第1話 翁坂-おうさか-⑴

 秘密の自警団が、金戸かねと島の平和を守っている——この島に住んでいる人なら一度は聞いたことはあるであろう。かなり有名な都市伝説だ。

 では、これはどうだろうか。数十年前に起きた“レッドシー籠城事件”を解決したのも、彼らである——




 神奈川県から南に数十キロ離れた相模湾沿岸にある人工島。名は“金戸島”。命名理由は単純明快。世界有数の大富豪、金戸りきが島を造ったからである。島を造る際、住宅や学校、生活利便施設から商業・娯楽施設、交通機関など様々な設備を揃え、さらに5つの大まかな区画をどこにいても同じように生活を営めるように整えた。(なお、全て金戸の私財により造られている。)


 こうして何不自由なく暮らすことができるようになり、それから付いた別称は、“グラニスラ”。スペイン語で「偉大な・素晴らしい」の意味を持つ「gran」と、「島」の意味を持つ「isla」を合わせた造語だ。その名の通り、素晴らしい生活を営めるようになった。

 だが少しして、新規開拓・領土拡大を狙って、また島の治安保持を担っていた神奈川県警の目が届きにくいということを悪用し、暴力団などの裏稼業の人間やカラーギャングが入ってきて、治安の悪化が進んでしまった。当時、病床に伏していた故金戸力はそのことを憂い、すぐさま大型の刑務所と警察署5つを島に設置し、取り締まりの強化・維持に努めた。その結果、数年前から治安は回復し、今ではまた、“素晴らしい島”に戻った。ただ、“日本にあって日本っぽくない”と言われるようにはなったが。


 さて、先ほども書いた通り、金戸島はその場所にしかない大きな固有の特徴から区として大まかに幾つか分けられている。島の玄関口である金戸島と本島と繋げている金戸橋により、現在の物流の拠点となっている北区。クラブやキャバクラ、風俗店やそれを裏で牛耳る暴力団の事務所があちこちに点在していたりと、裏稼業の人間が多く過去の遺恨が色濃く残っている南区。機能しなくなった現在では密入国する人間に悪用されている金戸港がある一方で、ビジネス関係のビルが多く立ち並び“金戸島の丸の内”とも称されている東区。古風な家々が多く建っていたり田畑が広がっていたりと、どこか昭和の懐かしさを感じさせる西区。商業・娯楽施設が他区よりも特に充実しており、区の中央には島のシンボルである“KTセントラルタワー”が高くそびえ立つなど、近代的な建物が数多くある中央区の5つだ。

(少し場所を変えるだけで同じ島にあるのかと思うほど大きく装いが変わるところも多々存在するが、居住場所や施設の多くは中央区寄りにあり、また中央以外の区では金戸鉄道の電車が円を描くように走っているため、どの区にでも容易に往来可能。)


 こちらも先ほど書いたが、多くの暴力団やカラーギャングが——特にカラーギャングが島の至る所にいる。先月、島で活動している暴力団、主に矢柄組について記させてもらったので、今回はカラーギャングについて軽く述べていく。

 詳細の掴めていない小規模団体も存在しているが、この島で主に活動しているグループは“ブルーヘブン”、“レッドスクランブル”、“ブラックカクテル”、“ホワイトローズ”、“イエローコーディネート”の5つ(チームカラーは名前で示されている通り、青、赤、黒、白、そして黄色である)。どこも多大なる影響力を持っているが、どこもリーダーの本名はおろか性別さえも明らかになってない。唯一分かっているのはそれぞれ“青龍”、“朱雀”、“玄武”、“白虎”、“麒麟”と呼ばれているということのみで、このことから、5つをまとめて“五獣”と呼ばれている。(なお、イエローコーディネートは、ここ最近活動がない。この辺についてはまた特集をするので、もうしばらくお待ちを。)


 立地から歴史から様々なことが特殊であるからなのか、この島では噂や都市伝説が数多く存在している。その最たる例が、冒頭でも紹介した“レッドシー籠城事件”である。ある日、国際過激派組織レッドシーが大量の銃火器・爆発物を所持した状態で、大勢の人質とともにKTセントラルタワーへ立て籠もるというテロ事件が発生。警察の必死の交渉も効き目がなく、現場は膠着状態に。

 すると、何の前触れもなく突然にビル内で発砲音が。それから少しして、なぜか人質が中から逃げ出してきたのだ。すぐさま警察が突入するが、そこには何と気絶し柱にくくりつけられていた過激派のメンバーが。しかも全員。

 こんな奇々怪々なテロ事件をマスコミはこぞって取り上げ、警察も捜査を開始した。それから数十年経過した今でも、誰がしたことなのか・何のためにしたことなのか、何一つ判明していない。

 そんな奇々怪々なテロ事件を今月のアーバン・レジェンズでは——




 ブルブルブル


 「この謎について——」


 ブルブルブル


 「詳しく……」ブルブルブル

 「追求しぃ……」ブルブルブル


「あぁもう、誰だよ!」


 せっかく進んでいた筆を折られた俺は振動しているケータイを手に取り、電話に出た。


「はいっ、もしもしぃ?」


 少し不機嫌に。


『もしもし?』


「あっ……お疲れ様です」


 編集長かよぉー……


『随分と不機嫌だな』


「そんな〜全く全然怒ってないですよ〜」


 「ハハハハ」と下手くそな作り笑いを付け加えて、何とか誤魔化す。


「ていうか、いきなりどうしたんです?」


 慌てて、話題を変えた。


『お前、は当然知ってるよな?』


 「そりゃまあ有名ですし」それに——


『お前書きたがってたろ?』


「えっ?」


 覚えてたんだ……


 雑誌「アーバン・レジェンズ」を書いている記者は俺を含めても片手で数えるほどしかいない。深刻な人手不足。そのため編集長も記事を書くのだが、いつも決定権があるのは編集長だから、俺が「書きたい!」と願っても、基本的には回ってこない。今回だって例外じゃなかった。


『書いていいぞ』


「……どうしたんです突然?」


『実はな、俺入院したんだわ。階段から落っこちて』


 はぁ!?


「だ、大丈夫なんですか?」


『大丈夫は大丈夫なんだが、両腕骨折しちまってさ。今だってケータイ肩で挟んでる状態なんだわ』


「つまり、書けないから書いていいってことですか?」


『嫌か?』


 「いえ」俺は必死に首を振って否定する。


「やらせてもらえるなら大歓迎です。てことはですけど、今書いてるのは?」


『ボツ』


 「……了解です」割と調べてたから、もう少し早く言って欲しかった。


『で、早速なんだがな、さっきシザードールが出たらしいんだわ。だから——』


 唐突に場所を告げられ、俺は急いで紙とペンを手にし、書き記す。


『——に行ってくれ』


「分かりました」


『んじゃ、後は頼んだぞ』


 「はい」俺は電話を切る。そして、深く大きなため息を1つ。


 ボツ、か……ま、シザードールを取材できるのなら、よしとしよう。


 “シザードール”事件——誰かの悪ふざけのようなバカバカしい事件なんだが、記者としての直感がこうピンと。何か閃いたようにピンと来てるのだ。


 俺はボロボロのノートパソコンを閉じ、スリープモードに。どうせボツネタだから保存はしなくていいか……これはこれで面白かったんだけどなー


 取材に必要な最低限の物だけを急いでバッグに詰め、オフィスを出る。

 寒っ……もう冬も本番だなー

 戸締りも忘れずにし、誰も掃除しないから汚れのひどいコンクリ階段を下りていく。足のスピードは緩めず、車の鍵を探す。


 ……あれ?


 身体中のポケットを探す。ズボン、ない。バッグ、ない。上着、やっぱりない。どこにやったっけ……あっ。


「引き出しの中だ」


 俺は踵を返し、取りに戻った。

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