第5話 小田切-おだぎり-⑴
数ヶ月前、俺は勤めていた会社「ラウンド」をクビにされた。
理由は、横領したから——俺が。
だけど、俺は神に誓って絶対にそんなことしていない。
「就職活動の時、どこも採用してくれなかった私に“採用通知”という手を差し伸べてくれた唯一の会社なんです。私は恩を仇で返すような仕打ちなんて決して……絶対にしてません」——必死に無実を訴えるも、俺が犯人であるという身に覚えのない証拠をいくつも出され、「君は恩を仇で返したんだよ」と言われ、退職金辞退の自主退職をした。いや、させられたんだから、懲戒——要はクビ、か……
「警察に言わないでおいてやる」——そう言われただけ、運が良かったんだと思って、諦めようとした。諦めて、新しい仕事に就こうとした。だけど、本当にしてないことを「してない」と言いたい。お天道様の下を堂々と胸張って歩けるようになりたい。俺は無実の罪を晴らすことを心に決めた。そうでないと、俺は俺でいられなくなる気がした。
それから、俺は独自に調べることに。だが、「調査」というのは素人にはなかなか難しく、どれだけ月日を経ても何ら得られることはなく、あっても役立ちそうにない微々たる根も葉もない噂話だったので、実質は0に等しかった。
ここはやはり、それなりの人に任せたほうがいいかもしれない——1ヶ月経ったその道のプロに依頼することに俺は決めた。とは言っても、探偵を雇うには金がかかる。安ければ安いで「本当に大丈夫か?」と不安だし、高ければ高いで「金が払えるかな……」と心配になる。
そもそも、未だ定職に就けていない。というか、面接の時に「退職した理由は?」の問いを返すことができず、就職どころか就活でさえもまともにできてなく収入源のない今、家財道具を売った費用でなんとか生活できてるような俺に払える金などあるのかどうか。仮に解決しても、「未払い」という別の罪で警察に捕まってしまうだろう。
そんな時に俺は偶然、こんな話を耳にした。宣伝も事務所もないのだがこの島のどこかに、かなり短気で引き受けてくれるかどうかは分からないが、引き受けてくれたら無償で解決してくれる、ボランティアのトラブルシューターがいる。
名前は、便利屋。
願ったり叶ったりな人物を見つけた俺は早速探し始めた。
手がかりとしては、便利屋は緑がかった青色の短髪男性で、茶色のダウンジャケットに濃紺のジーンズ姿をしている——らしい。
で、探してももう数日が経過。なのに見つからない。まだ入ってない喫茶店があるとはいえ、かなりの数の店に入っては出て入っては出ての繰り返しだった。既に俺は「もしかしたら便利屋などいないのかもしれない」と思い始めていた。
耳にした、というよりかは近くのベンチに座った若いカップルが話していた単なる噂話を盗み聞きしただけだし、第一金を取らずに厄介ごとを解決してくれる人なんているはずがない。ただ、あの時の俺にはそれにすがるしか方法が浮かばなかったのは事実だ。それくらい切羽詰っていたんだ。
諦めよう……もう無理なんだ……どうせ俺なんかに——ん?
今すれ違った人……聞いた通りの茶色のダウンジャケットに濃紺のジーンズ姿の男性だった。髪の色も緑っぽいと言われれば程度であるが、青色で短髪という条件には合致してる。それに、すれ違う時にチラッと見えた顔が険しく、なんとも近寄り難い雰囲気を醸し出していて、見ようによってはイラついているような気も。つまり、短気であるという要素も満たしていなくもない……気がする。
間違っているかもしれない。だけど、聞いてみなきゃ分からない。
「あのっ!」俺は思い切って声をかけた。
男性は立ち止まり、振り返る。眉間にシワが寄り、やはり不機嫌そうに見える。
俺は唾を飲み込み、「便利屋さん、ですよね?」と恐る恐る尋ねた。
「……依頼か?」
「はい」俺が縦に頷くと、「ついてきな」と踵を返し、俺が来た方へ足早に歩いていく。どうやら便利屋……さんで間違いなさそうだ。俺は遅れぬように、小走りで距離を詰める。
「……いいだろう。引き受ける」
願っていた一言に俺は自然と笑みが浮かんでいた。「ありがとうございますっ!」俺は感謝の意を込めて頭を下げる。
「おめでとうございます」
見るとすぐそばに、あの白髪でダンディかつ優しそうな見た目のマスターがにこやかな表情を浮かべて立っていた。手にはコーヒーカップが2つ、トレイに乗っていた。気づかなかった……いつの間に?
「お待たせしました。アメリカンです」
マスターがコーヒーをテーブルに置く。
湯気が香りを運んできてくれる。うん……良い香りだ。コーヒーとかには詳しくないけど、これは美味しいっていうのが手に取るように分かる。
じゃあ早速いただ……
「ごちそうさん」
えっ?
便利屋さんが置いたカップの中はもう空だった。
も、もう飲み干したの?——俺は目を見開く。
戸惑いを隠せなかった。だって、ジャンジャン湯気が立ってる。これだけ出てるっていうことは、相当熱いはずだ。猫舌じゃなくても苦悶の表情を浮かべるレベルだ。
「おいおい……もう少し味わって飲んでくれないか? 結構こだわりを持って淹れてるんだぞ」
呆れ顔を浮かべるマスターに便利屋はポケットからしわくちゃの2千円を出し、テーブルに置く。そして、すぐに席を立った。
「行くぞ」
えっ、でもまだ一口も……
「どうぞ、行ってきてください」優しい口調のマスター。
「でも、せっかく淹れてもらったのに……」
「ウチのコーヒーはいつでも飲めますから」
「すいません……」俺は謝る。本心で。必ず来よう。次は依頼ではなく、コーヒーを目的に。
俺は急いで荷物を手に取り、扉の前で立ち止まっていた便利屋さんの元へ。
すると、突然振り返ってきた。そして、「名前、何?」と一言。
えっ、あっそっか……まだ名乗ってなかったっけ?
「小田切
「了解」
喫茶店の扉を開けた便利屋さんはまず、一歩歩きながら右を一瞥。次に左を見ると、そのままスタスタと歩き始めた。俺もそれに続く。
便利屋さんの斜め左後ろに俺がいるという歩き位置の問題もあるかもしれないが、一切言葉を発しない。ただ黙々と歩いていく。
「あのー……」
「ん?」顔だけ俺に傾けてくる。
「これからどこに?」
眉を上げ口を小さく広げた便利屋さんは「悪い。まだ言ってなかったな」と一言。なんか、それで怖さが少しだけ和らいだ。
「噴水広場だ」
あぁ……だから、金戸東駅の方に向かっているのか。駅前すぐそばに待ち合わせなどに使われている、噴水広場があるのだ。広場といえども、そこまで広くはない。
「そこで何を?」
「情報屋に話を聞く」
「情報屋……」
なんか、映画みたい。ハードボイルド系の。
「そうだ。忘れてた」便利屋さんはポケットから紙を取り出し、渡される。
「俺の連絡先だ。失くすなよ」
「は、はい……じゃあ俺のも」
って言っても、紙もペンもない。
「そのまま番号打つんでもいいですか?」
俺がそう告げると、便利屋さんはポケットからケータイを取り出す。そのまま、無言で俺の手元に来る。
やっぱりちょっと怖い……オーラ的な圧がある便利屋さんに少しビビりながら俺はケータイに連絡先を打ち込んだ。
噴水広場に着く。地面には赤いレンガが敷かれ、その中央には白い噴水がある。水が高々と噴出している。
夏なら近づいて涼もうとするかもしれないが、今は11月。縁のところで座る人はちらほらいるものの、人によっては少し寒そうにしている。
便利屋さんは辺りを見ている。おそらく、探しているのはさっき言ってた情報屋。
今に始まったことじゃないが、駅前にはいろんな人がいる。家族連れやカップル、JK3人組に——てか、なんか警官、多くない?……いや、気のせいか。それ以外にも、ティッシュやサンプリングを配ってる人やキャッチをしてる人も——って、居酒屋のキャッチしても今は4時だぞ? 流石にまだ入らないだろ……というか、まだやってないんじゃないか?
「ここで待ってろ」
「は、はい」
便利屋さんは再び歩みを進め、ベンチに座る。そして、会話をし始めた。
えっ?
相手はあの、居酒屋のキャッチだった。
数分経過して、便利屋さんは立ち上がった。距離が離れているため内容までは分からなかったが、何か得られたようだ。便利屋さんはポケットから取り出した何かをベンチの端にこっそりと置いていた。いわゆる情報料、というやつだろう。
幾ら払うんだろう……相場とか全然分からない。きっと何万円も払うのだろう。一方で、こっちはタダ——なんか申し訳なくなってきた……
便利屋さんは立ち上がり、戻ってくる。
気になった俺は目の前まで来た時早速、「何か分かりました?」と訊ねた。
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