りてぇ〜
そういや、結局片思いのまま終わっちゃったけど、
20年か。あれから一度も会って——いや、同窓会で1回会ったか? そうだよ、思い出した。もう結婚して子供もいるって言ってたじゃんか〜なんで忘れてたんだろ?
あっそっか、現実逃避か。成る程ね〜だから忘れてたのか——って、アレ? なんか目から水が……
「あの」
「ん?」俺は瞬きを数回し、眼球を乾かしてから振り向いた。声をかけてきたのは男の子の方。
「俺からも1つ、いいですか?」
そっかそっか、高校生であれば都市伝説とか興味あるよね。
「色々教えてくれたからね、何でも答えてあげ——」
「あっいや、違うんです」
え?
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