第4話 槇嶋-まきしま-⑴

 「最近、シザードールの話ばっかだよな」机に肘をつき手を頰に当てていた俺は向こうで話してる人達を見ながら、話した。

 クラスは1列6人が6列。つまり、36人クラス。で、今俺が座っている席は、窓側から2列目、後ろから2番目。


 「いつもはyu–kiやMarikaの話題で持ちきりなのにね」俺の1つ前の席に座っている早乙女愛さおとめは向こうで話してる人達を見ながらそう返してきた。


 俳優ながらも歌が抜群に上手く、ミュージカル系の舞台はもちろん同じ俳優仲間と結成したバンドも大人気なyu–ki。元々美人ファッションモデルとして有名になったのだが、ここ最近演技派女優としての頭角を現してきており、今ではドラマに映画、CMに雑誌、それにバラエティ番組と1日に1回はどこかで目にするMarika。どちらも幅広い世代に人気がある。

 休み時間だから、会話するのは全くおかしなことではないのだが、話題が全て統一しているっていうのは、なんとも奇妙な感じだった。


 「目的は何なんだろう……」早乙女愛はボソッとそう言った。


「愉快犯とかじゃないの? からかってやりたかったーみたいな」

 俺は視線を早乙女愛に移し、応える。


 「だといいんだけど……」早乙女愛の視線と赤縁のメガネが少し落ちる。


「何、その意味ありげな言い方?」


 すると何故か、早乙女愛の表情が曇り始めた。特に目。あちらこちらに泳いでいる。俺は姿勢を正しながら「どした?」と尋ねる。


「動機は不明、なんでしょ?」


 「らしいね」ニュースでそう報道してた——といっても、「ありました」ぐらいの短いもので、あまり真剣に取り合っていないみたいだけど。


「ちょっと思ったんだよね」


「何? もったいぶらずに教えてよ」


 決心したように顔を上げた早乙女愛は、「幽霊、とかじゃない……よね?」と一言。


 なんだよ……いつものアレか。


 「どうだろう? もしかすると〜そうなのかもしれなかったりして〜」少しにやけながら答えると、早乙女愛は眉をひそめた。


「嘘でもいいから違うって言ってよ。怖いんだからさぁー」


「相変わらず怖がりだな〜」


「うるさい」


 突然肩に衝撃が走り、体が前に揺れる。痛みではなく、叩かれたことによるもの。俺は叩かれた左肩の方を見た。「よっ」片手を上げて挨拶してきたのは、海陸かいり。手をあげる動作とともに揺れるウルフカットの茶髪。染め直したばかりなのか、色が鮮やかだ。それに、相変わらずの着崩しっぷり。これでよく生活指導の先生に怒られないもんだ。賄賂でも渡さなきゃ通過できないだろ、これ。


「叩くなよ、びっくりするじゃんか」


 「2人で何こそこそと話してんですかい?」海陸はポケットに手を入れながらそう訊ねてきた。


「別にこそこそしてねーよ。そこらでも話してることを喋ってただけだよ」


「……と言いますと?」


「シザードールだって」


「……みんな、ドレッシングの話をしてるの?」


 相変わらずの小ボケに「それはシーザー」とツッコミを入れた俺は、「何、お前知らないの?」と話を続けた。「何が?」眉を上げてまたも問う海陸に「だから、シザードールだって」と早乙女愛が反応した。

 「シザードール、シザードール——あぁーはいはいはい」海陸は虚空を見ながら口を開け、数回頷いた。


「聞いたことはある……気がする」


 随分とアバウトな返答だこと。


「詳しく知らないから、どういうのか教えてよ」


 ったく……


「シザードールってのはその名の通り、両手にハサミを持ったうさぎの着ぐるみのことで、そいつに出会うと追いかけられるんだ」


 「何それ、怖っ」海陸は笑いながらそう言った。全然怖そうに見えない。世間の反応は基本これ。むしろ怖がっている人の方が少ない気がする。


「で、出没するのが夕方ってこと以外何も分かっていない。どこで出るかとかその他のことは全く不明。出くわした子供たちの話によると、シザードールはずっと追いかけ回してくるらしいんだ」


「へぇー」


 「それで、もし捕まったら——」早乙女愛が続きを話す。


「遠くに連れ去られて、ハサミで全身を傷つけられるんだって。でも、殺しはせずに死にそうになったら、しっかりと治療してあげるんだって。何でか分かる?」


 メガネを定位置に戻す早乙女愛。


 「さぁー」首を横に傾けながら棒読みで返答する海陸。飽きてきたことがよく分かるトーンだ。「悲鳴が聞きたいからよぉ! 切りつける時に出す人の悲鳴がぁ!」大声を出す早乙女愛。相当ビビっているのがうかがい知れる。


「殺したらそれが聞けなくなってつまらなくなから、殺さないようにずぅーっとずぅー——怖い怖い怖い怖い!」


 早乙女愛は頭を両手で抱え、縮こまった。


「なら、何で俺から一番怖いとこ奪った?」


 「ひぃー怖い」笑いながら縮こまる海陸。


「……お前、バカにしてるだろ?」


 「あっ」と体を伸ばし、「そういえばさかける——」と俺を見る。


「なんだ? もう怖くないのか?」


 イジってみた。


「この前のひったくり、覚えてる?」


「無視かよ……」


 「覚えてるよ」返答したのは早乙女愛。お前も立ち直りが早いな、全く……


 数日前に3人で帰宅していたところ、偶然にもおばあさんがひったくりに遭っていた騒動に出くわした。すると、野球経験のある海陸が、ゴミ箱を探していた空き缶を犯人めがけて投げたところ、相手から合わせに行ったんじゃないかぐらいに綺麗に頭へ直撃。結果、犯人がコケて無事逮捕されたアレ——てか、今までの話をぶった切るってどんだけ飽きてたんだよ? しかもお前、途中参加だろ?


 「それがどうかしたの?」早乙女愛はメガネを上げる。


「今朝登校中に会ったんだよ、そのおばあちゃんに。孫と散歩しててさ、その子から『ありがとうございました』ってお礼言われて、これもくれた」


 学生服のポケット取り出したのは、動物の絵が描かれたシールだった。

 確かこれって……なんだっけ?


 「あっ、どうぶつキャッチじゃん」海陸を指をさす早乙女愛に、「そう」と指をさす海陸。そうだそうだ、どうぶつキャッチだ。

 どうぶつキャッチとは、今ちびっこの間で流行りのアニメで、ストーリーは……よく知らない。1度見たこともあるけど、あまりに子供向け過ぎてリタイアした。けど、関連グッズやゲームは需要に供給が追いつかず、続々入荷待ちになってきているってテレビで言ってたし、CMもバンバンやってる。それこそ、子供は知らないであろうyu–kiやMarikaが宣伝してた。流行りには流行りを、だ。それに、子供向けハンバーガーセットのおまけだったり、推奨15歳以上のスマホゲームなど様々なものともコラボしているから大人気だっていうのは間違いない。


「あまりにもしっかりしてるからさ『何歳なの?』って聞いたんだ。そしたら、『5さいです』って!」


「……それが?」


 背もたれに背を倒しながら俺がそう訊ねると、海陸は驚きの表情を浮かべた。


「『5さいです』——だぞ?」


「だからそれが何だよ?」


 海陸は深いため息を吐いた。


「お前なー、世間一般的な5歳児が何歳?って聞かれて『5歳です』なんて答えるか?普通は、『5さい』とか『5ちゃい』とかそんなのだろ?」


 お前……世の5歳児をなんだと思ってるんだ?


「それに、5歳だぞ! びっくりしちゃったよ。ホント、子供の成長は早いよな〜」


 深く何度も頷いているけどな海陸。お前は、孫の、何だ?

 

「シールで喜んでるわけじゃないよ? むしろ欲しかったわけじゃないし」


 おいおい……そういうこと言うとバチ当たるぞ?


「そうじゃなくて、こう……さ、大切なものをあげるっていう行為それこそが普段得られない温かさをもらえたよ、うん」

 清々しい顔で窓の向こうにある校庭を見ている海陸に、早乙女愛は「よかったねー」と爪先を見て、俺は「どうぞお幸せに〜」と頭に両手をつけて答えた。


「いやー今日はいい日だなぁー」


 ……まあ、シールに“ノーマル”と書いてあったことは言わないでおこう。


 チャイムが鳴る。「おっと!」海陸は慌てて席に戻る。俺と早乙女愛は元からここ。だが、早乙女愛は俺の方を向いている形だったので、正面を向く。


 えぇっと2限は……古典か。

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