グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜

片宮 椋楽

EP1〜脱獄シザードール〜

プロローグ

「まだ持ってんだろ?」


 僕は路地裏につれてこられた。


「もう……これだけです……」


 「嘘つけよ」相手は舌で頰の内側を撫でる。


「これからデートってのに、これしか持ってねぇわけねぇだろうが!?」


 近くにあった青い円形のゴミ箱を蹴り飛ばす。プラスチックの鈍いながらも大きな音に、僕と僕の服の袖を掴んでいる彼女はビクつく。蓋は高く飛び、中からゴミが飛び出す。そのまま宙を舞い、辺りに散らばる。


「おい、ジュンペイ〜あんまり荒らすとお巡りさんが来ちゃうぞ〜」


「へいへ〜い」


 そして、笑い合う4人のヤンキー。ふと、全員の腕に共通の青いバンダナがあるのが見え、ハッとした。


 この4人、だ——




 彼女と付き合い始めて1ヵ月。しかも、僕にとって初めての彼女。ちょうどハロウィンの時期だったから、2人で思いっきり楽しんだ。それも数日前に終わり、次は念願のクリスマス——かと思いきや、再びハロウィンが襲ってきた。しかも、その時経験したよりも遥かに怖い。


 「あー」ジュンペイって人は首をゆっくり回す。


 やっぱり……この島に来たのが間違いだったのかな。楽しい場所が沢山あるって聞いてたから、来たのに……彼女の喜ぶ顔が見たくて、来たのに……今の彼女の顔からは恐怖しか感じられない。


「持ってんだろー? かーね」


 顔を近づけてきた。近づくたびに僕の首が下に傾く。

 

 ふと袖を見る。彼女がより強く掴んできていた。そうだ……これまでにもこういうことはあった。でも今日は、今までのそれとは違う。隣にいる。彼女がいるんだ。だから守らなきゃ……俺が守らなきゃ!


「十分でしょ……」


「あぁ?」


 僕は顔を上げる。目の前には顔があったが、怖じけず続ける。


「それでもう十分でしょ?」


 「ハッ」ジュンペイって人は鼻で笑う。


「いいからよこせって言ってんだろうがっ!?」


 ガチャン!


 近くに落ちていたがために蹴り飛ばされた空き缶は、僕と彼女の間を勢いよく抜けていく。ダメだ、やっぱり怖い……自分が情けない。

 僕はまた俯く。誰か……誰か助け——


「誰だテメェ?」


 えっ?


 顔を上げる。ジュンペイって人の視線は僕の方には向いてなかった。もちろん彼女でも。明らかに僕らの後ろを見ている。だから、振り返った。彼女も。そこには、男の人が立っていた。顔はとても険しい。


 「これ蹴ったのお前か?」ふと手元を見ると、空き缶を持っていた。凹み具合から先ほどの蹴られた空き缶だろう。

 「そうですけど、何か?」バカにした笑みを浮かべるカラーギャング4人。


「コブできたんだよ」


 「あっ?」口を開いたままな4人に、男の人は「頭に当たってな、コブができてんだよ」と続け、「ほらここ」と指差した。だが、髪に隠れてよくは見えない。


「だったらなんだってんだ——」


 「謝れ」無駄な話を遮るかのように、喋る男の人。


「……はぁ?」


「別に痛かねぇけどよ、人に物当てちまったら謝んのが常識ってもんだろ? だから、謝れ。とりあえず謝れ。とにかく謝れ」


 笑いだすヤンキー4人。男の人は明らかに眉間へシワを寄せている。


「するわけねぇーだろ、バーカッ」


 さらに大きな声で笑う。シワがきつくなっていく。


 「そうか」男の人は指をポキポキ鳴らし始めた。

 カラーギャングの4人は「なんだコイツ? やる気か?」とボソボソ話し始める。それが聞こえたのか「あぁそうだ」と返答し、「でだ」と男の人は続ける。


「先に言っとく。後悔すんなよ?」


 それからはあっという間だった。




 「ありがとうございましたっ!」僕はこれ以上ないくらい頭を下げた。隣の彼女も頭を下げている。


「何がだ?」


「いや、その助けていただいて……」


「こいつらが謝んなかったから、こうしただけだ。別に礼はいらん」


 「じゃあな」淡々と去ろうとする男の人を「あっあのっ!」と僕は慌てて呼び止める。


 「あ?」少し眉を寄せている。


「せ、せめてお名前だけでも——」その顔つきが少し怖かったが、僕は続ける。面倒くさそうな顔をしながら俯くが、少しして何か思いついたような表情を浮かべると「、だ」と一言。


 ドラゴン——


「またこんなのに巻き込まれたら『俺はドラゴンと知り合いだ』って言いな。大抵の奴はそれで去ってく」


 「好きに使え」男の人は倒れたヤンキー3人をまたぎ、ゴミ箱に頭を突っ込んだジュンペイって人を横目に、大通りの方へ戻っていく。


 やっぱりトンデモないところだ……は——

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