第3話 便利屋⑴

 警官が多い……何かあったのか?


 俺は駅前を歩いていた。理由はない。依頼がなかったから街に繰り出しただけ。ただ風の赴くまま気の向くままに寒空の下をプラァーっと歩いていただけ。そしたら、駅前に警官が多いのを見て、不思議に思っただけだ。


 帰るか……

 服見るわけでもなくどっか店に入るわけでもなく、ただ歩いていた。いい加減飽きた。腕時計を見る。もう2時を過ぎた。時間を無駄にした。勿体ない。


 あぁーイライラする……

 昔から俺は短気だ。自分でも分かってるし、どうにかしたいと思っている。だが、どうしようもない。

 あっ、忘れてた。スチュワートから今月分の家賃徴収しねーと。でも、アイツ良い奴だからな。来月の分とまとめてでも——


「あのっ!」


 ん?——振り返ると、そこには20代後半の男が。


「便利屋さん、ですよね?」


 名前を知ってるってことは——


「……依頼か?」


「はい」




 喫茶店「トミー」に着く。扉を開けると、いつもの鈴の音が鳴る。音に反応し、カウンター下から顔を出すマスター。


「おかえり」


「おう」


 俺の後ろに人がいるのが分かったのだろう、マスターは少し体をずらした。「いらっしゃいませ」にこやかな顔で言葉を発した。依頼主候補は少し口を開けながら会釈する。


 俺はいつもの「予約席」のプレートが置かれた席に向かいながら「いつもの」を注文した。依頼主やその候補と正面で話せるボックス席。


「あいよ」


 ちなみに、この「予約席」プレートは予約制がないのに、マスターの厚意で、俺の便利屋稼業のために用意してくれたもの。俺の向かい合う形になるよう、依頼主候補は正面に座った。ショルダーバッグを肩から外し、隣に置く。

 「何にしましょう?」マスターが訊ねてくる。視線の方向からしても、俺ではないことは確か。


「えっ?——あっ、えぇっとー同じので」


「かしこまりました」


 にこやかに応対したマスターは足早に戻っていく。そして、あのコーヒーミルの音が聞こえてきた。ここのコーヒーはどこのそれよりも美味い。どれくらいかと聞かれれば、恐ろしく短気な俺でさえ、待てるぐらいだと答える。


「まずはじめに、ウチの条件については知ってるか?」


 俺のとこに依頼に来るってことはおそらく知ってはいるが、一応聞いておかないと。ごく稀に、「なにそれ?」みたくふざけた素っ頓狂顔をする奴もいるから。


「『依頼を引き受けるかどうかは内容次第』です、よね?」


「んじゃ早速、依頼内容について教えてもらえるか? あと、話は端的に頼むな。俺短気なんだ」


 「はい」と応え、軽く舌なめずりをし緊張の表情を浮かべる依頼主候補。舌なめずりとは限らないが、早急にもしくは本当に困っている場合、このように顔や態度に表れることが多い。経験に基づいた傾向なため、俺にしか分からないが、これが割と当たるんだ。

 第一関門——というか、第一印象はとりあえずクリアだ。

 

「先月——」




「成る程」


 一通り話を聞いて、俺は「1ついいか?」と浮かんだ疑問点を訊ねた。


「あんたがやっていないとしても、会社はお前がやったって思ってるはずだよな? 訴えられたりはしてないのか?」


「はい」


 「じゃあ、警察にも?」俺の問いに頷く依頼主候補。


「会社から『言わないでおいてやるから、去れ』というのが条件というか、そう告げられたので」


 警察に通報しないなんてこと、普通あるか? 金盗まれてんだぞ? 何か公にしたくないことでもあると考えんのが、妥当だ。


「どう、ですか?」


 「最後に1つ」俺は人差し指を立てる。


「……何でしょう?」


 依頼主候補の表情が力む。


「本当に、やってはいないんだな?」


 依頼主候補は背筋を伸ばし、「はい」と力強く頷いた。「嘘はありません、何一つ」——まるでそう言っているかのように真っ直ぐと俺の目を見てきた。


「……いいだろう。引き受ける」


 は顔を綻ばせた。


「ありがとうございますっ!」


 で、頭を下げた。


「おめでとうございます」


 にこやかな表情を浮かべたマスターがすぐそばに。手にはトレイに乗ったコーヒーカップが2つ。相変わらず気配を消して忍び寄ってくる。スチュワートが最初この店に来た時、「オォ、ジャパニーズ忍者ッ!」って驚いてたっけな。


「どうぞ。アメリカンです」


 マスターはテーブルにコーヒーを置く。長年やってるからか、空中に浮いている間と置く瞬間にコーヒーカップが下の皿に当たり、カタカタと音を出すことはない。

 とりあえず、情報集めだな——俺はそれを一気に飲み干す。いつも通り、美味い。


「ごちそうさん」


 依頼主は目を開いて、置いた空っぽのコーヒーカップを見てくる。


「おいおい……もう少し味わって飲んでくれないか? 結構こだわりを持って淹れてるんだぞ?」


 マスターは呆れ顔を浮かべているが、こっちは早く仕事を片付けたいんだ。

 「今日も変わらず美味かったよ」俺はポケットからしわくちゃな2千円を出し、テーブルに置く。俺と依頼人の2人分だ。「そりゃどうも」ため息まじりのマスター。


「行くぞ」


 俺は席を立ち、出入口の扉へ向かう。店から出ようと、縦に長いドアノブを握った瞬間、何かを忘れていることに気づく。

 なんだっけ?——あっ。思い出して振り返ると、すぐそこに依頼主が。早速訊く。


「名前、何?」

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