第6話 早乙女愛⑴

 13時50分現在、私は校門前に独りで立っていた。


 今日は午前授業だから学食も購買も休み。で、昼ごはんを買ってこなかった。だから「お昼どっかで食べに行こうよ」と翔を誘ったら、「じゃああいつも」と、先ほどまで教室にいた海陸を呼びに行ってしまった。で、手提げ型の黒い学生バッグを正面に持って、待機中。


 続々と学生が出て行く。私たちが通っている明羅高校は制服を指定された3つの中から好きなのを選んでいいというスタイルで、それがウリの1つでもある——らしい。

 私は、その中で一番シンプルなのを選んだ。上は濃いめの紺でスカートは濃さの違う青のチェック柄、胸には所々に白とピンクの2本線が引かれたワンタッチ式の赤リボン。ちなみに翔や海陸もブレザーで、スカートがスラックスになったりとそれぞれのところがメンズ用になっただけで、色合いは変わらない。あと、翔は赤リボンが白線が引かれた青ネクタイに、海陸は白線が引かれた赤ネクタイなっているだけ。


 風が吹く。私は片手で反射的にスカートを押さえ、捲りあげられるのを防ぐ。心なしかいつもより寒く感じる。

 ……多分さ、これと一緒なんだよね、翔の「あいつも」発言。

 考えたり思い出したりしての「あいつも」ではなく、私のようにさほど強いものでもないのに風が吹いた瞬間反射的に手でスカートを押さえてしまう、そんな反射的な「あいつも」だったと思うんだ。


 だからこそ、そのごく自然な、純粋な一言が今の私を苦しめている。寒さに耐えてるとかそういうことじゃない。2人っきりになれる時間がなくなったってこと。そんなの翔が知りようないことだっていうのは分かってるんだけどさ……




 私はだ。出会った4月からずっと。

 誰にも悟られぬよう、既に翔と仲の良かった海陸とまず仲良くなって、それから海陸に紹介されるような形で翔と仲良くなった。それから、席替えで翔の近くに座れるという天も味方につけた結果、どんどん仲を深めていった。


 後は頃合いを見て翔に告白——なんて、できっこない! できるわけないっ! ふざけたこと言うなっていう話だよ!!

 だってだってこれってね、私の一方的な片思いなんだよ? つまりさ、相手が私のことをただのいち友人としてしか見てない場合だってあるんだよ? ううん、そうとしか見てないよ、絶対っ!

 てことはさ、失敗するの確実じゃん? もし「千華のこと友達としてしか見れない」なんて言われた日には私の心は崩壊するよ。ジェンガが倒れる時みたいにバラバラに。そしたらもう直せないよ? 修復は不可能。精神崩壊まっしぐら。


 でもこのまま何も進展せずに卒業なんてことになったら……まだ1年生だからって思ってたらあっという間に3年生の3月。それどころか、翔に他の女の子のことが……なんてことも十分にあり得る話。

 告白するのも嫌。だからといって誰かに取られるのも嫌——どんだけワガママ娘なんだ、私は。


 あぁあ!——考えれば考えるほどおかしな脳内迷宮に迷い込んでいった私は、リセットすべく頭をワシャワシャする。いやいや待て待て待て……落ち着け私。落ち着こう私。色んなことが起こりまくりな1ヶ月で疲れもあるんだと思うんだ私。


 一旦深呼吸して落ち着こう。スゥー……


「お待たせ」


 「エホエホエホッ」吐こうとしていた息が胸の中から飛び出し、咳き込んでしまう。


 「大丈夫?」心配そうな表情をする翔。


「う、うん……ゴメンね」


 落ち着いた私はとりあえず、メガネを直す。あれ?——私は辺りを見回す。


「海陸は?」


「あぁ。『用があるからパス』だって」


 海陸、珍しく空気読んでくれてありがとう——



 

 私と翔はとりあえず、飲食店の多い中央区に向かうことに。学校があるのは西区。だけど、中央区寄りなため、人に多少のバラつきはあるものの大体20〜30分程で着く。既に15分弱歩いているから、近道であるこの一本道をもう少し真っ直ぐ行けば、着くはずだ。

 すぐ近くには建設途中で中止になってそのまま放置されているマンションがあり、そこは誰もいるはずないのに夜、明かりがついていたなどという怖い話がある。今は昼だからいいけど夜なんて無理、通れない。正直言うと昼間通るのも嫌なんだけど、「いたとしても今は昼だから出ないよ」と翔から説得され渋々、という次第。


 「何、食べよっかなぁ〜」お昼の心配をしてる翔。

 「ねー……」海陸への心配をしている私。


 もしかして——海陸、気づいてないよね? わざと2人っきりにしたわけじゃないよね? 異常なまでに勘が鋭いからなー……なんか不安——


「どうした?」


 「ふぇっ!?」自分でも初めて聞いた変な声。


「ふぇ、ってどうしたの?」


「えっ、あっ、えっとーそのー……」


 しまった! 私、変な反応を……どうしようどうしよう——何か……何かいい言い訳はぁ……ダメだ、パニックになってる。えぇっと……えぇっと……あっ! いいの発見!


 私は真っ直ぐ前に指をさして、翔を見る。


「うさぎの着ぐるみ着た人がいるから、ちょっと意識を取られちゃ……」


 えっ?


 もう一度、今度はちゃんとメガネの位置もしっかり整えてから、見る。うさぎの着ぐるみ……いるね。いるよね。良かったぁー、私変なこと言ったのかって——いやいやいやいや! 変なこと言ってるよ。こんなトコにうさぎの着ぐるみがいるわけ……


 嫌な言葉が思い浮かんだ——けど、違う違う! だって、まだ昼間の一時ちょっとだよ? なのに、いるわけないもん。ルール破っちゃってるもん。


 ……これが最後——うん、いるね。間違いなく頭にうさぎの着ぐるみをはめて、両手にハサミを持った人がいるね。てことはだよ? あれってつまり——


「シザー……ドール……」


 そう呟くと、シザードールは私たちの方へ——

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